04話

「加登君行くよ! はいっ」

「火森先輩はなんの部活に入っていたんですか?」

「私はテニス部だね、だけど勉強よりも運動が好きだったから基本的に結構なんでもできるよ」


 あ、テニスなのか、勝手にバレー部だと考えていたが。

 ただ、バレー部は髪を短くしているという偏見があるため、俺の考える通りだと髪の長い先輩はおかしくなってしまう、だからこれは俺に問題があるというだけだ。


「もうちょっと強く蹴ってもいいよ」

「いや、これぐらいでいいですよ、ただ遊べればそれでいいので」


 後逸したら大変だからとか舐めているわけではなく本気を出したりはしなくていい雰囲気を求めている、その点で言えば中学の部活なんかは駄目だ。

 あれではまるで楽しくない、本気で勝ちたい人間からしても合わないわけだからお互いにメリットがないのだ、そういうのもあってなんらかの部活に強制的に入らせるのは云々と中学のときに何回も口にした。

 ちなみにむしゃむしゃハンバーガーを食べている将太はやるなら本気で、やるなら勝ちたいというタイプで部活のときには合わなかった。


「さて、そろそろ参加するか、姉貴、俺は一切遠慮をしないから覚悟をしておけよ」

「ふーん、いいよ、そうこなくちゃ」


 ああ、そういうことね。

 将太が誘ってきたからここに来ただけで積極的にやりたいというわけではなかったから二人が楽しんでいるところを見ておくことにした。


「ん? 電話か、もしもし?」

「お兄ちゃんどこに行っているの? 朝に言っていた通り、草は抜いたみたいだけど」

「将太と河川敷にな」

「それならいまから行くから帰ったりしないでね」

「おう、じゃあ気を付けろよ」


 家族ということで滅多にやり取りをしないし、リビングなんかでも弄らないから忘れていたが妹はもうスマホを持っていたか。

 でも、こんなところに来てどうするのかという話だ、部活が終わったから暇だったとしても家でゆっくりしておく方がいい。


「ふぅ、ちょっと休憩」

「火森先輩、いまから朝陽が来るのでよろしくお願いします」

「うん、それは大丈夫だけど」


 妹もやるからにはというタイプだからそういう関連での話が合わない。

 なんでこうも勝ちたがる人間が多いのか、相手を負かして喜ぶなんて怖い。

 だが、どうしたってそういう人間の方が成功しているわけで、本当なら多数存在しているそちら側に属する方がいいのは分かっている。


「それはってことはそれ以外で駄目なことがあるんですか? 将太が本気すぎて付いていけないとか?」

「違うよ、なんで火森先輩呼びなのかってことが気になるの」

「名前を知りませんし、単純に仲良くないからですよ」


 仮にこちらが知っていたとしても簡単に名前で呼んできたりなんかをしたら嫌だろうからしない。

 朔夜のことだって相当時間が経ってから名前呼びに変えたのだ、求められたとはいえそれが朔夜達にとっていいことなのかどうかは分からなくなってしまったが。


「あ、そういえばまだ自己紹介をしていなかったね、私の名前は玲亜れいあだよ」

「名前を知ることができても、仮に求められても仲良くなってからじゃないと変わりませんけどね」

「加登君ってちょっと面倒くさいね」

「人間なんてそんなものでしょう」


 多分、面倒臭くない人間なんてどこにもいない、全員、なにかしらの拘りを持っているからだ。


「お兄ちゃーん!」


 早いな、あ、実はこの前協力をしてもらってから将太のことが気になっているとかではないだろうか、それなら違和感なんかはない。


「着いたっ、うーん、ちょっと遅かったかなぁ」

「十分早いよ、お疲れさん」

「うんっ」


 ただなぁ、朔夜のことを気にしている将太に本気になるのは悪い結果にしかならないから駄目だ、応援してやりたいが妹が悲しそうな顔をしているところを見たくなんかはないから止めさせてもらおう。


