社食・HEVEN OR HELL
ぶらボー
昼休憩
ブォオオオオオオオオオオオオン
昼休憩の始まりを告げる角笛が鳴る。勇者ノリオはノートパソコンを閉じて立ち上がると、社員食堂(社食)へ向かう人の群れの中に入った。
部下のパーティーが遠征先で魔物の群れに手こずり、大幅に残業時間を超過してしまったことを受け、午前中は超過勤務対策会議で丸々埋まってしまった。昼からは別の遠征の事前作戦会議もある為、近場のゴブリン退治は少し対応が遅れそうだ。
中々大変そうではあるがノリオのキャリアは悪くない。この冒険者ギルドで三十年間コツコツと真面目に仕事をし、結果を出し、今では頼りになる部下や同僚が付いて来てくれる。何事もなければ定年まで無事勤め上げられるであろう。
社食に入ったノリオは箸とおぼんを取り、少し悩んだ後、野菜炒めに味噌汁、ご飯にほうれん草の和え物を取った。勇者という華々しい職業を考えると随分質素にも思えるが、我々の世界でも仕事のできる管理職の方の昼食は意外と質素なものである。ノリオもその例に漏れない。あと健康診断の結果がイマイチだったので、栄養バランスに気を付けている事もあった。
仕事仲間と飯を食いながら談笑するこの時間は、情報交換・ストレス発散・etc.できる大切なひとときである。だがこの尊い時間の後にはある戦いが待っている。
今日のご飯の炊き加減は「当たり」であった。満足して会計を終え、食器を洗い場に返却し、社食を出ようとするノリオの前にいつもの光景が現れた。
「シャーッ! 今お時間ございますかァ~~~~!?」
「キヒヒヒ! 保険は入られておりますかァーーーーー!?」
なんとおぞましい光景か! 社食出口付近に待ち構えた幾人もの「生保レディ」が昼食を終えた冒険者達に襲い掛かっているのである!!
「い、いやもう入ってるので大丈夫で……」
「ダメダメダメダメダメダメです! 料金が違う! ご安心も違う! 今すぐお話をしましょう! 誕生日! 誕生日教えてください!」
丁寧に断ろうとした冒険者が強引に連れていかれてしまった。この凶悪な手合いの術中にはまり契約してしまい、家計と精神に損害を出してしまう冒険者が一定数いるのである。にも拘わらずコイツ等が何食わぬ顔でギルド内を練り歩いている事について、ギルド上層部は口を閉ざし、そ知らぬ顔をしている。何かしらの癒着が疑われるのも無理はない。
「そこの見るからに勇者様ァ~ッ!」
ノリオに一人の生保レディが近づいてくる……! しかし!
「フンハーッ!!」
「ワッ……!?」
ノリオから放たれた裂帛の気合を受け、生保レディは足をすくませてその場で震え、動けなくなった。腐ってもキャリア30年の勇者、生半可な生保レディに後れは取るまい。
「フンハーッ! フンハーッ! フンハーッ!」
「「「「「ワァーッ!!」」」」
次々と生保レディを気合で圧倒していくノリオ!
(このまま自販機コーナーまで一直線だ……むむ?)
ノリオは足を一旦止めた。十メートル程前方に印鑑を片手にした冒険者達が大量に倒れている……。
「うぅ……ハンコ押してしまっ……ぐふっ」
「なんという惨状……」
ノリオは倒れた冒険者達の中で立っている生保レディを見据える──只者ではない。
「ルーフルフルフルフ……三ケタ契約までもう少しですねェ……」
ノリオは確信した、コイツは──エルフの生保レディ!
人間より長寿のエルフ族の生保レディ……どれだけのキャリアがあるか想像もつかない。ノリオは考えるよりも早くクレイモアを構え、斬りかかった!
クレイモアがエルフ生保レディの首を飛ばすかと思われたその刹那、ノリオは突然バックステップで間合いを広げた。
「──強敵ッ……」
どういったトリックか、ノリオが握っていたはずのクレイモアはいつの間にかエルフ生保レディが握っており、ノリオはいつの間にか印鑑を握らされている!
「ぬぅー!」
「ルフルフルフ!」
BLAM!BLAM!BLAM!
ノリオは火球魔法を連射!エルフ生保レディは連続で回避し、契約書類に印鑑を押し付けるべく、ステップインしてくる!
「ヤーッ!」
ノリオは体勢が低くなっていたエルフ生保レディの顎先を蹴り上げた!
「ルフー!?」
エルフ生保レディは五メートル程宙を舞い、仰向けに倒れた。
(やはり手ごわい……ここですぐにトドメは刺せないだろう、早く離れなければ──)
エルフ生保レディが体勢を立て直す前に、ノリオはすばやくクレイモアを拾い、印鑑をポケットにしまうと足早にその場を去った。
自販機コーナーで買ったコーヒーをノリオはゆっくりと味わう。幸い休憩時間はそれほど無駄になっていない。昼からの仕事に向け英気を養おう──。
社員食堂。日々汗を流す人々の腹を満たす大切な場所。そこで繰り広げられる戦いに終わりはない。
(おしまい)
社食・HEVEN OR HELL ぶらボー @L3R4V0
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