第90話 膝から崩れ落ちそうになる男

〈なぜだ…〉


俺は今ダイニングの奥の壁を見ながら遠い目をしている。


半月がかりの道路舗装と作業員用の仮の村の建設を終え一旦帰ってきた。


そう、帰ってきただけなのに…


ガイルス辺境伯様の屋敷で俺の帰りを待っていた文官さん達が、俺の帰宅を聞きつけて、我が家になだれ込んできた。


トーマスさんはじめ屋敷のメンバーが勢ぞろいする中、


文官さんが


「国王陛下からのお言葉である!」


と宣言する。


〈えっ、何んかマズイ事したかな?〉


と不安になりながら「ははぁ。」と頭をさげる俺に、


「恩賞に与えた領地に物資が乏しく難儀しておると聞いた。


ゆえに、会議の結果、ドラグーン平原の北に広がる森と山を新たにドラグーン子爵の領地に加える。」


〈えっ、良いの? ヤッター、資材の目処がついたよ。

ありがとうございます。国王陛下!〉


と心の中で感謝しながらサンバを踊っていた。


文官さんが地図を出して説明をはじめる。


「赤い色で囲ってある地域、つまり湖の北にあるダンジョン迄が、いままでのドラグーン子爵領地でしたが、


新たに青く囲われた部分、旧アルバート伯爵領の一部を王国直轄地の一部と交換する形で、今回ドラグーン子爵の領地となりますので、手続きをお願いします。」


と言われた。


〈良いですよぉ、サインくらい、直ぐ書いちゃいますよ。〉


とノリノリでサインを済ます。


文官さんは、


「はい、確かに、手続きが終了したことを確認いたしました。


ドラグーン平原の北の森と山は

これで正式にドラグーン子爵の物となりました。


おめでとうございます。」


と頭をさげる文官さん、


トーマスさんが地図を受け取り壁の隅に貼った。


俺は、


「国王陛下にお礼をお伝え下さい。」


と言ったのだが、文官さんは、


「はい、しかし国王陛下からお手紙と、その他諸々預かっておりますので、

先にそちらを…」


と文官さんが話す。


〈えっ、他にも何か貰えるの?やっふーっい!〉


笑顔になりそうなのをグッとこらえて、

「はい。」と真面目な顔をキープする俺、


そして


書簡を取り出した文官さんは、高らかにソレを読み上げる。


「ドラグーン平原とその周辺の子爵領地を新たに〈カレー州〉と名付ける。


合わせて、ドラグーン湖は〈カレー湖〉と改名する。


国王 フェルリナンド 二世」



…??!

さ、最悪だ…よりにもよって〈加齢臭〉に〈カレー粉〉…


こんなことなら城でカレーを作らずに、〈ビーフストロガノフ〉でも作っておけば良かった。


しかし、王様が決めたのなら仕方ない…


と諦めて我慢しようと決めるが、


文官さんは止まらない。


「続いて、寄り親のガイルス辺境伯より、新しい街の名前が、贈られます。


こちらです。」


と掲げた文官さんの手には額に入れられた紙に達筆な文字で、


『命名、子爵領都 マヨネーズ』


と書かれていた。


〈新元号発表みたいにすんなや!


んで、ガイルス様ぁ!

俺に恨みでも有るんすかぁ?〉


〈マヨネーズの呪縛再び〉に泣きそうになる俺、


それと、トーマスさんその額縁も飾るのね…


もう泣きそう、


しかし、文官さんはまだ続ける。


「ジェルバ公爵より


ドラグーン子爵家の紋章が贈られます。」


と宣言した文官さんが、木製の箱から大きな布を広げた瞬間、俺の意識は宇宙へ飛んだ…



だって小瓶だぜ…

ラベルにドラグーンは居るけど、

ドラグーンに挟まれて『マヨネーズ』と書いてある。


喫茶店の砂糖みたいに横からスプーンがはみ出てるし…


やはり、帝都に引っ越すべきかもしれない…


しかし、トーマスさんは嬉しそうに壁に紋章を掲げた。



はい、どうも、


大きな湖〈カレー湖〉のある

領地の名前は〈カレー州〉、


そこに建設中の街の名前は〈マヨネーズ〉、


その街の領主は〈ドラグーン子爵〉、


家の紋章は〈マヨネーズの小瓶〉だよ。




…格好良いと思っていた

〈ドラグーン子爵〉が急にクソ滑ってるみたいで恥ずかしく成ってきた…


もう、いっそのこと〈クレープ子爵〉とか〈ホットケーキ子爵〉の方が笑って覚えて貰えそうだ。


遠い目をしながら我が家に飾られた品々を見つめて、少し泣いた…




心のダメージも少し癒えた数日後に、気を取り直して街作りの続きに向かおうと、

乗り込む馬車の扉に鉄製の〈マヨネーズの小瓶印〉が付いていたのを見て、


また泣いちゃった。

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