九話

 約二カ月間の国外旅行は終わり、帰国する日がやってきた。この日は皆朝から荷物をまとめ、帰り支度に忙しく動き回っていた。メティエも朝食を早々に済ませ、身支度を終えると、セグロブ国王に感謝と別れの挨拶をするため謁見の間へと向かった。


 何度見ても圧倒される謁見の間に入ると、玉座には国王がおり、その横にはシファルの姿があった。二人は顔を近付け、ひそひそと言葉を交わしていた。その表情は硬い。


 だがメティエの姿に気付いた国王は、シファルとの会話をやめると表情を和らげ、明るい口調で話しかけた。


「おお、姫。支度は終えたのか?」


 メティエは膝を折り、深々と頭を下げてから答えた。


「はい。後は他の者を待つだけです。陛下、今年も大変お世話になりました。心からお礼を申し上げます」


「いや、今年は姫を危険にさらしてしまった。礼の言葉はいただけぬ」


「そのことに関しても、私はありがたく思っているのです。犯人の捜索をしていただいて――」


「それについてだが、犯人につながる証拠が未だに見つかっておらぬのだ。姫がおる間に犯人を捕らえ安心させたかったのだが……」


 がっくりと肩を落とす国王に、メティエは笑顔を見せる。


「捜索をしていただいただけで、私は十分ですから。本当にありがとうございます」


「犯人を捕らえるまで、こちらで捜索は続けるつもりだ。……姫、これに懲りず、来年も来てくれるだろうか」


「もちろんです。また母様とシアリーズの大自然を見に来させていただくつもりです」


 これに国王は満面の笑みを浮かべる。


「そうか。ではこちらでも今回のようなことがないよう、しっかりと――」


 国王はふと宙を見つめ、言葉を止めた。


「……陛下? どうしたのですか?」


「ああ、済まぬ。姫がシファルと婚礼を上げれば、来年まで待つ必要はないと思ってな」


「え……」


 絶句しながら、メティエの目は自然と国王の隣にいるシファルに向いていた。目が合ったシファルは特に何も言わず、ただ微笑みを返すだけだった。そこでまた動揺したメティエは、視線を泳がしながら、何の言葉も出てこない口をぱくぱくと動かす。


「ん? 姫?」


 首をかしげる国王に何も返せないメティエを見かねてか、シファルが言った。


「父上、婚礼に関してはまだ何も決まっておりません。お気が早すぎます」


「はっはっはっ、それもそうだな。親の期待を思わず出してしまったようだ」


 豪快に笑う国王に合わせ、メティエも笑うしかなかった。


 支度が整ったと報告があり、メティエは城門の外へと向かった。そこにはフォルトナの兵士達が整列し、メティエを待っていた。国王とシファルはわざわざここまで出てくると、見送りの言葉をかける。


「姫、また次回に会えること、楽しみにしておるぞ」


「はい。私も同じく、楽しみにしております」


 笑顔のメティエに、次はシファルが言う。


「長い帰路だと思うけど、くれぐれも気をつけて。また手紙を送るから、今度は読んでくれると嬉しいな」


 少し照れたように言うシファルの顔を、メティエはちゃんと見ることができなかった。気持ちを聞かれた時の光景が、どうしても頭によみがえってきてしまった。シファルはどうなのかわからないが、メティエは顔を合わすたび、気まずい気持ちになって仕方がなかった。声を出して返事をすることもできず、メティエは小さくうなずいて返すのが精一杯だった。


 シファルに一度も振り返ることなく、メティエは馬車に乗り込む。それに続いてリリアとミアンも乗る。小さな窓からは、笑顔で見送る国王が見えた。その隣のシファルは視界の隅にいた。右手を軽く上げ、こちらを見ているのはわかったが、表情を見るまではできなかった。やがて馬車がゆっくり動きだし、国王とシファルは遠ざかっていく。ふと焦りに似た感情が湧き、メティエは慌てて窓の外を見る。だが、二人の姿はすでに点となり、遠くへ消えていった。


 馬車が街道の奥へ見えなくなると、笑顔の国王の表情は一変し、途端に険しくなった。そして、シファルに目で何かの合図を送ると、うなずくシファルと共に城内へと早足で引き返していった。


 揺れる馬車の中で、メティエは森の向こうに隠れていくセグラン城を、窓際に寄りかかりながら眺めていた。


「姫様、今回のシアリーズへのご旅行はいかがでしたか」


 リリアが感想を聞く。が、メティエは上の空だった。流れていく景色をぼーっと眺め、何も答えない。


「姫様、お疲れなのですか?」


「……え? なんか言った?」


 振り向いた顔は疲れたというより、どこか寂しさを感じさせた。これを見てリリアは少し冗談を言ってみた。


「姫様、もしかして王子との別れが名残惜しいのでは……」


 普段なら勢いよく否定するところだったが、メティエは何の反応も見せなかった。リリアとミアンはこの異変に顔を見合わせる。


「姫様、本当にどうなさったのですか? いつもの姫様らしくないですよ」


 ミアンの言葉に、メティエは自分で自分にうなずく。


「うん……そう思う」


 揺れる馬車の片隅を見つめながらも、その目には何も映っていなかった。うつろな心がただ重く感じられ、脳裏を支配しているのは漠然とした後悔だった。その陰には王子の姿がちらつく。あの時、本心を言ったはずだった。だが、心は嘘だと叫んでいる。どちらの気持ちが本物なのか、メティエには判断する術がなかった。


