第四章 夜の国の夜明け

4-1 カルメラの推理・ロレーナ犯人説

「ロレーナ・タルバート、貴様をルースヴェイン・ストロングモーン殺害の容疑で逮捕する」


 カルメラはそう宣告した。


 何の予兆もなしに、あまりにも唐突に殺人の容疑をかけられた。その上、逃げられないように、周りを多数の憲兵に囲まれてしまっている。


 しかし、ロレーナが彼女たちに気圧されることはなかった。


「ありえません」


 凛然とした顔つきで、そう言い返したのだった。


「家に張られた結界を無視できるのは異種族だけ。国内にいる異種族は貴様だけ。何がありえないというのだ?」


「第一の事件の時、私は国外にいたんですよ。その時は、どうやって侵入したっていうんですか」


「だから、あくまでもルースヴェイン殺害の容疑だと言っているだろう」


 カルメラはそう繰り返す。その顔には、相手がウェアウルフだという嫌悪と、殺人犯だという侮蔑の色が浮かんでいた。


「ヴラディウス氏の事件は、勇者様の推理通りルースヴェインが行ったのだろう。睡眠薬とロープで被害者を拘束して、時間が来たら毒を飲ませた。それから死亡後に家に運び込んで、あたかも自殺したかのように偽装した。

 しかし、真相を見抜けなかった我々は、勇者様とウェアウルフに捜査の協力を求めた。その結果、任務を任された貴様はあることに気づいた。自分はヴァンパイアではないから結界は無視できる、と」


 異種族が検問を突破できないのは、検問官がチェックを行っているからである。ヴァンパイアの側から招き入れてもらえば問題にならない。また、異種族には家の結界は効果がないため、こちらも問題にならない。それがカルメラの推理のようだった。


「事件の概要については、あらかじめ貴様には教えてあった。もちろん、毒の種類がニンニク類のものだということもだ。だから、用意するのは簡単だったろう。

 ところが毒殺を実行する段階で、貴様は下手を踏んだ。水瓶に毒を混入するところを、ルースヴェインに見つかってしまったのだ。それで貴様はやむなく持っていた銀のナイフを使って、刺殺することにしたのだった……」


 カルメラは自信に満ちた表情で自説を語り終える。


 その瞬間にでも、ロレーナは噛みつくのだった。


「この国に来てから、私はずっと勇者様と一緒にいました」


「寝る時は別の部屋だったろう。犯行時刻もちょうどあの時間帯だ」


「ウェアウルフの私が署を出入りしていたら、憲兵の記憶に残るはずです。目撃者がいるんですか?」


「上手く見られないように行動したか、もしくは部屋の窓から出入りしたのかもしれない。貴様が壁登りが得意なのは証明されているようだからな」


 登攀説の検証実験を引き合いに出して、カルメラはそう再反論した。


 建物の壁を登ったりすれば目立ってしまう――とは言い切れない。犯行が行われた時刻は、日中だったからである。ほとんどのヴァンパイアが眠っている時間帯で、人通りがなくなっていたから、目撃者がいなくてもおかしくないのだ。


「検問では荷物の検査もあるでしょう? 毒や銀のナイフをどうやって持ち込んだんですか?」


「検問官が重視しているのは異種族の排除、つまり荷物に異種族が紛れ込んでいないかどうかだ。毒やナイフを隠し持つことなら可能だろう」


「狼に変身できる私が、わざわざリスクを冒してナイフを持ち込んだと?」


「ナイフを使えば、凶器で犯人を特定されるのを防げるからな」


 爪や牙で殺した場合、死体には特徴的な傷跡が残る。いくらこの世界の検死技術が発達していないとはいえ、凶器が爪か刃物かくらいの判別はつくだろう。ナイフを持ち込むよりも、爪を使う方がリスクが高いのである。


