第8話 エウレカ! エウレカ!

 オシリウスさんの工房は、こぢんまりしていたが、よく整理されていた。

 オシリウスさんと助手の奥さん、つまりカインの母親は牢に捕らえられていた。明後日の議会で無実が証明できなければ、死刑になる。

 冠に関するメモはすぐに見つかった。

 デザイン画もある。純金製。宝石はついていなくてホッとする。

 透かし彫りみたいなデザインは、何度も書き直された跡がある。きっと精一杯豪華に見えるよう頑張ってたんだろう。

 材料は、金貨300枚。

「金貨300枚、用意できる?」

 カインは落胆した様子で肩を落とした。

「300枚を返して許してもらおうっていうんですか? 無理ですよ。王様を騙した罪なんです。それに3千デールなんて大金、うちにはありません」

「そうじゃないよ。重さを測るのに必要なの。どこかから借りられない?」

「父はギルドからも追放されたし、親戚も連座を恐れて関わってくれません」

「とにかく、家中探そう」

 夕方まで探して集まったのは、100枚ちょっと。

 そろそろ帰らないとマズい。奴隷には門限がある。破ったら最低でも鞭打ち。脱走とみなされたら殺される。

「エウレカさん。明日も来てくれますよね」

 カインに真剣な目で見つめられる。

 明日仕事なんだよ。10デール払って休むか……。痛いけど、この子に請求は、できないよなあ。

「いいよ」

 私は笑う。笑ってみせる。しょうがない。明日も来るよ。


 部屋に戻ってベッドの下から袋を取り出す。

 袋の中には金貨。びっしりとは言えないけど、この前、パウロに資金回収のアイデアを千デールで売ったおかげで、だいぶ重たくなった。

 ベッドの上で枚数を数えていると、いきなり扉が開いて、私は金貨に覆いかぶさる。

 ベッドの下は個人の神聖な領域とされていて、触っただけでも呪われると信じられているから安心だけど、今は違う。

「なにしてんの? コウ」

 クロエちゃんが立っていて、私は安堵した。

「お金を数えてたんだ」

 ふーんとクロエちゃんは言う。直後、顔色を変えた。

「明日と明後日休みを買ったんだよね? あなた、まさか脱走するつもりじゃないでしょうね。あの男の子に、なに言われたの?」

「違う違う」

 私は笑って否定する。

 そういう手口があることを私は聞いていた。奴隷を色仕掛けで騙して、全財産を持って脱走させ、事故に見せかけて殺してしまう。脱走した奴隷は死刑なので、役人も真面目に調べない。

 私はカインのことを話した。

「やめときな。自由市民と仲良くなっても、いいことない。辛いだけだよ」

 私は何も言えなかった。

 クロエちゃんは無造作にベッドの下から袋を取り出して、今日の稼ぎを放り込む。100デール近くはある。

 彼女はそのまま服を脱いで、ベッドに潜り込んだ。

「寝る。今日1人で大変だったんだからね。たくさん稼げたから、まあいいけど」

 もし私が自由市民のまま彼女と出会っていたら、きっと友達になれなかっただろうな。そう思うと、ちょっと悲しくなった。


 タライに水を張って、金貨を入れる。300枚の金貨と王冠の、溢れた水の量が等しければ、同じ体積だと証明できる。体積と重さが等しければ、混ぜものをしていない証明になる。

 ところが、いざ実験してみると、うまく行かない。木製のタライが水を吸ったり、表面張力があったりして、毎回溢れる量が微妙に違う。そもそも1円玉くらいの大きさの金貨を300枚入れても、溢れる量が少なすぎて、迫力に欠ける。これでは議会で疑いを晴らすことは出来ない。

「駄目じゃないですか……エウレカさん」

 カインは明らかに落胆している。朝、金貨200枚を持ってきたときは感極まってたのに。

「これで良いはずなんだけどなあ。証明する方法は私が考えるから、カインは秤を探してきて」

 アルキメデスは王冠の比重を明らかにする方法を、お風呂に入ったとき、体の分の水が溢れるのに気づいて発見した。でも、アルキメデスの原理って浮力に関する法則だったはず。

 タライの底に沈んだ金貨。浮力は作用してるはずだけど、沈んでいては浮力は関係ない。

 スマホが心底欲しい。

「エウレカさん、これでいいですか?」

 カインが天秤と分銅を持って現れる。天秤って最も原始的な秤なんだよね、確か。きっとアルキメデスも、天秤を使ったはず。

 その瞬間、私は閃いた。

「わかった! わかったよ!」

 アルキメデスが叫んだのと同じ言葉を、私は叫んでいた。


 両皿に金貨150枚づつを乗せて、天秤ごと水に沈める。天秤は釣り合ったままだ。

 次に片方に金貨300枚を乗せて、もう片方に釣り合うだけの分銅を乗せる。大気中では釣り合っていた天秤は、水中では分銅に浮力が多く作用するぶん、金貨側が沈む。

 何度やっても変わらない。

 あとは議会で無罪を主張する演説を考えるだけだ。

 私のこの世界での国語能力は低い。先生のクロエちゃんには悪いけど、ちゃんと神学校で学んで、修辞とか勉強しているカインには足元にも及ばない。

 カインはそれを不思議がる。

「エウレカさんの高潔さ、知恵に比べて、なぜ修辞はそれほど苦手なのですか?」

「私、とっても遠くから来たんだ。言葉も全然違うくらいに遠く」

「もしかして、それは、世界すら違うほどの遠くですか?」

 息を呑む。

 ついに見つけた。ここが異世界である証拠。

「そうだよ。私は違う世界から来た」

「凄い! 異世界の方に初めてお会いしました!」

 カインは私の手を取る。

 近い近い。顔が近い。改めて見るとほんと整った顔をしている。ちょっとドキドキする。

「結構いるの? 異世界から来たって人」

「神話の世界です。大勇者バロン。賢者シリウス。いずれも優れたスキルで、この世界を救ったと言います」

 優れたスキル。私は心の中で繰り返す。私のスキルはまだ見えないけど、いつか世界を救うようなスキルが発現するのだろうか。

 もっと異世界人について聞きたかったけど、日は既に傾き始めていた。

 正直言って、今日一日、自由研究や課外学習みたいでとっても楽しかった。好奇心のために頭を使ったのなんて、ほんと久しぶりだった。

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