02話

「いただきます」

「お、卵焼き美味しそうだね、一つ貰ってもいい?」

「いいですよ、どうぞ」

「ありがとう」


 な、なんてことを、せっかく朝陽が作ってくれたのにこれではあんまりだ。

 でも、弱いから従うしかなかった、断ろうものならどうなっていたのか分からない。

 あ、ちなみに昨日の案内というやつは全部将太の奴が上手くやって無事に終わった。


「これは加登君が作ったやつじゃないね、お母さんか朝陽ちゃんだ」

「朝陽が作ってくれました」


 丁寧だからとか言い出さないだろうな……。

 いや実際、母も妹も丁寧ではあるし、俺は素がある料理しか作れないが、だからって卵焼きでそういう判断をされても困るという奴だった。


「当たってよかった、でも、妹ちゃんに作ってもらうのは兄としてどうなのかなー」

「食べなくても問題はないから作らなくていいと言っても聞いてくれないんですよ、本当のことですから直接本人に聞いてくれればいいですよ」

「なるほど、妹自慢をしたいのか仕方がないアピールをしたいのか、というところか」


 さて、ここだと落ち着いて食べられないから違う場所に行くとしよう。

 学校内にはまだまだゆっくりと食べられる場所が沢山ある、なにもここに拘る必要なんかはない。

 どこに行こうとも一人なのは好都合だった。


「待ってよ、別に逃げなくてもいいでしょ?」

「将太とはどうですか?」

「仲良くできているよ、あ、だけど一つだけ気になることがあってね、それはお風呂に入った後に下着だけの姿でうろちょろするってことなんだけど」

「あー朔夜がいるときでも同じことをしますからね」


 朔夜はそのことできゃーきゃー騒いだりはしない、またやっているよ程度の反応で終わらせている。

 俺は自分がいないところですごいことをやっているからだと考えているが、実際はただ慣れたってだけの可能性がある。

 将太がそのことに関して気にし過ぎないというところも影響している気がした。


「朔夜ちゃんか、仲がいいんだね」

「まあ、名前で呼ぶことを許してもらえるぐらいには仲がいいですよ、間に入れたりはしませんけどね」


 一瞬だけでもいい雰囲気になったとかそういうことはない、すぐに関係を戻すだろうからこの先もきっと変わらない。

 正直に言ってそれでいい、ごちゃごちゃしてしまうよりも安定した関係を求めているからだ。


「相棒、ここにいたのか」

「将太か、いちいち探さなくてもちゃんと教室に戻るぞ」


 助かった、やはり彼は最高だ。

 朝陽も同じような能力を持っている、こちらが困っていると必ず来てくれる、だから俺はこれまで特に問題もなくやれているというわけだ。

 一人だったら間違いなく早い段階で潰れていた、だから将太とだけはいつまでも友達でいたいと考えている。


「朔夜が男子と楽しそうに話していて落ち着かなくてな、つか、姉貴はやたらと朝士に興味を持っているな」

「落ち着かないって将太はやっぱりまだ朔夜のことを好きでいるんだな」

「当たり前だ、俺はいまでも関係を戻したいと強く思っているぞ」


 付き合っているときでも当たり前のように来てくれる存在達だから問題はない。


「将太、確かに私は加登君に近づいているけど変な勘違いはしないでね」

「しないよ、異性といる=そういう意味で興味があるってわけじゃないんだからな」

「でも、なんか気になるんだよね」

「相棒はいい人間だからな」


 いい人間かどうかは分からないが一応意識して嫌な奴にならないように常に気を付けている、敵ができるとあっという間にやられてしまうような人間だからそのきっかけを作らないように頑張っているわけだ。

