24話 フルプレート


扉を開けた瞬間、眼前には俺の顔面を貫こうとする1本の矢が迫っていた。


「――――ッ!」


ギリギリの所でその矢を避ける事が出来たが、扉を開けたのが俺じゃなかったら、早くも1人脱落する所だった。


「待ちくたびれたって訳か――」


ボス部屋で俺達を待っていたのは、完全武装した3体のオーク。

4階層のフロアボスだったオークは、身体の1部をプレートで固めていたが、コイツらはフルプレートを装備している。


武器もそれぞれ違い剣と盾を持つオーク、身の丈程の巨大なハンマーを持つオーク、それから最も厄介なのが3体目、今速攻を仕掛けてきた弓を持つオークだ。


速攻が失敗に終わったというのに、口角を上げ笑っているようにも見える。


――豚の分際で生意気だな。


その個体は他のオークよりも後方に位置し、先程のメイジ達のように明らかに陣形を組んでいる。


こいつらが陣形を組むことは想定内だ。雑魚ですらやる事をフロアボスがやらないわけが無いからな。


ここからが問題だ。あの奥で弓を構える豚は俺が引き受けるとして、剣とハンマーのどちらをコイツらにやらせるべきか。俺はどちらでも構わないが、


「お前ら、ハンマーの豚と剣の豚どちらか選べ。弓を引く生意気な野郎は俺が殺る」


どの道コイツらじゃ近づく前に殺られそうだしな。

さっきの矢の速度、いくら5階層のフロアボスだからといってあそこまで早いものだろうか。速度に重点を置いている俺がギリギリなら、コイツらにそれを見切るのは無理だ。


――この連結階層……いや、そのもっと前からか。ここに来てから全てに違和感がある。何か根本的な事を見落としている気がする。


「でしたら、私たちでハンマーのオークを引き受けます。クラッドさん、回復が必要ならいつでも言ってくださいね」


「ああ、その時は頼む。一応お前らも弓矢には気を付けろ。そっちにも撃ってくる可能性は十分にある」


3体近接ならその心配はなかったが、遠距離役がいるのは予想外だ。


それに、どうやら思った以上にレベルが高いらしいな。いままでとは雰囲気がまるで違う。

スキルを使わないと少し手こずりそうだ。


「了解っす!」


「――戦闘開始だ」


俺の声と同時に俺達は、左右に別れるように散らばった。

俺は剣のいる右へ、他の奴らはハンマーの左へ。

散開し、そのままの勢いで俺はオークに突っ込み、墨月を横に裂くように振るう。

だかそれは盾により防がれ、激しい火花を散らす。

金属同士が衝突する高い音が響き、弾かれた振動が手に届く。


オークは空いている右手の剣で、俺の腕を斬り落とす軌道で振るうが、その前にその手首を掴みそれを阻止した。

お互いの力が拮抗し腕が震える。


――馬鹿力め。このままだといい的になっちまう。


力に緩急をつけ一瞬押し返し、バックステップで距離をとる。

しかし、着地地点を狙って後衛のオークが既に矢を放っていた。


当たる直前、墨月で矢を弾く。

一瞬でも判断が遅れればヤバかった。

豚の癖に正確な軌道で撃ってきやがるな。


一瞬、横目でリリア達を見ると上手く連携を取り撹乱していた。

戦法はメイジ戦と同じだが、その時よりも動きが洗練されている。クラッドもさっきみたいな無茶な攻撃はしていないようで、ヒットアンドアウェイで確実にリスクを減らしていた。


