雪蛍

風と空

第1話  

 サク…… サク……


 ふわふわとホタルの様にキラキラ舞い落ちる雪の中を歩く。

 都会育ちの私には、歩く事すら大変な雪国。

 貴方はここで育ったのね。


 貴方は誰よりも泣き虫だった。


 プレゼントを渡しては嬉し泣き。

 映画を見ては感動して泣き。

 悔しい事があったら、泣きながら説明し。


 ほんのちょっと人より感情が豊かだったのよね。


 その分貴方の笑顔はあったかかった。

 顔立ちが整ってるわけじゃない。

 それでも貴方の笑顔にどれだけ明るくなったか。


 それは部署を超えて私の元にまで届いたわ。

 貴方の笑顔は太陽の様に職場の雰囲気を照らし続けていたのに。


 突然の発覚。

 もう一年前になるのね……


「ちょっと!瑠衣るい佐久間さくまさん痴漢で捕まったって知ってる?」


 同僚から朝一番に言われた言葉。ざわざわといつもより騒がしい職場で、貴方と付き合っていた私の元に届いた一報。


 信じられなかったわ。すぐに確認のメールを送って返ってきたメールは「ごめん」の一言。


 それだけじゃわからないわよ。何度も何度もメールを送っても、返ってこない返事。既読もつかないメールが一日一日と増える度に、職場での貴方の立場は悪くなっていった。貴方は笑顔を見せず泣きもせず淡々と仕事をしていたわ。


 私はそんな貴方を遠巻きに見ていただけ。

 自分を守る方を優先してしまった。


 そして貴方は職場からも、私の前からも姿を消した。

 

 私が貴方の自宅へ行った時にはもう貴方はいなかった。


 後悔したわ。

 何でもっと早く行動出来なかったのか。

 何でもっと親身になってあげれなかったのか。


 この日はどうやって自分のアパートに帰ったかわからない。

 着替えることもなく茫然とソファーにもたれかかっていると、携帯のバイブ音に気がつく。…… 佐久間さんから!


『瑠衣、いきなりの事で驚いていると思う。

 なにも言わずに君の前から消えてごめん。


 僕の近くにいると、君まで不名誉な噂に巻き込まれてしまう。だから僕は君に近づけなかった。


 君もまた僕に近づかなかったのは良い判断だった。

 でも、僕が居なくなって今頃君は自分に負い目を感じているのだろうね。責任感の強い優しい君の事だから。


 僕は君の真面目さ、人を陰ながらフォローする優しさ、僕という存在を受け入れてくれた心の広さが大好きだった。


 君は魅力的な女性だ。

 新しい恋を見つけて幸せになって欲しい。

 今までありがとう。

            佐久間 孝志』



 この時ばかりは私は貴方の様になったわ。

 携帯を抱きしめて思いっきり泣いたの。



 自分の事ばかり考えてごめんなさい。

 貴方の事を放って置いてごめんなさい。

 


 …… 気持ちが落ち着いたのは数日後だったのよ。


 そして貴方の無実がわかったのも。


 貴方の親友の大倉さんが全てを話してくれたわ。

 大倉さんがストレスから痴漢行為をしていた事。


 貴方は大倉さんがまもなく結婚する事を知っていたし、大きな商談を抱えていた事も知っていた。身代わりは咄嗟の出来事だったと大倉さんが言っていたわ。しっかり大倉さんに口止めもしていたみたいね。


 佐久間さんらしいわ。


 でも、結局大倉さんは転職したのよ。結婚相手には大倉さんはっきり事実を伝えたみたいだけど、そのまま結婚したみたい。相手の心が広かったのね。


 それでも全てを明かしてはいかなかったわ。…… 私も。


 そう、私も貴方が居なくなった職場に行くのが辛かった。太陽系から太陽がなくなったみたいに、仕事が軌道に乗らなくなったの。


 職場を変えてようやく元に戻りつつあったわ。

 パソコンで貴方のブログを見つけるまで。


 実家の酒作りを手伝っていたのね。

 雪深い場所で寒さと闘いながら。

 

 貴方の太陽の様な笑顔と共に写っていたもの、それを見てから私はまた落ち着かなくなったわ。

 

 だってそれは私が貴方にプレゼントした時計。


 何でまだ身につけているの?

 何で書き込みに『宝物』ってあるの?


 私は貴方を結局忘れられなかったのよ。

 貴方も今でも私を思ってくれているの?

 

 気になってどうしようもなくなる前に、今度は動く事にしたわ。仕事の調整があって一月の後半になってしまったけど。


 貴方の実家は酒蔵見学もあったから、実名で予約してみたの。これで貴方が出てきてくれたら、今度こそ後悔はしない様にするつもり。


 でも、実際に貴方がいる酒蔵が見えてから、足が中々動かないの。


 もし勘違いならどうしよう?

 あの人に迷惑がられたら?


 下を向いて勇気を出すために目を閉じていたら、あの人の声が聞こえた。


 「瑠衣!」


 あの人が玄関から走ってきてくれた。

 覚えていてくれたのね。

 

 …… おかしいわ。私の頬を水滴が流れ落ちていくの。


 私もあの人に似てしまったのかしら。


 なら、泣き崩れる前に言わなくちゃ。


「佐久間さん。迷惑かもしれないけど、今でも貴方を愛しています」


 私を抱きしめて大泣きする佐久間さん。


 変わらず泣き虫な貴方。


 私はやっと落ち着く場所を手にいれた。


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