4-3 大詰め
真相を推理するにあたって、まずは方針を定めるべきだと思ったのだろう。
ロレーナはユイトに確認を取っていた。
「ドワーフ説が違うとして、勇者様は今でもヴァンパイアと異種族が協力して犯行に及んだとお考えなんですか?」
「基本的にその線で間違ってないと思う。一番構図がシンプルだから」
他の説は「殺人事件の犯人と襲撃事件の犯人は無関係」だとか、「第一の事件の犯人と第二の事件の犯人と襲撃事件の犯人は無関係」だとか、やたらに話が込み入っている。同時期に起こった事件なら、共通の犯人による犯行を一番に疑うべきではないだろうか。
だから、ユイトはヴァンパイアの手助けによって、異種族が国内に侵入可能になるような方法を思案するのだった。
「僕が他に思いついたのは、ハーフリングと協力する説だね」
「ハーフリングというと、小柄で手先が器用な?」
「同じ低身長でも、ずんぐりむっくりしているドワーフと違って、ハーフリングは線も細い。だから、ヴァンパイアの持つ鞄の中に隠れて、検問を突破したんじゃないかと思って」
しかし、それをカルメラ相手に主張することはなかった。ロレーナが逮捕されそうになった時点で、すでに思いついていたにもかかわらずである。
「その説に何か問題が?」
「小さいと言っても、人間の子供くらいの大きさはあるからね。いくら工夫しても、荷物の検査を誤魔化しきれないだろう」
概ね110~130センチ前後といったところである。未成年ならもう少し小さいが、それでも検問官に見つけられないほどではない。
これはブラウニーという種族にも同じことが言える。小柄ではあるものの、やはり人間の子供と同程度の身長をしているからである。
「もっと小柄な種族はいないのですか?」
「フェアリーが15センチくらいかな」
背中に蝶のような羽の生えた種族で、体も蝶ほどではないがかなり小さい。
念入りにチェックを行っているとはいえ、検問官も人である。14~18センチ程度の大きさなら見落としてしまうこともあるかもしれない。
「ただ二番目の事件は刺殺だから、フェアリーの力じゃあ無理だろうね」
単に小柄なだけでなく、強化魔法も不得手な種族である。銀のナイフなど刺すどころか、まともに持つことすらできないだろう。
「それに、そもそも荷物の検査って、フェアリーでも見つかりそうなくらい、かなり厳重に行われているからね。鞄に隠れたり、荷物のふりをしたりして検問を突破しようっていう手口は昔からあるから」
「そうなんですか?」
「リザードマンがペットのトカゲのふりをしたり、トレントが観葉植物のふりをしたり……」
「そういえば、ウェアウルフが変身して、犬のふりをして潜入しようとしたという話を聞いたことがありますね」
ユイトの話に、ロレーナはそう相槌を打っていた。それくらい密入国の方法としては一般的なものなのだ。
だから、検問官たちは入国希望者はもちろんのこと、その荷物に対しても目を光らせている。「異種族を荷物に紛れ込ませて国内に持ち込んだ」というのは難しいのではないか。
やはり、検問の突破だけにこだわらず、国内に侵入する方法という広い形で問題を捉えるべきなのだろう。
「他には何かないんですか?」
「あとは地下は地下でも、地下水脈を通ってくるっていうのも考えた」
「マーメイドということですか」
魚のような下半身を持つ種族である。それだけに、泳ぐことに関しては全種族随一だと言っていい。
「ただトンネルを掘るよりさらに無理があるだろうしなぁ」
地下水脈といっても、地下に水の流れやすい地層があるだけで、水だけの層があるわけではない。そもそも泳げないような環境では、いくら泳ぐのが上手いマーメイドでもお手上げだろう。
「それ以外の種族ではどうですか?」
「それ以外って、たとえば?」
「エルフと協力した場合はどんな方法がありそうですか?」
「風魔法で空を飛ぶのは難しいし、仮にできてもハーピーの劣化だし……」
また、土魔法を使って、地面の土を操ってトンネルを掘ったり、石の壁を通り抜けたりというようなことも不可能だろう。
というのも、属性魔法というのは、概ね体内の魔力を自然現象に変換して放出するものだからである。そのため、土魔法でできるのは、土や石を生み出したり、それを飛ばしたりすることくらいなのだ。
「では、アラクネはどうですか?」
「蜘蛛の糸で壁を登って……」
「ケンタウロスは?」
「四本の脚で……」
「ラミアは?」
「…………」
ロレーナの質問に、ユイトは答えられない。実現可能か不可能か以前に、もうアイディアさえ浮かんでこなかったのだ。
「君は何かないの?」
ユイトの仮説を優先的に検証していただけで、ロレーナも頭の中では推理を進めていたようだった。尋ねられると、自説を語り始めたのだ。
「ヴァンパイアは異種族を後天的にヴァンパイアにできるんでしたよね?」
「同族化の魔法だね」
「それなら、後天的なヴァンパイアを異種族に戻す魔法もあるのでは?」
「そういう伝承は聞いたことがあるけど……」
魔法以外にも、薬によって元に戻すことができるという話もある。
「まず国の外で、ヴァンパイアが人間を後天的なヴァンパイアにする。ハーピーやリザードマンと違って、人間の外見はヴァンパイアと差が小さいこともあって、検問官はこれを見逃してしまう。
