第1章

1話 命のやり取り

まえがき


この話のみ少し長めです

――――――――――――――――――――



『seek the crown』それは今年2030年になってから世界的大流行を起こしたスマホゲーム。


簡単に説明すると、99階層のダンジョンを攻略することを目的としたダンジョン系RPG。

今となっては日本でも大流行し、若年層を中心に幅広い世代でプレイされている『seek the crown』だが、それを創ったのが三宅悟と言う一人の日本人と言うのだから驚きだ。


本人曰く、10年の歳月を掛けて開発したらしくその根性は素直に賞賛に値する。


話が逸れたがこのゲームは、従来のキャラステータスだよりのRPGとは違い、プレイヤーの頭脳――すなわち戦略や戦術がかなり重要だ。


定番は高レアリティのキャラをゲーム内の鍛冶場で生産された武具や、トレーニングルームを設立し地道にステータスアップをさせてダンジョンに挑むというのが鉄板。

勿論運営は金にがめついのでキャラガチャの他にも、武器ガチャなど多数のガチャが用意されている。


レアリティはR1から最大R10まであるが、キャラクターの最低レア度はR3。

武具などはR1からとなり、R1はこんぼうなどお粗末な物で大した性能は無い。

このアプリは高レアリティの排出率が良心的で最高レア度のR10でも0,5パーセント程ある。まあ同レアリティを重ねて進化させないといけないことを考えると鬼のような仕様だが。