リリアは矢の本数に限りがあるので、いつでも狙えるように構えてはいるが、無駄撃ちはしていないらしい。賢明な判断だ。


――あの様子なら今の所は心配いらないな。格上相手によく戦えてる。


これは、さっきの攻防でわかった事だが、豚共の装備は中々いい物を使っているらしい。

速度重視とはいえ墨月で切りつけても、ほとんど傷がついていない。


オークの耐久力と装備の防御力は、合わさると面倒だな。


そして今回、俺の武器は相性がかなり悪い。

完全武装相手に短剣で挑むとなると、関節の隙間以外狙うところがない。

復讐者の剣はカミルに渡してしまってもうない。


――仕方ない、素手で……いや、忘れてた。コイツがあるじゃないか。まさかまたコイツの世話になるとは思わなかった。


俺は一応取っておいたこんぼうの存在を思い出した。

素手でも構わないが、コイツの方が勝手が良さそうだ。そして腰にあるこんぼうと墨月を入れ替え、


「ひき肉にしてやる、かかってこい」


オークと矢が同時に迫る。

俺は矢の軌道から外れ、真横からくる斬撃をこんぼうで受ける。


――耐久力が低いこんぼうでも、1戦くらいは耐えられるだろ。


衝撃で軽く吹っ飛ぶが、受身を取り、今度はこちらから距離を詰め跳躍。

力任せに頭部にこんぼうを叩きつける。が、これはフェイントだ。

剣を横にして受けた隙に、右脚で顔面を蹴り上げる。


――手応えありだ。


オークの顎を上を向き、首元にわずかな隙間が生まれる。

すかさず左手で墨月を抜き、隙間に投げ込む。


狙い通りの箇所に刺さり血が吹き出るが、分厚い肉に阻まれ深くは刺さっていないらしい。

オークは汚い悲鳴をあげ、刺さった墨月を抜いて投げるように地面へ捨てた。馬鹿なヤツだ、持っておけばいい物を。


悶えるオークに追撃を仕掛けるが、それを防ぐかのように矢が2本、時差で飛んでくる。

弓のオークは豚の癖にかなり腕がいい。相手の嫌がるタイミングや、仲間のフォローをほぼ完璧にこなしている。

しかし、俺は構わずに突っ込んだ。墨月なら出来ないが、こんぼうなら盾代わりにすることが出来るからだ。


矢をこんぼうで受け、そのままオークの顔面を狙い全力で振り下ろす。


オークは防ぐことも出来ず、顔面にこんぼうをくらい、アーマが歪な形に変形する。

やはり斬撃よりも打撃のほうが遥かに有効だった。


潰された顔面を両手で抑え、悶え、苦しみ、叫ぶ。

鉄製のプレートが凹んだお陰で、それを取ることすら出来ない。


視界も悪くなり、明らかに反応速度が鈍っている。

このチャンスを逃すはずもなく、暴れるオークの背後に周り、次は後頭部にこんぼうを叩き込む。


これも簡単に直撃したが、未だ絶命する気配はない。


――低い攻撃力とコイツらの防御力のせいか、中々殺しきれねぇな。時間をかければ使う必要はないが……


【スキル:王の資質Lv1を使用します】


【ステータスがアップしました】


これで火力は補えた。

スキルによって大幅に全ステータスが上昇した俺にとって、コイツらは最早敵ではない。


次の瞬間、暴れていたオークが両腕で俺の胴体を掴んだ。避けれなかったんじゃない。敢えて避けなかったのだ。

オークは俺を握り潰そうと、力を込める。


ギリギリと内蔵が圧迫されるのを感じる。

だが――。


「おい豚、こんなもんか?」


俺は空いている手でオークの腕を掴み、全力で力を込める。


指先がめり込みアーマーごと肉を潰す。痛みに耐えきれずオークが悲鳴を上げ、思わず俺を掴んでいた太い腕を離した。


着地した俺の視界の端では、頭部を串刺しにしようと矢が迫っている。


「――てめぇは後で相手にしてやる。大人しく待ってろ」


当たる寸前、矢を素手で掴み指の力だけでへし折った。

そして既にボコボコに凹んでいるオークの頭部目掛けて、再びこんぼうを振り下ろした。

金属と肉が潰れ、それでもまだこんぼうは下降する。


スキルを使った後の一撃は、首から上の部分を全て叩き潰した結果になった。

アーマーも、頭蓋も全て潰され首なしになったオークは、その部分から噴水のように血飛沫を上げていた。


――後は弓野郎だけだ。


俺は離れたオークを睨み、迷わず飛び出した。

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