第2話 私の仕事はメイド、そして春を売る


 洗濯と掃除と食器洗いが主な私の仕事になった。メイド服みたいだと思ったけど、本当にメイドやるとはね。

 ここでは他にも10人くらいのメイドがいたけど、言葉の分からない私は、クロエちゃんにくっついて仕事を学んだ。

「じゃあっ! コウって! お姫様じゃないんだね」

 クロエちゃんが何度も毬のように跳ねながら言った。

 遊んでいるわけじゃなくて、彼女の足元には洗濯物がある。水道のある中庭で、木製のタライみたいなのに洗濯物を入れるだけ入れて、水に浸して踏むのがここでの洗濯だ。原始的で体力勝負。水道もただの溝に水が流れているだけ。石鹸なんて使わない。一応この世界にも石鹸はあるらしいけど、めっちゃ高いらしい。江戸時代でも灰汁使ってたというのに。

「そう! だよ! ただの! 学生!

 」

 だから石鹸の作り方知ってる。でも水酸化ナトリウムがないや。まあ強いアルカリだったら何でもいいのか。じゃあ、それこそ灰汁でいい。でもやんない。洗濯で手が荒れるようになるの嫌だから。

「平民の女でも学校行けるなんて、いい国だね。コウ」

 クロエちゃんは洗濯物をギュッと絞る。

「私のいた世界じゃ、そんな国たくさんあったよ」

「そうだった。国じゃないね、セカイ」

「いつか、私、帰れるのかな?」

「大丈夫だよ。妖精の国や魔王の国に迷い込んで帰ってきたお話、いーっぱいあるよ」

 クロエちゃんは無邪気に笑う。

 彼女は私をガリバー旅行記や不思議の国のアリスみたいに、別の国に迷い込んだだけだと思っている。

 でもね。

 私は空を見上げる。真上から照らす、太陽。地球じゃ赤道直下の日の高さだ。それでも私達は長袖を着て、今日はちょっと寒いねなんて言ってる。

 何百年か前、魔王の呪いで太陽は半分になった。

 重力や一日の長さは地球とあんまり変わらないけど、絶対にここは違う世界だ。

 突如、ヒューと指笛を鳴らされる。振り返ると、窓から身を乗り出して、何人ものラグビー部みたいな男が手を降っている。

 冒険者たちだ。

 刺さる好奇と好色の視線。

 私は思わず下を向く。

「だめだよー。コウ」

 クロエちゃんの声がする。彼女は笑顔で手を振り返している。

「ちゃんと愛想よくしないと。こういうとこで愛嬌振りまけるかで、全然売上違うんだから」

 私が見惚れるくらいの笑顔を全く崩さず、クロエちゃんは淡々と言った。


 私を買ったのは冒険者ギルドの長、パウロという男だ。同業者組合ギルドと言うからには、この男も冒険者なのだろう。確かに筋肉ダルマでスキンヘッドでヒゲがめっちゃ濃い。

 この世界は相当に物騒で、モンスター退治とか、隊商の護衛の需要が普通にある。

 そういった仕事を斡旋したり、パーティーメンバーを仲介するのがギルドの仕事だ。

 魔王を倒すのが冒険者達の共通の目標のはずだけど、みんな日々を生きるのに精一杯で、本気で魔王を倒そうとしてる人なんて一人もいないように見える。


「ね、ねえ。ほんとにやんの?」

 私はクロエちゃんの袖を掴む。

「往生際悪いなあ。覚悟、決めなさいよ」

 クロエちゃんにブレザーの背中を叩かれて、私は階段を降りる。

 ここに来て1ヶ月くらい経っただろうか。私はこちらの言葉もだいぶ話せるようになっていた。

 奴隷に落ちた遠い国のお姫様役くらいは演じられる。そのためにわざわざボタンを縫直して、学校の制服まで着ていた。

「でも、やっぱ怖い!」

「もう、諦めろ!」

 ほとんど突き飛ばされるように、私は一階に降りた。

 ホール中から、刺すような視線。

 すぐに冒険者たちが、私に群がる。口々に捲し立てられる。

 あ、やっぱ駄目だ。何言ってるか全然わかんないや。

 終了モードの私に代わって、クロエちゃんが交渉してくれる。

 すぐに一人のおじさんと交渉が成立して、金貨3枚を受け取る。

 一階の隅に、トイレみたいな小さな個室が2つある。薄い木の扉を開けて、人一人が寝るのもやっとな、毛布が敷いただけの小さなベッドに上がって股を開く。

 この部屋に名前はない。私は最初こそ休憩室とかあの部屋とか呼んでたけど惨めになるだけだから、いっそ思いっきり下品にヤリ部屋って呼ぶようになった。壁なんてただの板一枚で、隣でやってると声も音も全部聞こえる。

 冒険者ギルドでは地図を作ったり、お金を貸したり、宿や食事を提供したり、いろんなサービスを提供してて、その一つが女だった。

 ちゃんとした娼館じゃないから、あくまで奴隷個人が休みの日に春を売ってるってことになってる。

 メイドには、週1回の休みの日に、冒険者相手に売春する権利が認められていた。

 相手を選ぶ権利と、交渉で値段を決める権利もある。権利って呼ぶのが微妙なほどささやかな権利だけど、人権のない私にとって、たったひとつの自由への道筋だ。

 3千デール。これが私の値段。破れたブラウスと汚れたショーツの弁償をさせるため、クロエちゃんに付き添って貰ってパウロのところに行ったとき、ついでに聞いた。

 奴隷でも、主人が定めたお金を貯められたら、自分を買い戻せるのが、この世界のルール。ちょっとローマっぽい。私は買われて間もないので、多分パウロが買ったときの値段で買い戻せるんじゃないかというのが、クロエちゃんの意見だった。

 めっちゃ泣きそうだけど、私は決めた。私は私を買い戻す。そのためなら、なんだってする。

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