第54話

建物の間を走り続ける。


ひとまず、ひとまず切り替えよう。

とりあえず、あの絶望は忘れよう。


あれの正面に立ち続けてたら何もできなくなる。

切り替えるんだ。


笑いと笑顔を大事にするんだ。

そうすれば乗り越えられるさ。


…ふう。


普段の俺、普段の俺だ。

よし、大丈夫だ。







それにしても、あのダイバーめちゃくちゃ慣れてるな。

速度は俺の方が早いんだが、向こうの方がこの街に慣れてるからか、スマートに進んでいる。


ここら辺は確か阿蘇山ダンジョンが安定してから栄えだしたんだよな。

ビルがそこそこある。


しかし、よくよく考えたらこれ、全然誘拐とかじゃなかったらどうしよう。


これがもしダイナミックなプロポーズとかだったら?


君をいきなりこの高いところに連れて行きたかったとか言ってたら?

逆に女性側が、私一度ダイバーに誘拐されたかったの、とか。


俺完璧お邪魔虫じゃん。

やばい。冷静に考えたらやってることやばい気がしてきた。


第一歩からこけそうだ。


…まぁ、追っかけてみるか。

全然違ったら俺が恥をかくだけでいいんだ。


顔は…どうするかな。変えるか?

いやけど、今は免許証があるんだ。このままの方がいいか。


そろそろビルの移動にも慣れてきたし、行くか。

と、思っているとそいつは高層ビルの屋上にまで駆け上がっていった。


…やっぱデートコースだろうか?

屋上とかめっちゃ夜景がきれいそうじゃん。


そして屋上へあがると、なにやらヤバげな人が二人見えた。

剣を腰に差したり、銃を持って周囲を警戒している。


それによくよく見るとビルは屋上から三階部分が窓を閉め切っていた。


わー。なんか怪しげな雰囲気。

いや、いやいやいやいや。


ひょっとしたら会員限定のお店かもしれない。

だからガードマンがいるんだ。

めちゃくちゃ入りづらいけど。


話しかけてみるか。

そのときの反応でわかるだろう。決め付けはよくない。

俺はヒーローレベル1なんだからな。


笑顔で話しかけよう。何事も笑顔が大事。

人間関係は第一印象だ。


「あー。こんにちはー。ここってデートスポットか何かですか?」


だが、彼らは俺を見た瞬間にくってかかってきた。


「侵入者だ!」

「殺せ!」


はい、アウト。

『こんにちは』って言葉の返しが『殺せ』って異世界か。


そんなことを思っていると彼らは攻撃してきた。


「おっとっと?」


炎や雷などの魔法攻撃が飛んでくる。

とりあえず殺しにかかってきた彼らを気絶させた。


「レベル30から40ってとこか? こんなもんだろうか」


当然ノーダメだ。

レベル99と『上級盾術』は伊達じゃない。


さて、恒例の髪の毛収穫は…


…。


いや、さっきの女の子見てからにしよう。

今日はヒーローレベルをあげるために来たんだよ。


ここで収穫したらヴィランレベルがあがる気がするぜ。


一年後に向けて…。

いや、ひとまずはあのことは忘れよう。


俺は屋上の扉からビルの中へと入っていった。






音を立てずひっそりと入っていく。

足裏はスライムにしておいた。


階段をひたひたと下りると、大きなワンフロアにでる。


中をこっそり覗くと男が女がたくさんいた。

だが、その二つは格好が分かれていた。


男の方は服を着ていたけど、女の方は下着姿だ。

そして一カ所にまとめられて座っている。

口にはガムテ、手は後ろでお縄になっていた。


うーん。ギルティ。


「今月の収穫はこれだけか? 最近収穫全然できてなくねぇか?」

「ちょっとダンジョン協会の連中がかぎ回ってまして…」

「これじゃ本部に回せねぇよ。わかってんのか? おい」

「すみません」

「すみませんじゃねぇよ! てめぇ! 謝ってる暇あったらとっとと次持ってこい!」

「す、すみません」


なんかヤクザ映画のような状況。


会話の内容と状況から、人身売買でもしているように見える。

そんなの本当にあるんだな…。


ヒーローになるということは、人の悪をのぞき見るということか。


…遥はこんなんばっか見てるから、もっと強くならないといけないと考えるのかな。


ひとまず成敗しとくか。

悪・即・斬。

昔やってたヒーローアニメの鉄則だ。


あー、だが。

ひょっとしたら間違いがあるかもしれないから挨拶だけはしておこう。


そう、ここは前衛的な下着CMの撮影現場の可能性があるんだ。

笑顔でいこう。


「こんにちはー。ひょっと」


「誰だてめぇ!」

「侵入者か!」

「殺せ!」


よし、倒そう。

あれは『悪しかできない私を倒してください』という挨拶だ。

相手の要望に応えねば。ていうか最後まで言わせろ。


コロンコロン。


そのとき上から何か音がした。

階段を何かが落ちてくる音。


「ん?」


階段の方を見ると、その何かは小さい金属の何かだった。

ある程度落ちるとその金属の何かは煙を勢いよく吹き出し、部屋中を一瞬で覆う。


スモーク?


そして同時に明かりも落ちた。


「なんだこれ!」

「かまわねぇ! うちやがれ!」


あれ、彼らも知らないことなのか?


彼らの方から魔法攻撃がいくつも飛んできた。

というか魔法攻撃多いな。


そして後ろからも飛んできた。

俺は慌ててとらわれた女子達の前に立って盾を張った。


「ぐはっ!」

「ギャッ!」


野郎の悲鳴が聞こえる。


今、血しぶきが落ちる音が…


しばらくして、煙の中、盾の側面から、唐突に剣が迫る。


「あっぶね!」


慌てて下がる。

だが追撃の剣。


鋭い!


「クッ!」


今度は盾を回して剣を受ける。


「!」


剣の持ち手が驚いたのが分かった。


その隙に横から土魔法の槍が飛んできた。


「いってぇ!」


HPが削れる。


この感触、さっきのヤクザな奴らの比じゃないな。


思わずハンマーを取り出して片手で振り抜く。

剣の持ち手は跳躍して避け、天井を蹴って追撃を行う。


後ろに避ける。

だが足下があいていた。土魔法による落とし穴。


「やべ!」


またこれか!

やめろよ! トラウマが蘇るだろ!


後ろにこけそうになる体を無理矢理空中に回転させて着地する。

そして盾を閉じて魔法が飛んできたところに適当に『氷結魔法』と『粘着魔法』を放って乱射して牽制する。


飛んできたところから悲鳴が聞こえた。

威力は押さえていたから死んではいないだろう。


正面の剣から更なる連撃。

一閃、二閃。

紙一重で避ける。


そして三閃は盾を再び展開して受ける。


後ろから何かが迫る。音だけが大きい。

横に避けると、俺がいたところがつぶれた。ハンマーか。


避けつつ、後ろから攻撃してきた奴に向けてハンマーを振り抜く。

ハンマーの持ち手は吹き飛び、剣士も巻き込んだ。


…固い。


なんだこいつら。

遥達ほどじゃないけど、結構レベル高いんだが?


…もうちょっと強く殴っても良さそうだな。

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