「リリア、ミアン、私――」


 その時、馬の大きないななきが聞こえ、突然馬車が停止した。セグラン城を出てからまだ三十分しか経っていない地点だった。


「どうしたのでしょう……」


 リリアが腰を浮かせ、窓の外をのぞく。外では兵士達が何やら慌ただしくなっていた。状況がわからず、リリアは一番近くにいた護衛兵に声をかけた。


「何かあったのですか」


「どうも先頭の兵士が何者かに襲われたらしい。今、後方の兵士が助けに向かっている」


「襲われた? 姫様はここにいて大丈夫なのですか?」


「我ら護衛兵がいる。むやみに動くよりは、馬車の中でじっとしているほうが安全だ。だから今は――」


 すると突然、護衛兵の頭が前へがくっと揺れた。護衛兵は小さなうめき声を上げると、意識を失ったのか、膝から崩れ落ちるように地面に倒れ込んでしまった。


「ど、どうしたのですか?」


 リリアは窓から顔を出し、倒れる護衛兵を呼ぶ。だが、返事は返ってこない。不安に駆られるリリアの目に映ったのは、護衛兵の後頭部から流れる赤い血だった。


「おいおい、隙だらけだぜえ」


 馬車の横に広がる森の奥から、下卑た男の声が聞こえてきた。それと同時に、複数の足音も近付いてくる。


「……リリア、誰なの?」


 男の声にメティエも不安になり、リリアに聞く。だが、リリアは窓から離れると、顔面蒼白で口元に人差し指を当てるだけだった。その様子は、ただならぬ事が起きているのだと知らせていた。


「た、隊長、賊です! こっちにも賊が!」


「なっ、挟まれたか……落ち着け! 隊形を整え、迎え撃て!」


「三人やられた! 一旦下がります」


「駄目だ、持ち場を離れるな! 何としても撃退しろ!」


 馬車の中、三人で縮こまりながら、外から聞こえてくる緊迫した会話を、メティエは恐怖を抱きながら聞いていた。どうやら先頭を襲ったのは後方の兵をおびき寄せるための囮で、賊の多くはこの馬車周辺に現れているらしかった。四方からは掛け声やら悲鳴やら、剣で打ち合う音がひっきりなしに聞こえてくる。メティエ達は間違いなく戦闘の真っただ中にいた。


「……先輩、早く姫様を避難させるべきじゃ……」


 ミアンが震える声で言った。


「わかってるわよ。でも、護衛兵が来てくれないんじゃ、どうしようも……」


 リリアの表情は恐怖と焦りで引きつっていた。うかつに窓から顔を出すわけにもいかず、二人の侍女は何もできずにうつむくしかなかった。外の戦闘にやむ気配はない。メティエはじっとしていられず、どんな様子かと、窓の端から目だけをのぞかせて辺りを見た。


「姫様、危険です! 賊にでも見つかったら……」


 リリアの注意を無視し、メティエは見続けた。窓の外では兵士達が剣を振り上げ、ぼろきれのような服装の賊達が素早い身のこなしで、その兵士達を翻弄していた。賊の戦い方はかなり手慣れていて、フォルトナの兵は一人捕まえるのにも苦戦している状況だった。


「このままじゃ、皆疲れてやられちゃう――」


 そう呟いた時だった。突如窓越しに黒い顔が迫ってきた。メティエは悲鳴を上げ、思わず上体を反らす。リリアは咄嗟に窓とメティエの間に入ってかばう姿勢を取った。土と垢にまみれた黒い顔は、にやけた目をぎょろつかせながら、両手で鍵のかかった馬車の扉を開けようと力任せに引き始めた。それを見てミアンが内側から負けじと扉を引く。


「先輩も……早く……」


 言われてリリアも慌てて扉の取っ手を引っ張る。しかし、女二人でも賊の力には敵わず、徐々に扉の鍵はねじ曲がり、引き開けられようとしていた。


 だが突然、外から引っ張られる力が消えた。窓を見ると、いつの間にか賊の顔もなかった。代わりに現れたのは、見慣れた護衛兵長の顔だった。


「遅れました。姫様、今のうちに」


 馬車から出るよう促され、リリアは曲がった鍵を強引に開けると、勢いよく扉を開いた。先にメティエを降ろし、続いて侍女二人が降りる。その足元には、斬り伏せられた賊と共に、先ほど倒れた護衛兵が血を流して横たわったままになっていた。よく見ると、その護衛兵はかすかに息をしているようだった。