「朝陽ちゃんも来たのか、なら俺とやろうぜ!」

「いいですよっ、将太さんには負けませんっ」

「お、言ったな? ふふふ、涙目にしてやるぜ!」


 ……の割には健全、いや、それどころか恋感情なんてまるでなかった。

 そこにあるのは相手に勝ちたいという気持ちだけ、うーん健全。


「朝陽ちゃんはどちらかと言うと将太の妹に見えるな」

「多分、取り間違えたんですよ」


 それかもしくは近くで俺を見てこうなってはいけないと気を付けたか、だ。

 どんな理由からであれ、妹が似たような感じにならなくてよかった。


「じゃあ加登君は本当のところは一人っ子か――あ、でも、その場合なら再婚していたのは君のお父さんかお母さんじゃない? つまり、私が君の義理のお姉さんになっていたわけさ」

「ないですよ、俺らの両親は昔から滅茶苦茶仲良しですからね」

「ふーん、私のことになるとすぐに否定をするわよね」

「相手が火森先輩じゃなくても同じことを言われたらこう返します」


 隠したいのか出したいのかもよく分からない人だな。

 再婚をすることになったからって変えたのがやはり理解できない、装って相手に近づいたところで本当のところでは仲良くなんかはできない。

 ならこれを続ける限りは仲良くするつもりはないということか。

 にこにこしていて、まるで興味を持ったかのように近づくこの人だが、実際のところは違う誰かを張り付けているようなもので踏み込ませないようにしているのだ。

 元々先輩にその気がないとしてもいまのままなら仲良くなれることは絶対にないと言えた。




「朝陽、もう行こうぜ」

「つーん」


 河川敷に遊びに行った日からどうにも機嫌が悪い。

 こうなったきっかけは将太に負けたことだが、将太は朝陽と違ってサッカーを本格的にやっていたことから仕方がないのに未だに気にしているのだろうか。


「お兄ちゃんってうそつきだよね」

「嘘なんかついていないぞ」


 将太や朔夜なんかには嘘をつくこともある、でも、家族に対して嘘をついたことはほとんどない、友達が多くないのに見栄を張って友達が沢山いるなどというしょうもないことを言ったりはしないのだ。


「はいうそ、だって将太さんだけだと思ったのに玲亜さんもいたもん」

「ああ――え、そんなことで怒っていたのか?」

「はぁ、もう先に行くね」


 なにを気にしているのか、そんなに心配をしなくたって何度もやらかすような人間ではないぞ。

 追いついて話しかけても返事をしてくれないから不快な気分にさせないように別れることにした。

 あれか、嘘をついたということにしてこのタイミングで兄離れをしたいというやつなのだろう。

 仲良くしているところを見られたり知られたりしておかしいとかなんとか言われて変えた可能性が高い、まあ、それでも自分のために動こうとすることをとやかく言えるような権利はないのだ。


「おはよう! ……って、なんかここは暗いな」

「将太……」


 とはいえ、実際にこういうことになると直前まで仲良くできていたのもあってなんにも感じないままとはいかない、いや、それどころか大ダメージだ。

 もう中学三年生で先程も言ったようにタイミングとしては一番最適……というかよく起こりがちな時期ではあるがそれにしたってなぁ……。


「なるほどな、朝陽ちゃんの兄離れか」

「ま、仕方がないよな、これからは朔夜が不安にならない範囲で将太が動いてくれ」

「困っていたら動くけどさ」


 そうやって友達に合わせていても問題というのは出てくるものだ、だからそういうときに力になってやってほしい。

 それこそ一緒に妹を助けてやって仲を深めるなんてのもいい、他者のために一生懸命になれる相手を見て益々惹かれることだろう。

 俺は相手を不安定にさせないように離れておくぐらいがいい、ご飯の時間をずらしたりなんかは洗い物をする存在にとって面倒くさいだろうからしないが。


「ありがとな、個人的にも将太がいてくれて助かっているぞ」

「今日は本当に駄目みたいだな、よし、なんか得意そうな姉貴でも連れてくるよ」


 先輩か、確かにこういう場合でもにこにこ笑みを浮かべて上手くやれそうだな。

 表面上だけでも先輩の真似をしてみるか、そうすれば少しは楽になるかもしれない。


「や、大丈夫?」

「火森先輩、俺、火森先輩みたいに動じずにいられるようになりたいです」


 年上の知り合いがいるのはいいことだ、将太や朔夜に相談を持ちかけるのとはまた違ったなにかがあるような気がする、大して知らなくてもこんな感じなのだから仲良くなれたらそれはもうやばい存在になるはずだった。


