第4話 クロエちゃんの神対応 前編
読み書きを覚えて、私が計算ができるのがわかると、ギルドの受付の仕事も任されるようになった。冒険者は字の読めない人も多くて、かわりに契約書を書いたり、報酬を計算する。
帳簿付けはちょっと苦手。この世界がクソなのは記数法もで、十進法なのは助かるけどアラビア数字なんかなくて、二百五十足す三百二十五みたいな計算方法をする。
受付は2人でペアを組む。めったにならないけど、メイド長のときが一番緊張する。メイド長ってのは最初に会ったキツめの女。彼女は解放奴隷だ。なんと史上最速の2年で自分を買い戻したらしい。そのコツとか聞きたいけど、聞ける雰囲気はない。
「じゃあ、かわりにあたしのとっておきのテク、教えてあげるよ」
今日のペアはクロエちゃんだ。やっぱ、彼女とのときが一番楽しい。
カウンターは彼女に任せて、私は帳簿付けなんかの裏方に回る。
一階には、ギルドの表向きの機能が集約している。受付のカウンター、厨房、宿、倉庫、ホールとヤリ部屋。ホールには、パーティーメンバーを探す冒険者がたむろしている。ホールに並んでいる微妙な高さの台は、椅子になったりテーブルになったり、喧嘩のときは殴り合いの道具になったりする。
基本的に彼らは金が無いから、営業かけても無駄ってクロエちゃんは言う。
受付は割と忙しい。ギルドには様々な人が来る。冒険者だけじゃなく、仕事の依頼や、お役人なんかも来るので気が抜けない。失礼があった日にはパウロに殴られること確実だ。お役人や、たくさん護衛の仕事をくれる商会の人には女を抱かせるってのがパウロの方針らしく、非番で客待ちしてるときにこの手の人たちが来ると、げって思う。たいていは、抱かれたあとチップみたいに5とか10デールくらいはくれるけど、たまに1デールもくれずに抱き逃げする人もいる。だいたい休みなのに仕事させてんじゃねーよ。クソパウロ。
仕事をこなして報酬を受け取りに来たパーティーが現れると、非番のメイドが色めき立つ。
支払いまでの手続きの間、餌を貰いに来た野良猫みたいにソロソロと距離を詰める。
お前たち、先やってていいぞ、なんてリーダーが言うと、ちょっとした騒ぎだ。
非番のメイドは一人か二人しかいないので、下手したら奪い合いになる。
「マジっすか。俺この子がいい」
「じゃあ俺、こっち」
メイドを連れてヤリ部屋に駆け込む戦士と魔法使いを、メンバーの僧侶の女の子が、心底軽蔑した目で見ていた。
私もエロトークしてる男子をあんな目で見てたなあ。わかるわかる。心のなかで頷いていたら、リーダーが僧侶の肩を抱いて、俺はお前一筋だからな、なんて言ってた。
あ、そういうことね。でも聖職者のくせに、そういうことしていいんだ。ふーん。
「仕事終わりの冒険者って、金払いはいいけど、あんま、いい客じゃないよね」
クロエちゃんが、私にしか聞こえない声で言う。
「わかる。戦い気分残ってんのか知らないけど、髪とか腕とか馬鹿力で掴んでくるし、めちゃくちゃ激しいし、絶対一回じゃ終わらないし。こないだなんか、青痣だらけにされたよ」
このときも、一時間以上はメイドの子たちはヤリ部屋から出てこなかった。
新しい冒険者の一行が、ホールに入ってきた。男ばかり四人。まっすぐに受付にやってくる。
「姉ちゃん、仕事を探している。護衛か用心棒がいい。パーティー名は黒の鷹達。ランクは銅の上位。詳細はこれを見てくれ」
リーダーらしい剣士が、ばんっと音を立てて紙の綴を置く。動物の皮で作った紙を束ねたものだ。
冒険者の証って意味のドウーノ・ブロフエルスっていうけど、ライセンスって私は呼んでる。
「拝見します」
こなした仕事が、各ギルドの印とともに、びっしりと書かれている。
「コウ、銀の下位と銅の仕事出して」
言われたクラスの仕事の紙を抜き出して、リーダーに渡す。
「俺は字が読めねえんだ。姉ちゃん、概要だけでいい、読んでくれ」
私がリーダーに仕事の説明をしている間、クロエちゃんが他のメンバーのライセンスを確認する。
リーダーが選んだのは、ちょっと離れた街への不定期便の護衛。主に貴族や大商人や教会が使うやつだ。盗賊に襲われるリスクは高いけど、報酬はいい。まあ、銅の上位なら盗賊なんて目じゃないだろう。出発は三日後の明け方。
「黒の鷹達ですと、前金が2割まで出せますが、いかがいたしますか?」
「そりゃあ貰って行くに決まってるだろ。みんなもそうだろ?」
おー! と声が上がる。こういうノリ、体育会系ってこっちの世界でも変わんない。
私は男の使用人を呼んでくる。奴隷になって日が浅い私は、まだ外出許可が貰えないし、受付を空けるわけにもいかない。
おじいちゃんの使用人は、とにかく腰が低い。
「では、わたくしが雇い主様のところにご案内いたします」
「じゃあ俺は挨拶に行ってくるから、お前たち酒場先行ってていいぞ」
また、おー! と盛り上がるメンバー。
「ご無事をお祈りしています」
クロエちゃんは天使の笑顔で言う。しかも一人ひとりの手を、包み込むようにして握ってあげる。
神対応かよ。
私には出来んわ。
そう思っていたら、一人にだけ、耳元で何かを囁いた。
その戦士はギルドを出ていくまで真っ赤だった。
「なんて言ったの?」
「明日、あたしお休みなんです」
「それだけ?」
「それだけ。でも明日見てて。絶対四人ともやってくるからさ」
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