「まだ息がある……早く助けてあげないと」


 メティエは護衛兵長に訴えたが、首を横に振られ、断られる。


「怪我人を治療している時間はありません。我らも賊の対応で精一杯なのです。とにかく姫様は安全な場所へ逃げることだけをお考えください。部下に案内をさせますので」


 そう言うと護衛兵長は馬車の前方へ声をかけた。すると、剣を握った小柄な護衛兵がやってくる。


「この者が案内をいたします。まだ若造ですが、剣の腕は保証できます。……頼んだぞ」


 肩を強く叩かれ、若い護衛兵は引き締まった表情で敬礼をする。


「私だけ逃げるの? 皆は?」


 不安そうに聞くメティエに、護衛兵長はわざと明るく言う。


「心配はご無用です。我らは最強の騎士団員。賊ごときに油断はいたしません。さあ早く、お行きください」


 それでも躊躇するメティエに、護衛兵長は侍女二人に目で頼む。リリアとミアンは小さくうなずくと、メティエの腕をつかみ、無理やり引っ張り歩かせる。


「姫様、あなたは国にとって大事なお方なのです。賊などに命を奪われるわけにはいかないのです」


「じゃあ、他の皆は死んでもいいって言うの?」


 リリアは溜息を漏らして言った。


「では、はっきり申しますが、姫様はここでは単なる邪魔でしかないのです。役に立ちたいと思うならば、速やかにこの場を立ち去るべきです。もっとも、姫様が賊を退散させる自信がおありなら別ですが」


 冷静に言われ、メティエに返す言葉はなかった。


「……さあ、行きましょう」


 リリアの号令に、若い護衛兵は先頭を走り出す。その後ろを三人が追いかけていく。護衛兵は街道ではなく、その脇の森へ入っていった。兵士達の戦う声や音が背後へどんどん遠ざかっていく。


「この森から、どこへ行くのですか?」


 前を走る護衛兵にリリアが聞く。


「このまま突き進み、セグラン城へと戻ります」


 この辺りで安全な場所と言えるのは、出てきたばかりのセグラン城しかなかった。たどり着けば救援を頼んで、戦っている兵士達を助けることもできるだろう。そんなことも考えながら、メティエは案内する護衛兵の背中を追って走った。


 ふと振り返ると、リリアとミアンが大分遅れてついてきていた。先頭の護衛兵は気を使ってか、それほど速く走ってはいない。不思議に思いながらメティエが二人に声をかけようとした時、それに気付いたリリアが手を上げてそれを制した。


「……どうしましたか」


 若い護衛兵も気付き、足を止める。後方にいるリリアとミアンの表情はかなりこわばっていた。


「姫様……お先にお逃げください」


 震える声でリリアが言った。理由がわからず、二人を見つめるメティエに、今度はミアンが言う。


「先ほどから、賊が数人つけてきています。私共が囮になりますので、姫様はその間にお逃げください」


 メティエの鼓動は一気に速くなった。見えない賊ももちろん怖かったが、それ以上にリリアとミアンが囮になると言ったことに、大きく動揺した。二人に戦う術はない。賊に捕まれば言うことを聞くか、命を奪われるしかないのだ。それは絶望的としか言いようがなかった。


「駄目! そんなことしたら――」


 メティエの叫びも聞こえないかのように、二人は顔を見合わせると、来た道を引き返し、街道へ向かって駆け出していった。すると、その近くの茂みがわずかに揺れた直後、黒い影が二人を追うように飛び出していった。潜んでいた賊は思惑通り、囮の二人を追いかけていった。


 メティエは愕然としていた。追われる二人の恐怖を想像しただけで、息ができなくなりそうだった。何とかしたい気持ちが、自然とメティエの足を動かし、二人の後を追わせた。が、後ろから護衛兵が腕をつかみ、それを止めた。


「いけません。あのお二人は姫様のために囮になったのです。我々が今すべきことは、一刻も早くセグラン城にたどり着くことです」


 震える気持ちを奥歯で噛み締め、メティエは二人が消えた先から目を反らした。護衛兵の言う通りだ。二人を助けたければ、セグラン城に着き、救援を頼むしかない。自分にできるのはこれだけなのだ。メティエは頭の中をどうにか冷静に戻し、走り出した護衛兵の後を再びついていった。


「あなた、名前は?」


「……ディーク・ノクセンと申します」


「年齢は?」


「……二十四になります」


「二十四歳で騎士団の精鋭に選ばれるなんて、さすがなのね。その若さでこんな時でも冷静でいられるなんて感心しちゃうわ」


 メティエの褒め言葉に、護衛兵ディークは喜びも振り返りもせず、ただ黙々と森を走り続けていた。冷静とは言え、やはりこの状況に少しは緊張しているのだろうかとメティエは思い、それ以上は話しかけず走り続けた。