他にも重要な役割もあるのだが説明するとキリがないので割愛する。


そしてその『seek the crown』に生活費の殆どを費やして俺はプレイしている。

最近は食事もカップ麺ばかりで飽きてきたが、強くなるには仕方の無い事と割り切っている。

総課金額は貯金全てと消費者金融など合わせて一年で500万は超えている。いわゆる超ガチ勢だ。


朝から晩まで会社でこき使われ、そのストレスを発散するために睡眠以外の時間はほぼ『seek the crown』をプレイしている。

時間限定イベントなどは労働時間中でもトイレに駆け込み必ず参加する程、俺はこのアプリにどっぷりだった。

人がご飯を食べるのと同じで、なくてはならない時間であり、日課だ。


時刻は正午きっかり。このタイミングを俺は数時間待っていた。

なぜなら『seek the crown』のメンテが終わる時刻だからだ。新イベントの告知や課金要素など早急にチェックして、他プレイヤーと差をつけなければならない。


スマホを開きアプリを連打。

聞きなれた音楽とともに『seek the crown』の文字が表記され無事アプリは起動。


右上にある告知欄に赤い点が表記されていて、それを押すと――。


「神域ダンジョン? 新レアリティR11キャラのピースを集めろ? まじかよまた課金しなきゃいけねぇのか」


本当、とんだクソゲーだ。

因みにこのアプリの鬼畜仕様として有名なのが、キャラクター死亡時のペナルティだ。


キャラクターは一度死亡すると、最低レアリティまで下がり、ステータスも初期状態。そして装備品も全て失うと言った糞仕様。つまり、合成枠として残るだけだ。

そのため多くのプレイヤーは新イベントの時は3軍、4軍といったサブのサブを集めたパーティに特攻させ情報を得る。

勿論俺もその方法を採用していて、カスキャラを含めると15軍まで生贄を用意している。


そして厄介なのが戦闘は完全にオートプレイ、という事だ。

手動で操作できないため、情報収集をして適正があるキャラでパーティを組む必要がある。


「とりあえず、最速で神域ダンジョンをクリアしてレコード入りしてやる」


俺はレコードホルダーとして名を馳せたいがため、最弱パーティで神域ダンジョンに挑む事にした。


「行ってこい、偵察隊。お前らの犠牲は忘れないぜ」


画面をタップしダンジョンに侵入。

すると、その瞬間大きく【ERROR】の文字。


「は? なんだこれ。メンテしっかりやれよな」


苛立ち、意味もなく画面を親指で連打する。

【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】

【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】


【告知】パーティ『会社の馬鹿ども』が全滅しました。


「おいおい、エラーで全滅ってどういう事だよ。『会社の馬鹿ども』だって雑魚だがそれなりに育てたんだ。これはマジでクレーム案件だな」


エラーの苛立ちより、手塩をかけて育てたパーティが何の役にも立たずに全滅してしまった事がかなりショックだった。

因みにだがパーティ名は、どうせ死にゆく奴らだからこういう名前にすると気分が晴れるから命名してやった。

だから文字だけを見るならば気持ちがいい。


暫くフリーズした後に画面が切り替わる。

【神域ダンジョンのボスが貴方を待っています。再び挑戦しますか? YES/NO】


「――まさか、こういう仕様? 勿論答えは、イエスだ。直ぐに倒してやるから覚悟しとけよ」


躊躇うことなく再挑戦をタップすると、アプリが落ちたのか画面が暗転し――。


「――なんだ!? 停電か? こんな時、ふざけんなよ。アプリも落ちるしろくな事ねぇ……な……?」


ほぼ同時に視界も暗転した。

言ってみて気付いたが、これは多分停電ではない。

握っていたスマホの感触も、寝ていたはずのベッドの感触も、発した声の音響も何も感じないのだ。


「な、なんだッ! 何が起こってやがる」


暫くのあいだ俺は暗闇の世界に抗うように叫んだりしていたが、やがて無駄だと気づきやめた。

身体が水の中で浮かんでいるような感覚に、吐き気を覚えながらも何が起きているのか必死に考えた。


俺は家で寝っ転がりながら『seek the crown』をしてただけで、他に何もしてない。誘拐なんて事もないだろうし、ここは一体どこなんだろう。


答えは出ないまま時間だけが過ぎていった。


するとピコン、と聞きなれた音とともに目の前に文字が表示された。


【アカウントを作成します。】

【名前を入力してください。※2文字以上10文字以内】


――おい、なんだこれ。まるでアプリの開始画面みたいじゃねえか。


目の前に浮かんだ文字列は、ゲームをした事がある者なら見たことがあるような、ありきたりな言葉だった。


【名前を入力してください。※2文字以上10文字以内】


【お前――】


――なんだ? 名前が入力されていく。


とりあえず変化があるには超したことはないので、俺はただ馬鹿みたいにその表示を見ているだけだった。


【お前のすね毛】


――おいまて、この名前は俺の最初のアカウント名じゃねえか!


【確定しますか? YES/NO】


【YES】


【『seek the crown』へようこそ、『お前のすね毛』様。】


目の前の文字を理解した途端俺の脳は完全にフリーズした。

何故か? 『seek the crown』は俺がプレイしてたゲームで、この名前は俺が使っていた名前だ。間違うはずがない。


――訳が分からない。


【チュートリアルを開始します。クリアすると報酬をゲットできます。頑張ってください】


【メルシア王国にダンジョンが発生しました。】


メルシア王国。それはアプリの序盤で登場する国の名前だ。


【ダンジョンは放置するとモンスターが溢れ出てしまいます。このままだとメルシア王国は滅んでしまいます。メルシア王は攻略した者の願いをなんでも叶えると言っています】


――これも見覚えがある。


【『お前のすね毛』様! メルシア王国を救うためダンジョンを攻略しましょう】


――馬鹿馬鹿しい。最近ろくに寝てなかったから夢でも見てんだろうな。


【チュートリアルクエスト。《クエスト.ダンジョン一階層でゴブリンを討伐しろ!》】


――夢、にしては随分忠実だな。


そして何が何だか分からないうちに、視界が切り替わった。

石造りの殺風景な洞窟のような場所。

壁には等間隔に松明が設置され、火が灯っている。そのため洞窟内でも視界は良好だった。


「おいおい、再現度高すぎるだろこれは。ウィンドウまでまんまじゃねぇか」


チュートリアルクエストの表示されたウィンドウを指で触ろうとするも、やはり触れられない。

自分の指がすり抜ける感覚は中々新しく、何回か同じことを繰り返して遊んでいた。


それにどうやら俺は、初期キャラのR4クロード・ラングマンの立ち位置らしい。

クロードは目にかかるほどの黒髪に切れ長の目。身長はそこそこ高く180程だろうか。

元傭兵という設定だった気がする。それに中々イケメンだ。


このキャラはチュートリアル以外にまともに使った記憶がない。初期キャラという設定だからか、レアリティ、レベル共にカンストさせたステータスが全キャラの中で1番低いからだ。