 で、中々に上手くいっていると思う、学校に行きたくないなどという考えになったことはないからきっとそうだ。


「朝ー」

「「朔夜」」


 許可をしてくれているとはいえ、こうして同じ呼び方をしているとたまに引っかかることがある。

 だが、急に名字呼びになんかしたら変だからそれもできない、と。


「今日、朝のお家に行くね、朝陽ちゃんとゆっくり喋りたいから」

「おう」

「将太も行こうよ」

「そうだな、特に予定もないからな」


 やっぱり朝陽だと仲良し過ぎて効果がない。

 友達としてできるだけ気持ちを煽るようなことはしたくないが、


「火森先輩も来ませんか? ジュースぐらいなら出せますよ」


 これしかないよな、少しは焦ってもらわないと困る。

 前も言ったように俺が求めているのは関係を変えて楽しそうにしている二人だ、いまのままだと物足りない。

 だが、物理的に手を出したりすると嫌われてしまうかもしれないから人を使うしかないのだ、その点、朔夜に男子を近づけさせるよりも彼の姉を彼に近づけさせた方が効果が高い……はずだ。


「私も誘ってくれるんだ?」

「はい、それでどうですか?」

「なら行かせてもらおうかな」

「じゃあ放課後はそういうことでよろしくお願いします」


 ま、俺の家だから朔夜の許可を取る必要はないだろう。

 それでも一応聞いてみると先輩の前なのも影響しているのか「大丈夫だよ」と答えるだけだった。




「おお、こんな感じなんだ」

「普通の家ですよ。朔夜、朝陽は今日部活があるから帰ってくるまで将太達とゆっくりしていてくれ」

「朝はどうするの?」

「俺は部屋にいるよ」

「「「空気が読めない」」」


 リビングは時間を取られる場所だから駄目なのだ。

 それと一緒にいると余計なことを言いたくなってしまうし、今日は課題が出ていたからいまの内にやっておこうという考えが強くあった。

 後回しにすればいまは楽だが後の自分が大変になる、先延ばしにして慌てたくなんかはないからやっておかなければならない。


「お邪魔しまーす」

「は」

「お、ここも奇麗、それにいい匂いがする」


 いや、そんなことはどうでもいい、何故ここに来たのかを答えてほしい。

 先輩と将太が仲良くすることでしか朔夜は変われないのにこれでは意味がない。

 誘った理由をちゃんと察してほしい、なにも分からないということなら先輩には悪いがあほと言わせてもらう。


「なにかやらしい物はありませんかー?」

「ありませんよ、将太だってそういう物に興味を持ちません」

「え、ベッドの下にあったよ? えっちな本」


 う、嘘だよな、ちゃんと異性と関われているんだから健全に行こうや将太。

 ……待て、先輩のペースにしたら駄目だ、これだって俺にぐちぐち言わせないようにする作戦だろう。


「将太はおっぱいが大きい子が好きみたい、その点で言うと朔夜ちゃんはちょっと小さいかな?」

「胸で決める人なんていませんよ」

「そうなの? 私は男の子じゃないからよく分からないけど、男の子って結構見てくるよね」


 知らん、そんなことを聞かされても困る。

 変に逸らそうとしても余計に続いてしまう可能性があるから怖い、この人の前ではというか家族以外の前では俺はあまりにも無力だ。


「ちょっと暑いから脱ぐね」

「もう戻ってください、なんのためにあなたを連れてきたと思っているんですか」

「え、家を知ってもらいたかったからじゃないの?」


 自分から家を知ってもらうために行動をするわけがない、出会ったばかりの異性に対してなら尚更のことだ。


「違いますよ。俺はあの二人に早く関係を戻してほしいんです、でも、いまのままだと変わらない。だから常に将太の近くにあなたにいてほしいんです、そうすれば少しずつでも変わっていくはずです」

