第52話
一行は遺跡の中央にある塔へと戻った。
「ちなみにこの塔は皆見えるんだよね」
「ええ」
よかった。
さっきの件で、ちょっと自分が見えている物に不信感を覚えてたよ。
改めてみるとこの塔、結構神秘的だよなぁ。
文化遺産としてありそうだ。
「どうです? 何か怪しいところとか違いとかあります?」と遥。
俺はタブレットを開いて見てみるが特に見あたらなかった。
「いや、さっきも見たけど以前の物と違いは見えないかなぁ」と旭。
「旭が言ってた、その上にあるという玉の所までいってみる?」と瑞樹。
「それはちょっと。最後の手段にしましょう」と遥。
あの結構大きな玉の中にはあまり入りたくないな…。
入れるかどうかしらんが。
「じゃあ、旭がどこかに触れたら反応するとかですかね」
「ありそうだな」
定番といえば定番。
さっきは見ただけで触れてはいなかったんだよな。
「しかし、そうですね…」と遥。
遥が悩む素振りを見せる。
「周辺のダイバーはどうする?」と紬。
「そこなんですよね。あまりいたずらに騒いでも…」
「注意だけ促しましょう」と杏奈。
「…そうですね。そうしますか」:遥
そういって杏奈はスマホを取り出して『注意』を出した。
後から聞いたが、『注意』は報告としては簡単なものであり、その知らせの結果に責任はないとされているから、従う人はあまりいないらしい。
とはいえ、今回は発信したのが『リュミエハーツ』なので従うダイバーもそれなりいた。
より強い『警告』もあるのだが、適切な情報を流せないと使用にペナルティが発生するために、まだ何も起きていない状況だと使えないそうだ。
「触れる場所というと、あそことか怪しいかな?」と旭。
塔の一つに少しだけ出っ張った場所があった。
怪しい場所と見ると、手をかざせば何かがありそうに見える。
しかし、さわって何があるのか分からんな。
とりあえず俺一人でやった方がいい。
「遥達は離れておいてくれ」
「…いえ、ある程度の距離にいます。その場所で守りを固めるので、何かあったらそこまで下がって下さい」
「…わかった」
遥達は下がる。
「私は守ればいいのね!」と瑞樹。
「はい」と遥。
「バッチコーイ!」
瑞樹はそういって盾を構えた。
そしてその後ろで遥達が構えている。
俺だけが塔のそばにいて、彼女たちは遠くから見ている。
…自分で言っておいて何だが、爆弾処理班の気持ちが分かったかも。
塔の出っ張ったところをおそるおそる触ってみる…。
ん? 何も変化はないな。
そう思いながらべたべたと触る。
何もなかったのか? ほかの所だろうか?
あの玉につっこまないといけない感じ?
「旭! 下がって!」
え?
あわてて下がろうとするが、手が塔の中へとずるっと入っていく。
そしてそのまま俺の体はずるずると塔の中へ吸い込まれていった。
「おわっと!」
思わずたたらをふんだ。
辺りを見渡す。
「塔の中、か」
入った塔の中は…ダンジョンの始めにあるオーブの間と似ていた。
周辺が土で覆われているドーム上の空間だ。
だが、中央にある台座の上に乗っているオーブの色が違う。
「緑色? あっちは青だったな」
こちらのオーブも3分目まで水が入っている。
「どうするかな…」
出口は…手前にしかないな。
入り口と出口が一緒か。
とりあえず出るか?
しかし、あの玉が俺にしか見えなかったことから、ここは俺しか入れない空間の可能性が高いな。
ひとまず触ってみるか。
そして緑色のオーブに触れる。
「入れた!」と遥。
「おーい。無事かぁ?」と紬。
「え、入れたの?」
オーブからまばゆい光が辺り一面に放たれた。
「ここは…遺跡? 外に出たのか?」
気づくと周囲は遺跡で見たような場所になっていた。
だが、先ほどと違って新しい。
遺跡じゃなくてただの街になってる。
生きている街に見えるな。
「全員いる?」
遥はパーティメンバーの無事を確認する。
「いるみたいだね」と紬。
入ってきた皆は周辺を見渡した。
「ここは、遺跡? けど新しいし、それに…」と瑞樹。
「コボルトですね。全員構えて」と遥。
遠くからやってくるコボルト達が見えた。
「攻撃する?」
エマが杖を構える。
「…いや、ちょっと待ってください」
確かにあれは止めるだろう。
コボルト達の様子は普段見るモンスターとは明らかに違っていた。
先ほどのダンジョンでモンスターとして見たときは凶悪な顔をしていたが…。
今見ているあのコボルトはそうは見えない。
普通に生きているといってもいいくらいだ。
「モンスターにしては…正直雰囲気が違うような。それにこちらに気づいていない?」
「そう見えますね」と杏奈。
コボルト達は子供に見えた。
無邪気に遊びながら近づいてくる。
「子供? モンスターでそんなのはいなかったはず…」
若干の緊張が走る。
そしてコボルトは俺たちの横を通り、奥へと進んでいった。
「今通り抜けましたね」と遥。
「え?」と旭。
「ああ。瑞樹の盾の端を通り抜けた」と莉奈。
え、そうだった?