「なにを勘違いしているのかは知らないけど、私だってずっと同じようにできるわけじゃないって」

「でも、恋人と離れることになっても仕方がないなどと言って上手く切り替えられていたじゃないですか」

「だってそれはそうするしかなかったから、あとは顔を見なくて済んでいるからだよ、朝陽ちゃんが相手の加登君の場合とは違うんだよ」

「俺が頑張って真似をするだけなので気にしないでください」

「真似なんかしない方がいいよ、その人に合った人間性というやつがあるんだから」


 馬鹿にされたとかではないのになんだよ。

 自分のことを下げたっていいことはなにもない、ぶつけているのは俺だが真似をしたいと相手が言ってくれているのだからいいはずだが。

 これすらも作戦だということなら俺はいつだって先輩のペースに乗っかってしまっていることになるものの、そうではないならやめてもらいたい。

 なにより普段との差が大きすぎると疲れる、俺だったら構ってちゃんになりたくはないから露骨な差を作ったりはしない――先程のは……失敗だったが。


「そもそも真似をしようとしたところで根本的なところが変わっていないなら無理、あとは大切な子が離れていこうとしているんだから君みたいな反応になって当然でしょ、なんで変えようとするのか分からないけど?」

「そんなことを言ったら再婚に合わせて喋り方を変えた火森先輩もおかしいじゃないですか」


 先輩はもっと分かりやすくするべきだ、興味があるならちゃんと見せていくべきだと思う、それをしたくないなら離れればいい。

 自らの手で中途半端な状態にしてしまうこともあるが今回のきっかけは全て先輩にある、ならはっきりしてもらうしかない。


「そ、そのことには触れないでよ、聞かなかったことにして」

「嫌です、どうせ一緒にいるなら本当の火森先輩とがいいです」

「うっ、な、なんでこういうときだけは……」


 当たり前だ、基本的に強気に出られないというだけで無理というわけではない、あとは先輩が自由にやってくれているからこちらもやるのだ。


「相棒、今日は強気な態度だな」

「朝らしくないね」

「たまにはな。それでどうなんですか――って、速いな」

「「逃げた」」


 残念、逃げられてしまった。

 そのため、これ以上はどうしようもないから今回は諦めるしかなかった。




「あ、いた」

「お兄ちゃんなんて知らない」


 と言われても母から連れ帰ってこいと言われてしまったから無理だ、でも、いますぐに移動をすることも無理そうだったから隣に座る。


「隠したかったからじゃないけど似たようなことになってしまったのは悪かったよ、今度からはちゃんと言うからさ」

「……相手が朔夜さんじゃなくて玲亜さんなのが嫌だった」

「火森先輩はいい人だぞ、多分」

「……違うよ、私が言いたのはそういうことじゃなくてさ」


 対象が異性といて不機嫌になるところは朔夜で何回も見てきた、好きだからこそ気になってしまうということでそれはもう仕方がないことだと片付けている。

 だが、兄が異性といて似たような状態になってしまうのは危険だ、分かりやすくよくないことだった。


「……お兄ちゃんを取られたくない」

「誰も取らないよ、それは朔夜が証明しているだろ」

「でも、玲亜先輩はすぐにお兄ちゃんのところに行くよ? 将太さんに色々と聞いて知っているんだから隠しても無駄だよ」

「過去の自分と似ているから気になるだけじゃないか」


 なにも知らないが、というかそのことに関しては俺がちゃんと知りたいぐらいだ。

 〇〇だからと近づいてきている理由がはっきりすればもっと落ち着ける、意味不明なことばかりではなくなるから多分俺の方が一緒にいたいと考えるようになると思う。


「昔のお兄ちゃんはいまよりももっと一緒にいてくれた」

「そうか? 昔からずっとこんな感じだろ」

「ううん、違うもん、アルバムを見れば一発で分かるから行こう」

「俺の写真は少ないから意味がないよ、まあ、帰るけど」


 アルバムでもなんでもいい、帰ることができるのであればそれでな。

 母によって家に着いたらすぐにご飯を食べることになった、その際にやたらと微妙そうな顔をしていて気になったが特に触れたりはせずに時間が経過、これ以上は特に縛られることなんかはないから自由時間になった。


