第53話

帰りの道中は皆暗く、会話はなかった。


俺はずっと歩きながら考えごとをしていた。


さっきの巨大な狼型のモンスター。

あれが、あのスカイツリーの円環から出てくるのだろうか。


最後のブレス、あれは東京を一日で壊滅させることが可能だ。

あんなブレスができるモンスターなら日本を簡単に蹂躙できるだろう。


…あれと戦うのか。一年後に?

もし戦うとしたら、どうなるんだ?


日本中のダイバーを募れば勝てるのだろうか。

俺はどうなる? いや、間違いなくかり出される。


レベル99だ。俺がもし指揮する側だったら絶対に使う。


だがあの映像の中のレベル99は最後に死んだ。

勇敢に先陣を切ったが、ボロボロになり、逃げだし、そして最後は塵となった。


ほかのダイバー達も死んだ。



死ぬのか。

つまり、俺の寿命は後1年ってことか?


…。

ここで、『人のために国民のために戦います』ってすぐに言えたらかっこよかったんだけどな。


はぁ…。


レベル99を得てから死ぬ目に遭うのが多いな。

だが今回は裏ボスの時とは違う。


今回の原因は分からないけれど、おそらく俺ではないんだ。

俺の責任じゃない。今回は逃げても心情的に問題ない。


そうだ。隣の大陸にまで逃げればいい。そうすれば生き残れる。

船や飛行機は乗れるかわからないが、最悪レベル99なら泳いでいけるだろう。


スタンピードは…おそらく海を渡らない。




リュミエハーツはどうするんだろう。

…戦うんじゃないか?


いや、あんなボスが来たら、リュミエハーツだって逃げ出すだろう。

勝てるわけがない。


一緒に逃げ出すならできるか?