「友達をわざと慌てさせようとするなんて悪い子だね」

「嫌われたくはないですけど仮にそれで嫌われてもまあ、付き合ってくれるなら耐えられます」


 自分のために行動しているわけだからそういうことになっても仕方がない、被害者面できることではなかった。

 でも、なるべくそうなる前に本人達が前に進めてくれるのが一番だと言える。


「私はやめておいた方がいいと思うけどな、大体、義理の姉と一緒にいるところを見たところで慌てたりはしないでしょ」

「義理なら話は別ですよ、それにあなたは……」

「私は? ――待った」


 先輩が扉を開けるとやたらと慌てた感じで「い、一階のトイレを将くんが使っていたから二階に来ただけで盗み聞きをしていたわけではないよ!」吐いてくれた。

 将太がいないところで慌てられても意味がない、とはいえ、いまそれは関係がないからそうかとだけ答えておいた。


「た、たまたま聞こえちゃったんだけど朝は余計なことを考えないで」

「おう」

「……でも、私だって本当なら将くん仲良くしたいから……頑張るよ」


 将君か、懐かしい呼び方だな。

 本人にこう言われたことだからじっとしておくか、それになにより、自分が動かない方がすぐになんとかなりそうだ。

 将太だって気になっている異性である彼女とそういう関係に戻れたら嬉しいだろうから見ているだけでいい。


「そうか、応援しているぞ」

「なんでそういうときだけいい笑みを浮かべるかなぁ」

「俺にとっていいことだからだ」


 とりあえずトイレのことは本当だったみたいで「トイレに行ってくる」と言って部屋から出て行った。

 黙って見ているだけだった先輩には謝罪をし、やりたかった課題を始める。


「加登君」

「なんですか?」


 戻らないのか、ここに残ってもメリットはない。

 ゲームも本も所謂、時間をつぶせるような物はないのに何故残っているのか。


「将太も朔夜ちゃんもお互いが好きなんだよね? それで君は?」

「あの二人は両想いですよ、そこで君はと聞かれても困りますが」


 好きな異性云々ということならいないと答えるしかない、朔夜が将太を好きで捨てることになったなどといった過去もないから広がっていかない。

 恋に興味がないわけではないが興味を持ったところで変わる話ではないということだった。


「好きな子とかいないの? 女の子とは普通にいられているんだからさ」

「いませんね」

「もったいないね」


 課題が全くできない、スルーもできない。

 こうして返事をしていればずっと先輩のペースのままだ、そしてなにが馬鹿なのかと言うと自分から広げようとしてしまっていることだった。


「先輩はどうなんですか?」


 例えばこれとか、先輩のことを聞いてどうするのかという話だよな、なによりこれでは興味を持っているようにしか見えないのが問題だ。


「彼氏がいたよ、他県に住むことになると分かったときに別れようってことになったけどさ」

「なら中途半端な時期云々よりもそのことの方が気になったんじゃないですか?」

「まあ、〇ではないね」


 恋人がいると日常がどう変わっていくのかすらも分からない、これ以上は想像で話すしかないから終わらせよう。

 なのでここからはなんとか課題をやっていくことにした。

 結局終わったのは朝陽が帰ってきて少し経ってからだった。




「いらっしゃいませ」


 案内された席に座って一つ息を吐く。

 大きな窓があってその向こうに意識を向けると川が見えて落ち着ける。

 あ、いやまあ、別に慌てているわけではないが、最近はずっと誰かといたから一人で楽だという考えが大きい。


「オレンジジュースを一つお願いします」

「かしこまりました」


 残念ながらコーヒーなどは飲めない、砂糖を入れても苦くて駄目だ。

 運ばれてきたオレンジジュースをちびちびと飲んでいると前に座った人が「私もオレンジジュースをお願いします」と頼んだ、効率的だった。


「はぁ、将くんは駄目だ、こっちの気なんて知らないで男の子や女の子とばかりいるんだもん」

「男女といるのは朔夜もそうだろ」


 どちらかと言えば異性といることの方が多い、そのためその点では偉そうには言えない。

 ま、相手が嫌がっているわけではないのだから悪いことではない、同性よりも異性と過ごしたがる存在だっているだろう。


「そ、そうだけど……なんか気に入らないんだ」

「俺が言うのもなんだけどそれは自分勝手だ、ちゃんと話して相手をしてもらえばいいんだよ」

「よく朝に手伝ってもらったりしているけどそれじゃあ意味がないんだよね、私だけの力でなんとかできなければいけないんだよね」

「でも、どうしようもないなら頼ればいいんだよ」

「そっか――ありがとうございます」