「これ、映像ですか?」
「にしては空気の感じが現実としか思えないけど…」と旭。
若干風があるし、それに土埃がある。
何か分からないが臭いもする。
到底映像とは思えないが…。
とはいえダンジョンの不思議を考えるとあり得るのか。
ん? あれは…。
俺は周囲を見渡している時に遠くに見えた塔をみる。
「円環がある」
「え?」
俺が指さした方に皆でみた。
「まだ、全然進んでいないな」と紬。
「そろそろ5ほどでしょうか?」と遥。
俺たちが見ていると、円環の黒化が進んでいった。
カウントダウンが始まっている。
次第に円環の様相も変わっていった。
最初は神聖見があった風貌が、禍々しくなっていく。
そしてコボルト達の様相も変わっていった。
街全体が明るかった雰囲気が、どこか暗くよどんでいく。
生きていた街が、次第に病気になっていているようだ。
あの遊んでいた子供コボルトは見えなくなってきた。
皆家の中に引きこもっていく。
やがて周辺からもコボルト達がやってきた。
皆ぼろぼろだった。
負傷して、這々の体でなんとかこの遺跡に来ているのがわかった。
遺跡はコボルト達で埋まり、塔に願う人が増えてくる。
遺跡に集まってきたのはコボルトだけではなかった。
モンスターの襲撃も何度も行われた。
遺跡にはコボルト達が少しずつ集まっては、周辺からやってきたモンスターと戦い、数が減っていくというのを繰り返した。
円環の方を見ると、最初は塔に掛かっていた円環が上昇していき、塔よりも高い位置に昇って、輪も大きくなっていく。
そして円環が真っ黒となったとき、そいつが現れた。
巨大な狼。
ビルを軽くまたげるくらいの大きさだ。
先ほどの塔で描かれた魔王よりも大きい。
どこか神聖な空気を持つその狼。
神々しく見るものすべてを圧倒した。
円環からと這い出るように出てきて、地上へと落ち、着地する。
コボルト達は、阿鼻叫喚となった。
だが、逃げようともしなかった。
逃げる先なんてもうないと分かっているかのように。
そこに一人吼え、立ち向かうコボルトがいた。
街を駆け、あの巨大な狼型のモンスターの攻撃を避けながら、攻撃をしていく。
…強い。
おそらくおれと同じくらいのレベルを持っているんじゃないか?
そのコボルトは何度も何度も巨大狼モンスターに攻撃する。
ダメージは出しているように見えた。
ほかにもそのコボルトほどではないが、戦っているコボルト達がいた。
剣や槍、弓、大魔法などを使い、狼型のモンスターに攻撃をする。
善戦は、したのだろう。
だがそいつら皆、狼が羽虫を殺すかのごとく爪で引き裂かれ、その巨大な牙に挟まれて、一人また一人と死んでいった。
最後に一人残った、最初に戦ったコボルトは腕をちぎられて、逃げ出した。
戦う者がいなくなると、巨大な狼の様相が変わってくる。
神聖な空気がなくなり、地獄のような空気を持つようになった。
裁定者から処刑人に変化するかのように。
狼がその口を大きく開ける。
そこに光が集まり、あふれ出た。
ブレス。
そいつのブレスで町が一瞬で破壊されていく。
逃げたあの強かったコボルトも塵となる。
街は一瞬でブレスに飲まれ、コボルト達はすべてが塵となっていった。
映像はここでとぎれた。
再び、皆塔の中に戻っていた。
俺は、衝撃のあまり何も言えなくなってしまっていた。
空気もしばらくは止まっていた。
やがて一人が口を開ける。
「あれが…。あれが出てくるというのですか?」
「あんなの…どうやって倒すんだ?」と莉奈。
あんなのが暴れ回ったら、東京は、いや日本は全滅だ。
「いったん、戻ろうか」
紬が言った。
彼女は冷静になる必要性があると思った。
「…そうですね」
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