第3話

 蔵にある古時計がチクタクと時を刻む。年代物のそれは僅かに遅く時刻を告げるらしい。骨董品であるこの古時計はかつての持ち主の計らいで日の当たらぬこの蔵に納められたらしい。それはもう何十年も空の光を拝んでいないことだろう。

 この蔵に吊り下がっている死体達の最後も空を見ることは叶わなかった。陽の光から閉ざされたこの蔵で天井から吊るされた縄に自らの首を括ってぶら下がった彼らが最後に見たのは薄ら笑いを浮かべた夢魔だったろう。

 うっ血した頭部は紫色をして膨れ上がる。弛緩した胴体からは糞尿が溢れ出し酷い臭いが蔵に立ち込める。それからしばらく立つと、肉が腐り、首の骨を繋ぎ止めていた靭帯が切れる。奇妙な果実の下に溜まった糞尿に蛆が湧き蠅になった頃、腐った肉がその上に墜ちる。

 酷い有り様だ。吐き気すらも退く臭いが蔵の中では充満している。

「落ち着くよ、イツキ」

 夢魔が語りかけてくる。心底安心した顔で横になっている。

「俺は気持ち悪いよ」

 と、俺は答えた。蛆が育ち蠅になる。羽音が煩わしい。顔に蝿が止まる。

「また新しいのを作ってよ」

 と、夢魔が言う。

「仕方ないな。わかったよ」

 と、俺は答えた。顔に止まった蠅を払う。そいつは羽が取れて汚物の上に落ちる。蛆がその蠅を喰い始めた。

「1つ、いつきにお願いがあるんだ。あいつらにバレた。追ってが来るから殺して欲しい」

「仕方ないな。わかったよ」

 と、俺は答えた。夢魔が俺を見つめている。深く濁ったその瞳から俺は逃れられないのだ。

 昔、一緒に逃げ出してあいつらに出会うまでの合間に夢魔は狂ってしまったのかもしれない。かくいう俺も人のことは言えない。あの施設にいた頃は首吊り死体を眺めては心が満たされたものだ。しかし、今は違う。夢魔に言われるがまま作る奇妙な果実に対しては言いようのない気持ち悪さを感じる。

 こんな結末を迎えるべき人達では無かったはずだ。それを捻じ曲げて吊るされた人々を眺めては呪われた気持ちになる。

「今夜、あいつらがやって来る。いつも通りやれば問題ないよ」

 と、夢魔は俺の顔を見て不安に思ったのかそう語りかけてきた。俺の顔色はだいぶ悪くなっているのだろう。もうずいぶん前から限界を迎えている。

「大丈夫。いつも通り出来るよ」

 と、俺は答えた。この糞みたいな現状でも夢魔と離れる気が起きないのは不思議だ。どうせ最後は使い捨ての駒にされるのだろうけど、それでも首吊り死体を眺めて安堵する夢魔の顔を見る度に、俺はここから逃げ出せないのだと思い知らされるのだ。

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