 だが、十分ほど走って、周囲の緑がどんどん深くなっていくことにメティエは気付き、内心不安を覚えていた。街道からの戦闘音はとっくに聞こえず、頭上からの陽光は茂った枝葉にさえぎられ差し込んでこない。鳥や動物の声もなく、薄暗い静まり返った森には、メティエと護衛兵の足音だけが孤独に響いていた。


「あ、あの、本当にこの道で、セグラン城に着ける?」


 前を走る背中に聞くが、返事は返ってこない。メティエの中にはさらに不安が募る。


「もしかして、迷ってる……とかじゃないよね?」


 これにも返事はない。メティエはいよいよ不安になり、足を止めた。その気配を感じてか、ディークもすぐに足を止めた。しかし、メティエのほうを振り返ろうとはしない。


「本当のことを言って。私はあなたを責めたりはしないから。だって、こうして私を案内してくれて、守ってくれて、逆に感謝したいくらいで……」


 話しかけても、ディークは一向に顔を見せようとしない。


「ねえ、こっちを向いてくれない? これだと上手く気持ちが伝わらないみたいで、なんだか話しづらいわ」


 そう頼んでも、振り返る気配はない。困ったと背中を見つめるメティエは、あることに気付いた。よく見ると、ディークの両腕が小刻みに震えているのだ。途端にメティエはディークの体調が気になりだした。


「どこか痛めたの? それとも何か苦しいとか――」


 心配して歩み寄ろうとした瞬間、突如ディークは腰の剣を抜くと、振り向きざまにメティエ目がけ、剣を振り下ろしてきた。声を出す暇もなくメティエは、反射的に後ろへ飛び退いたおかげで、ドレスの裾をざっくり切られるだけで済んだ。


「……何を、するの?」


 メティエは驚いた目でディークを見る。そのディークは剣を構え、まるで野獣のようなぎらついた視線でメティエをとらえる。しかし、剣を握る両手は震えていた。


「私を、殺す気なの?」


 そう言いながらメティエは距離を取ろうと、少しずつ後ずさりする。だが、ディークも離れさせまいとにじり寄ってくる。お互いの額には脂汗が浮き上がっていた。


 沈黙が続き、二人は固まった空気の中で睨み合う。ディークは時折、汗で滑るのか、握った剣を肌が白くなるほど強く握り直す。その光景を見つめ、メティエの脳裏にはよく似た映像が思い出されていた。


 小雨の中、黒い人物、その手に強く握られた短剣の震え――ディークとほぼ重なった。


「あの時の、黒いフードをかぶっていたのは……あなた?」


 心の声が自然と口から漏れていた。これにディークは何の反応も見せない。それがどうしたと言わんばかりの鋭い目で、メティエをとらえ続ける。その態度が何よりの答えだった。この護衛兵が、命を狙う犯人だったのだ。途端にメティエは心臓をわしづかみにされたような極度の緊張におちいった。案内されているつもりが、殺されにきていたのだ。だが、一刻も早く逃げ出そうという怯えた体を、メティエは心で抑えると、表面的には落ち着いた表情で逃げる方法を必死に思案した。


 以前の、あの時のディークを思い出すと、あの震え方は明らかに躊躇からくるものだった。つまり、この震えも、また躊躇している証拠かもしれないとメティエは思った。どうにか説得すれば、剣を下ろしてくれるかもしれないと、メティエは勇気を振り絞り口を開いた。


「あなたが……あなたがなぜ私を殺すのか、理由は聞かないわ。でも、こんなことをしたら、あなたの身はもちろん、あなたの家族だって――」


 ディークの表情が明らかに変わった。どうやら家族という言葉に反応したらしかった。ぎらついた視線はひそまり、剣を握った手からは少し力が抜けた。しかし、それもつかの間で、ディークは一度目を瞑ると、すぐにメティエをとらえ、剣を強く握り直した。その目には先ほどよりも鮮明な殺意が浮かぶ。


「やらなければ……」


 かろうじて聞こえた呟きだった。


「駄目、こんなことしたらいけない!」


 メティエの懸命な言葉も、ディークには届かない。説得は無理だ。彼はもう躊躇はしない――そうわかったメティエに残された道は一つしかなかった。


 踵を返すと、ドレスをたくし上げ、メティエは目一杯の速さで森を駆けた。走りづらいヒールのある靴は早々に脱ぎ捨て、足の裏の痛みを感じる暇もなく、木々を縫うように逃げる。自分の息遣いと共に、背後からもすぐにディークの息遣いが聞こえてきた。それほど距離は開いていない。少しでも足を緩めれば、背中に剣が突き刺さるかもしれなかった。心臓が今までになく激しく鳴っていた。焦りと恐怖がメティエの全身に行きわたり、緊張を生み続けていた。普段なら簡単に超えられる段差も、いちいちつま先が引っ掛かり、走る速さを殺していく。背後の気配ばかりが気になり、焦りは悪い方向へとメティエを導いていく。


