07話

「相棒、俺はもう無理だ」

「すごい汗だな、水を買ってきてやるよ」

「いや、それよりも近くにいてくれ、そうすれば多少は楽になる」


 いや、近くにいても身長差がそうあるわけではないから意味もない。

 とりあえず水分を摂らせないといけないから移動した、設置してあるところが丁度日陰で助かった形になる。


「ほら」

「ありがとよ……」

「ただ、もう七月なんだから気を付けないとな」

「楽しかったから無理だった」


 まあ、その相手をしていた身としてはそう言われて悪い気はしないが、それで弱られてしまうのも困るからな。

 どうせ暇だから夕方頃まではここでゆっくりしよう、時間経過によって日陰の場所が変わってもその都度移動をすればいい。

 しかし、こうして将太と二人きりで過ごすのもなんだか久しぶりだなと、最近は朔夜が独占していたからたまにはこういうのもいいかもしれない。


「なあ朝士、どうして朔夜に対して動かなかったんだ?」

「その話はもう終わったはずだろ? それに近くにいれば相手が誰を好きでいるのかなんて普通に分かるだろ、その状態で頑張れるような人間じゃないというだけだ」

「いや多分、昔なら俺も朝士もそう変わらなかったぞ」

「だけどその後すぐに付き合い始めただろ、その時点でな」


 朔夜のことになるとすぐに態度を変えたりしていたくせによく言うよ、あと、このことでマウントを取ろうとしても無駄だ。

 だからこういう考え方をする時点で話にならなかったということだ。


「朝士ならよかったけどな」

「駄目だ、朔夜の相手は将太じゃなければ駄目なんだよ」

「俺が言いたいのは昔のことだからな、いまは……そうかもしれないが」

「昔からそうだよ、だからここで終わりな」


 ついでに買っておいた飲み物を飲んで違うところに意識をやる。

 俺が自分の気持ちに正直になって動いていたら誰も幸せにならなかったし、最近で言えば先輩がいてくれているから益々その気持ちが強くなる。


「さ、またやるか」

「今度は無理をしないようにな」

「おう」


 蹴り合って蹴り合って大体、体感的に三十分ぐらいが経過した頃のこと、


「朝士、姉貴が来たぞ」

「ん? あ、本当だ、たまたまってわけじゃないみたいだな」


 手を振りながら歩いてきている先輩を見つけた。

 連絡をしてから目的の場所に行くということができない人のようだった。


「姉貴もやろうぜ」

「うん、ちょっと朝士に言いたいことを言ったらやるわ」


 別に約束をすっぽかして彼といるわけではないぞ。

 金曜――つまり昨日の放課後に明日遊ばないかと誘ったのに「暑いから嫌」だと断ってきたのが先輩だ。

 というか妹といい、俺は異性から誘いを断られすぎだろと悲しくなった。


「あのさあ、普通休日になったら気になる異性を誘うところじゃないの?」

「昨日、誘ったけどな、玲亜さんはそれを断った」


 一度断られたのに何度も誘うような人間ではない、無理なら仕方がないと片付けて離れてどうしても一人で過ごすのが嫌なら今日みたいに彼を誘う。

 いやまあ、今回誘ってきたのは彼の方だが細かいことはいいだろう。


「ん……? あっ、なんでもっとちゃんとしているときに誘わないのよ」

「いや普通に起きていただろ」

「あのときは寝起きで微妙だったのよ、あんたはそれを知っているでしょうが」


 せっかく勇気を出した形になるのにあっさりと振られてそれでもと食い下がることができるわけがないだろ。


「ま、確かに誘ってきていたような気もするし、私が暑いから嫌だと答えてしまったのも事実だからあんただけが悪いわけではないわね、許してあげるわ」

「はあ」

「と、というわけで始めましょうか」