「お兄ちゃん行こう」

「あいよ」


 だが、妹の部屋にある物は妹専用だからあっても一枚ぐらいだ。


「ほら」

「いや、これを指さしてほらって言われてもな、昔はもっと一緒にいたという証拠にはなっていないだろ」


 俺の方も妹と撮った写真は数枚しかないから変わらない、つまり証拠を出すことは無理だということだ。

 なによりこうして妹と一緒に過ごしてきた兄本人がこう言っているわけだからそれを信じておけばいい、他者に対しては変わっていても家族に対してなら変わらない。


「昔はよく頭とかもなでてくれたもん」

「頑張っていたからな」

「じゃあいまは頑張っていないということ?」

「そんなことはない、だけど髪型とかを気にしているだろうからやらないだけだよ」


 気にしていたことに気づいていなかったとかではなく本当にいまとは違ったのだ、だからやりやすかった。


「気にならないからして」

「それなら」


 髪質……? なんかが多分違うからきっとそうだ。

 しかし、兄にこんなことを求めてどうする、将太とかあの件の男子とかでは駄目なのだろうか――という感じでいざ実際にこうして俺のところに来てくれるとそれはそれで気になってしまうというやつだった。

 家族なのだから最後でいい、家に帰るまでは友達を優先するべきだ。

 特に男子の仲がいい友達がいるということなら尚更のことになる、なんにも進展しようがない兄なんかよりもその子と過ごすべきだと言わせてもらう。


「毎日してね、朝・お昼・夜、場所が家以外でもしないと駄目だから」

「イケメン男子がいるだろ、やってもらえばいい」

「嫌だよ、ばか」


 怖いから一階に行くか。

 ついでに風呂も済ませるために着替えを持って移動したときのこと、インターホンが鳴って扉を開ける。


「や、やあ」

「こんばんは、上がりますか?」

「ちょ、ちょっと違うところで……いい?」

「はい、じゃあ行きましょう」


 意識してしていなくてもこれも嘘をついたということになってしまうのかね。

 でも、こうなってしまったら仕方がない、俺は基本的にこうだと言っただろうと開き直らせてもらおう。


「そ、そんなに違う喋り方がいいの? ……じゃなくて、この喋り方は合っていないということ?」

「合っていないとかじゃなくて本当の喋り方でいいって話ですよ」

「こ、これだと言ったら?」

「それが本当ならそれでいいです」


 一瞬でも見せてもらえればそれでいい。


「……あんたってちょっと面倒くさいよね」

「否定はしません」

「し、知ってどうするのよ」

「特には、俺的にはこうして聞けただけで満足できますので」

「なによそれ、……最初から出していた方がよかったわ……」


 それは無駄に変えようとした自分に言ってほしい。

 とりあえずいつまでも外にいても意味はないから火森家まで送ることにした。

 常識として異性なのに夜に一人で歩くなということと、出たいなら将太を頼れとも言ってから家に向かって歩き始める。


「ふふ、ふふふ、うそつきさんには罰を与えなければいけないよね?」

「ばぐっていないで家の中に入ろうぜ」

「今日はもう離れないから、お風呂にだって一緒に入っちゃう」

「それは駄目だな、後で相手をするから大人しく待っていてくれ」

「それなら廊下で見張っておくね、勝手に一人でこそこそと女の子と会わないように」


 風呂から出て廊下に出てもまだぶつぶつと言っていて怖かった。

 ちゃんと相手をしているのにこれでも足りないということならもうそれは俺にどうこうできることではない。


「玲亜さんはなんのために来たの?」

「将太が下着姿でうろちょろして困っていると不満をぶつけにな」

「あー私がいてもそうだから無理だよね」

「ああ、無理だ」


 いまでも鍛えているから見せたいのかもしれない、そういうことで終わらせておくしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る