06話

「約束通り来たわよ」

「もう二十三時なんですが……」

「朝陽ちゃんが解放してくれなかったんだから仕方がないでしょ」


 部屋の電気も消えていてすぐに返事がないのであれば戻ろうとなるのが普通だろう。

 ちなみにいまのだって少しだけ無視をしてから答えた形になるのに反応するまで戻らないとばかりに先輩はここに残っていた。


「電気は消したままでいいから相手をしなさいよ」

「じゃあそこに座ってください」

「ベッドでもいい?」

「別にいいですよ」


 予想していた通り、先輩は妹とばかりいて一緒にいられなかったことになるが、別に拗ねて部屋にこもっていたわけではない。

 食事と入浴が済んだから部屋に移動したというだけだ、だからその点で勘違いをしないでもらいたい。


「朝陽ちゃんが何回も怒っていたわよ、すぐに部屋に戻るからつまらないって」

「リビングにいるとすぐに二十二時とかになるので駄目なんですよ」


 なにが問題かって喋ることができるのが嬉しくてついつい喋りすぎてしまうということだった、いやほら、妹が沢山喋ってこちらが聞き専門みたいになっているのならともかくそれは不味いだろ。

 だが、何故そうなるのかは分かっている、それは学校のときなんかにたまに近づいてくる将太や朔夜なんかとしか会話をしていないからだ、だからできるようになると止まらなくなってしまうのだ。

 最近で言えば先輩とだっていられているのに喋り足りないなんてかなりやばい、その割には友達を作ろうとしないところも問題だった。


「楽しく過ごせているならいいじゃない、仲良くできているんだからね」

「だから用があるなら部屋に来いって言ってあるんですけど『私はもうちょっとリビングにいるよ』と言って断るのが朝陽なんですよ」


 喋るだけなら別にリビングに拘らなくたっていいだろう、だが、リビング以外の場所が嫌いなのか一度も違う場所でゆっくりお喋りができたことはない。


「そりゃあ年頃の娘なんだから兄の部屋とはいえ、異性と二人きりになるのはね」


 そういうことだったのか、それならなんにも分かっていなかったこちらが悪いことになるが。

 ただ、リビングにいるときだってほとんどが二人きりなのに場所が変わっただけで気になるなんておかしいな。

 異性の部屋といったって昔から知っている場所でしかないんだぞと言うのは間違っているのだろうか。


「じゃあ玲亜さんは違うんですね」

「彼氏だっていた身なのよ? そういうことを気にする段階にはいないわ」

「なのに裕理さん達には隠しますけどね」

「それは言うな、触れるな、あんたちょっとしつこいわよ」


 分かりやすく声音を変えられるのはすごいと思った。

 とりあえずそんな小学生並みの感想を抱いていないで無理やり変える、別に悪いことだとは思っていないから謝罪なんかはしない。


「それにあんただって偽っていたようなものじゃない、人のことを言える立場の人間ではないのよ」

「まあ、嫌なのに断れなかったこととかもありますからね」

「そういうところもそうね」


 回数は多くなかったが〇ではなかった、頼まれた内容によってはドタキャンしたくなるようなこともあった。

 それでも嫌われてしまうよりはというそれと、ありがとうと言ってもらいたいそれがあって受け入れてきた。

 悪いのかいいことなのかは客観的に見ることができなかったから分からないままではあるが、いまもこうしてあの二人といられているということは悪いことばかりではないということなのだと思う。