「「どういうわけだ」」

「う、うるさいっ、早くやるわよっ」


 俺達は元々それなりにやっていたのもあって約一時間後には終わらせて帰ることにした。

 まだ物足りないのか「帰る選択をするのが早すぎよ」などと不満を漏らしていたものの、一応異性といる立場としてあれ以上、汗をかくわけにはいかなかったのだ。

 なのにこの人はいちいち近い、なんなら将太も近いから困ってしまう。


「朝士、あんたの家でお風呂に入ってもいい? あ、ほら、お風呂に入った後だと家から出たくないでしょ?」

「自由にしてくれればいい」

「なら決まりね、将太はどうするの?」

「俺は家で風呂に入ってから朔夜の家に行ってくる」

「分かったわ、私からお母さんに連絡をしておくから安心して遊びに行って」


 そう言うあなたはもっと警戒をしてください。

 急に抱きしめてきたりするような男の家に上がろうとしているわけで、大丈夫なのかと呆れてしまう。


「よいしょっと、ふふ、着替えならここにあるわ」

「最初からそのつもりだったんだな」

「朝陽ちゃんが不機嫌そうな顔で教えてくれたからすぐに準備をして向かったの」

「それなら荷物を置いておけばよかったのに」

「すんなりあんたの家に戻れるのかどうかがはっきりしていなかったからね、とにかくお風呂に入らせてもらうわよ」


 朝陽に連絡をしておいたことですぐに入ることができる。

 これだけ汗をかいた後に風呂に入れるなんて最高だろう、風呂から出た後はアイスを食べつつ外で涼んでもいいかもしれない。

 まだまだ時間はある、過ごし方次第でテンションなんかも変わるわけだからわくわくしている自分がいた。




「せめて脱いでからにしてくれよ」


 つかシャワーを止めてほしい、ただ立っているだけで口に水が入ってきそうになって嫌だ。


「馬鹿、入ってきなさいなんて言ったところであんたは聞かないでしょうが」

「だからって服を着たままなのはな、それと玲亜さんは少しは隠せよ」


 タオルを後から持って行ったのが問題だった、あとは大人しく連れ込まれたことに対しても呆れている。

 ……ではないな、こうやって意識を逸らしておかないと刺激が強すぎて無理だ、玲亜さんはやはり慣れているみたいだがな。

 元彼氏とどこまでやったのか、隅から隅まで細かく分かるぐらいには自由にやった可能性があるな。


「あんたも入りたかったんだからいいでしょ? 服を脱いできなさい」

「せ、せめてタオルを巻くなりしてくれ、何枚でも使っていいから」

「そうね、そうしましょう」


 危ない危ない、だがなんとか大問題にはならずに済んだ、こうなってしまっている時点で問題であることには変わらないがそれでもまだましな結果と言える。


「朝士」

「なんだよ」


 中々に奇麗にできているな、カビの存在なんかも細かく見ない分には分からないから満足できる、これからも頑張ろう。


「私の裸、どうだった?」

「元彼氏と沢山やることをやっているようでちょっと残念だった」

「質問の答えになっていないわよ」

「じゃあ、胸が意外と小さかった」


 制服のときは下着効果ででかく見えていただけらしい。

 胸で全てを決めるわけではないが普段は大きく見えていた分、こう――って、やめておこう。


「き、気にしていることを容赦なく言うのね……」

「それ以外なら毛がないんだなってことかな」


 その割には髪の毛がやたらと長い、いちいちまとめて大変そうだ。

 特に理由もなく伸ばしているだけなら切ってしまった方が楽だろう、まあ、そう簡単に切れるならという話で上手くいかないのだろうがこれから本格的な夏を迎えるタイミングなら尚更そういう意見になる。