いや…かえって邪魔か。

そんな逃避行は物語の中でしか受けないしな。


一緒にいない方が遥を守れるだろう。

遥には遥の護衛がいるのだし。





「お嬢、今日の用事はどうする?」

「紬、今そんな場合ではないでしょう?」


そうだ。あんな来るってのに、九州の用事って…。

だが、遥は違った。


「…行きます。」

「お嬢様?」


「まだ先ほどの映像が未来だと確定したわけではありません」


遥の目は燃えていた。


「それに、未来が絶望でも明日の幸福を望む人はいます」


遥ははっきりと言った。

まっすぐと立つその姿が目に刺さった。


「…わかりました」


杏奈は引き下がった。


「さっすが! それでこそ遥だよ!」と瑞樹が遥に駆け寄る。

「今度の第6級の遺跡探索、予定を早めなければなりませんね」

「まずは確認ですか?」と杏菜。

「ええ、それと他の人にも告知しなければ」


「そうすれば説得して動かしやすいか」と紬。

「日本であれを倒す場合、戦力が足りませんね…」

「ダイバーの数、足りない」とエマ。

「それもありますし、レベルも足りません」


「いっちょ全員鍛えてやるか」と莉奈。

「鍛えられるでしょうか」

「私たちならやれるんじゃない?」と瑞樹。

「…そうですね」




絶望の前に真っ先に逃げる準備をした俺。

絶望の前に真っ先に戦う準備をした遥。




遠いねぇ。








俺たちは熊本市に行った。

そしてすぐに遥が指示を出した。


「作戦開始はもうしばらく後でしたね?」

「そうだよ」

「わかりました。旭はもう帰りますか?」

「え?」

「私たちはまだ九州で用事があるので残りますが、旭は先に埼玉に戻っていただいてもかまいませんよ」

「あ、ああ」


俺は勢いに飲まれるように了承した。


「また東京でな」と紬。

「紬」と杏奈。

「じゃあねぇー!」と瑞樹。

「これ、やるよ」莉奈にジャーキーを渡された。

「あ! それ莉奈のお気に入り!」と瑞樹。

「嘆きの大地にてまつ」とエマ。


そして彼女達は駅へと向かった。


俺はぽつんと一人、街中に立っていた。






「優しいねぇ」

「…何がですか?」


リュミエハーツは旭が動揺しているのを感じていた。

むしろその心情が伝わったからこそ、冷静になった所もあった。


彼女達は今まで何人もの人とパーティを組んでいたのだ。

その中には途中で逃げた人もいた。


彼の雰囲気はそれに酷似していた。

おそらく、旭は逃げるだろうと感じていた。


旭は戦うとなれば大事な戦力だ。

だが、命が関わっているのに、無理に連れていくなんてことはできない。


自分で戦いに赴いていくものしか一緒に戦えないのだ。


「いや、逃げやすいように一人にさせるとはね」と紬。

「…あの人もダンジョンに振り回されている一人ですから」と遥。

「なるほどねぇ」と紬。


遥がそういう思想で動いているのは事実だ。

だが皆そう思わなかった。


「しかし、ここで旭が逃げたら恋は実らずか」と紬。

「な、何の話ですか!」と遥。

「いや、バレバレだから」と莉奈。

「わかったよねぇー」と瑞樹。


「発情期に入っていた」とエマ。

「入ってません! 何ですか、発情期って!」と遥。

「そうですよ、エマ。お嬢様に発情期はありません」と杏奈。

「…それはそれでどうなの?」と紬。





「さてはて、カードはどうするかな」と紬はつぶやいた。


紬はカードの件で悩んでいた。

まだ旭が逃げると確定した訳じゃない。


だが可能性は高い。それに悪用されても困るカードだ。

あのカードはいつでも表示内容や識別を変えられる特別製だっだ。


「紬、カードはそのままに」


遥がいった。

彼女は紬がやりそうなことを事前に察していた。


遥はまだ信じたかった。


「お嬢がそういうなら」









俺は先は帰らずに熊本市内を歩き回っていた。

なんとなく、そのまま帰る気は起きなかった。


街中を歩き回りながら、先ほどの遥の姿を思い浮かべていた。


あのときの遥はかっこよかったなぁ。

動揺して逃げ腰の俺と比べて、遥は毅然としていた。


あれがヒーローを目指す子か。

口先だけではなく、本気で目指している子。


ヒーローを目指すなんて年齢に似合わないなんて思ってたけど、そんなこと思う資格なんてなかったな。


だめだなぁ。俺は。


あの子達は多分今までこんぐらいの困難なんて乗り越えてきたんだろう。

それに比べて、俺はステータスだけ。


一度は絶望を乗り越えたが、あれは仕方なくだったし。


おそらくこれからも絶望はやってくる。

俺は、それらを乗り越えて、彼女達についていけるだろうか。


…。



…ぐぅーーーー。


お腹が大きくなった。


…。


はぁ、未来は絶望でも、腹は減るな…。


飯でも食うか。

せっかく九州まで来たんだし、なんかこの場所で食える物がいいな。

それに歩いていればまた何か、心が決まるかもしれない。


熊本と言えば…ラーメンか。


俺はグルメアプリを起動して街を歩いた。







熊本ラーメン、うまかったなぁ。

もう一度来たいね。


飯を食っている間は絶望を忘れられる単純な自分に感謝だな。


熊本市内を再びポツポツと歩く。


…帰るか。

彼女たちとは…。


「キャッ」


「は?」


目の前で歩いていた女性が、急に横からやってきた男に連れ去られていった。


「え? 今目の前で人さらわれてったんだけど」


女性が男に抱えられてビルの隙間に入っていった。

高く跳躍していることからおそらくダイバーだ。


…。


ダイバーか。

ダイバーが相手だと逃げの一手って決めてたよな。


何のスキルを持っているのかわからないし。

別に俺は戦闘狂ってわけでもないしな…。


関わらないのが正解だ。


だが。


『ダンジョンやダイバーに人生が振り回されている人が多くいます』

『そんな人の助けになりたい。』

『それに、未来が絶望でも明日の幸福を望む人はいます』

『あなたみたいな自分を助けた人に憧れちゃうんじゃないかな』



彼女は絶望を目の前にしてもなお、人助けをするために戦っている。

それなのに、俺は自分のことだけか?

逃げ続けるだけか?



…。

この一歩。

ヒーローへの第一歩か。


ステータスレベル99。

ヒーローレベル1。


俺は一歩を踏み出した。

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