「でも、相手が将太や朔夜だとそれでもなんだかんだで悪い結果にはなりません」

「友達だからってなんでもかんでも受け入れればいいわけではないのよ、最近で言えば朔夜ちゃんに頼まれて映画を観に行ったというのが問題ね」

「玲亜さんとも行きましたけど」

「私が言いたいのは気になる男の子がいる子と行くのはおかしいということよ」


 だから自分達が行ったことはおかしくないと言いたいのか。


「似たようなことがあったら今度はちゃんと断りますよ」

「どうだか、結局格好つけて受け入れるわよね」

「格好つけたことなんてないですけどね」

「それもどうだかって言いたくなるわね」


 将太が同じようなことをやってもそれは格好つけているのではなくて実際に格好いいと言える、だが、俺の場合は違うし、そうやって意識をして動いたことはない。

 ただもし、ありがとうと言ってもらいたくてしているそれがそのことに該当するのであれば先輩の言う通りだということだ。

 繋がっているのであれば今更ながらに恥ずかしくなってくる、朔夜だってそういうのをちゃんと分かっていたからこそなにもなかったのだろう。


「ちょっと恥ずかしくなってきたので寝てもいいですか?」

「駄目、ちゃんと分かりなさい」

「ならここにいてもいいので反対を向かせてください」

「それも駄目、こうして見下ろしておくわ」


 朔夜みたいなタイプではないと言っていたのはこういうことなのか。

 よくできるなそんなこと、しかも俺なんかを見下ろしてどうするのかという話だ。

 とにかく近いから違う場所を見ておいたのだが「ちゃんとこっちを見なさい」と言われてできなくなった。


「彼氏さんと似ているところがあるんですか」

「え? ないない、あんたとあの子は全然違うわよ」

「じゃあなんで、最初からおかしいですよね」

「んーだけど重ねているとかではないのよ」

「じゃあこれからもそのままの方がいいですよ、重ねられてもその人と同じようにはできませんから」


 結局、すぐに飽きたのか「疲れた」などと口にして先輩は離れた。

 更に時間も時間だということで部屋から出て行ったのだった。




「おはようございます」

「……朝陽か、おはよう」


 いまは……六時か、日曜の俺的には早起きに該当する。

 腕を組んでこちらを見てきている朝陽の表情は明るい、外の天気と同じぐらいにはいいものだった。

 だが、敬語の時点でいつも通りではないことを分かっているため、こちらからなにかを発してきっかけを作るようなことはしない。


「昨日、玲亜さんと楽しそうだったね」

「朔夜と一緒で盗み聞きか? 悪い趣味だな」

「全部玲亜さんが教えてくれた、ま、吐かせたとも言うんだけど」


 元々長く寝るタイプなのか、それとも、妹のそれが関係しているのか、どっちなんだろうな。


「朝ぐらいは私が作ったご飯を食べてくださいね」

「昨日は食材のことを玲亜さんが気にしていたからだぞ、そりゃ問題がないなら朝陽か母さんが作ってくれたご飯を食べさせてもらうよ」

「……卵焼きがいい? それとも目玉焼き?」

「卵焼きだな、俺は朝陽が作ってくれた卵焼きが好きだ」


 毎回、弁当を広げると一つは必ず取られてしまうからなのも影響している。

 休日なら取られない、先輩だって妹に作ってもらって食べられるのだから取ってきたりはしないだろう、仮にしてきたらそれはもう逆にすごいと褒めるしかない。

