4話 『経験値特化ダンジョン』

【経験値特化ダンジョンへようこそ!ここでは無限に湧き出る角兎を狩り放題!時間は300秒です。沢山狩ってレベルアップを目指しましょう!】


転移された先は、スマホの画面で1日1回はみていた森林と酷似していた。

恐らく内容も同じだろう。こんぼうでも何とかならない事はないが、それ以前に俺達のレベルは低すぎる。


「全員、聞いてくれ。まずリリア、お前は回復系魔法が使えると言ったな。後衛で俺たち三人を支援してくれ。それと鎌持ってるお前、リリアを守りつつ前衛を援護しろ。んで、シンとか言ったな。お前は俺と一緒に最前線だ。いいか、異論は認めねえ。死にたくなかったら言うことを聞け、死にたいなら別に構わねえがな」


この森林のダンジョンで出るモンスターは、ウィンドウにも表記されていたが大量の角兎だ。見た目は普通の兎に角が生えているだけだが、どういう設定なのかアイツらは基本的には角を使わない。


その代わりに雑食でなんでも食べる。それは勿論俺達も食料として見られているということだ。


「貴様、このアルグ男爵に向かって援護しろだと? 下賎な平民の分際で――」

「そうか、ならお前は勝手にしろ。俺達は3人で隊を組む。後から騒いでも知らねぇからな」


こういう奴は何を言っても無駄だ。無い時間がさらに無くなる。

俺はアルグの話を聞く時間すら惜しいので、言い終える前に食い気味に被せた。

アルグは俺の事が相当に気に食わないらしいが、そんなの一々気にしてる場合じゃない。


「わ、私は戦わなくていいのですか?」


どこぞの貴族と違い謙虚なやつだ。人員は足りてないが、コイツまで前衛に来てしまうと隊が崩壊してしまう。


「ああ、しっかり回復に専念してくれ。タイミングは俺が指示する」


そう伝えるとリリアは「はい!」と、キレのいい返事をしてくれた。

不安に心を蝕まれる中、明確な役割を持つことでそれを緩和させる事が出来たようだ。


「あ、あの、兎相手にそこまで警戒が必要とは思えないのですが……」


「ライオンと戦うつもりでやれ」


シンは、装飾の施された剣を両手で抱え、少し強い言い方で返すとすごすごと下がって言った。

くたびれた顔つきのただのおっさんにしか見えないな。茶髪に無地の白シャツにベージュのズボンとは、特徴らしい特徴がない。


こういうやつの名前を覚えるのは、あまり得意じゃないからさっきのウィンドウは助かった。

何はともあれ、言うことを聞くならまだ使い道はある。


「おい、農民。貴様のその剣と私のこのありがたい鎌・・・・・・を取り替えろ。貴様、鎌は使い慣れているのだろう?」


――アイツッ!余計な事を。


止めに入ろうとしたが、それより先にシンが前に出て、


「いいですよ。仰る通り、そちらの方が使い慣れているので。剣はどうにも扱いがわからなくて困ってたんです」


――なんだと!? なら俺がこんぼうと取りかえれば良かったじゃないか! クソッ、これは俺のミスだ。


ヘラヘラと笑いながら剣を差し出すと、アルグはそれを受け取り、持っていたボロい鎌を投げ捨てた。



「中々物分りがいいじゃ――ッ」


ニヤついた顔でシンから剣を受け取った瞬間、突如アルグの背中から鮮血が舞った。


「イヤァァァッ! ち、血が……な、何が起こってるんですかッ!」


アルグはうめき声を上げ、片膝を着く。背中を伝う血液が小さな血溜まりを作る。

それを見たリリアは甲高い悲鳴をあげ、頭を抱えて座り込む。


「――きやがったか」


俺は敵を確認すべく、首を動かし周囲を警戒する。

しかし、そんな事をする必要はなかった。


なぜなら――。


「おいおい、いくら何でも数が多すぎるだろ」


どこからともなく出現する角兎の大群はその禍々しい赤眼を光らせ、こちらを見つめていた。

その数は10や20所では無い。100、いや200は居るだろう。


白い体毛に鋭くとがった黄色い角をもつモンスター、角兎。

気付けば辺り1面コイツらのせいで、雪原のような風景になっていた。


「な、なんだ……一体何が……お、おいなんだこの獣共はッ! く、来るなッ! 来るなァァァァッ」


――チッ、あいつはもうダメだ。何の役にも立ってないじゃないか。


角兎の大群は負傷して膝を着いているアルグに照準を定めたのか、一斉に飛びかかる。

アルグは叫びながらその剣を振り回し、何体かの角兎を斬り裂くが焼け石に水。

