魔術師は嘘をつく

孝部樹士

第1話 僕らの世界の終わり

――重大発表があります。


 「はぁ」


 深く溜め息を吐いた。あいつの重大発表というのは、いつだってろくなことにはならない。

 過去の重大発表を思い出す。


 ――虫歯になったよ! 医者が来る前に治療してほしい!

 ――父上から借りた本にお茶を……。一緒に謝ってぇ!

 ――うええん! 飼っていた猫のマリーちゃんがいないの!


 うん、重大発表という厄介事だ。

 きっと今回もその類だろうと分かり切っていたのに、俺は彼女の家に向かうための身支度をしていた。

 彼女が困れば俺が力を貸し、彼女が悲しめば背中を貸し、彼女が怒れば胸を貸した。

 良いことが無いように思われるかもしれないが、形にならない報酬をいつも貰っている。


 そしてこれが、俺アリスタ・ウォーカーと幼馴染で貴族のご令嬢であるメイベル・ブルーの関係だ。





 自宅のから真っすぐ歩いていくと、自然と大きなお屋敷が目に留まる。赤いレンガに二階建ての建造物は村ではこの家だけだ。

 屋敷の主人の持ち物である近くの炭鉱や畑は村の人間達が大勢働きに出ているし、使用人のほとんどが村人だ。それは屋敷の主人が村を大切に思っているからこそ、村人が守られた仕事場を提供してくれているからだ。

 早くに両親を亡くした俺は、村人達から見守られながら村の雑用係のような毎日を送っている。

 村長は別にいるが、村長以上に発言力と権力を持ち合わせた屋敷の主の娘がメイベルなのだ。

 下働きの小僧であるはずの俺が、屋敷の正面の扉から堂々と入っても何一つ注意されることはない。

 厳格ながら差別を許さない主人の人柄のお陰なのだろう、村中から恐れられながらも好まれる理由がよく分かる。


 執事に案内されて、二階の角部屋に向かいノックをした。


 「メイベル、俺だ」


 「メイベル・オレダさんという知り合いはいませーん」


 執事に目線を送ると、ホホホと苦笑するだけだ。

 相変わらずメイベルに甘い連中だ。


 「アリスタだ。そもそも俺はお前に呼ばれて来たんだぞ」


 「だったら最初から言えばいいじゃない、もう!」


 本気でぶん殴りたい気持ちになりつつ、執事さんがまた申し訳なさそうにホホと苦笑するので、腹の底に怒りを押し込んだ。

 部屋は陽当たりの良い淡い白を基調とした過ごしやすそうな空間だった。――メイベルの私物が足の踏み場もないぐらい床に転がっていること以外は。


 「やあ、よく来たねアリスタ!」


 金色の長髪に宝石のような蒼い瞳、弾ける笑顔は夏の太陽のように眩しかった。

 年齢は十六歳、十八歳の俺の二つ下だ。


 「それで、どんな御用ですかお嬢様」


 「話そうかどうか考え中」


 「帰る」


 「あーうそうそ! すぐ喋るから帰んないでよ! そもそも、昔からアリスタは私に冷たい気がする。こう見えても、村の若者からはメイベルちゃんかわええぇて声が村のそこかしこで囁かれているぐらいだからねっ」


 村の若者、俺、アリスタ、隣の家のキッド(6歳)の誰がそんなことを言ったのだろう。メイベルはよほどおかしな耳をしてるらしい。


 「ちなみに、誰がそんなことを言ったんだ」


 「この間、パンを買いに行った時にガルバさんが言ってたよ! まことしやかに囁かれているって」


 どうやら、ガルバさん(50歳)の営業トークに踊らされていたようだ。


 「ガルバさん若者と呼ぶのは、村の年寄り達の感覚だ。それに、まことしやかは大半は作り話で使う言葉だ」


 「ガーン! 純朴な少女の心が弄ばれた……」


 もう一度溜め息を吐いてから、自宅にある家具の何倍も高級そうなソファの上に腰かけた。


 「……いいから、本題に入ってくれ」


 投げやり気味にそんな風に言う。

 既視感すら感じるあまりに日常的で、ほんの平和な日々の一コマでしかない時間だ。


 「えへへ」


 眉毛をへの字にして、照れたように複雑そうに笑うメイベル。含むような笑い方をする時は、何かが起きている時だ。

 嘘をつくのが苦手なメイベルは、野良猫を拾ってきた時も、父親に誕生日プレゼント用に手作りパンを造った時も、複雑そうな顔をして笑っていた。

 さらに、今回は「えへへ」の時間がいつもより長かった。

 それから俺は根気強く、メイベルが話を再開するのを待った。そして、彼女はようやく教えてくれた。


 「――じゃじゃーん! なんと、もうすぐ私死んじゃいます!」


 全身に緊張が走り、俺の思考はそこで完全停止をした。

 嘘をつくことが苦手なメイベルは、命を弄ぶようなふざけた嘘はつかない。


 「私、死んじゃうんだ」


 儚い笑顔と共に、もう一度言った。

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