第13話

レベル99。


そのレベルになるために、どれだけの努力とリスクが必要か。

基本的にリスクを背負わなければレベルは上がらず、努力をしなければ進めない。


ほぼあり得ない数字だ。そんな数字を目指せば、たどり着く前に大概が死ぬ。


「本当だったら、スカイツリーダンジョンをとっととつぶしてほしいわ。あのお嬢様パーティ、『リュミエハーツ』だったか? 7級で止まってるんだろ?」


リュミエハーツ。

数年前に出てきた10代、20代で構成された新進気鋭のパーティだ。

実際優良なスキルと攻略法を用いて、勝率が90%以下の危険地帯を次々攻略していた。

だが最近は攻略法がなくて手こずっているらしい。


脇に控えていた小林が答える。


「はい。ワイバーンの群れにてこずっているようでして」


「ワイバーンか。とんでもないな。まぁ、焦って精鋭死なせたら元のこともないからな。上もあまり急かすつもりはないようだし」


以前、成果を欲するあまり国の上が圧力をかけて急かし、ダイブした精鋭の4割が死亡した事件があった。そのために急かす人はいなくなった。ちなみにその急かした人は自殺した。実際には他殺だったが。


「国も一時期と違って、ダンジョンの最深部を目指すのではなく、安定的に魔石を取ってスタンピード起こさなきゃいいみたいな風潮だしなぁ。一応潜入部の支援はしてるが。」


当初は最深部を目指そうという人がたくさんいたが、その多くが死んだ。

リスクとリターンの計算を間違えたのだ。


最近は最深部を目指そうという人が一時期と比べて少なくなった。

そんな中出てきた彼女たちには、あまり無理をしてほしくない。



その後もあれやこれやと正体を考えていると、通知音が鳴った。


課長の宮本はデスクに置いていたパソコンを覗き、小林はタブレットを覗く。

すると、補佐の小林は驚いた顔をして宮本を見て、課長の宮本は面白そうなものをみた顔をした。


「ふーむ。対象の名前は藤堂茂だったな」


「はい、『霞網』に照合をかけたので間違いありません」


田中聡が訝しげに答える。


「ふふ」


「…どうしました?」


課長の宮本の不敵な笑いに田中聡は少し引いた。


「その藤堂茂。昨日時点で二人いたそうだぞ?」


「…は? そんな馬鹿な」


「だが記録にはそう残っている」


「…ありえない」


「20m先からの識別も可能とする『霞網』をごまかすか…」


調査結果を詳しく見る。


「君から提出された死亡同意書の指紋も一致、『霞網』の結果も一致、『擬態』使いか? だがここまでのレベルのシェイプシフターがいるとはな。だからダイバー免許を取得していない?」


シェイプシフターに関連するスキルを持つものは、世界ダンジョン協会連盟に登録されることが決まりになっていた。

重要人物に化けて問題を起こす事件が多発したからだ。国のトップに化けていたこともある。


シェイプシフターに関しては例外的に体内の発信機を埋めることが義務付けられている。

そして関係するスキルの取り扱いは禁止されている。闇では流れているだろうが。



「調査によると本物の藤堂茂は、先日坊主にされたそうだ。」


彼は田中聡の頭を見ながら言った。坊主頭がきらりと光る。


「ひょっとしたら、その坊主にすることが『霞網』をしても本人と認識させる完全な『擬態』への条件なのかもしれない。」

「まさか…」


本来の『擬態』は本人が見たままを擬態するものだった。だから、擬態性能には個人差がある。

絵がうまい人ほど擬態がうまいと言われていた。髪の毛の取得は関係ない。


「スカイツリーの一件のせいであまり大きなニュースにはなっていなかったが、先日いきなり坊主にされた人間が大量にいたそうだな。その中に藤堂茂がいたらしい」

「…では」


「この事件、人数や坊主といったことばかり注目されているが、一晩でそこまでの人数を坊主にするなんて散髪屋でも難しい。速度と範囲を注目すべきだ。レベル99かどうかは知らんが高レベルなら可能だろう。おそらく今回の対象だろうな」


そして補佐の小林に声をかける。


「坊主にされた人間のリストを作っておいてくれ。それでリストの人間が『霞網』に二人認識されたら片方がシェイプシフターだ。」


盤上のチェックの音が聞こえた。


「完全な擬態がアダとなるとはな。ただの擬態なら『霞網』で発見するのは難しかっただろう。こいつも運が悪い」


課長の宮本は煙草を灰皿に押し付けて、次の煙草に火をつけた。


「そして今回の一件は『不法侵入対策課』から『平和維持課』に任せる。俺たちの課ではちょっと荷が重い。中途半端に突っついて暴れられても困るしな。」


基本『不法侵入対策課』の活動が対象としているのは最大でレベルが50程度だ。バケモノの対処は無理。


「…『平和活動』、ですか?」


平和活動とは抹殺を意味する。平和を積極的に取得する活動をするのだ


「いや、『調査』を頼むつもりだ。まだ人殺し以上の犯罪と呼べるほどのものは確認していないし、過去の【義賊東雲事件】を忘れてはいない。それに彼らも…彼ら今どこにいたっけ?」


小林が答える。


「平和維持課は現在、九州で平和維持活動中です」

「ああ、そういえばなんか暴れていたやついたんだったな。忙しそうだし、帰ってきてこの件を渡すまで時間がかかるだろう。それまでは…」


煙草をふっと吹かす。


「それまでは?」


「ひたすら監視だ」


課長の宮本。彼は比較的事なかれ主義だった。


そして主人公、鏑木旭が『スキルガッポガッポやで~!』と無邪気かつ馬鹿みたいにスキルを試している間に、監視の目がガッポガッポになった。

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