第18話

「意外と遠いなぁ」


まだ日が昇っていない朝早い時間、湖を泳いでいる不審者がいた。

なんちゃって勇者の俺である。



俺は今、茨城県にある霞ケ浦を泳いでいた。目的地はここにある【茨城霞ケ浦ダンジョン】だ。


ネットで調べたんだ。どこかいいダンジョンがないかって。


候補として一番いいのが人がいないダンジョン。

次点で低ランクで初心者に優しいダンジョン。


それで挙がったダンジョンが、ここ【茨城霞ケ浦ダンジョン】だ。めちゃくちゃ不人気らしい。

不人気な理由は二つ。水にぬれること。そして第2級なのでその割に美味しくないこと。


誰だって水に濡れながらモンスター狩りはしたくない。荷物を濡らしたくもない。

稼げる人はもっと狩りやすく大きな魔石を狙いに行く。だからほとんど人が来ない。


定期的にダンジョン協会から人が派遣されてスタンピードを起こさないようにしているらしいが、その季節からも外れているからその人達もいない。


そしてこんなダンジョンだから一般公開もされていない。第2級だし、見学会は準備も面倒らしい。


監視もざっと調べたところいなかった。

不法侵入者にも不人気らしいから、多分警戒費用ケチられて人員削減されている。


つまり、俺のねらい目というわけだ。





「服がびっしょびしょだな。 それに、方角これであっているのか?」


俺は普段着で来て湖を泳いでいた。ビニール袋に布に巻かれた『初心者勇者セット』をいれて、持ってきている。


…こりゃ確かに不法侵入者からも不人気だな。 入る前から濡れるんだし。

正規ならボートで来るんだろうけれど。


防水対応のスマホで位置を確認するけど、現在地が他のところに吸い付いて参考にならない。

とりあえず、勘でいくしかない。


しばらく泳いでいると引き付けられる感覚がした。

あの【埼玉宝登山ダンジョン】の入り口で感じたあの感覚だ。

その方向に泳いでいく。


「お、見えてきたぶぇ」


泳ぎながら話すもんじゃないな。

だが、引き付けられる感覚が強くなった。


水面に虹色の空間が浮かんでいるのが見えた。


その虹色の水面まで近づいていき、虹色の部分に手を入れる、

すると入り口に吸い込まれるようにして入っていき、世界が反転する。






下に落ちていたのに、上に行くような感覚。

体が反転している。


出た先は深い水の底にあるドーム状の場所だった。空気があり、透明の何かでおおわれていた。

そのドームの一か所に虹色に光る池があり、そこから俺は飛び出した。


水底だからあたり一面水色の空間だ。空が近いのか光が上から注いでいる。

床がざらざらした砂でできていて微妙にチクチクする。


ドームの中央にはステータスの宝珠と台が鎮座していた。


「ふーん。 こんな感じなのかぁ」


水底のドームとはなんというか素敵空間だな。

泳いでいる魚や水草がゆらゆら揺れている。


しばらく俺はその空間を見ていた。思いがけず水族館に来た気分だ。


ややあって、改めでドームを見渡すと、俺が出てきた池からステータスの宝珠の対極に、奥に行けそうな場所がある。

その場所だけドームの色が変わっていた。


「あそこの先、明らかに水の中なんだが…」


その色が変わっているところの奥は、当然水の中だった。

おそらくあの道を通るんだよなぁ。水の中の道を…。

まぁ、元々水の中っていう説明だったか。


息はできるのかな? 疑問が出るが、とりあえず行ってみるしかない。


俺はドームの入り口に立ち手を入れる。手が通った。


「これが俺の実質ファーストダンジョンダイブか。」


そう思うとなんか緊張してきた。初めての一歩か。


子供のころから様々な話を聞き、多くの人の人生も変えてきたダンジョン。

…俺もダンジョンによって人生を左右された一人だ。


じっと水の中を見つめる。


「ま、気楽にいこう」


ここは2級のダンジョンだ。

多分ステータスだけでごり押しできるレベルだし、ボスも大したことないだろう。


それに今日は検証がメインだ。ゆっくり、気負わずいこう。


俺はドームの入り口をくぐった。





ダンジョンの水中の道を入ってみると意外と呼吸は出来た。ただ、若干水が重い?

ステータスに任せて泳ごうと思えば泳げるだろう。だが、歩いて行けと言われているような感覚だ。


「いけそうだな」


まぁ、呼吸はできるし、ここは歩いていくか。


行き先は、おそらくここからまっすぐ行った場所だろうか。

水の底だが、微妙に坂になっているのがわかる。それを登るように歩いていく。


歩いている空間は魚や水草などもあった。ただ、あれらはモンスターじゃないのがわかる。

観賞用かな?




そんな風にダンジョン鑑賞をしながら歩いていると、むこうから近づいてい来るものがあった。


「貝?」


貝が貝殻をパクパクさせながら、水を吸ったり吐いたりして、後ろのジェットがついているのかというような勢いでこちらに向かってきた。


ギュルルルルル。

水の中にそんな音が響く。


そして通りがかりに貝の内側から舌を出し、貝の体を回転させて、俺に向けて振り回す。


貝殻で突撃するんじゃないんだ。わざわざ舌なのか。ペロリスト?


分厚い肉で作られている舌の振り回し攻撃を試しに受けてみたが、ダメージはほぼなかった。


HP  :9513/9516


「ダメージ3か。 雑魚め」


だがその後、通り過ぎた貝は回るように反転し、再び攻撃を仕掛けてきた。


「ダメージはないけど、流石にうっとうしい」


水中だから踏ん張りがきかずに衝撃を受けるたびに体が回転する。


俺はスキルを試すことにした。


「とりあえず、家では試せなかった『中級剣術』を試すかな」


俺はビニール袋から布でグルグル巻きにされていた錆びた包丁を取り出し、布から解き放つ。


「貝よ、お前は引退した勇者の剣の復帰戦第一号の敵だ。切られることを誇りに思うがいい」


傲慢系勇者みたいなセリフを吐きながら、俺は『中級剣術』を起動させると、包丁は微妙に輝きを放った。

そしてそのまま貝に向かって振りを放つ。


包丁は水を感じずにスパッと振るわれる。

向かってきた貝は左右に両断されて、俺の後ろへと吹っ飛んでいき、消えていった。


「素晴らしい切れ味… ん?」


足元を見ると水底も割れていた。

そしてそこらへんで泳いでいた哀れな魚も水草も一緒に切られて消えていった。


…やべぇ


目をぱちぱちさせて、口が半開きになっていた。


「切れ味良すぎだろ…」


家で試さなくてよかった。本当に。大家に怒られるレベルじゃなかった。

損害賠償で死ねるところだった。


そしてこの包丁の名前は『貝切』に決定だ。

多分すぐに折れるだろうけど。

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