2-7 ベルデの証言
教わった家の庭には、草花の鉢がいくつも並べられていた。
ただ数が多いと思うだけで、狭苦しさは感じない。おそらく植物の種類や配置等に、家人が細かく気を配って育てているからだろう。
実際、二人が訪ねた時にも、若々しい女がちょうど水やりをしていたほどだった。
「すみません。僕はユイト・サトウ、いわゆる勇者と呼ばれている者ですが」
「まあ!」
女は驚きと喜びの入り混じったような声を上げる。
ルースヴェインから、「まだ四十歳と若い」とは聞いていた。その説明通り、彼女の容姿はまだ十代後半のそれである。とても融和派の代表格には見えなかった。
「ベルデ・クレーテさんでしょうか?」
「私はベルデの母です」
何気ないことのように彼女はそう答えた。
幸いなことに、ベルデ・クレーテ本人は在宅中らしい。ベルデの母は家の中まで娘を呼びに行ってくれた。
そうして彼女が席を外すと、ロレーナは率直な感想を口にする。
「お若い方でしたね」
「ヴァンパイアだからね」
「年を取るにつれて、少しずつ成長がゆっくりになっていくんでしたか」
「そうそう。十年、二十年も赤ちゃんのままじゃあ大変だから」
胎児や乳児の時期は、ヴァンパイアも人間と同程度の速さで成長する。しかし、そこから徐々に成長速度が緩やかになっていって、最終的には人間のおよそ十から十五分の一の速さで年を取るようになる。
そのため、子供が大きくなっても、親が若いままという現象が発生することがあるのだ。
二人がそんな話をしている内に、呼び出しは終わったらしい。玄関から、今度こそ本人が現れる。
「ベルデ・クレーテです」
小さな背、小さな胸、小さな唇…… 彼女の体のパーツで大きなものといえば、瞳くらいしかなかった。
当然といえば当然だが、ベルデの容姿は母親よりもさらに若かった。外見年齢はせいぜい十三、四歳というところで、ますます融和派の代表格には見えない。
それどころか、実年齢の四十代にも到底見えなかったのだろう。衝撃にロレーナは声すら上げられなくなってしまっていた。
「ヴァンパイアだからね」
ユイトは小声でそう囁くのだった。
◇◇◇
事情聴取に来た旨を伝えると、ベルデは快く家に上げてくれた。
その上、何も言わなくても、ロレーナ向けの飲み物を出してくれたのだった。
「カモミールティーですから、ウェアウルフの方でもお飲みになれるかと思います」
「ありがとうございます」
「こんな日が来た時のために用意をしておいたんですよ。無駄にならなくてよかった」
余計な手間をかけさせられたなどとは、ベルデはまったく思っていないらしい。むしろ、異種族を自宅に招けたことが喜ばしいようで、彼女は微笑みを浮かべてさえいた。
融和派だけあって、中立派のランスよりもベルデはさらに友好的なようだ。つられるように、ロレーナも微笑をこぼす。
しかし、先入観を持つのは危険だとばかりに、彼女はすぐに顔を引き締めるのだった。
「事件当夜は何をされていましたか?」
「夕方からずっと仕事を」
「そのあとは?」
「真っ直ぐに帰宅して、翌夕まで寝ておりました」
「そのことを証言してくれる方は?」
「両親でしたら。憲兵の方からは、親族の証言には証拠能力がないと言われてしまいましたけど」
これはもちろん、身内を
同じ理由で、容疑者と利害関係にある者の証言も疑われやすい。ベルデの能力の高さを考えると、同僚たちが彼女を庇うということもなくはないだろう。
「ご職業は研究者でしたよね。確か、中心分野は血液学でしたっけ?」
「ご存じいただけたんですか? さすがに勇者様は博識ですね」
「僕は異世界から来たので全然ですよ。ベルデさんが有名なだけです」
「そんなことをおっしゃっていただけるなんて光栄です」
国外でも名前が広まっていることが嬉しいのか、勇者に名前を知られていることが嬉しいのか。ベルデは顔をほころばせる。
一方、ロレーナは二人のやりとりを訝しがっていた。
「融和派だとお聞きしましたが、議員ではないんですか?」
この質問はタブーだったらしい。それまでにこやかにしていたベルデが、頬をぴくりと震わせる。
「この国で議員になるには、現職の議員三人の推薦を受けた上で、議会の三分の二以上の同意を得る必要があるんです。そのせいで、既得権益にしがみつきたい貴族か、貴族の息がかかった者ばかりが、もっとはっきり言えば孤立派ばかりが就任しているんです」
彼女は一息にそう説明する。口調にも内容にも、明確に孤立派への怒りがこもっていた。
もっとも、それでたじろぐようなロレーナではなかった。平然と政治思想に関する話題を続ける。
「融和派になったのに、何かきっかけなどはありますか?」
「留学で国外に出たことですね。人間とドワーフで新しい合金を生み出していたり、人間とマーメイドで新しい音楽を生み出していたり、種族間で交流があった方が文明は発展するのだと痛感しまして。本当に国のためを思うなら、異種族とかかわりを深めるべきだと考えるようになったんです」
今度の質問は問題なかったようだ。それどころか、国内では融和派は少数派のせいか、誰かに自分の話を聞いてほしかったのかもしれない。ベルデは上機嫌で、「実利的な理由を除いても、異国の文化を知るだけでも面白いですしね」とも続けたほどだった。