 でも、そんな心配は必要がなかった、いつもとは違ってかなり眠そうなままでまるでこちらには意識を向けていなかった。

 食べ終わって自由な時間になってからもそう、椅子に座ったままで動かない、試しに妹に顔の前で手を振ってもらったがそれにすら反応していなかった。


「朝陽、どれだけ過激なやり方で吐かせたんだ?」

「こ、こしょこしょしただけだよ」

「それなのにこれか? 見たことはないけど廃人みたいだぞ」


 動かないし、こちらが前を通ってもぼうっと目の前を見ているだけで心配になる。

 究極的に朝に弱いとかなら……いや、それでもご飯をちゃんと食べたわけだしな。


「……誰が廃人よ、ただ眠たいだけよ」

「ちょ、ちょっと、出ていますよ」


 本当に隠したいのかそうではないのかをはっきりしてほしい、おかげでこちらが慌てる羽目になる。


「ん……? あー……朝士には言ったよね、感情的になると駄目になるって」

「そ、そうでしたね」


 慌てたらそれこそなにかがありますよと自己紹介をしているようなもの、これは俺が馬鹿だった。

 でも、そうやって慌てずに対応をすることができるところがやはり格好いいと思う。


「お兄ちゃん、なんですぐにそうやって玲亜さんに近づくの?」

「特になにもないぞ。それより朝陽、買い物とか行く予定はないか?」

「二人が食べてくれなかったからまだ余裕があるからないよ、それとすぐに話を逸らすんだから……」


 別に話を逸らそうとしたわけではない。


「んー! はぁ、ちょっとすっきりしたよ」

「玲亜さんは何時までいられるんですか? まだいられるということなら朝陽の相手をしてやってほしいんですけど」

「朝士は?」

「俺はちょっと課題があることを思い出しまして」

「そ、ならやってきなさい」


 あっさり許可をされるとそれはそれで怖いというやつで、部屋に移動してからも少し警戒したままだった。

 とはいえ、家で警戒なんかしても意味はないとすぐに捨てて向き合い始める、そのおかげですぐに終わった。

 まあ、長期休みというわけではないから課題の量もたかが知れているからな、当たり前と言えば当たり前ではある。


「へー今月だけで二回も告白をされたのね」


 二回……? すごいな妹は、あと男子は多分単純すぎる。


「はい、すぐに断りましたけどね」

「なんでよ、一旦保留にしておいて相手のことを知ろうとしてみればいいじゃない」


 おいおい、はっきりとせずにその相手と一緒にいるようにしたらその気もないのに勘違いをされてしまうだろうよ。

 や、告白をされている時点でもうされているようなものだが、それは違う、やはり先輩はたまにこうして分かりやすく外すことがあるな。


「うーん、それも微妙じゃないですか、あと、相手と過ごすようになってもすぐに好きになったりするような人間ではないですよ」

「高校になってからとか考えているならやめた方がいいわよ」

「余裕ぶっているとかではなくてもう部活も終わる時期ですからね、それどころではないと言いますか、逆に余裕がないと言いますか……」


 そうか、三年の七月ということは仮に勝ててももうほぼ終わりみたいなものか。

 俺的には部活が早く終わっても受験勉強をしなければならないということで特にテンションは上がらなかったな、放課後になってもグラウンドに行かなくていいという点については一週間ぐらい慣れなかったが。

