にえはやじまとおおもずさま

白森 樹良

にえはやじまとおおもずさま


「なんて?」


画面に表示された文字を見て、思わず声が出てしまった。

周りに人が居ないことは分かっているので独り言が出ても問題はないが、思いのほか大きな声が出たので少し顔を上げて周りを見渡す。

よし、誰もいない。

画面に目を戻し、先ほどの文字をもう一度確認する。


『トロピカル因習アイランド』


突如SNSのトレンドに現れたこの文字列はいったい何だろうか。

ワード検索をかけて投稿を確認するが、パッと流して見ただけでは正体は何もわからなかった。


「お、まとめがあるじゃん。」


だがご丁寧なことに、コトの発端からトレンドに浮上するまでの一連の流れがまとめられていたので読むことにする。

埠頭のプレハブ小屋で船を待つ間は何もすることがないため、SNSは至上の時間潰しなのだ。

数ページほどにまとめられた『トロピカル因習アイランド』なるものについての投稿を眺めてその概要を知る。


なるほど。

『寒くて暗い場所では人間は排他的になる。逆に暖かく明るい場所では大らかで陽気になる。』という話から始まり、『では南国の因習村はこうではないのか?』という1つの空想をきっかけに話が膨れ上がったようだ。

『因習村』とは文字通り『何か因習の残る閉鎖的な村』を指していて、よくホラー映画の題材にされている。旅行の途中でトラブルに見舞われて立ち寄った村で猟奇的なしきたりに巻き込まれる、というのが大体の流れだろう。他にも風土の調査を目的にしている場合もあるだろうか。とにかく、何か因習の残る閉鎖的な村を訪れて、その因習に巻き込まれるというのがお決まりのパターンなのだ。

そして、その『因習村』が南国にある場合を指して『トロピカル因習アイランド』と言っているらしい。正反対に見えて矛盾しない組み合わせ、その面白さに一部の層が大喜利を始めたことでトレンドに上がったようだった。


インターネットのオタク達は因習村と大喜利がカレーと同じくらいには好きなので、それはもう盛り上がらない方がおかしいのだ。

勿論、私も大好きだ。

リアルタイムで盛り上がれなかったことが悔やまれる。チラリと海に視線を向けて、船の影がまだ見えないことを確認してから、後夜祭には乗り遅れまいと腰を据えてまとめを読み始める。


『陽気な民謡を歌いながら生贄を捧げる』

確かにそうなってしまうなと思った。南国なので民謡は陽気だったりゆったりしたものになっていそうだ。特有の弦楽器でも持ち出して波の音を聞きながらも土着の神だか怪異だかに生贄が捧げられるのだ。いや普通に狂気的な絵面じゃなかろうか。


『住民が時間にルーズなので儀式が時間通りに行われないが、神も時間にルーズなので問題にならない』

思わず口角が上がってしまう。南の国は確かに時間にルーズな印象がある。そうなれば神も時間にルーズになるのだろうか。もしかしたら神がルーズだから人間もルーズになっているのではないだろうか?などと空想が膨らむのも大喜利の面白いところだ。


『不敬をやらかしてから十年単位越しに祟られる』

時間にルーズが過ぎないだろうか?しかし神は長生きだろうから、人間と時間の感覚が違ってもおかしくはないだろう。神にとっては数日遅れくらいの感覚なのかもしれない。


『観光客を迎え入れる「ようこそ、いけにえ!」の横断幕』

馬鹿じゃないのか?生贄に生贄って言ったら逃げられるだけだろ!と反射的に思ったものの、逆にこれくらい堂々としていると案外真面目に受け取られないのかもしれない。自分がもし目の当りにしたら、何かのイベントかそういうノリなのかと思ってしまうかもしれない。


『民謡がREMIXされている』

映画では因習村に伝わる民謡が祟りを回避する方法のヒントになっていたりするのが定番だ。しかしさすがに村の先祖も韻までは考えていないのではないだろうか。ヒントの部分が改変されてしまったら、もう打つ手はなくなってしまう。


ここまで一気に他人の大喜利を確認して、腹を抱えて膝を叩いた。

皆よくもまぁこんなに面白いことを思いつくものだ。

トロピカル因習アイランドのノリは分かってきたので、私も参加しようとSNSの投稿画面を開く。

さてどんなものを書こうかと、海を眺めながら思案する。

思いついたものを途中まで入力しては、首を傾げて削除する。

そんな行為を数回繰り返したあと、スマホを置いて身体を伸ばした。

「なんにも思いつかねぇ~。」

正確には思いついても、インパクトに欠けると感じて投稿を渋ってしまう。

参加するからには、見た人の腹筋を崩壊させるような投稿をしたいというスケベ心が顔を出し、しかし残念ながら先人たちのインパクトに勝るようなものは思いつかなかった。

そもそも『トロピカル因習アイランド』の字面が既に面白すぎる。トロピカルとアイランド、この陽気なイメージの2つの言葉に、陰鬱とした因習なんて言葉が挟まっているアンバランスさ。ねぎまの肉とねぎを逆にしたような趣があるこの言葉をまず越えないといけないのだ。意外と難易度は高い。

またそのうち思いつくかもしれないと思って、まとめの確認に戻ることにした。

残りも『祟りじゃなくてマラリアで死ぬ』とか『見立て殺人の題材が流行りのJ-pop』というような胡乱な投稿がまとめられていて、最後まで口角は上がりっぱなしになっていた。


そして再び訪れた暇な時間は、また大喜利のことをぼんやりと考えながら過ごした。

考えてはいたものの、先人たちの投稿が脳内で反響して思い出し笑いをしてしまう。

座って遠くを見たままニマニマ笑っている私はさぞ気持ち悪かったことだろう。周囲に人が居なくて本当によかったと思う。


そうやって過ごしていると、やっと海の向こうから小さな船がやってきた。予定の二時間遅れだ。埠頭に接岸した船から降りてきたのは中年の男と数人の若者たち。大学の教授とその教え子たちらしい。

「見て見てマサくん、ビーチめっちゃキレイじゃん!下に水着着てきてせいかーい!」

「はぁ?紗々ササお前、この時期に泳ぐつもりか?馬鹿だろ。……おい稲倉イネクラァ、てめーヒトの彼女に鼻の下伸ばしてんじゃねぇぞ。」

「ののの、伸ばしてないよぉ。」

「コラコラ、みんな静かに。島民の方の迷惑になるからね。」

若者がいるだけで活気が出たように感じてしまう。目的とかは聞き流していたので正直覚えていないが、オフシーズンのこの時期に来るとは物好きだなと思いながら眺めていた。

ンくてくだすったねェ~。」

船が見えていた時点で連絡を入れていた村長が酒瓶を片手にヒョコヒョコとやっと到着し、歓迎の言葉を述べた後に教授らしき男と会話を始める。婦人会も島踊りを披露して、すっかり明るい歓迎ムードだ。

「そンじゃお疲れンじゃろけンどもね、まンずは挨拶に行こかいねェ。」


村長に連れられて大文珠おおもず様の祠へ向かう一行を見送りながら、広げていた『ようこそ!仁江早島にえはやじまへ!』と書かれた横断幕を畳んでプレハブ小屋へと投げ入れる。

一時の賑やかさが過ぎ去り、静かな時間がやってくるとトロピカル因習アイランドのことが思い出されて、ひとりでに笑ってしまう。


実在するなら訪ねてみたいものだ。


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にえはやじまとおおもずさま 白森 樹良 @Soul_of_Rexs

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