 はっとした瞬間、全身は冷たくなった。大きく飛び出た木の根に足が引っ掛かり、そのままうつ伏せに倒れ込んでしまった。顎を地面に強打したが、そんな痛みに構っている余裕はなかった。身をねじり、後ろを見ると、そこには剣を振り上げたディークがそびえ立っていた。メティエは一撃を避けようと、身をよじったまま横へ転がった。その瞬間、右腕に鋭い痛みが走る。左手でその痛みを押さえながら上半身を起こし、メティエは座った状態でディークと対峙する。そのディークの目線が、しばらくメティエの右腕に注がれていた。つられるようにメティエも恐る恐る傷口を確認してみる。すると、押さえていた左手は血にまみれ、ドレスの袖は元の色がわからないほど真っ赤に染まっていた。指先まで流れ伝った血は、地面に小さな血だまりを作り、止まる気配はない。


 ディークは剣を正面で構え直す。その先端にはわずかに赤い物がついていた。これが右腕を切ったのだ。メティエの息は荒くなっていた。どうやら傷口は深いようだった。傷は腕にしかないというのに、まるで全身が痛い感覚だった。逃げられないかもしれない――そんな諦めが頭によぎった。しかし、メティエの体は怯えながらもまだ逃げようとしていた。尻をついたまま、片手と両足でずり下がる。そのたびに右腕には痛みが走った。痛々しいメティエを、ディークは獲物を狙う狼のように慎重に近付く。


 やがて、メティエの背中に固いものが当たった。木の幹だった。これ以上下がることはできない。目の前から迫る男を、メティエは震えながら凝視する。


「た……助けて。誰か……誰か助けてええ!」


 緊張と恐怖に耐えかねたメティエは、腹から思い切り叫んだ。


「誰も来ません」


 ディークが感情なく言う。そして、剣の先を突きつけ、静かに言った。


「死んで、ください」


 剣が動く。


「きゃああああ!」


 メティエは追い込まれ、半ば混乱していた。もう逃げる方法も何も考えられなくなっていた。ただ鋭い剣が迫る恐怖に悲鳴を上げ、無意識に横へ伏せていた。


「なっ……」


 ディークの表情が曇る。最後の一撃になるはずだった剣先は、背後の木の幹に深く突き刺さっていた。力を込めたせいか、何度引いても剣は抜けない。ディークに初めて焦りの色が浮かぶ。


 伏せていたメティエはゆっくり顔を上げた。そこには木に刺さった剣を抜くのに手こずるディークの姿があった。こちらに向かってくる様子はない。今なら逃げられるかもしれない――メティエの前に希望の道ができた瞬間だった。


 傷口を押さえながら、どうにか立ち上がったメティエは、鈍い動きで一歩ずつ進んだ。が、三歩進んだところで背中を強く引かれ、止まらされた。


「行かせない……」


 ディークは抜けない剣を右手で握りながら、左手でメティエのドレスの襟をつかんで引っ張っていた。逃げたい一心のメティエは、襟をつかむ手を振りほどこうと動き回る。希望をつかもうと、もがき続ける。だが、襟をつかむ手は、メティエの体ごと後ろに引き倒し、その希望をあっさり消し去った。


 仰向けに倒されたメティエの目に映ったのは、やっと剣を引き抜き、それを突き刺す姿勢で構えたディークの決意の表情だった。もう逃げ道はなかった。まるで時間が止まったかのように、メティエは見下ろしてくるディークの顔を見つめていた。目を見開き、歯を食いしばっているディークの顔は、二十四という若さのわりには老けているように見えた。間もなく死ぬというのに、メティエはそんなことをぼんやりと思っていた。あまりに恐怖を感じすぎて、神経がどうにかなってしまったのかもしれない。どうでもいいことを考えながら、メティエはディークの握る剣がゆらりと動く様を見て、ゆっくりと目を閉じようとした。


 ひゅん、と音がしたと思うと、とん、と軽い音が間近で響き渡った。メティエは思わず閉じかけた目を開け、中空を見つめる。ディークも動きを止め、少し驚いたように周囲を見回す。そして、ある一点を見ると、その表情はみるみる焦りに変わっていった。メティエはディークの視線の先を追う。そこには太い木が立ち、幹には直角に白い矢羽の矢が突き刺さっていた。さっきの音はこの矢が刺さった音らしい。


「――ティエ、メティエ!」


 遠くから男性の呼ぶ声が聞こえてきた。それも、飽きるほど聞いた声だった。死の眠りにつこうとしていたメティエの心は、そのよく知る声に揺さぶり起こされ、生きる気力を呼び覚まされた。早く会いたい――そんな言葉が胸に湧いた。


