5話 最善の一手
「が、あァァァァッ」
異次元の激痛が俺の脳を直接殴りつけた。
感情を痛みに支配され、限界まで歯を食いしばる。
ギリギリと歯が擦れる音がするが、こうでもしていないとのたうち回りそうだった。
嫌な汗が全身から吹き出るのを感じる。
――くそッ。こんな所で死んでたまるか。
俺は痛みを誤魔化すようにこんぼうを振り回した。
「クロードさんッ!」
リリアは直ぐさま俺に回復魔法をかけたようで、緑色の光が俺を包む。
しかし、これ程の重症ともなると完治することはなく、多少流血がおさまった程度だった。
多少だが痛みもおさまった。だが、これは想像以上にマズイ。このままだとこいつらに押し切られる。
――何か、何か打開策はないのか。
シンと背中合わせで戦う中、視界の端で光が反射するのを見た。
「あれは――剣かッ! シン、どうにかあそこまで移動するぞ!」
「や、やってみます」
俺達は後退していた軌道から、円を描くように徐々に切り替えアルグが死んだ場所を目指す。
途中リリアの悲鳴が聞こえたが、後衛という事もありなんとか持ち直したようだ。
3人とも既に体力は尽きかけている。回復魔法を使わない事から推測するに、リリアのMPも枯渇していると考えるのが妥当だろう。
ヤバすぎる状況だ。早くあの剣を装備しないと3人ともアルグの二の舞になってしまう。
「――クッ」
弾丸の如く迫り来る角兎の1匹が、俺の肩に噛み付いた。
瞬時に振り払い叩き潰す。
剣まであと数メートル。
俺は一か八か背中合わせの隊形を崩し、こんぼうを群がる角兎に投げつけ走りだした。
――頼む、届いてくれッ。
天に祈るような気持ちで全力で跳躍――。
【R5復讐者の剣(攻撃力+20速度+3)】
祈りが届いたのか、右手はギリギリのところで柄を掴むことに成功。
ずっこける形でなんとか剣をとったが、それを真似するように角兎も飛びかかってくる。
振り向きざまに横薙ぎ一閃でそれを斬り殺し、転がりながら距離を取り体制を整える。
「半端ない切れ味だ。それに速度補正はかなり助かる」
ほんの少しだけ身体が軽くなったような感覚があり、先程まで苦戦していた状況が幾らかマシになった。
【残り150秒】
――この復讐者の剣のおかげで、何とか乗り切れそうだな。
【経験値ブーストが発動します。モンスター、角兎の出現率が上昇します】
「なん、だと?」
――俺は忘れていた。『seek the crown』では確かに経験値特化ダンジョンの後半、モンスターの出現率が上昇し、より多くの経験値が獲得できる仕様がある。その上昇率は350パーセント。運良く経験値ブーストが発動されれば通常の数倍の経験値が稼げる事になり、プレイヤーの間では好評だった。
ただし、それは毎回起こるものではなく、
「――たったの5パーセントだぞッ!クソゲーが、なんでこんなタイミングで」
言うや否や、目に見えて角兎の数が増殖する。
その数は倍以上に膨れ上がり、現状の俺達のステータスでは太刀打ちできるものでは無い。
「2人とも逃げろッ!」
「に、逃げるってどこに!」
「いいからとにかく走れッ! とてもじゃねぇが耐えきれねぇぞ。死にたくなかったら死ぬ気で走れ!」
俺とシンは近くにいたということもあり、協力しながらリリアの元へと走る。
徐々に体力が減っていくのがわかる。腕1本をうしなった時、体感だが半分ほどは減っだろう。
回復してもらったとはいえ、あれからダメージはさらに増えている。
そしてそこから追い打ちをかけるように経験値ブースト。考えうる限り、最悪の状況だ。どう打開すればいいのかわからない。
「ごめんなさい、もう回復魔法は使えません」
俺達が後衛のリリアに追いつくと、リリアは並走しながらそんなことを言ってきた。
どちらかと言えばコイツはかなりよくやっている。
回復もそうだが、後衛職の癖に度々シンのヘルプにまわり角兎を叩き潰していた。
そうでもしないとレアリティ最底辺のシンは、ここまで持たなかっただろう。
「わかってる、無駄口叩く暇があったら足を動かせ」
ふと、並走していたシンの姿が視界から消えた。
振り返ると、シンは木の根につまづき転倒していた。
「あ、ま、まってくれ……お、置いていかないでくれッ!」
「シンさん!」
パニックになり上手く足が抜けないのか、木の根から足を抜こうともがいていたが、そのすぐ後ろには角兎の大群が近づいてきていた。
今足を止めてシンを助ける余裕などある訳が無い。
ただでさえいっぱいいっぱいなのに、経験値ブーストのせいで最早手に終える数じゃなくなっている。
転んだのはシンの不注意であり、運が悪かっただけだ。
俺とリリアになんら非はない。助ける義理も義務も何一つありはしない。
俺達が生き延びる最前の手はただ1つ。このまま逃げることだ。
だからって――。
「置いてける訳ねぇだろうがッ!」
「クロードさん!?」
「お前はそのまま走れッ!後でアイツと追いつく」
それだけ言い残し俺は方向を急転換し、シンの救出に向かう。我ながら馬鹿な選択をした。
全力で走っていたため方向転換の際に、脚に相当な負荷がかったが、そんなことはどうでもいい。
角兎と俺。シンまでの距離は互いに同じだ。
モタモタしていたらミイラ取りがミイラになっちまう。
「――捕まれッ!」
復讐者の剣で木の根を切断し、左腕を伸ばした。
シンが必死の形相で俺の手首を掴むと、無理矢理引き上げる。
左手が食いちぎられているせいで、掴まれた箇所から血が吹き出し再び激痛がはしる。
【残り100秒】
――まだ100秒もあるのかッ。
「あ、ありがとうございます」
「いいから走れッ!次はないぞ!」
コンマ数センチの距離に角兎。1秒の遅れが命に関わる。
「くたばれ兎共ッ」
俺は旋回して先頭の角兎を斬り裂く。肉を断つ感覚にはもう慣れてしまって何も感じなくなってきた。
真っ二つに切り裂かれ、宙を舞う半身の間から次の角兎が俺目掛けて跳躍。
振り抜いた剣は瞬間的に戻すことは出来ない。
――これは、受けるしかねえッ。
既に負傷した左腕を突き出し致命傷を避けようとするが――。
「どいてッ!」
次の瞬間、その角兎は血液をぶちまけ鈍い音と共に地面に叩き付けられた。
リリアだ。コイツは俺がシンを助ける為に、引き返したその直後、俺を追ってきたのだろう。
コイツが居なければもしかしたら今ので終わっていたかもしれない。
「すまない、助かった!」
リリアは満足気に笑みを浮かべ、
「無駄口叩く暇があったら脚を動かせ、でしたよね」
――こいつ。生意気にもさっきの俺のセリフをそっくりそのまま返しやがった。
だが命拾いしたのは事実だ。その命を繋ぐためにも必死になって逃げ込める場所を探すと、右斜め前の方向に丁度いい段差の岩が連なり、その先には大木がどっしり構えていた。
見る限り、比較的手の届きそうな距離に太い枝が伸びている。
なんとかあそこに飛び乗れれば、時間いっぱいはやり過ごせるかもしれない。
多少危険な賭けではあるが、このまま走っていてもスタミナ切れで追いつかれるのは明白。
「あそこの大木に逃げろッ! 協力して枝まで登れば助かるかもしれねぇ」
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