第6話 食堂で

 ―――日曜日。


 今日は、大宮さんの家でバンドの練習がある。


「こんな感じで大丈夫かな?」


 昨日の服も気合いを入れてみたが、今日の服も少し気合いが入っている……が、あまり気合いを入れると、変に空回りするから注意が必要だ。


 今日のコーデは、トップスはニットに下はミニスカ。そしてダボダボな厚手のパーカーを羽織ってみた。靴はショートブーツ。頭にはツバの大きめなキャスケットを被っている。色合いは全体的にアイボリーな感じだ。


「ちょっと時間早いかな―――」


 私は、トゥエルブさんと一時にステンドグラス前で待ち合わせしているので、少し早めに―――電車二本分は早いであろう時間にマンションを出て、最寄りの駅へ歩いていた。


 マンションから駅までは歩いておよそ十分だ。


 間もなく駅に着こうとした時、後ろから私を呼ぶ声がした。


「葉倉さ―――ん」


 私は後ろを振り向くと、ギターを背負ったトゥエルブさんが息を切らせながら走ってきた。


「―――はぁはぁ……追い付いた……はぁはぁ」

「大丈夫ですか?」

「ちょっと待って」


 彼はそう言うと、リュックからペットボトルを出して、水を飲んだ。


「―――っぷぁー。ふー……ゴメンゴメン」


 ―――ん? 後ろから呼び止めたって事は……ご近所さんかな?


「あの……、家ってこっちなんですか?」


「―――え? あ、う、うん。こっちなんだよ。―――葉倉さんの家もこっちなの?」


「はい。私は―――あ、あそこのマンションです」


「―――え? それ、俺に教えちゃっていいの?」


 あ! 思わず教えてしまった。ま、トゥエルブさん悪い人じゃ無いから大丈夫だよね。


「あ、ダメですね。忘れて下さい―――って、トゥエルブさん私の部屋知って、なんか悪い事しちゃうんですか?」


 ちょっとジト目でトゥエルブさんの顔を覗き込んでみた。

 彼はたじろぐ感じで顔を赤くして目線を逸らした。可愛い。


「え? それは無いけど……悪い事して欲しいなら、それなりに悪い事して上げるよ」


「ふふ、なんですかその『それなりに悪い事』って」


「―――うーん……それなりだよ」


 この人、やっぱりいい人だ。家の場所知って真っ先に注意してくれるって。


 今、時間は十一時過ぎた位だ。大宮楽器店まで電車も含めて三十分で着く。


「そう言えば、お昼ご飯ってどうします?まだ集合には少し時間早いですよね」


「え? あ、俺は食べないつもりでいた。いつも土日は昼飯食べないからね」


「え? そうなんですか? 食べないと力出ませんよ」


「いやー、一人暮らしなもんで中々自炊もね」


「え? 一人暮らしなんですか?」


「———あー、うん、両親海外行っててね。俺だけ日本に残ったんだよ」


 今日は、トゥエルブ情報大量ゲットだ。


「そうなんですか。実は私も一人暮らしなんです」


「ちょっと待った———!」


「どうしたんですか?」


「―――家の場所と、一人暮らしの情報教えたら、葉倉さんの危険が危ないでしょ!」


「———確かにそうですね。ちょっと軽率でした。トゥエルブさんの『一人暮らし』ってワードに思わず話してしまいました」


「———ついでにに聞いちゃうけど、……ご両親は?」


「小学生の頃、事故で死んじゃいました」


「ごめん……」


「気にしないで下さい。ところで、お昼ご飯、一緒に食べに行きませんか?」


「―――それじゃあ、どっか食べに行こっか」


「でも、私、外で食べること無いんで、お店とか分らないんです。案内して頂けると嬉しいです」


「俺も、男しか行かないような店しか知らないからな……」


 ちょっと、トゥエルブさんの私生活を見てみたいな。


「トゥエルブさんが良く行くお店行ってみたいですね」


「―――分った。ちょっと盛りがいいから覚悟しろよ」


「大丈夫です。残したら、トゥエルブさん食べて下さいね」


「大丈夫かな……」


 ・

 ・

 ・


「―――ここだよ」


 電車に乗り連れてこられた場所は、正直、衛生的に綺麗とは言えない感じの定食屋さんだった。


 ”―――ガラガラガラ……”


「ちわーっす。二人大丈夫ですか――」

「らっしゃい! なんだ、ショウゴか」

「大将、し―――!」


 トゥエルブさんは、お店のオジさんに人差し指を口元に立てて、内緒のポーズをしている。


 そっか、トゥエルブさんの名前って「ショウゴ」って言うんだ。


「空いてるとこに座れや」


 オジさんに言われると、トゥエルブさんは、壁際の席に腰を下ろした。


「ショウゴ君いらっしゃい。何?今日は彼女連れてきたの?」


 今度は、オバさんが水を持ってきて、トゥエルブさんの名前を呼んでいる。

 トゥエルブさんは目の前でワタワタ慌てている。なんか可愛い。

 オバさんはニヤニヤしながら厨房に戻って行った。


 トゥエルブさんは私の目の前で頭を抱えている。


「―――葉倉さん。俺の名前、内緒でお願い」


「分ってます。ここでは、『ショウゴさん』って呼ばせて貰います。寧ろ、こんな場所で『トゥエルブさん』なんて呼んだら、ちょっと痛い人になっちゃいますよね」


「―――ありがと。じゃあ、ここでは「ショウゴ」で」


「因みに、ショウゴさんの名前知っている人って誰がいるんですか?」


「―――店のオーナーだけだな。あと、行きつけの、こんな感じの店の人達かな?」


「なんか、私、ちょっと特別な女になった気分で嬉しいですね」


「おいおい、その言い方」


 そんな会話をしながら、ショウゴさんは唐揚げ定食。私は野菜炒め定食のご飯少なめを注文した。


 料理が出てくる迄の間、ショウゴさんの事を幾つか教えてもらった。

 ギターは小学生には上がる頃にはもう弾いていた事。ご両親は仕事で海外に行った事。バンド組み始めたのが高校生になってからだという。ここ一年に満たない期間で「ボーカル殺し」の異名を付けられたって凄い。

 流石に住んでる場所は教えてくれなかった。


 そうこうしていると、注文の料理が運ばれて来た。


「ご飯少なめ」ってお茶碗からご飯が思いっきり盛り上がってる状態を言うんでしたっけ?……ショウゴさんのお茶碗も大変な事になってた。


 ・

 ・

 ・


「―――お腹いっぱい……」

「―――俺も限界……。ウプ」


 食事も終わって、大宮楽器店へ、ショウゴ……トゥエルブさんと向かった。


「しかし凄い量でしたね」

「だから言ったろ? 大体ご飯のメニューが『どんぶり飯』だからな。基本の量が違うんだよ」

「そうだったんですね。気づきませんでした」


 ・

 ・

 ・


「ここかな?」

「ここですね」


 店を出て、トゥエルブさんと二人で看板に「大宮楽器店」と書かれたお店の前に立っている。

 トゥエルブさんは躊躇いなく店の中に入って行った。何だか慣れた感じだ。


「こんにちはー」

「お、来た来た」


 お店の広さはコンビニの二倍くらいの広さだ。

 店の奥から大宮君と、何故かエプロン姿の希乃さんが顔を出した。

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