「くっ……」


 ディークが声のするほうを眺めながら顔をしかめた。額からは大粒の汗が流れ落ちている。そして、視線はメティエに向けられた。殺意の眼差しはそのままに、だが、動きがどうもぎこちない。もうすぐ助けが来てしまうという焦りの中で、メティエを殺すか、それとも早く逃げるべきかを悩んでいるようだった。動けないメティエはその様子を、自分の鼓動を聞きながら見上げるしかなかった。


 すると、ディークは剣を握る手に力を入れた。刃を下向きに構え、メティエの心臓目がけ勢いよく下ろす――メティエは息を止めた。


「うっ!」


 ディークがうめき声を漏らした。同時に手から剣が滑り落ち、地面に音を立てて転がった。メティエはその瞬間を目撃していた。間一髪のところで、ディークの右腕に矢が突き刺さったのだ。ディークは後ろへよろめきながら、腕の矢を力任せに引き抜こうとする。激痛に顔を歪ませ、苦しい声を上げる。そこにメティエを気にする様子はない。


「メティエ!」


 自分を呼ぶ声に、メティエは傷の痛みも忘れ立ち上がった。そして、ディークには振り返らず、ただ一目散に声の聞こえる方向へ走り出した。


「ああ、メティエ!」


 正面から見飽きた男性が駆けてきた。だがメティエは今ほど会いたいと思ったことはなかった。心配と安堵が入り混じった表情に早く触れたかった。


「メティエ……よかった」


 男性が腕を広げ、メティエを迎える。以前のメティエならためらっただろう。しかし、もうメティエにそんな気持ちは存在していなかった。


「……シファル!」


 広げられた腕の中へ、メティエは思い切り飛び込んだ。たくましい手が優しく背中を包み込む。


「無事でよかった。本当によかった」


 その言葉に、メティエの目は潤んでいた。命が助かったことの他にも、これまでのシファルへの気持ち、態度、様々なことが思い出され、メティエはこの言葉に救われたように感じていた。


「メティエを襲ったやつはどこだ」


「この先に……」


 身をよじり、メティエは指を差した。が、そこには木が立つだけで、人影はどこにも見当たらなかった。すでにディークは逃げていた。


「逃げられたか……まあいい。メティエとこうしてまた会えたんだ。僕はそれだけでも嬉しいよ」


 にこりと笑うシファルの目が、メティエの右腕を見ると険しく変わった。


「この傷、ちょっと深そうだ。メティエ、座って」


 メティエはシファルに手を借りながら、木に寄りかかるように地面に座る。


「あいにく弓と矢以外、何も持っていないんだ。手当はできないけど、止血だけはしておくよ」


 そう言うと、シファルは自分の腰のベルトを取り、メティエの腕に強く巻きつけた。細く流れ出ていた血は、しばらくするとぴたっと止まった。


「シファルって、こんなこともできるんだ」


 感心するメティエに、シファルは苦笑いを浮かべる。


「僕も一応男だからね。戦場で必要になることは一通り学んでいるんだ」


 血も止まり、ひとまず助かったことに安心したせいか、メティエの中にはいくつか疑問が湧き上がっていた。


「シファル、どうして私を助けに来たの?」


「どうして? 変なことを聞くね。僕はメティエを愛しているんだ。助けるのは当然――」


「そ、そういうことじゃなくて! どうして私がここにいるってわかったの?」


「ああ、そういうことか。それはメティエの悲鳴が聞こえたからさ」


 恐怖から出た叫びが、意外にも身を助けていたことに、メティエは小さな驚きを感じた。


「私の、声が?」


「この森に入ったことは教えられたものの、どの方向へ向かったかはわからなかった。勘を頼りに奥へ進んでいたところで、メティエの悲鳴が聞こえたんだ。それで、こうして助けることができたわけさ」


「でも、助けに来るのが早すぎると思うんだけど。私達が賊に襲われてから、まだ二十分足らずしか経っていない気がするけど……そんなに早く救援要請が届いたの?」


「いや、そんなものは受けていないよ」


 メティエは首をかしげる。なぜという視線を投げかけられ、シファルは一呼吸置いてから言った。


「……実は、メティエ達をつけていたんだ」


「つけるって……どういう、こと?」


 シファルは真剣な表情に変わり、続けた。


「城を出発する時、父上は犯人につながる証拠が見つからないと言ったけど、あれは嘘なんだ。本当は、数人に絞りこめる証拠はすでに見つけている」


 メティエは目を見開く。


「じゃあ、犯人を捕まえることは……」


「あともう少しだった。でも、メティエの帰国の日が来てしまい、残念ながら時間切れとなってしまった」


「そんな大事なこと、どうして教えてくれなかったの? 教えてくれれば――」


「無理だったんだ。何せ犯人候補は、君の護衛兵達だったんだから」


 メティエの脳裏に、一瞬ディークの顔が浮かんだ。


「拘束したくても、決定的な証拠ではないからできなかったんだ。かと言って、メティエや他の人間に警告をしたら、おそらくその護衛兵達を避ける言動をしてしまうだろう。そうなれば犯人の逃亡や、凶行を早めてしまう恐れがあった。だから父上は、メティエ達が無事国へ戻れるよう、僕に見張らせ、つけるよう命じたんだ」


