16話 狂人の行く末


確認しなくてもステータスが急激に上がったのがわかる。

ハイツの身体を黒いオーラの様な物が包み、肌がひりつく程禍々しい気を発している。

少なくとも現状の俺のステータスは凌駕している。

ハイツは大袈裟に両腕を広げ天を仰ぎ――。


「あは、アハハ。あはハハははハは――あぁ。気持ちいい。この力は快感だ。神をも殺す至高の力だ。我ながらうっとりすよ。最ッ高だよクロードォ……あヒッヒヒヒヒヒヒ」


自分の力に酔いしれるように、壊れたようにハイツは笑った。

突然笑いだし、突然真顔に戻る。と思えばまた笑い出す。完全に狂人のそれだ。

白目は赤に染まり、その溢れ出る魔のエネルギーにより銀髪は宙をたゆたう。


――まるで悪魔だ。


「来いよ、遊んでやる・・・・・・から」


「あヒッ……ヒヒヒ。黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇッ! 黙れよ雑魚がァァァァ」


叫び、ハイツは天高く跳躍。

空中で回転し、その勢いのままかかと落とし。


「――グッ」


腕をクロスさせ、ガードした脚が地面にめり込む。

凄まじい衝撃だ。

そう何回も受けていられない。

ハイツは空いている左脚を蹴り上げる。顎に直撃した俺はアーチ状の軌道で後方へ飛ばされた。

鉄の味が味覚を支配する。

受身を取り、体制を整えようとするが既にハイツは追撃しようと迫っている。


「――どうした、口だけかァ? ほらほらほらほらほらほらァ」


嵐のような連撃をくらい、俺の身体は悲鳴をあげる。

腹に、肩に、顔面に鈍い衝撃が走る。

食らう度に身体が仰け反る。

捌き切ろうにも早すぎて、目が追いついても体が追いつかない。

それに未だその速度は増しているように思える。


「ヒヒ、ヒヒヒヒッ! 死ね死ね死ね早く死んじゃえよォッ! 僕は英雄だ。英雄だ英雄だ英雄だ英ッ雄なんだよォッ」


一際強く引かれた拳は、ハイツの異様なまでの腰の捻りとともに射出され――。


「――ガフッ」


俺の腹部に直撃し、腕がめり込み更にねじ込まれる。

くの字に身体が浮き、そのまま吹き飛ばされ数回地面を転がった。


「くっ、しこたま殴りやがって……」


その衝撃の余韻は地面を転がって尚消えることは無く、金属バットで殴られたような痛みが絶えず襲ってくる。

ハイツはその場で棒立ちし、首を90度まで曲げている。明らかな優勢だと言うのに異様な雰囲気だった。


「――つまんない」


無表情でただ一言呟いた。

その目はなにもうつしていないような真っ黒だった。


「なんだと?」


「つまらないって言ったんだよぉ。もっと君を嬲って嬲って嬲って嬲りたかったのにさァ……そこらのモブと変わらないじゃないか。嬲りがいがないんだよ。もう少し遊べると思ってのに、つまんないなァ」


言い終えると同時に、大地を蹴りつけ高速で迫る。

右腕を大きく振り抜き短剣で斬りつける。

剣の柄と刃を両手で抑えるガード。

火花をあげる。しかし、そのまま力技で押し切ろうと言うのか、更に力が加わる。


「もういいよォ死んじゃってェェッ」


「ふ、ざけるなァッ」


ジリジリと押され、短剣が首に触れようという瞬間、剣の角度を変え短剣を滑らせる。

ハイツの体制が崩れたその隙に後ろに跳躍し距離を取り再び構える。


【剣術Lv1が剣術Lv2にアップしました】


――このタイミングで上がるのか。1から2じゃ対して変わらないが、まあ後々役に立つだろう。さて、


「――遊びは終わりだ・・・・・・・。そろそろ全力で行くぞ」


「あヒッヒヒひひひヒヒヒアッヒャヒャヒャヒャ。何を言うかと思えば……全力だってェ? 全力全力全力ッ! そんな言葉に騙されるわけないじゃないか。あー……馬鹿だなァ。気の毒になるくらい馬鹿だよ。ぶぁーかッ! ヒヒヒヒヒ」