次から次へと襲い来る大群を前に、余りにも無力だった。


【R4アルグ・カスティエルの体力が0になりました。パーティから離脱します】


アルグはダンジョン中に、その悲痛な叫びを響かせながら絶命した。


アルグは肥えた身体を無限に貪られたせいで、この短時間で既に顔すら原型を留めていない。

当然、身体のほうもおびただしい血が流れ引きずり出された臓物や、肉を喰われ顔を出した骨が見えかくれしている。


関節は不自然に折れ曲がり、小さい頃に壊した人形を思い出させた。

眼球は目元から飛び出し、頬の肉は削がれ口内を覗けるほどになっている。


そして最後には、赤にまみれた剣だけがのこっていた。

白かった角兎はアルグの血で体を染めあげ、血液よりも鮮やかな赤色の眼球は次の獲物を求めギョロりと動き、俺と視線が交差した。


リリアとシンは後ずさり、完全に恐怖に呑まれてしまっている。

俺とて怖くない訳では無い。それよりも、アルグには悪いがああいう風になるのだけはごめんだ。


「――ボサっとしてんじゃねぇッ! 餌になりたくねぇなら言うことを聞け! いいか、まともにやり合っても無駄だ。俺とお前で前衛をしながら後退して、どこか背を埋められるところを探す。リリアは自衛しながら魔法を温存。いいなッ!」


「はいッ」


俺の指示で我に返ったのか、指示通りに行動し始める。

俺は襲い来る角兎をこんぼうで叩き潰しながら、徐々に距離をとる。

しかし多すぎる数の全てを捌くことは出来ず、溢れた角兎が一匹後方へ走り抜けた――


「――リリアッ!」


一瞬の隙を見て振り返ると、既に角兎は血飛沫を上げて肉塊と成り果てていた。

返り血を全身に浴びたリリアは、怯むことなくこちらに「大丈夫」という意味を込めた頷きを見せた。


一瞬の視界で確認できたのは、あいつの武器。


メイス、とでもいうのだろうか。鉄の棒の先端が大きく球体となっており、その球体には無数の鉄の棘がある。


――明らかにこんぼうの上位互換じゃねえか。


殺傷能力は言うまでもなく、女の腕力でも一撃で殺せるのはかなり助かるな。


「た、たすけてッ」


角兎を捌きながら、隣に目をやるとシンは鎌で応戦しながらも所々に負傷していた。


俺は右手のこんぼうを攻撃用に、左手のこんぼうを盾代わりにしながらシンを救助するため距離を縮める。


手の届く距離になり、背中合わせで互いをカバーし合う。


「――いいぞ、このまましのげればクリアだ。もう時間は半分は……」


【残り200秒】


――嘘だろ。こんなにも……こんなにも長いのかッ!


俺の体感速度では優に200秒は経過していると思っていたが、まだ時間は半分も進んでいなかった。


俺も徐々に角兎の勢いにおされ、数カ所が食いちぎられている。

痛みは無い、そんな事を気にしている場合では無い。


「――こいつを回復してくれッ!」


それよりシンだ。もう既に瀕死で、必死に耐えていたが今にも力尽きそうな表情をしていた。

俺自身回復は欲しいが、こいつが死ねばそれはイコール俺の死だ。


俺はまだ多少もつ。ならこいつを優先するべきだ。


「はいッ! 」


リリアは少し離れた距離から【ヒール】を唱る。

すると、シンの身体は緑色の光に包まれ徐々に出血が収まり、傷口がふさがっていく。


「あ、ありがとう! これならまだやれる」


魔法を施され持ち直したシンは、力の限り鎌を振るい次々と角兎を切り裂いていく。


「らあああぁぁぁ――ッ!」


俺も負けじとこんぼうで角兎を叩き潰し、肉塊を量産していく。

1匹の角兎が捨て身の突進。左手のこんぼうで突進を受けた瞬間、それはおこった。


【R1こんぼうの耐久値が限界を迎えました】


「――は?」


何を、言っているんだ? 耐久値が限界? さっき拾ったばっかじゃ……まさか、ゴブリン戦で荒い使い方をしたほうか!


マズイ、こんぼう2本でなんとか耐え忍んでいたのに、そのバランスが崩れたら……俺は――死ぬ。


よりによって左手、いままさに防御しているこんぼうが、砕け散った。

俺の左腕には角兎を防ぐ術を失われ、無防備となり――。


視界の左側が赤く染まる。

激痛が稲妻のように走り、身体の左側が急に軽くなり、バランスを崩してしまった。


尻もちをつき、左腕をみると手首から先は無く、その代わり鮮血が滝を作っていた。

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