2話 ERRORエラーえらー
ゴブリンを倒した俺は、無事メイン舞台となるメルシア王国内の『支援施設』に召喚された。
『seek the crown』は、基本的には放置ゲームなためログアウト状態中やダンジョンに入っていない状態に待機するのが『支援施設』だ。
見たところ始めたばかりだからか『トレーニングルーム』と『宿舎』以外には解放されていないようだ。
【クエストクリアおめでとうございます。『お前のすね毛』様に初クリア特典として10連ガチャチケット、初心者装備セット、身代わりの人形×1、経験の書・低級×10をプレゼントします】
【まずはさっそくガチャを回してみましょう!】
ウィンドウが表示され、恒例の如く勝手に話が進んでいく。
このウィンドウといいさっきのステータスと言い、まんま『seek the crown』だな。
【10連ガチャチケットを使用しますか?YES/NO】
そしてYESが選択され眩い光が溢れ視界が眩み――。
俺の前には男が6人、女が3人呆けた顔で突っ立っていた。
そして残りの1枠は先程手に入れたのとは少し違う、経験値の書・中級。キャラガチャでも稀にこのようにアイテムが選択されることがある。
全員が全員状況を呑み込めていないようで「ここはどこだ」とか「なんで私が」とか愚痴とも取れる独り言を呟き始める。
そうして会話と呼べる代物になるまで数分かかり、ようやく自己紹介という初歩的なコミュニケーションを取り始める。
「――つまりだが、全員ここに来た理由はわからない、という事でいいな。俺はカインズ・シュテイン、剣闘士だ。何かは分からないが、手の甲にR8と書いてある」
目つきの悪い赤髪の男が言った。
円を作るように並んでいたせいか、自然と時計回りに自己紹介が始まる。
カインズは剣闘士と言うだけあり、筋骨隆々でいいガタイをしている。身長も、俺と変わらず180程か。
それより、1番重要なのはR8の高レアリティキャラクターであることだ。R8なんて滅多におめに掛かれるキャラじゃない。この中では間違いなく1番高いだろう。
「私はリリアです、治癒士です。あっ、私の手にも……R4と書いてあります」
治癒士と言うが、見た目はまんま聖女だ。教会にでも属して居たのか、四角い帽子に十字架のマークがある。
金髪で華奢だが、使えそうだ。ついでに顔も悪くない。
R4なら俺と同じか。最低ランクじゃないだけまだマシだな。
「ぼ、ぼぼくは……R3です。ああっ!じゃ、なくって……ハイツです。え、えっと……作家、です。僕もなんでここに居るのか……」
ハイツと名乗る若い男はくたびれた丸眼鏡をかけ、目立つ銀髪はボサボサで手入れすらしていない。
こいつはダメだ。線も細くて気も小さい。筋肉も何も無いし、オマケに戦闘職じゃねえ。
R3の最低ランクとは皆こんなもんなのだろうか。
次は俺の番、か。ここは無難に言っとくか――。
「俺はクロード・ラングマン。元傭兵ですが今は無職です。ここに来た理由はわかりません。数字は4です」
嘘は着いていない。本当にここに来た理由はわからないんだからな。
因みに、クロード・ラングマンと言うのは『seek the crown 』における初期キャラだ。どういう事か、俺の意識はいまそのキャラに紐付けされているらしい。
◇◇◇
一通り自己紹介が終わり、それぞれが意味の無い憶測を語り始めた。
「もしかしたら神様に連れてこられたんじゃ……」
「いや、それはさすがにないだろう」
「じゃあ一体ここはどこで、私たちは何のために集められたのッ」
こいつらは何も分かっちゃいない。当然と言えば当然か。俺だって未だに信じられない。
『はいはーい、雑談タイムはそこまでにして準備してねー!』
突然、今のこの場にいる10人以外の声が辺りに響いた。
「な、なんだこいつッ」
アルグ、と名乗っていた見るからに性格の悪そうな自称貴族で小太りの男が叫んだ。
俺含め、その他全員の視線が一斉にアルグに集まる。
いや、正確にはアルグの頭の上だ。
どこから現れたのか、そこにはゲーム等でお馴染みの妖精らしき奴がフワフワと浮いているのではないか。
全身緑色の服を着て、頭に葉っぱのようなものが生えている辺り、森の妖精かなんかか? 中性的な声と顔立ちのせいで性別もいまいちよく分からない。
公式にもコイツの詳細は記されていなく謎が多い。
『こいつとは失礼だね!僕はアルタート。この世界ニフェルタリアの管理を任せれてるものだよ。――分かりやすく君たち風に言うとカ・ミ・サ・マ! みたいなものかな!』
アルタートは1字1字区切り、ワザと強調するように俺達に言った。
――こいつが出てきたってことは、この後は……。