 知らないところで、国王やシファルがこんなにも尽力してくれていたことに、メティエは感謝と共に、静かな感激を覚えていた。


「犯人候補については、すでにフォルトナの両陛下にお伝えしてある。……メティエ、君は以前から命を狙われていたんだってね。なぜ僕に話してくれなかったんだい?」


 突然の指摘に、メティエは驚きながら聞き返した。


「……それって、母様から聞いたの?」


 シファルはうなずく。


「犯人候補をお伝えした折に、時折メティエの様子が変わることをおたずねしてみたんだ。そうしたら、すべてお話ししてくださった」


 メティエは呆れたように息を吐く。


「このことを秘密にしろって言ったのは、他でもない母様なのに、自分から話すってどういうつもりなのよ、まったく……」


 シファルはじっとメティエの言葉を待ち、見つめる。


「そ、その、護衛を増やされたくなかったし、何より、陛下やシファルに余計な心配をさせるのも、なんか悪いと――」


「余計だなんて、僕や父上はそうは思わないよ。国にとっても、僕にとっても大事な君なんだ。そういうことは隠さずに言ってほしい」


 子供を叱るような口調で言われ、メティエは仕方なくうなずくと共に、上目遣いでシファルに聞いてみた。


「シファルは、その……私をまだ、好きでいてくれるの?」


 不思議そうにシファルは見つめ返す。


「当たり前じゃないか。どうしてだい?」


「だって私、前にシファルのことを、好きかわからないって……その時のシファル、すごくがっかりしてて、もしかしたら傷つけたんじゃないかと……」


 一瞬、真顔だったシファルは、次には笑顔で笑っていた。それを見たメティエは訳もなく自分の顔が熱くなるのを感じた。


「な、なんで笑うのよ」


「済まない、悪かったよ。メティエがそんなことを気にしてくれていたんだと思ったら、無性に嬉しくなってしまったんだ」


 笑いが収まると、シファルはメティエを見つめ話す。


「何度も言っているように、僕はメティエのことを愛している。それはこの先も変わらないと誓うよ。でも、もし君の気持ちがどこか別にあるというのなら、僕はメティエの幸せのために、いさぎよく引き下がる覚悟も――」


「それはっ……」


 突然声を出したメティエに、シファルの言葉が止まる。


「それは、考えなくても、いいと思う……」


 小さな声で言ったメティエの目は、当てもなく泳ぎ回っていた。少し戸惑いながらシファルは聞き返す。


「考えなくてもいいというのは、つまり、僕が引き下がることを言っているのかい?」


 メティエの顔は見る見る赤くなっていった。それだけでシファルは何もかも知ることができた。


「メティエ! ありがとう」


 感極まったシファルは、思い切りメティエを抱き締めた。


「傷に、傷に響くから……シファル!」


 もがくメティエだったが、その顔には幸せな笑みを浮かべていた。本当の自分の気持ちを解放し、素直になれた心はすがすがしかった。触れたシファルの背中には、今まで感じたことのない安心感があった。これが、気持ちのつながった証拠なのだとメティエは思った。


「そうとなったら早く戻らないと。上の方も片付いた頃だろうし」


 シファルは立ち上がり、街道のある先を見る。


「他の皆も助けてくれたの?」


「フォルトナからの大事なお客人だ。全員を助けるために来た。さあ行こう。メティエ、歩けるかい?」


 手を借り、ゆっくりと立ち上がる。少しふらついたものの、足にはしっかり力が入る。


「大丈夫。行きましょう」


 シファルに肩を支えられながら、メティエは左手でドレスをたくし上げ、歩き出した。ディークから逃げている時は、裸足の足でも痛みはほとんど感じなかったが、今は一歩踏み出すごとにちくりとする痛みが伝わってくる。人は恐怖に追い立てられると、痛みを感じないのだとメティエは学んだ。


「……足、痛むかい?」


 不自然に歩くメティエを見て、シファルが心配そうに聞いてきた。


「平気よ。我慢できる痛みだから」


「でも、裸足は痛そうだ」


 するとシファルは、メティエの背中と足に両手を添えると、そのままふわりと持ち上げた。


「な、何するの!」


「これで足は痛くない」


 至近距離の微笑みに、メティエの顔はまた熱くなった。


「重いでしょ? 早く下ろしてよ!」


「動かないで。動かれると落としちゃうよ」


 そう言われると、落とされたくないメティエは大人しくするしかなかった。シファルはメティエを抱えながら、すたすたと森を進んでいく。シファルのぬくもりに赤面しながら、思っていた以上に腕力があるのだなと感心しているうちに、前方に明るい光が見えてきた。街道だ。


