第4話

 月神を見ているとイライラしてくる。女の様な端麗な顔立ちに腰まで伸びた髪先を三編みで束ねた様は、客観的に見れば美しいのだろう。しかし、鼻が潰れた今の顔は無様だ。それがまた俺を苛立たせる。

 部屋で二人だけになった後、俺は月神に殴りかかった。とりあえず、顔を殴る。目の少し下の頬骨に拳が当たった。続けて前蹴り。うぇ、と嗚咽をもらし月神は蹲る。さらに蹴る。爪先を立てて突き刺すように。 

 苛つく。蹴るたびにそれは強くなる。この気持ちを晴らすためにさらに蹴る。骨が折れる感触がした。肋骨か鎖骨だろう。

 クックックッ、と俺の声が漏れる。そして、伏した月神を踏みつけた。踵で体重を乗せたそれは、月神の肉を越して骨をきしませる。月神の吐血が畳を汚す。

 馬乗になって月神を殴り続けていた。

「ひ…ぐる…ま。いる…ぞ」

 と、弱々しく月神が口に出し窓を指さした。俺は月神のわずかに開いた口に手を捩じ込み喉の奥まで突き刺した。おえっ、と月神の嗚咽が漏れる。

「お楽しみのところ悪いな」

「お前は不味そうだから見逃してやるぞ」

 そいつは縁側の障子戸を開けて入ってきた。俺は月神の口から手を取り出した。

「この匂い、同類か。俺の方こそ見逃してやってもいいぞ」

「調子に乗るなよ、三下が」

 匂いから推測するに、こいつは雑魚だ。まともに戦えるとも思えない。

「相方をそんな風にして余裕だな」

「気にするな。いつもの事だ」

 月神は話している間に立ち上がったようだ。その脚はふらつき今にも倒れそうであった。

「念のため確かめるが、怪異研究所の出身か?」

「当たり前だろ」

「なら昔話をしようか。こいつは、6番だった。お前の番号はいくつだ?まさか、2桁でそこまで調子に乗ってるわけではあるまい」

「15番だ。そういうお前は何番だったんだよ」

「300番」

「3桁なんて聞いたこともない。落ちこぼれかよ」

「その通りだ。今のお前には関係ないがな」

 月神は前に出ていく。おぼつかない足で歩くだけで精一杯なようだ。

 15番か。十中八九、下級の鬼のなんかだろう。侵入者の拳が月神を貫いていた。月神は吐血しながらもそいつにしがみつく。

「よくもまあ、ここまでボコったよ。しかもそいつに戦わせるなんてよ。次はお前だ。」

「そいつが何か教えてやる。吸血鬼だ」

 月神は牙をたてそいつの首に噛みついた。

「クソが!」

 月神の手が自らの首を締める。まるで自らが望んだ様に。そいつはその空きに腕を引き抜いた。

「くびり鬼だったか。月神、後の始末は任せる」

 月神に聞こえたかどうかはわからないが、そう告げて俺は部屋を出て奴のもとへと向かった。外で見張っていたあいつの旨そうな匂いがこの部屋まで漂って来ていたからだ。

「何処に隠れた」

 と、俺は匂いをたどる。どんな味がするか想像するだけで涎が溢れてきた。

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