第35話 イブ

―――ライブが終わり、控え室へ戻ってきた。


「お疲れー」

「お疲れ様でした」


「ふー……」


 空君は上を見て小さく溜息を吐いた。スッキリとした満足気な顔をしている。そして下を見て小さくガッツポーズをした。何かを噛み締めてるような感じだ。

 さっきステージから羽賀さんに告白して、OK貰ったんだ。嬉しさが込み上げてるんだろう。


 私達は空君に声をかける事は敢えてしなかった。彼自身、そう言う事はあまり触れてほしく無いタイプだって事は皆知っていたからだ。それに何だか茶化しているような気もするからね。


 ただ、皆、空君の嬉しそうな姿を見てニヤニヤしている。皆も嬉しいんだ。


“コンコンコン……ガチャ”


 ———控え室に羽賀さんが入ってきた。


 部屋に入ってきた羽賀さんは何も言わず含羞はにかんだ表情で、空君の前に立った。私達の事は見えていない感じだ。ライブの感想聞きたかったけど、今はどうでもいいや。


「それじゃあ、俺ら先行ってるよ」


 大地君がそう言うと、陽葵はすかさず大地君の腕を取って一緒に出て行った。


「———それじゃあ、俺達も出るか」


 正吾君の言葉に私も一緒に部屋を出た。


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 私達四人は店の入り口の辺りで二人が出てくるのを待っていた。陽葵が私達のこれからの予定を聞いてきた。


「丹菜と正吾君はこの後なんかやんの?」


「特には……」


「———丹菜と二人で過ごそうかなって、な?」


「———!」


 ビックリだ。正吾君の口からまさか私と一緒に過ごすなんて事言うと思わなかった。思わずビックリした顔で正吾君を見てしまった。


「———そういう事にしといてくれ。じゃ無いとこの状況だ。なんか俺達だけ虚しくなる」


 はは……そう言う事ね。目の前の二人は……一緒なんだろうな。空君達もこれからどっかに行くんだろうから……でも、私達もこの後、一緒に過ごす約束だから別に何とも思わないんだけどね。それがバレないようにカモフラージュしたようだ。正吾君はすか大地君達の予定を聞いた。


「———大地達は当然二人でか?」


「いや、うちは家族ぐるみでだな。陽葵の店で常連さん含めてパーティーだ。折見て抜け出して部屋でマッタリはするけど……その程度だよ」


「そうか、結構面倒そうだな」


 そうなんだよね。普通、クリスマスって家族と過ごすもんなんだよね。私には家族と呼べる人が居ないから、その面倒がってるそのイベントも私には羨ましく感じてしまう。

 家族……そう思ったら、正吾君の袖を掴まずには居られなかった。


「———お待たせ」


 空君が店から出てきた。羽賀さんと手を繋いでいる。いいな。

 いつも凛々しい羽賀さんだが、今はしおらしくて可愛らしい。空君は照れつつも堂々としている。流石だ。


「それじゃあ、今日はここで解散でいいか? って言うか解散で頼む。俺は愛花ちゃんとちょっとブラついて帰るよ」


 空君のこういうところはイケメンなんだよね。羽賀さんに対しては照れるのに、この状況で私達には照れないってのはなんか凄い。


「よし、それじゃあ今日はお疲れ様」


「じゃあな。次会うのは……来年、学校でだな」


「———良いお年を」


「正吾君、ちょっと早く無い?」


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 時間はまだ六時だ。この時期、四時を過ぎればあっという間に暗くなる。

 そして、この街はクリスマスシーズンになると、街路樹が街を明るく照らす「冬の光の祭典」をやっている。街路樹に電球をつけてのイルミネーションだ。この時期ならではのイベントなわけだが、今日はイブと言うこともあって人も多く賑わっている。


 私と正吾君は、駅に向かって歩いていたが、


「———な、折角だ、少し遠回りするか」


 私の返事を待つことなく、正吾君は―――


「———え……」


 私はビックリした。突然、彼が手を繋いできたのだ。今まで密着したり一緒に寝たりした事はあったが、手を繋ぐのは初めてだ。しかも彼からという事に驚いた。

 何だか今までで一番恥ずかしいと言うか照れると言うか……。


 正吾君は私の手を取り、雑踏の中を進んでいく。


「———すまん。嫌だったか?」


 私は笑顔で彼の手を強く握り返した。


 彼は手袋をしていない。手袋越しに彼の手の温もりが伝わってくる。なんか今までに無い感覚だ。

 私達は、光る街路樹に照らされた道を二人で歩く。幻想的で違う世界にいるみたいだ———



―――その時間も終わり、雑踏を抜け駅へ向かった。だけどこの手は解かれる事は無く、電車の中でも握られたままだった。


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 電車を降り、いつものスーパーに立ち寄った。今夜のパーティーの準備だ。正吾君はここで初めて手を離した。ただ、買い物カートを押す彼の腕に私の腕を軽く絡めてたけどね。


「で、今日は何を食べるんだ?」


「うーん……何食べたい? って聞いても———何でもいい正吾の声真似でって言うんでしょ? そうだな———メインのおかずは鶏の唐揚げでどう?」


「いいね。それで行こう」


 あまり特別感は無いが、オーブンがある訳でも無いので特別な料理にも限度がある。私達は他にも色々食材を買い店を出た。


 店を出ると驚いた事に正吾君は再び私の手を取ってくれた。何? 空君の行動に当てられた?


 私は嬉しさのあまり、歩き方が思わずスキップな感じになってしまった。


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 ・


 マンションに到着して、私は着替えてきた。いつものリラックスしたスウェットではなく、ちょっとその変をお散歩できる程度の格好だ。正吾君もそんな感じに着替えてる。


 これから二人のクリスマスイブが始まる。

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