「ありがとう。ここで下ろして」


「いや、馬車まで連れて――」


「いいから! 下ろして!」


 怒鳴られたシファルは渋々メティエを下ろした。臣下らに抱えられた姿を見られることに気恥かしさを感じていたメティエは、下ろされてほっと安堵する。


 二人が街道に出ると、すでに戦闘の騒々しさは治まっていた。その代わり、所々に座り込む怪我人の姿が見られた。その傍らには、シアリーズの兵士がいる。応急手当をしてくれているようだ。


「一段落、つけてくれたようだな」


 歩きながらシファルは辺りを見回す。二人に気付いた兵士達が手を止め、立ち上がって敬礼をしようとするのを、シファルは手で制し、治療を続けさせる。


「姫様!」


 前方から、感極まった声が聞こえた。


「……リリア! ミアン!」


 メティエはシアリーズの兵士と共にやってくる侍女達を見て、足の痛みも構わず走り出していた。


「二人とも、無事だったのね! よかった……」


 リリアとミアンを抱きながら、メティエの目は潤んでいた。


「なんであんな無茶なことをしたのよ。私、もう本当に……」


「心配をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」


 リリアは目を瞑り、我が子の感触を確かめるようにメティエを抱く。


「実はあの後、賊に追い詰められそうになり、先輩と私は死も覚悟しました。ですがその時に、シアリーズの方々が来てくださり、たちまちのうちに賊を捕らえてくださったのです」


 ミアンは、やや興奮した様子だった。


「私も、シファルに危ないところを助けられたの」


「この右腕の傷――まさか、賊に?」


「これは……また後で説明する。二人は傷の手当てってできる?」


「お任せください。すぐに道具をお借りしてきますので、少々お待ちを」


 三人のやり取りの横では、シファルとシアリーズ兵を率いる隊長、そしてメティエの護衛兵長が話していた。


「シファル様、ご無事で安心いたしました。メティエ様もどうにかご無事のようで」


「王子、フォルトナの者を代表し、姫様をお救いしてくださったことを、心から感謝いたします」


 護衛兵長は深く頭を下げ、礼を述べた。


「助けるのは当然の義務だと思っている。礼など必要ない。ところで――」


 シファルの表情が険しくなる。


「賊が現れることを、知っていたのか?」


 護衛兵長は質問の意味がわからず、口を開けてシファルを見つめ返す。


「知っていたのなら、姫様を危険な目には遭わせておりません。なぜそのようなことを?」


 しばらくシファルは護衛兵長をまじまじと見つめ、やがて小さくうなずいた。


「……どうやら、嘘を言っているようではないな」


「当然です。王子に嘘など申せるわけがございません。一体、どういうおつもりですか」


 護衛兵長は困惑を隠せない。


「では、はっきり言おう。メティエを狙う犯人は、君の部下だ」


 護衛兵長は目を見開き、沈黙した。長い間を置くと、ようやく口を開いた。


「今、何と?」


「しっかり耳には届いたはずだ。これは冗談ではない。事実だ」


 シファルの真剣な口調に、護衛兵長はうつむき、まだ受け止めきれていないようだった。


「そんなはずは……思い違いではありませんか? 我々は姫様をお守りするために――」


「お言葉ですが、こちらの調べでは、いくつかの証拠が見つかっております。犯人を特定するものではありませんが」


 横から言った隊長を、護衛兵長はじろりと睨む。


「ならば、私の部下が犯人など、決めつけるのは早いのでは?」


「そうかもしれない。実際僕も、メティエを襲った犯人の顔を見ていない。……では、特定できるよう、質問をさせてもらってもいいかな」


「望むところです。どうぞ」


 部下を疑われ、護衛兵長は向きになってシファルを見据える。


「賊に襲われた時、メティエを護衛していたのは誰だ」


「馬車におられた姫様をお連れし、私は部下の一人に……」


 護衛兵長の言葉が止まる。明らかに何かに気付いた様子だった。


「その部下の一人というのは、ここへ戻ってきているのか」


「それは、確認しておりません。賊と怪我人の対処に忙しく――」


「ならばすぐに確認したほうがいい。疑いを晴らしたいと思うのなら」


「そんなはずは……」


 護衛兵長は踵を返し、駆け出していった。その姿を見送ると、シファルが残念そうに言った。


「犯人を逃がしていなければ、こんなことをせずに済んだのにな」


「どの方向へ逃げたのですか?」


「残念ながら、それも見ていなかった。かなり逃げ足が速いらしい。でも、右腕に一矢報いてやった。捜す手掛かりになるだろう」


「すぐに準備をさせます。フォルトナの方々はどういたしますか」


「怪我人がかなりいる。このまま帰国させるのは無理だ。城へ引き返させ、十分な治療を受けさせる。手が足りなければ応援を呼べ。あと、捕らえた賊はあまり痛めつけるな。尋問しなければいけない。メティエを狙う卑劣な犯人まで、もう間近だ」

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