第12話

「で、逃げられたってわけか」


ここは東京に建てられたダンジョン協会本部の一室。

ダンジョン協会には様々な部門が設置されており、その一部門である警備部の不法侵入対策課の一室だ。


警備部はダンジョンに対して、もしくは利用して不利益な行動をする人間を取り締まる部門だ。

他にはダンジョンのモンスターから人々を守る防衛部や、より高い級数を目指し、それ支援する潜入部などがある。


「申し訳ございません」


謝罪したのは先日鏑木運啓にボコボコにされた田中聡だ。

普段は冴えない人間だが、今日は頭がさえている。というより頭が寒くなっている。


「まぁ、いいよ。話を聞いている限りじゃ、普通の不法侵入とは毛色が違うみたいだし」


謝罪を受けたのは不法侵入対策課課長の宮本だ。40代のオジサンで口に煙草をくわえている。

脇には補佐の小林がいる。


「しかしレベル40からなるパーティを無傷で倒す人間か。いったいどこの誰なんだろうねぇ」


宮本は煙草を深く吸って吐く。


昨日の件は警備部内で問題となった。

一級ダンジョンの不法侵入を一人取り逃がした程度だったら、始末書を書いて終了だっただろう。

田中聡が本部に呼ばれて、つるつるになった頭から汗を流し、胃が痛むことはなかった。


だが、事実は違う。

前線を離れて久しいとはいえ、レベル40パーティを単独かつ無傷で倒された。

これは、精鋭クラスじゃないと無理だ。


そんなのがダイバー免許を取得せずに野放しになっているとすれば、ルールを守る気のない人間がミサイルを抱えて街中をうろついているのと同じ。非常に危険だ。


ダイバー免許証。

これの取得の有無は、ダンジョン協会における一つの判断基準になっている。


このダイバー免許証には発信機が仕込まれていることが公表されている。

つまりはダイバーの場所は免許証を携帯していればすべてわかるというわけだ。



ダンジョン発生に伴って現れたダイバーたち。

国は彼らに発信機が仕込まれた免許証を用いて枷をつけようと考えた。

実は体内に発信機を仕込もうという意見すらもあったほどだ。


彼らは当然この処置に断固反対の姿勢を示した。

俺たちは犬や猫じゃない、怪物でもない、一人の人間だ、と。

新興で出てきたダンジョン神教や当時のダンジョン協会もこれに反対した。


特に当初はスタンピード現象に彼らが率先して対処していたために、彼らは日本で英雄視されていた。

それもあって彼らの意見を世論が指示し、ダイバー免許証は整備が進まなかった。


だが、次々と世界中で起こるダイバーを起因とした問題に、徐々に世論が変わっていった。

一時は、ダイバーとそうでないもので日本が二分される可能性すらあった。


そんな時に当時のダイバーを代表する集団『光幸の道』が、進んでダイバー免許証を発行し、所持した。

一人の人間でいるため必要なことだとして。


代表するダイバーが従ったことにより風向きが変わり、一部を除いて皆がダイバー免許証を取得するようになった。


そのダイバー免許証を取得すらしていない。ルールを守る気がないことを意味する。

早急に何らかの対処しなければいけない。





「他国のスパイにしちゃ行動がお粗末だ。それにあいつらの一番ホットな話題はスカイツリーの円環だろう」


スカイツリーの円環はダンジョン協会内でも問題となっていた。

だが、羽が黒くなっていっているということ以外はわかっていることはほぼない。


そしてスカイツリーダンジョン周辺には他国のスパイと思しき人物が何人も発見されている。

警備部の人間もこちらに人員が割かれている。


初心者ダンジョンでの行動が陽動?

だが、それ以降の目立った事件がないのだから陽動の可能性は低い。



「テロリスト…も違うだろうな。人は殺していないみたいだし。」


ダイバーによるテロも一部が警備部の取り締まり対象だ。

半年前にお隣の国で火炎魔法通り魔事件などというのが起き、一万人近くが殺されていた。


通り魔なんてレベルではないが、なぜかテロリスト認定されず、捕まってていないために、体制側の人間が行った可能性が指摘されている。


そんな奴がいる一方、今回の対象はパーティを無傷で倒しながら、誰一人殺していない。これは重要な事実だ。

つまり対象は悪を行う気がないということを意味する。今のところは。


もし一人でも殺していたら警備部は、いやダンジョン協会全体の大騒ぎになっていただろう。


思想犯の可能性があるかもしれないが、だとしても行動がおかしい気がする。



この場合、抹殺部隊は…どうなるんだろうな。あの部隊がどうするかは判断に迷うところかもしれない。

抹殺部隊で組織された調査というのが現実的か。敵性であれば、即抹殺だろう。


ルール違反を確かにしているが、現場の判断はともかく、組織としての判断は今だ調査もしくは逮捕となるだろう。


無免許、不法侵入だけだと抹殺としては少々弱い。抹殺部隊は基本何人も殺している犯罪者が対象だ。

それに中立を悪性へと導いたあの【義賊東雲事件】を忘れてはいけない。


「対象の動きは妙に素人臭かったです。それにダンジョンのことも一般常識以上は知らなさそうでした」

「ふーむ。高いステータスなのに戦闘訓練も教育も受けていないと」

「おそらく」


高いレベルなのに戦闘経験は薄い。教育も受けていない。

よほど魔物を狩るのに有用なスキルを持っていて、いまだ発見されていない高ランクダンジョンにこもり、事故なく狩り続けていた、とかか?

それで特殊なスキルゆえに人間相手には使えなかった?


「ただ、気になることを言っていました」

「気になること?」


「対象は『スカイツリーダンジョンは後にしてよかった。レベル99とはいえ、このまま入れば死んでいただろう…』と」


「…レベル99ね」


課長の宮本は到底信じていなような表情をして、またタバコを一服した。

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