不知火遥の日記
このソフトを使うなら英語か、かしこまった書き方にしようと思っていたがこれは論文でも研究でもないので、普通に書くこととする。
こっちの方が効率がいい。思考を全て書き留めることにしたので、口語で行く。
三か月前、「 」が死んだ。
ああ、やはりだめだな。これを使っても「 」の名前が書けない。便宜上彼としておこうか。最早記憶も薄れかかっているので代名詞にするのは恐ろしいが。
さて、彼が死んで、私は悲しんだ。ひとしきり泣いた後で、異常に気が付いたんだ。私は一応友人ということで葬式に行ったのだが、その日の記録がきれいさっぱり消えていた。記憶も、あいまいだった。
その時参列していた人間にも電話をかけてみたが、覚えていない。いや、知らないといった様子だったな。そんなものは知らない、それはそれとしてサインください。反吐が出る。私は電話を切った。
何かがおかしい。
私は私のスマホを見た。高校を卒業したその日、彼と撮った写真。それが、消えていた。バックアップも、現像も、全て。絶望したよ。ふざけるなと思った。私の記憶が、世界が汚された。
そこからの行動は自分でも驚くほど速かったね。彼の情報、それらが残っているであろう場所を只管に探し回った。高校、中学、小学etc。漸く私の無駄な記憶力が役に立ったよ。彼が会話の節々で発した地名とかから割り出したそれらの場所に、不知火遥という名前を使って押し入った。
役に立った、と書いたか。
立ってなかったな。無駄だったとも言えよう。
消えていた。
彼の文献が、記憶が、情報が、存在が。何もなかった。
初めに、何かしらの陰謀に巻き込まれたのかと考えた。不知火遥という名前は最早私の制御できないところまで来ている。彼がそれに巻き込まれたのなら……と考えたが、それも違う。
朝起きて、一瞬。彼の名前が思い出せなくなった。私が、だぞ?
ベットの上で彼の名前を刻み込むように復唱した。荒ぶる動悸を抑え込んでスマホにメモしようとした。だが、駄目だった。彼の事を思わずに入力すれば、彼の名前に入っていた文字でも入力はできる。だが、それを彼のものだと理解した瞬間、消失する。
そこで、気が付いた。彼は、この世界から消えたらしい。
そう気づけば行動は早かった。研究何かしている場合ではない。この謎を解かねば、許せない。私のものだ。私のものなのに、世界なんかに忘れられた程度で。失ってたまるか。
実験1:ラット
先ず、鼠で試してみた。
名前を、それも彼に近い日本語名を名付けた鼠を、何匹も殺した。
結論として、駄目だった。私は惨めに私の手によって死んでいったその鼠、全ての名前を憶えていた。そりゃ、只死ぬだけで忘れられてしまうなら偉人なんてものは存在しない。彼の死因も再現してみたので、死因によって、という訳でもなさそうだった。
次に移る。
実験2:プレイス
次に着目したのは場所だった。
彼が死んだ場所……今はもう、思い出せない。だが、私はそこに行った。特に変哲のない場所だったのは覚えている。彼の死因も偶発的に起きうるものだったし、人為的な何かが絡んでいるとは思い難い。
そこで、鼠を数匹はなって死なせた。
結果は失敗。場所でもないようだ。
次に移る。
実験3:タイム
めんどくさくなってきた。失敗。
実験4:ヒューマン……は不実行。彼は、こんなことをして喜ぶ人間ではない。
それからも私は思いつくすべての可能性を試した。只管に、愚直に。それが科学というものだと知っていた、彼に教えられたから。でも、流石に私も限界だった。彼を失って、縋るもののない暗闇の中で進み続けた。
光は、未だ見えそうにもない。
何度も、何人も私が居たら楽なのにな、と思った。
死んでもいい私。失われても、世界が気づくことのない私。……過去から、一人ぐらい連れてこれたらばいいのにと思った。私が死んだあと、私の事を思考する人間が欲しかった。
ああ、でも誰かを雇おうとも思えない。
これは、単なる私のエゴだが。
彼を独占できているこの状況に、仄暗い喜びを覚えているのも確かだった。過去の私なら、これを理解してくれるだろうから。この謎は、私だけが抱えていたい。他の誰にも、知らせたくはない。
だが、解けない。
ピースが一つ足りないような気がする。
謎を抱えたままで居たい。それは、解けない謎を持つことで解決できる。だが、解きたいというエゴもある。なら、することは決まっていた。
私が死ねばいい。
世界が気づくだとか、気づかないだとか、もう関係がない。私が死んで、世界から忘れ去られればそれも達成される。何て単純なロジックに気が付けなかったんだ。私は疲れているらしい。
早速、実行しよう。
……わかっている。
これは錯乱だ。これは、混乱状態に近い。こんなことをして、何になるというのだ。彼が起こした現象を再現できる可能性は、殆ど無い。だから、只の自殺で終わってしまうのだろう。
でも、もうこれしかないのだ。限界だ。彼のいない世界でもがき続けるのは、足掻き続けるのは、疲れてしまった。あれから一年、永久のような一瞬だったと今なら思える。
私は、恐怖している。
死ぬことじゃない。そんなことに怯えている訳もない。
私が死んでしまえば、本当に彼は消えてしまうのだ。この世界にいたという軌跡が、無くなってしまうのだろう?怖い。恐ろしくてたまらない。
だが、だからと言って生きていられるほど強くなかった。この恐怖は、私が抱え込むには余りにも……。
私が嫌いだ。矛盾して、無茶苦茶な私が。何が天才だ。何が科学者だ。繋ぎ、伝えるものが何も残さずに死にゆくなんて、恥さらしにもほどがあるだろう。
私が嫌いだ。
こんな、悪あがきをする私が嫌いだ。
このスマホに遺したメモ書きと、この日記。
これは、悪あがきだ。私以外気づかない、私以外見る事すらできないものだ。もしシステムを改ざんしてみる様な輩が居たなら、呪い殺そう。呪いなんてものが存在するのか死後調べるのも、楽しみだろうか。いや、そんなこともないな。何も愉快じゃない。
話が逸れた。
だから、仮にこれを「私」が見ていたのなら。
ありえるはずのない因果の果てで、いつかの私が、この真相にたどり着いたというのなら。これは私からの願い……いいや、こんな表現じゃつまらないだろう。
挑戦状だ。
解いて見せろ。彼は何故存在を消したのか。
天才なんて称号にふんぞり返って、あの村での出来事を彼に思い出させることもできなかった私なんかに、そんなことができるとは思えないがね。この挑戦状が終わるまで、私は満足しないぞ。時をまたいできたのならその時に、世界をまたいできたのならこの世界に、いつまでも居てもらう。
……虚しくなってきた。
この私が、最後にオカルト的思考に行きつくとはな。
これで、終わりにする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます