4-2 ユイトの推理・ドワーフ共犯説
「以前、こんな事件がありました」
ユイトは過去の例を引くところから推理を語り始めた。
まずは異種族の特徴について理解してもらう必要があったからである。
「ある時、人間の男がドワーフたちを連れて街にやってきました。『街に工房を開きたいから建物を貸してくれ。ドワーフは頑固だし、酒癖も悪いが、とにかく腕が立つ。きっと街のみんなも喜ぶはずだ』と。
人間とドワーフはそれなりに友好的な関係ですし、男の言うことももっともだったので、家主は希望する建物を貸してやることにしました。
「ところが、肝心の店はいつまで経っても開かれません。それどころか、準備を進めている気配すらありませんでした。そうして家主や周囲の人々が不審に思っていると、その内に男とドワーフたちは街から姿を消してしまったんです。
店のことはともかくとして、滞納された家賃だけは回収したいと、家主は僕のところまで相談に来ました。そこでいろいろ調べている内に、僕はこの騒動がもっと大きな事件に繋がっていることに気づいたんです」
幸か不幸か、元いた世界でも同様の手口が使われた事件があった。そのおかげで、ユイトは真相を見抜けたのである。
「ドワーフは鍛冶も得意ですが、採掘も得意です。ですから、借りた建物の床下から穴を掘って、銀行に繋がるトンネルを作るくらいわけのないことでした。そう、男たちの目的は最初から金庫破りをすることだったんです」
元いた世界の事件では、作業量を減らすために、銀行のすぐそばにある建物が利用されていた。だが、この事件では、犯人の男はお構いなしに銀行から遠く離れた建物を借りていた。掘削作業をするのが、それに適性のあるドワーフだったからである。
このように、ドワーフの特徴を利用すれば、離れた地点からでもトンネルを繋いで、目的の場所に侵入することができるのだ。
「……今回も同じことをした、と?」
「その通りです。ドワーフはトンネルを掘って、壁の下を通ってきたんです」
戸惑いから絞り出すように尋ねてくるカルメラに対して、ユイトは淡然と頷いていた。
ただ真相を聞いて驚く一方で、彼女は納得もしているようだった。
「それでヴァンパイアの協力が必要になるわけですか」
「犯行を隠すためには、そのあたりの地面に適当に出口を作るわけにはいかないですからね。ヴァンパイアの家の床下にでも作ったんでしょう」
あるいは、ドワーフが間違った場所に出ないようにするために、ヴァンパイアも国内側からトンネルを掘ったのかもしれない。
そうやって、ドワーフとヴァンパイアが協力することで、国内へ侵入できるルートを作り出したのだ。
以降の展開は、すでに推理した通りである。結界の効かないドワーフが、標的の家に忍び込んで水瓶に毒を仕込んだのだろう。
また、ドワーフがルースヴェインの毒殺に失敗した時には、犯人の正体をミスリードするために、ヴァンパイアが襲撃事件を起こしたのだろう。
ユイトの話を聞いている内に、ドワーフ共犯説を受け入れだしたのか、カルメラはとうとう具体的な質問をし始める。
「その場合、犯人はベルデ・クレーテですか?」
「少なくとも融和派の犯行ではあると思います。国外にろくに出ずに異種族と共犯関係、つまり一種の信頼関係を結ぶというのは考えにくいですから。融和派なら動機もありますしね」
ヴラディウスもルースヴェインも孤立派の議員である。しかも、議会で中心的な役割を担っていた。融和派が本人やその家族を狙う理由としては十分だろう。
「ドワーフ側の動機は何なのでしょうか?」
「ヴァンパイアとドワーフは特に友好的ではないですが、敵対的というほどでもないですよね?」
「没交渉ですからね。せいぜい銀絡みで悪印象がある程度でしょうか」
実際、マイヤは新式の双眼鏡を入手する時、人間を仲介してドワーフから購入したと証言していた。カルメラの言う通り、弱点の銀を採掘したり武器に加工したりできることを警戒しているというくらいで、ドワーフとの関係は良くも悪くもないのだ。
「となると、金で雇われたというのが第一候補ですね」
他にも、過激な融和思想に取りつかれていたとか、共犯のヴァンパイアへの愛情を利用されたとか、想像するだけならいくらでも答えを用意できる。それよりも本人を捕まえて、直接聞き出した方が早いのではないか。
だが、カルメラはまだ動かなかった。ユイトへの質問を続けていたのだ。
「しかし、出口は共犯者の家だとして入り口はどこに?」
「壁のそばではなく、周りの森の方から掘ってきたんだと思います。その分距離は伸びますが、見つかるよりはマシですからね」
「それだと、かなり大規模な作業になりませんか?」
「ですから、森の中を調べてみてください。数日で埋められるような大きさではないでしょうから、まだトンネルが残っているはずです」
「…………」
ここに来て初めて、カルメラは口を閉ざしてしまった。
いくらドワーフが採掘や掘削を得意としているからといって、そこまで長距離のトンネルを誰にも気づかれることなく掘れるのか、疑わしく思っているのだろう。
「反対意見も分かります。しかし、ロレーナ君が犯人だという説に比べれば、僕の推理の方が構図がすっきりしているんじゃないでしょうか」
「……分かりました。トンネルがないか調べさせましょう」
ユイトの理屈に納得したのか、勇者の威光に圧されたのか。カルメラは最終的にはドワーフ共犯説を受け入れたようだった。
「ただし、ロレーナ・タルバートは拘束させていただきます。真相を暴かれるのを恐れて、逃亡することが予想されますから」