 夏休みも同じだ、一年前までなら学校があるときみたいに部活に行かなければならなかったのに――って、どうでもいいな、朝陽には頑張ってもらいたい。


「ま、困ったらちゃんと言いなさい、彼氏がいた身としてなにかアドバイスをしてあげられるかもしれないから」

「はい、もしそうなったらよろしくお願いします」


 女子トークというやつも終わったみたいなので参加することにした。

 先輩が真顔で「盗み聞きをしていたんだ、最低だね」と言ってきたものの、もうこの喋り方は違和感しかないので内容については特になにも感じなかった。




「朝、私そろそろ頑張ろうと考えているんだ」

「テストが終わってからじゃ駄目なのか?」

「あ、そうしようかな、仮に振られても夏休みを全て使えばなんとかなるし」


 振られるなんてことは絶対にない、保留にされることはあってもな。

 そうか、ならまたそうしない内に付き合い始めるのか。

 前も言ったように付き合っていようとちゃんと来てくれる二人なのと、俺的にはそれを求めていたわけだから理想の流れだと言える。

 義理の姉である玲亜さんが将太に特別な感情を抱いているなどということもないし、今年の夏は昔と同じで楽しく過ごせそうだった。


「朝は?」

「告白をする予定はいまのところはないな」

「だけどその気になったら頑張った方がいいよ、少なくとも過去と同じようにはしないようにね」


 彼女はこちらの腕を優しく突いてから「私のときみたいにしちゃ駄目だよ?」と言って教室の方へ歩いて行った。


「別れなければよかったのにね」

「きっと俺達には分からないそうしなければならない理由があったんですよ」

「ま、私達は朔夜ちゃんじゃないからね、隠されたらなにも分からないか」


 全部知ろうとするのもおかしいからこのことに関してはいつまでも変わらない。


「朔夜ちゃんが動くとなると将太とはいられなくなるから朝士に相手を頼むわ、遊びに行ったりしましょ」

「テスト勉強なんかはしなければなりませんけどね」


 毎回毎回遊びに行くのは金がかかって駄目だ、だからといってそれぞれの家で過ごすのもそれはそれでどうなのかと考えてしまう自分がいるから避けたい。

 でも、もう最初のように先輩が来ても引っかかるようなことはなくなったから別にそういうことが多くなっても構わなかった。


「テスト勉強なんて帰ってから一人でやればいいのよ、それまでは相手をして」

「玲亜先輩って寂しがり屋なんですね」

「実際にそういうのはあるわね、一人になりたくないのよ。それと朝士、一回だけ敬語をやめてみてくれない?」

「後悔するからやめておいた方がいいぞ」

「んー別にむかつくとかそういうのは一切ないけど、うーん」


 当たり前だ、求めたくせにむかつくなどと言われたら流石に俺でも怒るぞ。

 大事なことというかすぐに答えが出ない件だったのか予鈴が鳴るまでずっとうーんうーんと悩んでいた、時間がきたから別れたが……そんなに悩むことでもないだろう。

 年上に敬語を使うのは当たり前で、試した際に少しだけでも微妙だと感じたのであればそのまま従った方がいい、我慢をしたところでいいことはない。

 大体、敬語だろうとため口だろうと相手は俺だから変わらないのだ、だったらそんなことよりもどこに遊びに行くのかを考えてほしいと思う。


「相棒、また明日な」

「おう」

「今度、ちゃんと話す、だからそのときは聞いてくれ」

「分かった」


 告白をすることで変えようとしているわけだから朔夜がこれからどうしようとしているのかを彼が細かく知っているわけではないだろう、でも、そこは昔から一緒にいる存在だということである程度は分かるということだろうか。

 普段とは表情なんかが違った可能性もある、朔夜は残念ながら顔に出やすいタイプだからな。


「朝士、私は決めたわ、あんたは敬語をやめなさい」

「後から文句を言われても受け付けませんからね」

「いいから」

「分かったよ」


 流石になんにも気持ちがないなんてことはないよな? ここまで露骨なことをしていてなんにもなかったらかなり怖い。

 だけどきっと彼氏と別れることになったことがここに繋がっているんだろうな、別にそれで複雑ということもないが似ていないということだから敢えて俺ではなくてもと言いたくなる件だった。


「ふふ、すっきりしたわ、今日はずっとこのことで悩んでいたから――な、なんのつもりよ」

「俺の勘違いじゃないならこういうことをしても問題はないはずだ」


 ぶっ飛ばされても文句は言えない、ちなみにまだ続けている形になるが先程からやけに背中が寒く感じていた。


「やだやだ、ちょっと別のことを許可をしたぐらいですぐにこうなんだから、そういうところもあの子とは違うわ」

「どうすればその人みたいになれる?」

「だけど私はあんたにあの子の代わりをしてほしいわけじゃないからね」

「じゃあ俺にはなにを求めているんだ?」

「あんたには……」


 流れが変わってしまう前にちゃんと離して席に座り直す。

 そこをはっきりしてくれれば二度と馬鹿なことはしないと誓おう。


「ま、完全にないわけじゃないのかもしれないわね」

「でも、真似をできるわけじゃないとなると玲亜さん的には物足りないだろ」

「んー……って、あんた今日は何回私を悩ませるつもりなのよ」

「勝手に自爆をしているのは玲亜さんだけどな、とりあえず写真でもなんでもいいから見せてくれないか?」

「えー……まあいいけど、はい」


 眼鏡男子か、それならこの時点で違いすぎる。


「あ、細いとか思ったでしょ? 外側はこんな感じだけど脱いだらすごいんだからね」

「あ、そういう……」

「ん? ああ、プールとかに一緒に行ったりしたから知っているだけよ。というか、すぐにそういう風に捉えるのはあんたがやばいでしょ」

「そうですかね、玲亜さんなら肉食系で迫っていそうですからね」


 そう思われたくないのならもう少しは緩めるべきだった。

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