「ほ、ほとんど一瞬だったのに細かく分かりすぎじゃない?」

「人並みの男だからな、こんなものだよ」

「でも、そんな感じ?」

「は? はぁ、出るわ」


 出たらテスト勉強だな、遊んでしまったのならちゃんとやらなければならない。

 テスト本番前になって慌てないように、無様に泣きたくなったりしないように自衛をしておくのだ。


「ふふふ、待ちなさいよ」

「玲亜さん、分からないところがあったら勉強を教えてくれ」

「分かったわ」

「それとこれからは裸で目の前に現れないように」

「あんたとそういう関係になるまではやめておくわ、別に痴女ではないしね」


 そこからは至って健全な時間だった。

 運動をし、勉強をし、いつもの休日とはまた違った過ごし方ができていいと言える。

 だが、そう考えるのは少し早かったみたいだった。


「来たわよ」

「……二十三時を過ぎてからじゃないと駄目なルールでもあるのか?」


 今日は眠たいから勘弁してほしい、何度も言うが拗ねているわけでは……。

 しかも明日はこの前と同じで日曜日、そう焦らなくてもゆっくり一緒に過ごすことができる、一年生と二年生という点も大きかった。


「違うわ、今度は一緒でもいいかなと思っただけ」

「俺は将太と違って優しくないからベッドは譲らないぞ」

「いいわよ」

「……なら下から布団を持ってくるから待っていろ」


 押し入れから布団を取り出して試しに敷いてみたら誘惑に負けて寝転んでいた。

 もうこのままがいい、離れたくない、今日はもう十分に付き合った。

 俺が戻らなければ勝手にベッドを利用して寝るだろう、うん、きっとそうだ。


「あんたなにをしてんのよ」

「……もう動きたくないんだ」

「で、一組だけしか敷いていないの? あ、もしかして待っていたとか?」

「違う、俺は眠たかっただけだ」

「ならいいわ、こっちも勝手にするから」


 合流してきたあのときからそのようなものだろ。

 だけどそんなことはどうでもよかった、彼女が妥協をしてくれたということはここから動かなくていいからだ。


「……朝士、今日のはちょっとやりすぎたわ」

「自分のためにもあそこまではやめておけ」


 それでもこれまで来ていなかった理由はそこからきているわけではないだろうが。

 仮にそのことを恥ずかしく感じていままできていなかったとしたらそれは面白い、あとはやっぱりやる前に分かってくれと言わせてもらう。


「でも、その後はよかったわよね、やらなければならないこともやれて、一緒にアイスなんかも食べられたし」

「そうだな、真面目にやった分、いつもより美味しかったよ」


 あくまでそれは昼の話で夕食後なんかは話にならなかったがな、戻ると言ったって「そ」の一言で済ませてしまうのだから彼女はあれだ。

 いやだってそこは引き止められたいだろ、学校のときみたいに止めてくれないと困るわけだ。

 でも、求められてもいないのに留まっておけるようなメンタルはしていないから諦めるしかなかった、本当のところは今日は拗ねて部屋に引きこもっていた。


「朝陽ちゃんが作ってくれた美味しいご飯も食べられたし、朝陽ちゃんやあんたのご両親とゆっくり話せたし、こうしてあんたとその……一緒にいられているし、今日は本当にいいことばかりよ」

