第5話 クロエちゃんの神対応 後編

 翌日、ほんとにちゃんと四人は現れた。

 まず朝イチで司祭が現れて、私は変な声が出た。

 この世界は割といい加減で、開店時間とか決まっていない。日の出でみんな動き出す。

 ギルドも、日の出で起きた私達の準備ができたらオープンだ。

 だからクロエちゃんはまだ降りてきていない。

「あの女はどうした?」

 司祭が小声で私に尋ねる。

 ヤバい。思わず笑いそうになる。司祭のくせに性欲全開かよ。

 まだ寝てるって単純な答えはもったいなくて、ちょっと考える。

「皆様をお迎えする準備をしております」

 笑いをこらえながら、精一杯すまして私は言う。

「そうか、待たせてもらう」

 司祭は適当な台に座るが、座り直したりウロウロしたりで、明らかに落ち着かない。

「ちょっとだけ、お願い」

 私はペアの子に頼んで、三階に上がる。

 部屋に駆け込んだ。

 クロエちゃんは、ちょうど服を着て、髪をとかしているとこだった。

「ヤバい、あいつら本当に来たよ」

「ふーん。みんな一緒?」

 クロエちゃんは当たり前に言った。

「司祭が一人。早く行ったほうがいいよ。待ってるから」

「バカね。こういうのはちょっと待たしたほうが、値段上がるのよ。まだ降りないから、コウ、あなたスキル見てもらいなよ」

 私はいまだに自分のスキルがなにか知らなかった。

 神様と対話できる聖職者は、スキルを見ることが出来るけど、外に出れない私には、教会にも行けない。

 そのことを話すと、司祭は妙な顔をした。

「教会に行ったことがないのか?」

「はい、私、生まれがとっても遠くて、教会のない村で育ったんです」

 適当な嘘をつく。

「それは気の毒だな。まあいい、跪け」

 私は跪き、手を組んで祈るふりをする。

 司祭が私の頭に手を置いて、何かを祈る。

「妙だな」

 しばらくして司祭が首をかしげる。

「どうかされましたか?」

「何も見えない。おかしいな、スキルのない人間なんているはずはないんだが……。一度教会で見てもらったほうがいい。紹介状を書いてあげよう」

 スキルが見えないのは、煩悩にまみれて神様に嫌われたんじゃないですかね、と言いたかったが、言えなかった。


 仕事を終えて3階に上がると、クロエちゃんがベッドで待ってた。

「これ、あげる」

 焼き菓子をくれる。

 彼女は午前中でを終えて、午後は外に出ていた。

「どこ行ってたの?」

「妹に会いに行ってたんだ」

「どうだった? 楽しかった?」

 クロエちゃんは暗い顔をする。

「あいつ、また痩せてた。そろそろ、もっと安い娼館に売られそう。お金も全然貯まってないって」

 安い娼館ほど、過酷だと聞いたことがある。

 クロエちゃんは無理して笑う。

「だから、あたしがしっかりしなきゃね。ねえ聞いて、今日のあたしの売上。いくらと思う?」

「100デールくらい?」

「150!」

「すごい! 新記録じゃない」

 だいたい一人40デール。高い娼館並みの値段だ。

「まあね。前のメンバーがいくら出したって言ったらそれ以上出してくれるし、楽勝だったよ」

「すごいね。明日休みって一言で、そんなに違うんだ」

「ポイントはリーダーじゃなくて、中堅、4人組だったら2番手か3番手に言う事だよ」

「え? なんで?」

「前金もらったら、冒険者って絶対酒場行くでしょ。2番手が受付の女になんか言われてたら、お前何言われたんだってなるでしょ? そこで2番手は言うの。あの女、俺のこと誘ってきたんだぜ。俺に気があるよな、絶対。メンバーは、そんなわけ無いだろ、なんでお前に惚れるんだとかって言う。そしたら2番手は言うの。じゃあ、みんなで確認しにいきましょう、って」

 クロエちゃんってすごい。彼女は誇らしげに続ける。

「逆に、最初にリーダーに明日休みって言ったら、酒場でリーダーが自慢して終わり。馬鹿らしくなったメンバーは娼館に行って、リーダーも冗談だよ俺も一緒に行くとか言って、娼婦抱いておしまい。あたしのことなんか忘れちゃう。娼館にお金落とすくらいなら、あたしで使って欲しいよね、どうせだったら」

 クロエちゃん、日本に生まれてたならアイドルだってやっていけそうって思う。

「私には無理だなあ」

「あたしだって無理してる」

 クロエちゃんはベッドに寝転がって虚空を見つめる。

「嫌いだな、冒険者。自由市民に生まれてるのに、飲んで食って適当な仕事こなして女抱くことくらいしか考えてなくてさ。もうちょっとしっかり生きろってんだよ」

 自由市民だった私は、彼女ほど真剣に生きてただろうかと、胸が苦しくなった。


 私はよく夢を見た。日本の、私が通ってた城成高や両親の夢だ。

 生徒会では、新しい会長は選ばないことになってた。代わりに副会長の高木くんが会長代理って肩書で、二学期の終業式を仕切ってた。

 家はとても暗い雰囲気で、ママはいつも泣いてた。私の骨はまだお墓に入っていなくて、リビングのテーブルの、いつも私が座ってた場所に置かれてた。

 ごめんね。パパ、ママ。先に死んじゃってごめんなさい。でも、私生きてるよ。このクソみたいな世界で、なんとかやってる。だから、泣かないで。

 目が覚めると、私は泣いていた。起き上がると、首筋で奴隷の首輪がチャリンと音を立てた。

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