第2話 運命を変える為のプロポーズ
家に帰り、俺は考え続けていた。
昔から体の弱かったメイベルは他の人間よりも短命だと言われていた。彼女の母親も若くして、同じ病で亡くなっていた。
まさか、こんなにも早くメイベルの死期が訪れるとは考えてもいなかった。
彼女の母親は三十歳で亡くなっていた。まだまだ時間はある、いやもしかしたら、病気が遺伝することはないかもしれない。などと淡い期待を抱いていたが、現実は常人の理想を容易く打ち砕くものらしい。
余命は一年から二年、原因不明の難病に体は少しずつ動かなくなり、最後は視覚と聴覚を奪われた状態で最期を迎える。
酷い空元気でメイベルがそう教えてくれた。
。
どんな顔をして話を聞いていたのか、どうやって自宅まで帰ってきたのか記憶にない。椅子に座りパンとスープを口に入れている時点で家事だけはこなしていたらしい。
「くそっ……」
能天気に食事をしている自分に吐き気がして、テーブルごと料理をひっくり返した。
――こら、食べ物を粗末にしちゃだめだぞ!
幼い頃に好き嫌いをした俺を叱ったメイベルの言葉蘇った。
それから俺は数年ぶりに大泣きをしてから、泣きながら料理を片付けた。
もう二度とメイベルに会えなくなる。
彼女に触れることさえも永遠に叶わない。
例えこの想いが成就しなくてもメイベルが笑ってくれればそれだけで幸せだった。
ただ俺が充たされれば幸福になるわけがない。大切な人が、笑っている世界こそ一番幸せな世界なんだ。
一晩中考え、自宅の家財道具や両親が遺してくれたお金も引っ張り出した。
もしかしたら、もうこの家に戻ることはないかもしれない。そんなことを考えつつ、両親の旧友であるガルバさんに家のことを頼むことにした。
――そして、覚悟を決めた。
※
「あ~あ……来なくなっちゃった……」
それから一ヵ月、アリスタは家に来なくなった。
もし病気の事を話したら、どういう反応するのか心配していたが、アリスタの方が病気を知らされたかのような絶望的な顔をしていた。
「これじゃ、どっちが死ぬか分かんないよ。あの顔、少し笑えたけど。……でも、これはこれで辛いな」
アリスタはいつも冷静だから、こういう時も悲しくても受け入れてくれると思っていた。そうであってほしい。
このままアリスタと会えないかもと思うと涙が出てきた。
人より早く死を迎えることは覚悟していたことだが、大切な人達に会えなくなることは寂しくて悲しい。
「大好きな人達が笑ってくれたら、それだけでいいのに……」
窓際の鉢植えの花に水をやる。
執事のニックさんからのプレゼントの薄紅色の花だ。派手さはないが、指先程度の蕾が小さく開花する様は非常に愛らしい花だった。
そういえば、と思い出した。私の為に、父が子犬を飼ってこようとしたが、私はその申し出を断ったことがある。
飼っていた犬猫は家族も同然になる、もし死んでしまうなら立ち直れなくなりそうだったからだ。
「じゃあ、私が先にあっちに行くのは私にとっての幸運なのかな」
一人呟き窓から外を眺める。
あ、と一ヵ月ぶりに見つけたその姿に声が出てしまう。大急ぎで、部屋を飛び出した。
階段を駆け下り屋敷の入り口の扉を開く、応対する執事のニックさんの隣にアリスタが居た。
また会いに来てくれたことが嬉しくて、彼の名前を呼んだ。
「――アリスタ! どこ行ってたのよっ」
アリスタは少し疲れた顔をしていたが、私に気付くと微笑んだ。
ごめん、と一言謝りながら、私の元へとアリスタは近づくと片膝を地面についた。
驚く私に何の説明もないまま、アリスタは微笑を浮かべ私の右手を両手で包み込んだ。
「――愛している、メイベル」
「へぁ」
全身に電流が走ったように頭の中が真っ白になる。
物語の王子様のように笑いかけるアリスタに、頭の中がふにゃふにゃになりそうだ。
答えなんて決まっていた。だけど、私の運命は残酷なのだ。アリスタは馬鹿だ。
「……だめよ、私すぐ死んじゃうんだもん!」
「死なせない。結婚して、旅に出よう」
「し、新婚旅行?」
真剣な顔のアリスタに何を言ってるんだ、と私は自分の頭を殴りたくなった。だけど、アリスタは首を横に振った。今まで見た中で、一番かっこいい顔を彼はしていた。
「夫婦二人で、幸せになるための旅に出るんだ」
そこまでが限界だった。私は膝から崩れ落ちるが、すぐさまアリスタは両腕受け止めてくれた。
もう何だっていい、死の恐怖はあるし辛いけど、たぶん私は死ぬまで幸せになるのだろう。
(私は、死ぬことになる。これは死の間際の泡沫の夢。別れ際に貰う花束程度の思い出だ)
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