R4の癖にR3にすらステータスで劣る、最弱のキャラクターだ。


「ははっ、ゲームやりすぎてこんなリアルな夢見るなんて終わってんな俺」


こうして自分に夢だと言い聞かせるのが、精神衛生上1番楽だった。

そうでもしないと今のこの現状を説明出来ない。


そうしている内にウィンドウの文字が切り替わる。


【ダンジョンには宝箱が存在します。探してみましょう!】


「あー、なんか懐かしいな」


今では1階層の記憶などほとんどないが、なんだか少しづつ思い出してきた。


「この一階層は確か、1本の通路で宝箱の先にフロアボスのゴブリンがいたきがする。とりあえずクリアしてみるか」


ここに居ても何も始まらないので、チュートリアルをクリアすることにした俺は、1本道を足早に進んだ。


ふと、気になって後ろを振り返ってみると、ただの行き止まりで冷たい石製の壁がこちらを見ていた。猿でもフロアボスにたどり着ける仕組みになっているのがよく分かる。まあチュートリアルだしな。


少し進むと、木製の古びた宝箱が道のど真ん中に置いてあるのを発見。

汚らしいのであまり触れたくはなかったがクリアするためには必須なので、それを開けると――。


【R1こんぼう(攻撃力+3)】


「こんぼう、か」


中にはこれまた木製の、こんぼうが入っていた。

素手で戦う訳にも行かないので右手で『こんぼう』を持つと、思っていたより重量がある。


――これで殴られれば下手すると致命傷だな。


こんぼうを装備した俺は、本当に『seek the crown』の世界に入ったみたいで段々楽しく感じるようになってきた。


意気揚々と先へ進むと、そこには見慣れたモンスター、ゴブリンがこちらを見ていた。


【ゴブリンLv1】

ウィンドウが現れゴブリンの情報を提供してくれる。

画面とは違い、夢だが目の前で見ると思った以上に気持ちが悪い。

あの緑色の肌も、垂れ流しの唾液も、大きく醜悪な目も、汚らしく伸びきった爪も何もかもが俺に嫌悪感を抱かせる。オマケに刃こぼれしているがショートソードを持っている。


「なにも、こいつまでリアルにしなくても……」


自分の脳に愚痴をこぼしていると、いきなりゴブリンが奇声を上げながらこちらへ飛びかかってくる。

咄嗟のことで反応が遅れた俺は、反射的に目を瞑りこんぼうを盾の代わりに突き出す。


木製のこんぼうに何かがめり込んだ嫌な音と、それに伴いかなりの衝撃が俺を襲う。

思わず片膝をついたがなんとか耐え切り、目を開けると――。


「お、おいまてッ……まてって……」


目の前にはこんぼうにめりこむショートソードと、唾液を散らしながら俺を睨む醜悪なゴブリンがいた。


「夢なんだろッ!? 攻撃すんなよ! 」


嘆いた所でゴブリンは力を緩めない。

生臭い口臭が鼻をつく。

明確な殺意が感じ取れる。


「――おおおぉぉぉぉッ!」


俺は全力でゴブリンを押し返し、咄嗟に腹部を蹴ることで距離をとる。

ゴブリンは蹴られた衝撃でひっくり返り、痛み故か奇声を上げてのたうち回る。


そして俺はこのリアリティ溢れる夢の中、恐怖心に耐えられなくなり敵であるゴブリンに背を向け、情けなくも来た道を全力で走った。


逃げた出してしまったのだ。訳の分からない叫び声を上げながらダンジョンを疾走する様は、はたから見たらそれは無様な光景だろう。でも、


「はぁ……はぁ……あ、あんなの俺にどうしろってんだ」


誰に言うでもなく愚痴をこぼす。そうでもしないとストレスで爆発してしまいそうだったからだ。


そうこうしているうちに、遂にはスタート地点、つまりは行き止まりへとたどり着いてしまった。


「くそッ!どうすればいい。なぜ夢から覚めない」


本当はわかっているんだ。ただ、今はまだ口には出せない。それはその勇気がないからだ。


壁にもたれ掛かると、ゴブリンがゆっくり歩いてくるのが見えた。休む暇は与えてくれ無さそうだ。

小柄な成人男性程のゴブリンは、俺が逃げ出した事で調子に乗ったのか、「げげげ」と汚らしい笑い声のようなものを上げながら徐々にその距離を詰めてくる。


「ど、どうする……もう逃げれない。や、やるしかないのか?」


距離にして10メートル程。最早考える時間すらない。

ゴブリンはそこで一度足を止め、首を傾げて俺の様子を伺う。人の気も知らないでヨダレを垂れ流しにしているあたり本当に醜悪なモンスターだ。


「あっちいけッ!いけよッ!いけ――グッ!」


大声を出したからか、それに反応してゴブリンがショートソードを振り回し、奇声を発しながらの突進。

俺はこんぼうを振り回し対抗する。運良くショートソードは弾けたが――。


「――がはっ! ……痛ってぇ」


突進された俺は避けることも出来ずに、諸にそれをくらい吹っ飛び、壁に背中を強打。

強打したことにより、衝撃で一時的に胸腔が圧迫されて上手く呼吸ができない。


――これは、夢……夢なんかじゃないッ!現実だ、訳わかんねぇけど間違いなく現実だ。訳わかんねぇけど、『seek the crown』の世界に入っちまったんだッ!