「動機はなんですか? 国外に出たことのないルースヴェイン・ストロングモーンとは何の接点もありませんが」


「ウェアウルフとヴァンパイアの間には対立があるからな。とにかくヴァンパイアを殺せれば、相手は誰でもよかったのだろう」


「それなら真っ先にあなたを殺しています」


 カルメラの推測に、ロレーナは低く冷たい声でそう答えた。


 殺人の容疑をかけられたこの状況では、ただの抗弁や挑発だと言い切ることはできないだろう。怒りと非情さの入り混じった目つきも相まって、今からでもやりかねないという凄味があった。


 この迫力には、日頃から犯罪者を相手にしているはずの憲兵たちでさえたじろいでしまう。カルメラもぴくりと頬を震わせていた。


 だが、カルメラはそれ以上退くことはなかった。


「ルースヴェインは議会の重要人物だから、殺せば国を混乱させられると考えたのかもしれない。あるいは、誰かの指示で殺したという可能性もある」


「誰かとは?」


「他の種族の事件を担当させるには貴様はあまりに若い。いざという時切り捨てられるように、捨て駒として国に選ばれたんじゃないのか?」


「まるで陰謀論ですね」


 国ぐるみで殺人に及んだという話は、あまりに馬鹿馬鹿しく感じられたのだろう。ここまで生真面目に反論してきたロレーナが初めて呆れ顔を浮かべる。


 しかし、それでもカルメラの推理に付き合って、彼女は反論を続けたのだった。


「仮に第一の殺人事件はルースヴェインが、第二の事件は私が犯人だったとしましょう。では、勇者様が襲撃された事件の犯人は一体誰だったというんですか?」


「具体的に誰かまでは分からんが、また別のヴァンパイアだろう。それは今後調べていけばいいことだ」


「殺人犯と襲撃犯がまったくの無関係というのは、偶然が重なり過ぎでしょう。別人説が出た時に、最初にそう否定したのはあなたですよ」


「そうだったな。そして、別人説を唱えたのは貴様自身だ」


 確かに、以前ロレーナは「襲撃犯はヴァンパイアで、殺人犯は異種族」と主張したことがあった。反対に、カルメラは「それは無理がある」と主張していた。


 二人は過去のお互いの主張を引用して、現在のお互いの主張を否定し合っているのである。このままでは議論は完全に平行線だろう。


 そのせいか、ロレーナはとうとう究極的な質問を口にする。


「証拠はあるんですか?」


「ないな。だが、これ以上に辻褄の合う説もないだろう」


「そんな曖昧な。国際問題になりますよ」


「ウェアウルフがヴァンパイアを殺す方がよほど問題だろう」


 ただでさえ、両者の間には対立してきた歴史があるのだ。醸成されたウェアウルフへの嫌厭感情が、これを機会に爆発してもおかしくない。


 その上、被害者は議員で、加害者は国から派遣された憲兵なのである。私人間しじんかんではなく政治上の問題として、ウェアウルフ側はトランシール公国はもちろん、他の国からも批判を浴びることになりかねない。


「……もしかして、それが動機ですか?」


「何?」


「ウェアウルフとの関係で優位に立つために、あなたたちが私を犯人に仕立てようと工作したのでは?」


 今度はロレーナが推理を披露する番になった。


「第一の事件は勇者様が推理した通りです。そして第二の事件は、家族がルースヴェインを殺したのを、国ぐるみで私になすりつけたんです。

 殺人事件の報せを受けたあなたは――いえもっと上の立場の人間でしょうか――とにかく誰かが事件を政治的に利用できることに気づいた。一家に偽証をさせて、犯人が家族以外にいることにすれば、ウェアウルフを犯人に仕立て上げられる、と」


「馬鹿馬鹿しい。それこそ陰謀論だろう」


 カルメラはそう一笑に付した。


 確かに権限を持つ家族なら、結界を無視して刺殺することができる。しかし、家族が疑われる可能性が上がるのにわざわざ家の中で殺す理由は薄いことや、家族関係が良好で動機がないことから、家族犯人説はすでに否定されていた。


 第一、偶然家族が犯行に及んだのを利用したというのは、国家単位の行動にしてはあまりに計画性がなさ過ぎるだろう。真相が表沙汰になった時のリスクの大きさを考えたら、思いつきで実行するようなことではないはずである。ロレーナの説にはかなり無理があると言わざるを得ない。


 とはいえ、カルメラの説も苦しいだろう。襲撃犯の件を偶然で片付けてしまっている上に、具体的な証拠もなかった。本人も認めている通り、ただ辻褄が合っているだけに過ぎない。


 しかし、これ以上議論するつもりはないらしい。カルメラは部下たちに命令を下す。


「捕らえろ」


「はっ」


 抵抗するようなら、容赦しないということだろう。憲兵たちは腰の剣を抜いた。ヴァンパイアだけでなく、ウェアウルフの弱点でもある銀の剣である。


 だが、カルメラの語る推理にも、彼女らの振るう暴力にも、ロレーナは屈する気はないようだった。憲兵たちの包囲網を突き破るため、狼に変身しようとする。


 その時のことだった。


「ちょっといいですか」


 両者の間に、ユイトが割って入ったのだった。


 これまでユイトはずっと二人のやりとりを静観していた。ただそれは、わざわざ口を挟まなくても、いずれ自分に話が回ってくると思っていたからである。


 しかし、どういう訳なのかそうはならなかった。


「そもそもの話なんですけど、国内にいる異種族が犯人だというなら、僕も候補に入るはずでは?」


「勇者様はありえません。勇者様ですから」


 カルメラは躊躇うことなくそう答えた。


 彼女はユイト犯人説を考えなかったのではない。考えた上で、特に根拠もなく否定していたのだ。


「特別扱いもここまでくると嫌になるね」


 ユイトは思わずそうこぼす。


 過度なくらい低姿勢で接してくるのは構わない。実態以上に過大評価されるのも苦笑で流せる。『勇者様』という呼び方にしたって、そう呼びたいなら呼んでもらってもいい。


 けれど、犯罪を見逃すのは間違っているだろう。


 だが、そう言われても、カルメラの態度にはほとんど変化がなかった。


「不快な思いをさせたのなら謝罪します。ですが、まさか勇者様が犯人だと自白されるわけではないでしょう?」


「ええ、もちろん僕は違います。おそらくロレーナ君も」


 ユイトが擁護を口にしたことで、冷静になったらしい。あるいは安堵したのかもしれない。いつでも変身できるようにしていたロレーナが構えを解く。


 一方、カルメラの顔つきは険しいものになっていた。


「他に犯人がいるとおっしゃるのですか?」


「今ちょうどロレーナ君と話していたところなんですけどね。異種族がルースヴェインさんの毒殺に失敗したので、それを誤魔化すためにヴァンパイアが僕を襲撃に来たんじゃないかと。つまり、今回の事件はヴァンパイアと異種族が組んで起こしたものだと推理したわけです」


「……なるほど。そちらの方が確かに筋はいいかもしれませんね」


 少し思案したあとで、カルメラはそう認めるのだった。


 ウェアウルフという種族やロレーナという個人に対して、カルメラが抜きがたい感情を抱いているのは確かだろう。ただ、彼女がロレーナを犯人だと判断したのは、あくまでも唯一犯行が可能だと考えられるためだったようだ。


「しかし、ヴァンパイアが協力したからといって、異種族が国内に侵入できるようになるとは思えませんが」


「それがヴァンパイアが簡単な手助けをするだけで、侵入が可能になる種族がいましてね」


 抽象的な言い方のせいか、異種族に詳しくないせいか。カルメラにはまったく見当がつかないようだった。


「一体どの種族と組んだと言うんですか?」


「ドワーフですよ」

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