 俺とは違って一気に飲んでから「頑張るよ」といい顔で言った。


「朝のそういう話も聞かせてほしいな」

「なにもないぞ」

「えーつまらない」

「俺は異性なら朔夜としかいなかったからな。でも、朔夜は将太が昔から好きだった、それならなにも発生しようがないだろ?」


 寧ろ発生していたら嫌だよ、他者に恋をしている相手を好きになったところで悲しい結果になるだけでしかない。

 無理だが逆に振り向かせられてしまっても困る、本命への気持ちはその程度だったのかと相手のことで落ち込みたくはない。


「私に微塵も興味を持たなかったの?」

「小さい頃は弱かったから駄目だったな、ずっと近くに将太もいて努力をする気にもならなかった」

「ふーん、近くに魅力的な同性や異性がいても関係ないと思うけどね」

「はは、それなら将太が誰と関わっていてもとやかく言わないようにしないとな」

「あっ……もう意地悪なんだから」


 意地悪か、そういうことをする人間ならこうはなっていないんだよな。

 不満な点なんかも全部言って、嫌な相手なら全部無視をして、きっといまよりも自分のしたいことをもっとできていたはずなのだ。

 他者に意地が悪いことをして困らせたいだなんて考えは微塵もないが、それではないにしろもっと違う自分というやつを見てみたかった。

 でも、ここまできてもこうだからこの先もこのままだ。


「ありがとうございました」


 会計を済ませて外に出ると微妙な気温が俺達を迎えてくれた。

 やめたがこれは別ということで将太の家まで送ることにした。

 待っていればすぐに帰ってくる、不良少年というわけではないから遅くなっても十八時程度、ちゃんと話さなければならないことも話す余裕がある。

 終わったら送ってもらえばいい、ちゃっかりしておくのが大事なのだ。


「朝もいてよ、どうせ朝陽ちゃんはまだ帰ってこないんだからいいでしょ?」


 しかし、ここで変なことを言ってくるのが俺の友達、ということで……。


「お、今日も二人でいるのか」

「将太のせいだぞ」

「あ、誘われていてな、朔夜の相手をしてくれてさんきゅ」


 そんな言い方をしたらまた彼女が――と身構えたがなにも起こらなかった、それどころか普通に「帰ってくるのが遅いよ」とぶつけただけだ。


「はぁ、俺はもう帰るぞ、後は頼む」

「おうよ、任せておけ」


 これでやっと一人になれる。


「おかえり」

「朝陽もな」


 何故わざわざ外で待っていたのかと言うのは駄目なんだろうな、好きな人間でもできて落ち着かなかったのだろうか?


「お兄ちゃん」

「別に腕を掴まなくたって逃げたりはしないぞ、中に入ろう」


 朝陽が作りたいときは朝陽が、それ以外は基本的に母が作るからその気にならなければまだご飯の時間にはならないが外にいる必要もないだろう。

 敢えて外で話したい気分ということなら付き合うものの、そうでもないなら慣れた場所でゆっくりすればいい。


「私、学校に行きたくない」

「え、なんで?」


 これならまだいきなり好きな人ができて落ち着かなかったから外にいた、そういう流れの方がよかった。

 だって学校に行きたくないなどと言われると苛めを受けているのではないかと心配になる、そこまではいっていなくても人間関係のことで問題が起きている可能性が大だからだ。

 俺だって滅茶苦茶恥ずかしい思いを味わった日ぐらいしか学校に行きたくないなどと言ったことはなかったのにこれはあれだ。


「……告白をされて逃げてきちゃった」

「あ、苛めとかじゃないのか、ならいい――」

「よくないよっ、その子は違うグループの結構厳しい子が好きな子なんだよ!?」

「うわ、そういうの面倒くさいな」


 朔夜にも似たようなことはあったが上手く躱していた、あとは将太の存在が大きかったことになる。

 まあ、その将太がそうなるきっかけだったものの、最終的に「将太君が幸せそうならそれでいいよ」ということになって静かになった。

 ただ、いまは朔夜が変な選択をしたせいで友達同士に戻ってしまったわけで、直接見られたらどうなうのかは分から――それでも将太がなんとかしてしまえるか。


「はっきりと言うしかないな、その男子にも女子にもさ」

「……一人じゃ怖い」

「守ってくれそうな男子とかいないのか? 朔夜なら将太、的な感じで」

「いないよ、というか男の子とは係のお仕事とかでしか話さないもん……」

「じゃあ将太に頼むか、彼氏がいるということにしたら上手くまとまるだろ」


 いまはいちゃいちゃしているところだが仕方がない、それに朝陽のためとなれば動いてくれるはずだった。

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