そのあとは、国の中で後天的ヴァンパイアを人間に戻して、その人間が家の結界を突破して殺人を行った……というのはどうですか?」
「前提になっている人間に戻す魔法が伝承にしかないからね。そもそも人間をヴァンパイアにする魔法だって、やり方は一部のヴァンパイアにしか知らされていないはずだし」
また万が一、後天的なヴァンパイアを元に戻す方法があったとしても、ロレーナの推理が苦しいことには変わりなかった。
後天的なヴァンパイアは当然トランシール公国の国民ではないので、入国の際には表向きは他国の国民を装うことになる。そのため、自国から交付されるはずの渡航許可証を、検問官に対して提示しなくてはならない。だが、許可証の偽造が難しいことは、以前マイヤから説明を受けた通りである。
「やっぱり、そうなりますよね」
ロレーナはすごすごと引き下がる。今まで自説を主張しなかったのは、自分でも無理があると思っていたことも一因だったようだ。
しかし、そういう無理のある仮説から、閃きを得ることもあるだろう。
「他にはどう?」
「もうないです。勇者様に分からないものが、私に分かるわけがありませんよ」
ロレーナは早くも質問に首を振っていた。ただ諦めたというよりは、ユイトを励まそうという言い方だったが。
「クイズだって解けてないくらいですしね」
「クイズ?」
「ほら、ヴァンパイアが密室で殺されていたっていう」
「ああ、あれか」
バーナの街から戻ってくる時に、馬車の中で出したクイズのことだろう。
『ある時、友人たちがワインを持ち寄って、一人暮らしのAの家でパーティーをすることになった。
『パーティーの途中、Bは「用事を思い出したから帰る」と言った。
また、Cは「もう朝になるから」と言って、D、Eと一緒に帰った。
その帰り道で、Dは「忘れ物をした」と言って、Aの家に引き返した。
夕方になると、Eは再びAの家へ遊びに行った。しかし、すぐに憲兵のところに向かった。「Aが刺殺されている」と。
『ただパーティーが終わった時点でもう朝が近かったから、Aが今更他の誰かを家に上げたとは考えにくかった。つまり、犯行時には、現場は密室になっているはずだった。
さて、Aを殺したのは一体誰だったでしょう?』
確かに、「ヴァンパイアの国で起こった」「結界があるはずなのに刺殺されていた」といった点は共通しているが――
「状況的に今回の事件とは関係ないと思うけどね」
「そうですか……」
出題者のユイトは当然解答を知っている。だから、このクイズが事件解決のヒントになるとはロレーナも思っていなかっただろう。しかし、改めて明言されると、落胆せざるを得ないようだった。
「あとは馬車でドワーフの女が吐いたら、何故かそのことをエルフの女が喜んだとか」
「そっちはもっと関係ないよ。異種族に関する詳しい知識は必要ないからね」
「え、そうだったんですか?」
「むしろ知識がある方が引っかかるんじゃないかな」
というよりも、ユイトはほとんどロレーナを引っかけるためにこのクイズを出したのだった。あの時はエルフの密室殺人の話をした直後だったため、彼女の知識量を概ね把握できていたからである。
「登場人物がドワーフとエルフでなくても成立するってことですか?」
「そういうことだね」
「ウェアウルフとヴァンパイアでも?」
「そうそう」
「私と勇者様でも?」
「そう。まぁ、そうだね」
噴き出しそうになるのをユイトはなんとかこらえる。
「なんですか? また異世界ジョークですか?」
「いや、今のも一応ヒントだよ」
「?」
曖昧な言い方のせいで、余計に混乱させただけだったらしい。ロレーナはますます不思議がるばかりだった。
「いいかい? あのクイズはね――」
ユイトがそう言いかけた、その時のことである。
不意に部屋のドアが開かれた。
「トンネルは発見されませんでしたよ」
カルメラは最後通牒のようにそう報告してきた。
これでヴァンパイアとドワーフの共犯だったという説は完全に否定されてしまったと見ていい。有効な反論がなければ、彼女は再びロレーナ犯人説を唱え出すことだろう。
「早かったですね」
「あまりに壁から離れている場所から掘り始めたのでは、作業量が膨大になり過ぎますから。近場を中心に探させました」
ユイトの所感に、カルメラは理路整然とそう答えた。
彼女はあくまでもロレーナが一番疑わしいと思っているだけなのだろう。ウェアウルフに差別感情があるとしても、無理矢理罪を着せようとまで目論んではいないのだ。
実際、カルメラは譲歩する姿勢さえ見せてきた。
「もっと遠くまで捜索すべきだとおっしゃいますか?」
「いえ、その必要はありません」
ユイトははっきりとそう断った。
時間稼ぎをするなら渡りに船の提案である。本来なら断る理由はないだろう。そのせいで、ロレーナが驚くような訝しむような視線を向けてくる。
しかし、ユイトの表情を見て、彼女も察したようだった。
「勇者様、もしかして……」
「ああ」
ユイトは勇ましく宣言する。
「謎は討伐できた」
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