ハイツは顔に手を当て、身体を仰け反らせて大袈裟に笑った。

コイツの一つ一つの仕草が全て狂っているように思える。

願望とはいえ、これでは英雄どころではない。ただのキチガイだ。

それに俺の言う事は全く信じていないのか、追撃する気配もない。


コイツの言葉を借りれば、最後のチャンスと言うやつだったのにな。


「――ハイツ。油断するな、動きを見ろ。集中しろ。俺の一挙一動を全て見逃すなよ」


【スキル:王の資質Lv1を使用します】


さながらオーラの様な、淡い蒼の光が俺を包みこむ。


【ステータスがアップしました】


「何を言ってい――」


次の瞬間、一気に距離を詰めハイツの顔面を鷲掴みにし、そのまま地面へ叩きつける。

嫌な音が辺りに響き、地面にめり込んだ頭部とは反対に、身体がその反動で宙に浮く。

恐らくコイツの目は俺を捉えきれていない。


「あ……な、にが……」


ハイツの頭部を中心に、地面が放射状に割れている。

何が起こったのか理解もできていないハイツは、ピクリとも動かずに、宙に向かって言葉を投げる。

先程までの威勢はどこにも無い。滑稽な奴だ。


軽い放心状態のハイツに、さらに追い打ちをかけるように俺は顔面スレスレの地面を踏みつけた。


「いいか、よく聞け。お前がこの先何をしようと全て叩き潰してやる。お前は、俺に勝てない。てめぇは英雄なんかじゃないんだよ」


「そん、な……そんな訳あるか……僕は英雄だ。そうだ簡単なことだ……僕は今窮地に陥ってる。ヒヒヒ。英雄にピンチは付き物なんだ!この詐欺師め。よくも騙そうとしたなッ!」


――もう何を言っても駄目だめか。


ハイツはむくりと立ち上がり、ユラユラと揺れている。まだ何か仕掛けるつもりなんだろうが、このステータス差は覆らない。

眼球のゼロコンマ1ミリに短剣の切っ先。

上体を後方にそらし、回避。

次に拳が顔面を潰そうと迫るが、腕を掴み右へ投げ飛ばした。


「――救いようの無いマヌケだな」


吹き飛ぶハイツが体制を立て直す前に、距離を詰め右の太ももを躊躇うことなく突き刺す。勿論地面ごとだ。


「が、ああぁぁァッ! い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃッ! ――ぬ、抜けない……このッ! 抜けろよッ」


脚を貫通し地面にも深く刺さった剣は、そんな簡単に抜けるもんじゃない。しかもコイツは今脚の負傷で力が入らないんだから尚更だ。

しかし、何とかそれを抜こうと必死になってもがくハイツ。


「まだ、やるか?」


「うるさいうるさいうるさいうるさいッ! うるッさいんだよッ!」


未だ反抗的な目で俺を睨むハイツに、ゆっくりと近づき、


「――手伝ってやるよ」


深く突き刺さった復讐者の剣を引き抜き、そのまま脚を斬り裂いた。

動脈が大量の血飛沫を上げるも、出血は尚勢いを増すばかり。ハイツの鼓動に合わせドクドクと脈を打つようにあふれでる。

やがて周りは血の池と化し、その中心でハイツは、


「ア”ア”ア”ア”ア”ッ! 僕の、あ、脚がァぁぁ……」


「ほら抜けただろ。 感謝の言葉は無いのか?」


太ももから下を切断され、患部をを抑えもがき、叫ぶ。もう、こいつに出来ることは何も無いな。

俺も角兎に手首を喰われた事があるから、四肢を切断される痛みはよくわかる。尋常じゃない痛みだ。

だがコイツにはそれすら生ぬるい。

コイツに殺された奴の痛みはこんなもんじゃないはずだ。


「お前は一体……なんなんだ……英雄である僕を……こんな目にィッ!」


「俺が何かだって? 決まってるだろ。――英雄だ」


その言葉にハイツは、糸が切れた人形のようにうずくまる。


「 ……これは夢だ。そうだ夢なんだ。手ヒヒヒヒヒ。じゃないと僕がこんな目にあうはずがない。僕は英雄になる男だ。こんな所で負けるはずがないんだ。選ばれた、特別な人間なんだ」


「…………」


丸まりながら念仏を唱えるハイツに、哀れみの目を向け俺はフロアボスの待つ場所へ向かった。

襲い来るゴブリンを斬り殺し続け、フロアボスであるホブゴブリンが俺の前に姿を現した。

こんな奴、今の俺の敵じゃない。図体だけの木偶の坊が。


雄叫びを上げ、巨大な棍棒で俺を叩き潰そうと振り上げる――。


「――邪魔だ」


避けるでも、受けるでもなく一振でそれを両断。

ホブゴブリンの体は縦半分になり、内臓がこぼれ落ち、血液を噴き出しながら地面へと落ちていく。

返り血を全身に浴び、何度目かとなる2階層をクリアした。


これまでで1番嫌な攻略だったかもしれない。


【ボブゴブリンを討伐しました。30秒後に帰還します】

【経験値20を獲得しました】

【銀貨500 ゴブリンの傷薬×1 資質の種×5を獲得しました 】


こうして俺とハイツの決闘は終わりを迎えた。

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