「ならその状態で終われるように寝よう」

「でも、ちょっと物足りなく感じている自分もいるのよ、あそこまでしてただ会話をするだけで終わりなのか……って」

「い、いや、会話だけで終わらせておくぐらいがいいだろ」


 せっかく延々と目を閉じておくことで眠たいという状態まで持っていけたのに駄目になった。


「だ、抱きしめてきたってことはさ、あんた、私に興味を持っているんでしょ?」

「それはそうだけど勢いでやるとろくなことにならないぞ」

「あんたも私も勢いでやりすぎじゃない?」

「……確かに」

「って、そういうことが言いたいわけじゃなくてね、私はさっきも言ったように物足りないの」


 逆に言わせてもらうと物足りないのは分かったがなにをするかをはっきりしてくれ。

 もう寝るというところまできていて大人しくしていれば朝を迎えるというのにそうしてくれそうな彼女がいない。


「なにをすればいいんだ」

「こっちを向いて」

「近いな」

「横幅が広いわけじゃないんだから仕方がないわよ、それと玲亜って呼んで」

「分かった」


 だがどうするよ、玲亜もなんか満足したのか黙ってこっちを見ているだけだ。

 眠気がなくなったとはいえ、黙って布団の中にいればどうなるのかなんて誰でも容易に想像することができるだろう。


「……だからこういうところよね、なんにも次に活かせていないわ」

「やってから反省をするのはやめよう」

「でも、開き直るわけじゃないけどやらなければ反省もできないのよ?」

「確かに、じゃあまあやりすぎたってことで終わらせて寝よう」

「そうね、おやすみ」


 ほっ、なんとかなった。

 こうなってくれば見つめ合っている意味もないから電気を消して反対を向いて目を閉じた。

 彼女の体温で暑くなるかと思ったが意外とそうでもなくて次に目を開けたときには朝だった。




「頑張れ朝陽」


 最後の大会だ、とにかくこれまでやってきたことを全て出しておくべきだ。

 多少は無理をしてでも頑張った方がいい、真面目にやってきたタイプなら中途半端なままで終わらせると引っかかって受験勉強に集中できなくなるからだ。


「当たり前だけど相手も必死ね」

「だな、みんな勝とうと頑張っている」

「懐かしいわ、部活を頑張る三年間というのもいいわよね」

「俺はごめんだけどな、やりたい人間だけがやればいい」

「台無しじゃない、そこは『だな』で終わらせなさいよ」


 少し厳しいか、相手の方が上手く協力をすることができている。

 というか、本当のところを言えば俺は行かないつもりだった、勝ちたいタイプではない人間が行ってもいいことには繋がらないからだ。

 でも、妹に何度も頼まれてこうして来たことになる。


「朝陽頑張れ!」


 大声なんて久しぶりに出した、部活のときぐらいにしか役立たない能力だ。


「駄目……だったわね、最後の大会を思い出したわ」


 そして、力になれると考える方がおかしいが届くことはないまま終わった、ここまではやたらと長いのに最後はあっという間だ。


「ああ、帰るか」

「すぐに解散というわけではないでしょうからそうしましょうか」


 結局、部活に向けた思いの差というやつでこういうときも合わない、明日からグラウンドに行かなくていいのかとぼけっと考えていた自分と朝陽は絶対に違う。

 帰ってきてにこにこしていたら嫌だし、暗くても嫌だ、見なくて済むように先手を打っておくか。


「玲亜、今日はそっちに泊まってもいいか?」

「いいけど、三人で寝ることになるわよ」

「寧ろその方がいいよ、玲亜はときどき怖いぐらい肉食系になるからな」

「なっ、なっていないわよ、毎回ちゃんとやらかす前に止まっているじゃない」

「ま、とにかく頼む、明日にはちゃんと帰るから」


 と、上手くいっていたのだが夕方頃に家に戻ることになった。

 こういう顔を見たくなかったから離れたのにこれでは意味がない、だけどあんな声で帰ってきてほしいと言われたときにどうしようもなくなったのだ。


「よし、ちゃんと帰ってきたね」

「あれ、傷ついて……いないのか?」

「そんなことはないけどそれよりもお兄ちゃんがいなかったことの方が気になったという感じかな」

「はは、なんだよそれ」


 いや本当になんだよそれ、逃げるために頼んだぐらいだぞ。

 玲亜にも申し訳ないし、逃げるにしても夜に逃げればよかったと後悔した。


「それにお兄ちゃんはちゃんと来てくれたし、私はちゃんとやれたから満足しているんだ――あ、だけど受験勉強についてはいまから不安だよ」

「安心しろ、分からないところがあったら教えてやる、玲亜だっているぞ」


 勉強についてなら将太と同じぐらいにはできる、だから将太に教えるついでに朔夜に教えるなんてことも多かった。

 あとはいまも言ったように俺よりも頭がいい玲亜がいてくれるのも妹的には大きいだろう。


「もう、人が頑張っているときにいちゃいちゃしているんだから……」

「悪い、だけど泣いたりしていなくてよかった、朝陽には笑っていてもらいたい」

「それならもっと優先をしてよ、玲亜さんと過ごした後でもいいからさ」

「分かった、守る」

「うんっ、じゃあほらご飯を食べようっ」


 食べさせてもらうか。

 というか、やっぱりこういうときぐらいは残って作ってやるべきだったと後悔したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る