ドワーフ共犯説が証明されていない以上、依然としてロレーナ犯人説が真相だという可能性は残っている。そのため、カルメラは二つの説を両取りすることにしたようだ。
この折衷案を聞いて、叛意からロレーナは目をつり上げる。先程憲兵たちに捕えられそうになった時も、彼女は狼に変身しようとしていた。疑惑をかけられるだけならまだしも、具体的な証拠もなしに拘束までされるのは許しがたいようだ。
だが、カルメラの言うことにも一理あるだろう。
「いいですよ。ただし、僕もロレーナ君と同じように扱ってください」
「勇者様をですか?」
「犯人候補という意味では、僕も彼女と同じ立場のはずです。それなら、同じ扱いを受けるのが筋でしょう」
『勇者様だから犯人ではない』という考え方を、カルメラは未だにまったく疑っていないらしい。ユイトの提案に不服そうな顔をする。
しかし、具体的な反論はできなかったようだ。最後には「……承知しました」と引き下がるのだった。
◇◇◇
カルメラたちがトンネルの入り口を捜索する間、二人は憲兵署の空き部屋で拘束されることになった。
逃亡の恐れがないように、部屋の前には監視の人員が配置されている。同様に、窓から逃げ出すのを防ぐために建物の外にも監視がついた。
ただし、部屋の中には、ユイトとロレーナ以外誰もいなかった。また、体には手錠や足枷の類もつけられていない。カルメラは拘束だと言っていたが、実質的には待機というところだろう。
しかし、それでもロレーナは頭を下げてくるのだった。
「申し訳ありません。勇者様を巻き込んでしまって」
「君が謝ることじゃないよ」
今のこの状況はカルメラの推理によるものだった。その推理にしても、唱えるに至ったのは真犯人が事件を起こしたことが原因である。
「ですが、私が不当な扱いを受けないように、あんなことを言い出したのですよね?」
「それだって君のせいじゃないよ」
根本的な原因はやはり真犯人にあるだろう。
それに自分は事件を解決するためにこの国に呼ばれたのだ。だとしたら、いつまで経っても真相を暴けないでいる自分自身のせいだとも言えるのではないか。
ユイトはそう答えたものの、ロレーナの気持ちは変わらないようだった。現在の軟禁状態を自分のせいだと思っているようだ。
だから、彼女は事件を解決することで状況を打開しようとする。
「実際、ドワーフ共犯説はどれくらいありえるのでしょうか?」
「ほぼ0だろうね」
皆の前で一席打って、憲兵たちに証拠の捜索までさせておいて、ユイトはそれをあっさり反故にしていた。
「カルメラさんも言っていた通り、秘密裡にやる作業としては、あまりにも大規模過ぎる。少人数でやれば時間が掛かって見つかる機会が増えるだろうし、大人数でやれば目立ってしまってやっぱり見つかりやすくなる。どちらにしろ、途中で露見する可能性の方が高いんじゃないかな。
「それに金庫破りの例と違って、掘りっぱなしじゃなくて埋め立てもしなくちゃいけない。出口が床下にあるせいで、捜査されたら簡単に犯人が特定されてしまうからね。すると、そこでまた大規模な作業をする必要が出ててくる。
正直言って、作業にかかる手間と発覚しやすさがまったく釣り合ってないと思う。シンプルに人気のないところで殺した方が、よっぽど足がつかないんじゃないかな」
実現性に乏しいことには薄々感づいていたのだろう。ユイトの暴露を聞いても、ロレーナはさほど驚いていなかった。
それどころか、納得がいったくらいのようだった。
「では、あの推理は……」
「うん、ただの時間稼ぎだよ」
ユイトは臆面もなくそう認める。
あのままだとカルメラがロレーナを逮捕しそうだった。だから、適当にそれっぽい説をでっちあげただけだったのだ。
「今の内に真犯人が誰か突き止めよう。あの様子だと、次こそは本当に君が犯人ということにされかねない」
ロレーナが殺人を犯したという具体的な証拠はない。だが、犯行の可能性を否定できるだけの根拠もない。
ドワーフ共犯説が誤りだと判明し、他の仮説も提示されなければ、消去法的にロレーナ犯人説が真相に繰り上げられてもおかしくないだろう。
にもかかわらず、ロレーナは推理に取りかかろうとしなかった。
「……私が犯人だとは思わないんですか?」
「思わないよ」
「どうしてですか? 強引とはいえ、推理に破綻はないように感じましたが」
結界を突破できるのは異種族だけである。また、国内にいる異種族はロレーナとユイトだけである。ユイトの視点から見れば、自身は犯人ではないと分かっているから、必然的にロレーナが怪しいことになる。彼女はそういうことを言いたいのだろう。
しかし、ユイトの意見は違った。
「前に革のバッグの話をしてくれたよね。君が食べて、なくなったことにしたっていう」
「それが何か?」
「あの話、君は食べたところまでは認めたけど、結局自分のバッグを食べたとは一度も言ってないんだよね。だから、真相は友達に相談されて、君が手伝ったってところじゃないかと思って」
「!」
ロレーナは瞠目していた。正解だったらしい。
やはり彼女はバッグ盗難事件の犯人ではなかったのだ。
「だから、今回も君は犯人じゃないんだろうな、っていうのが僕の推理」
「……理屈が飛躍している気がしますけど」
「そもそも理屈じゃないからね」
今まで一緒に過ごしてきた経験から、なんとなくロレーナは犯人ではないと直感していただけだった。バッグ云々の話は正直ほとんど後付けである。
「そんなことより、今は事件の推理をしよう」
「はい!」
ロレーナは奮然とそう答えた。
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