再び出会うまで、あと──年
何年前の話だったっけ。
思い出せないだろうし、まぁ別にどうだっていいな。でも、確かだったのは。
あの日も、夕日がきれいだったことぐらいか。
◆
幼少期は、充実していたと思う。
俺が生まれ育った村は、規模の小さな集落で、大人も、子どもも皆顔見知りだった。でも、それが不便だと思ったことはなかったし、楽しく暮らしていた。友達も居て……親友と呼べる子も、一人いた。
記憶の中に立っている。
視線の先には、物陰に不器用な隠れ方をしている、幼少の俺が居た。
「みつけたよ」
「うわ!なんで!?」
「せなかがまるみえだ。もうすこしかんがえるといいさ」
子どもらしい小さな背丈に、舌足らずな口調。けれど、理路整然とした話の道筋からは、ちぐはぐな印象を受ける。彼女は俺の幼馴染で在り親友の……あれ、何だっけ。名前が思い出せない。
「やっぱりはるかちゃんはつよいなぁ」
「あたりまえだろう?いっさいうえなんだから」
そうそう、遥だ。なんで忘れてたんだろう。
不知火遥。それが、俺の親友の名前だった。
遥はいつも本を読んでいた。
物心ついたころにはもう親の書斎にずっと引きこもりっぱなしだったのを覚えている。そんな遥を心配してなのか、彼女と遊んであげて欲しいと言われた。それが、彼女との出会いだった。
半ば本の中に埋もれるようにして、彼女はそこにいた。
「はじめまして!はるか、ちゃん?」
「……だれ?」
人形みたいだと思った。
黒くて長い髪は綺麗で、ちゃんと手入れがされていた。一歩も外に出ないというのに、白いワンピースを着ているものだから不思議だった。そうだ、それを一回、聞いたことがあったな。
「なんではるかちゃんはそればっかりきるの?」
「ん、めんどくさかったからかな」
「ずこーっ」
どうやら、偶々近くにあった服を手に取っただけのようらしい。その時、変な子だなぁとようやく気付いたんだ。でも、よく考えれば。村の中でバッタリ会う時は他の服を着てたのに、予定立てて会う時だけは、絶対白いワンピースを着てたっけな。
景色が変わる。
日は落ち切って、伸びきった影の中で少年が泣いている。
「どこ……どこ?」
いつも通り、かくれんぼをしていた日の事だったろうか。毎回遥に見つかるから、もっと見えない場所に、もっとわかりづらい場所に行こうと考えて、結局迷子になってしまった。
蹲って、叫び声に近い呟きも暗闇の中に溶けていく。夏場故の蒸し暑い空気が皮膚の上を這いずり回り、じわりと溢れた汗が正気と共に流れていく。
思い出した。だから、夏が嫌いだったんだ。
蒸し暑い空気を感じるたび、この風景に本能が怯える。できるだけ冷房だとかが効いた、涼しい部屋に居たい。
怖かった。途方もない孤独が。何も変わらない景色が。
残酷なほど、自然は俺を包み込む。
そんな時だった。背後から、草をかき分ける足音が聞こえたのは。
「っ……!みつけたっ!」
「遥、ちゃん?」
川で遊んだりはおろか、雨の日はそれを着て外に出ようとすらしない。それぐらい、遥は白いワンピースが汚れることを嫌っていた。だというのに、至る所を泥に染めて、幼い手足を懸命に動かして、俺の元まで、たどり着いたのだ。
「かえるよ。みんなしんぱいしてるだろうからね」
「でも、どうやってかえったらいいか」
「だいじょうぶ。わたしが、おぼえてるから」
自分でもわからなかった道筋をどうやってか追跡し、たどり着いた。そして、彼女は優しく語りかけた。
乱立する木々の中を彼女は迷いなく、ずかずかと進んでいく。自分よりも背丈が少し小さいはずのその背中は、何よりも大きく見えた。彼女に握られた右手が、優しい暖かさを灯している。
「はるかちゃん」
「ん?」
「……ありがとう」
その言葉を聞いた遥は、ちょっとだけ強く手を握りなおした。
「あたりまえだろう。なんかいだって、どこにいったって、わたしがみつけてあげるから」
手を離しながらくるりと振り返り、彼女は笑った。
宵闇の中で在っても彼女の表情は、真夏の青空よりも明るく見えた。
「ひとりになれるなんておもわないことだね」
離れていく二人の子どもの後姿を見ながら、俺はようやく理解した。
あの時、教室から出られないまま餓死するかもという可能性に気づいた時。彼女があそこまで動揺していたのは、自分の命がかかっていたから、ではなかったんだ。蓄えたカロリーだとか食事量からしても、きっと彼女が先に息絶えてしまうと判断して、その上で、俺が一人になってしまった未来を想定したんだろう。
小さい頃結んだ約束を忘れないように、彼女は白いワンピースを着ていたのだろうか。
◆
そして、年月が経って。
彼女の両親が彼女の才能に気づき、彼女を連れて都会へと旅立っていった。それが決まってから、彼女は一度も俺と顔を合わせることはなかった。遥は賢しかったから、俺が長く苦しまないようにしてくれたんだろう。
友達を終わらせ、赤の他人として別れようとしてくれた。今の俺なら、それを理解できただろうに。
「……」
何故、何故と問い続けて。
静けさが飽和した寝室で一人泣き続けた少年は、それを理解できている筈も無かったのだ。少女の親切は入違って、結局のところその目的を果たした。だって俺は、この出来事を忘れていたんだから。
自分の心に鍵をかけて。
記憶すら、仕舞い込んで。
思い出せない心情の奥底で泣いていた俺を……
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