【夢四輝石】宇宙の果て

 目を覚ますと、俺は宇宙にいた。

 真っ暗な宇宙の中を一艘の船がゆく。それを運転しているのが俺だ。隣には、宇宙一の美女。名前は………えーっと、名前はなんだっけ。


「ミラよ」


 そう、ミラだ。彼女は宇宙一美女が多いと評判のビヨルン星の出身で、俺に惚れてついてきたのだ。ちなみにビヨルン星人は、テレパシーが使える。

 そのため、俺が口に出して言葉を伝えなくとも彼女には筒抜けというわけだ。

一見便利なようで、意外と困ることも多い。

 なぜって、男なら誰だって聞かれたくない心の声の一つや二つあるだろう。


 もし、俺が彼女の豊満なバディを見てあれやこれやと妄想を始めたら、どんなに真剣な顔で真面目な話をしていても、即座に彼女の鉄拳が飛んでくる。平手ではなく拳であるところが彼女らしくて俺は好きだ。


「本部から通信よ。M785星雲から救難信号を受信。即座に向かうようにと」


 通信画面から顔を上げたミラが俺に真剣な眼差しを送る。

 俺は、それに無言で頷くと、速度レバーを握った。


「グラディウス号、全速前進」


 速度レバーをMAXに上げると、魚の形を模した船体が金色の光を纏い始める。

 そして、徐々にスピードを上げていくと、光の速度で進んでいった。

 俺たちは、宇宙の平和を守る宇宙スペース警備隊レンジャーだ。


 本部から送られてきた座標地点に着くと、俺は船を通常速度に戻し、周囲の偵察を開始した。本部からの情報では、この辺りを根城にしている宇宙海賊がいるとのことだった。おそらく救難信号を発したのは、その被害者だろう。俺たちが移動している間に救難者も移動したらしく、辺りにそれらしい船影は見当たらなかった。


「追跡装置を使いましょう。

 周囲の空間に残る僅かな歪みを見つけて、航跡を辿ることができるわ」


 ミラが追跡装置を作動させると、船の頭部から潜水艦の望遠鏡のような形をした装置が顔を出す。その装置が映し出した空間の歪が手元の操縦画面に映し出された。


「……あったわ。船の軌跡が2つ。

 おそらく何者かに追われている」


「よし、この跡を追う」


 俺は、追跡装置の示す航跡を辿った。急がなければ間に合わなくなる。ふと俺の脳裏に何かが引っかかったが、それは靄のように掴む前に消えてしまった。


「見えたわ」


 ミラの声にはっと顔をあげると、小惑星の影に何かが光るのを見た。恒星ではない。光っては消え、光っては消えと不規則な明滅を繰り返していることから、自然のものではないことがわかる。何者かが攻撃をしているのだ。


 俺はミラと目を合わせると、互いに緊急事態であることを認め、頷き合った。すぐに船体にシールドを張り、移動していく明滅を追う。やがて光が消えた場所に一艘の船が姿を現した。追われている方は見当たらないが、その船が攻撃主であることは確かだった。


「船を攻撃態勢に」


「待て。まずは、通信を試みる。

 宇宙警備隊だと解れば、攻撃の手が緩むかもしれない」


「逆に相手を追い詰めることにも」


「そこはうまくやるさ」


 俺は大胆不敵に笑ってみせた。ミラは俺を信じて頷いてくれた。通信機に向かい、俺は大きく息を吸い込んだ。


『えーまいど宇宙宅配便です。お荷物をお届けに参りました~』


 あっけらかんとした口調を装い、返答を待った。

 しばしの沈黙。返答はない。俺は再び通信機に向かった。


『お母さんからのお届け物ですよー。

 今お渡ししますので、ちょっと停まってもらえないでしょうかー』


 やはり返答はない。通信は確かに届いている筈だ。ということは、明らかに無視されていることになる。


「ふざけないで」


 え、と呆けた顔をした俺にミラが冷ややかな目線を送ってくる。どこから突っ込んでいいのかわからない様子だ。


「宇宙海賊が正規のルートである宇宙宅配便を使うと思うの」


「お母さんは、使うかもしれないだろう」


「母親がいるとは限らないわ」


「そうか、じゃあお父さんにすれば良かったかな」


「そういう問題じゃないでしょう。

 そもそもこの船体を見れば、誰だって宇宙警備隊だって解る筈よ」


 世界最速の魚メカジキを模した青い船体には、宇宙警備隊の印が刻まれている。

 しかし、印は船体の横にあるため正面から見ただけでは気付かないかもしれない。

それに魚を模した船体は人気があるため珍しくない。


 俺とミラが押し問答をしている間に、問題の船は急に船体を右に傾けて逃げる姿勢を見せた。俺たちもそれに気付き、慌てて右旋回をして跡を追う。

 徐々にスピードも上がっていき、その距離が追いつけそうで追いつけない位置まで縮んだ時、船は光の速度まで達していた。


 追い掛けている内に俺は妙なことに気が付いた。今俺たちの目の前をいく船は、俺たちが乗っている船にそっくりなのだ。宇宙海賊が宇宙警備隊に偽装しているのだろう。船体の横についている印までもが同じだ。

 腹が立った俺は、威嚇射撃を仕掛けることにした。同じ船体なのだから速度も同じ。このままでは平行線になるからだ。船体には当たらないよう、しかし確実に相手を追い詰めていく。


「背後に何者かが接近中。今、画面を切り替えるわ」


 前しか見ていなかった俺は、ミラの声で我に返った。画面が切り替わると、そこには俺たちが乗っている船体と全く同じ姿が映し出されていた。

 船体の横には宇宙警備隊の印が刻まれている。一体、どういうことだ。なぜ、宇宙警備隊が俺たちを追っているのか。

 いや、これも宇宙海賊の擬態なのかもしれない。つまり宇宙海賊は二機いたということか。挟み撃ちにされたら一巻の終わりだ。

 冷や汗を握る俺に、ミラが戸惑った様子で通信が入ったことを告げた。

音声を出すと、そこから聞き覚えのある声が流れた。


『えーまいど宇宙宅配便です。お荷物をお届けに参りました~』


 あっけらかんとした口調。まさか、と思いミラを見ると、ミラも困った様子で首を横に振る。わけがわからない。返答に困っていると、更に通信が入る。


『お母さんからのお届け物ですよー。

 今お渡ししますので、ちょっと停まってもらえないでしょうかー』


 まさか、まさか。これは、俺の声なのか。聞き違いじゃないだろうか。助けを求めて視線を彷徨わせた先に、不安げに揺れるミラの瞳があった。この瞳を俺はずっと前から知っている。胸がざわつくと共に、頭の底がしんと冷えていく感覚があった。


 俺がしっかりしなければ。この船の船長は、俺だ。

 冷静に考えてみれば、先ほどの俺の声を敵が録音していたのだろう。それを再生することでこちらを混乱させ、その隙をみて逃げるか、または攻撃する。宇宙船同士の戦いになった場合は、相手の背後をとった方が最も有利に立つ。今のままではこちらが圧倒的に不利だ。


 俺は、方向レバーを大きく右に傾けた。船体が勢いよく右に曲がる。船内は重力場を一定に保っているので転がる心配はない。


 いつの間にか前にいた筈の船は姿を消していた。背後に気を取られている間に、小惑星の影にでも逃げ隠れたのだろうか。とにかく今は追手の攻撃範囲から出ることが優先だ。


 背後に追跡者の影を確認しつつ、俺は速度を上げていく。こちらが速度を上げれば上げるだけ追跡者の速度も同様に上がっていく。やがて光の速度を超えたその先へ俺たちは突入していた。

 ふいに辺りが真っ白な光に覆われて視界を奪われた。レバーを掴んでいた手の感覚もなく、自分とそれ以外の境すらわからない。

 攻撃されたのだろうか。それにしては痛みや音は全くない。

 それすら感じる前に死んでしまったということなのか。


『生きたいか』


 突然、どこからか声が聞こえた。男とも女ともつかない。耳から音として聞こえた、というよりは、心に響いて感じる声だった。ミラが使うテレパシーに似ている気がする。


 そうだ、ミラはどうしただろう。俺のすぐ傍にいた筈だ。きっと困っている。彼女は……彼女は………誰だ。


『あなたの本当の恋人は、ここにはいない』


 どういう意味だ。俺の本当の恋人とは、誰のことだ。


『あまり時間がない。生きたければ、《夢輝石》を渡して』


 その言葉が鍵であったかのように、俺の脳裏で何かが弾けた。それは、大渦のように繰り返される言葉の奔流。俺を見て指さす多くの人たち。疑惑、不信、憎悪……ちがう、と答えた俺の声は掠れて消えていった。俺じゃない。俺は、盗んでなんかいない。


 ――宇宙の果てには何があるんだろうね。


 よく通る声で彼女は言った。俺が愛した唯一の女性。決して美人ではなかったけれど、彼女の笑い声が俺は大好きだった。


――逃げちゃおうか、二人で。どこか遠いところ。


 ああいいよ、と俺は答えた。君となら、たとえ宇宙の果てにだって逃げ切ってみせる。


 暗転。いつの間にかテレパシーの声は聞こえなくなっていた。


 あるのは、無のみ。

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