ゴブリンは嬉しそうにその場でクルクルと回り始める。

既に俺に勝った気でいるのだろうか。


不思議とそんなマヌケなゴブリンを、見ていると頭の奥でふつふつと怒りが込み上げてくる。


――コイツはなんでこんなに楽しそうなんだ? 俺はこんなにも痛い目にあっているのに。それに、なぜこの俺がゴブリンにこうもコケにされている? 考えただけでも腸が煮えくり返ってきた。この……


「――ゴブリン風情が。調子に乗るなよ」


俺は生命線であるこんぼうを構え臨戦態勢に入ると、ゴブリンも既にショートソードを構え、お互いに相手の出方を見る。


気持ちとは裏腹に俺の身体は小刻みに震える。

頭では成すべき事は理解出来ても、身体がついていけていない。

生まれてこの方喧嘩のひとつもした事の無い俺が、命のやり取りなど出来るわけが無い。

しかし、それでもやるしかない。


震える脚を力いっぱい殴りつけ、痛みで冷静さを取り戻す。

漫画で見た光景だが実際にも効果はあるらしく、鈍い痛みのおかげで若干だが恐怖心が紛れた気がした。


――逃げるな。逃げるな。逃げるな。逃げるな。逃げるな。逃げるな。逃げるな。逃げるな。逃げるな。逃げるな。逃げるな。逃げるな。逃げるな。逃げるな。戦えッッッ!


俺は恐怖心を無理矢理抑え込み、鈍痛の走る足で地面を蹴った。

めちゃくちゃな走り方だ。こんぼうが重いと言うのもあるが、やはり精神的にいつも通りでは無いのだろう。


突っ込む俺に対し、ゴブリンも同じく距離を詰めてくる。


「――ああああぁぁぁぁッ!」


俺は雄叫びと共にこんぼうを振り上げる。

ゴブリンは一瞬怯み、ショートソードを頭上で横に向け受け止める姿勢をとる。


俺は何も考えずに、身体の思うがままにこんぼうを振り下ろした。

グシャリ、と肉の潰れる音と金属が転がる高い音が同時に響く。そして振り下ろした右手には、生物の生命を奪う嫌な感触。

こんぼう伝いに肉にめり込み、骨を砕く感触がねっとりと右腕にまとわりつく。


殺した経験などある訳もないが、直感でそれをしたのだと悟った。


パニックに陥った俺は、それこそゴブリンの如く奇声を上げて何度も何度も、動かないゴブリンを肉塊になるまでこんぼうで叩き潰していた。


「絶対に、こんな所では死なねぇ。俺がこのクソゲーにどれだけの金と時間を費やしたか……70階層までの知識は全てある。ランキング2位を舐めんなよ。――必ずダンジョンを踏破してこのクソみたいな世界から抜け出してやるッ!必ずだッ」


クロード・ラングマンとしてではなく、日本人ランカー『馬渕翼』として、誰に向けるでもなく自分自身に誓いを立てた。


まとわりつく嫌な感触はもう無い。

その代わり俺の中で何かが壊れる音がした。


【チュートリアルクエストをクリアしました。経験値10獲得。クロード・ラングマンのがレベルアップ。スキルポイントを5獲得】

【おめでとうございます。オーバーキルにより虐殺者の称号を手に入れました。ステータスがアップします】


【ステータス】

名前:クロード・ラングマン レベル:1→2

職業:無職 疲労:23

称号:虐殺者

攻撃力+5 防御+3


装備:R1こんぼう 攻撃力+3

(耐久値3/10)


HP:28/30→50/50

MP:10/10→ 12/12


攻撃力10→15(+8) 防御力10→13(+3)

魔攻10→11 魔防5→7

速度5→8 回避5→6


スキル 無し

スキルポイント15


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る