「か、神様だぁ!? お前みたいなチビがそんな訳ねえだろうが! バカにすんじゃねえ!」
名前すら覚えていないモブがアルタートに噛み付いている。訳の分からない場所に急に連れてこられてストレスが溜まるのも分かるが、そいつに言った所で何も変わらない。
顔に血管が浮きでるほどキャンキャン喚いているが肝心のアルタートは、一切気にしていない様子で俺達の頭上を笑いながら飛び回っている。
そして俺の肩に止まり、俺にしか聞こえない程小さな声で『君に決めた!』と囁き、今度は喚いていたモブの頭上でピタリと止まり――。
『君は煩いから元の世界へ返してあげるねっ!さあ、僕の手に触れて』
――元の世界に返す? こいつにそんな事出来るわけがない。
「おお神様!ありがとう。さっさとやってくれ」
さっきまでチビだなんだと言っていたくせに調子の良い奴だ。
モブは手のひらを返したように急に笑顔になり、なんの躊躇いもなく差し出された小さな手を握る。
そしてアルタートはニヤリと笑い――。
『ばいばーい!』
するとソイツの一瞬身体がブレたように見え、消えた。
文字通り消えた。何を言っているのか分からないと思うが、見ていた俺ですらこの現象はわからない。
「ほ、本当に元の世界へ帰れるのか!?」
「お、俺も!俺も帰してくれッ」
モブ共が口々に言うが、こいつらは警戒心というものが欠落している。
元いた場所に帰った保証等何一つないというのに、愚かな連中だ。
「あ、あの……」
アルタートに群がるモブ共を呆れた目で見ていると、先程リリアと名乗っていた女が話しかけてきた。
「なんだ?」
「貴方は、なんでそんなに落ち着いているのですか? 何か知ってるように見えてしまって……」
中々周りを見ているやつだ。だが、まだ打ち明ける訳にはいかない。
「いや、俺もなにがなんだか――」
言い終わる前にピコン、と間の抜けた音が響いた。
そして、空中に文字が浮かびそこにはこう書いてあった。
【R3ケンをR4クロード・ラングマンに合成しますか?YES/NO】
全員がそれに注目される中、選択された答えはYESだった。
クロード・ラングマン。つまり合成先は俺自身だった。何をされるか分からないが文面から読み取るに素材では無いだけまだ安心できる。
YESが選択されたと同時にアルタートが俺の手を握り――。
『君は見所ありそうだから、がんばってね!』
【合成成功!】
【R3ケンの魂がR4クロード・ラングマンの魂に吸収されました】
【経験値10獲得】
可哀想だが、ケンとやらは俺に吸収されたらしい。
獲得した経験値ではレベルは上がらずに、結果だけ見れば1人人数が減っただけだ。
これからの出来事を想定すると、下策極まりないな……。
『はい! ケンちゃんは無事還れました! そろそろダンジョン攻略をはじめようねー!』
明るく元気に言ったアルタートだが、周囲の者の顔は恐怖で引きつっていた。
それもそうだろう。元の世界へ帰ったと思っていた人間が、実は消滅していたのだから。
周りの人間が腰を抜かし、慌てふためき叫び声をあげる中俺はある事を思い出してしまった。
仮定の話だが、ここが『seek the crown』の世界でアカウントが俺の物であるならば、非常に不味い。
と言うのも、このアカウントを直ぐに消した記憶がある。
ふざけた名前にしたが、名前の変更ができないと知り、始めたてというのも手伝いアンインストールしたはずだ。その後別の端末で再度インストールし、そこからは課金の嵐だった。
そしてその最初のアカウントを消したのは確か、ガチャを回して合成が終わったあと。つまり――、
「――今、か」
【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】
――やっぱり来たかッ!マズイ。マズイマズイマズイマズイマズイ。これは確実に最初のアカウントだ。アンインストールしたらどうなる? 死ぬのか? 戻れるのか? 分からない。最悪この世界ごと消える可能性ある。ヤバすぎる。
「なにこの音ッ!」
「次から次へと一体なんなんだ!」
「エラー?エラーってなんだ?」
1つだけだったウィンドウとは別に、赤く光る【ERROR】のウィンドウが無数に表示され、視界を埋めつくしサイレンのような音が爆音で鳴り響く。
『あちゃー。これは予想外。だけど、仕方ないよねぇ』
各々がパニックに陥る中、アルタートただ一人が不敵な笑みを浮かべているのが見えた。
そしていつの間にか新しいウィンドウが表示されていて、それを見て俺はゴブリン戦以上の絶望的状況であることを悟った。
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