「ランス・バーニィバーンの母親もそうだったと聞きましたけれど、他国への留学が認められているんですね」
「昔は渡航の目的や期限、渡航先など、制限が厳しかったようですけどね。今はヴァンパイアが出入りする分にはかなり自由が利くようになりましたよ」
「では、ベルデさんは何度も国外に?」
「ええ、研究の発表や意見交換のために」
ロレーナの疑問に、ベルデはまずそう答える。
それからユイトの方を見たのだった。
「勇者様の講演を拝見したこともありますよ」
「本当ですか?」
「『ブラウニーの奴隷解放宣言』という」
「ああ、かなり初期の頃の。恥ずかしいなぁ。緊張でひどかったでしょう?」
「一生懸命で、むしろ気持ちがよく伝わってきましたよ」
褒めるような慰めるようなことを言われて、ユイトはますます照れくさくなってしまう。外見だけで言えば、ベルデは自分よりも年下、それも十代前半くらいにしか見えないから尚更である。
そうして二人の間には緩んだような空気が流れたが、ロレーナだけは違った。むしろベルデの派閥をより強く意識して、彼女に疑いの目を向けていた。
「動機の面から、融和派のあなたを犯人だとする意見もあるようですが」
「ヴラディウスさんとの間に対立があったことは事実です。でも、敵対する相手を家に上げる人はいないでしょう」
だから、毒を盛りに行く機会もなかった、とベルデは冷静にそう反論する。
かと思えば、彼女の声はすぐに刺々しいものに変わった。
「私としては、第一発見者のランスさんが怪しいと思いますけどね」
「どうやって殺したとお考えですか?」
「いえ、ヴラディウスさんの死因は自殺です」
「?」
ロレーナは怪訝そうな顔をする。意味がよく分からなかったようだ。
「第一発見者のランスさんが偽装工作をしたということですね?」
「勇者様はもうお気づきでしたか」
すぐに言い当てたことから、ユイトも同意見なのだと思ったらしい。どこか誇らしげに、ベルデは自説について解説を始めるのだった。
「ヴラディウスさんの死体を発見したランスさんは、状況からすぐに自殺であることを察しました。そこで死因の隠蔽を目論んだんです。
台所に毒の残りがあったので、それを水瓶に入れてあたかも誰かが混入したかのように見せかけます。遺書が見つからなかったのも、おそらくランスさんが処分したせいでしょう。こうして現場を他殺に見えるような状態にしたんです」
「なるほど。今のところ一番ありえそうな仮説に聞こえますね……」
自殺説でネックとなっていた水瓶の毒の問題にも、この殺人偽装説でなら上手く説明をつけることができるだろう。
もっとも、偽装説は偽装説で別の問題が生じてしまう。ロレーナもすぐにそれを指摘していた。
「しかし、ランス・バーニィバーンは何故そんなことを?」
「スキャンダルを揉み消すため、ということは考えられますね。処分された遺書に、何か告発や懺悔でも書かれていたのかも。
もしくは、単に自殺を不名誉なことだと思って、被害者を庇っただけという可能性もあります」
どうもランスに対して敵意や反感を抱いているらしい。ベルデの声は再び刺々しさを帯び始める。
「穿った見方をするなら、融和派の評判を落とすためだったということもあったかもしれません。孤立派の重鎮が不可解な状況で死んでいれば、当然融和派に疑惑の目が向くでしょうからね」
ベルデとは反対に、ランスに好感を持っているからだろう。ロレーナはベルデに反論するというよりも、ランスの弁護をする。
「ですが、ランス・バーニィバーンは中立派のはずでしょう? 話したかぎりでは、むしろほとんど融和派だという印象を受けましたが」
「それはあくまで表向きの話ですよ。孤立派が議会に公平感を出すために、融和派寄りに見える者を議員として仕立て上げただけのことです」
「議員になるには、他の議員の推薦と議会の同意が必要……でしたね」
「ランスさんを候補として推薦したのは、ヴラディウスさんだったそうですよ」
どうやらベルデがランスを敵視しているのは、彼を孤立派の傀儡だと見なしていることが原因だったようだ。
しかし、「性急な改革は難しい」というランスの主張は、孤立と融和のバランスの調整を図ることを意図しており、孤立派から素直な支持を得てもおかしくないものである。孤立派のヴラディウスが議員に推薦したからといって、それだけでランスを孤立派と見なすのは強引ではないだろうか。
「それだけではありません。ランスさんはこれまでに一度も国外に出たことがないんです」
「本当ですか?」
ベルデの言葉を聞いて、驚きと疑いにロレーナは目を尖らせる。表情に出さないだけで、ユイトも内心ではほとんど同じ反応をしていた。
「私が誘ってみても、『孤立派を刺激したくない』とか『まだ時期尚早だから』とか、のらりくらりとかわされてしまって。気になって検問所の出入国の記録を調べてみたら、どこにも彼の名前が載っていなかったんです」
「それは確かに中立というには偏っていますね」
ユイトはそういう判断を下さざるを得なかった。
現代では孤立派のヴァンパイアであっても、留学や視察のために諸外国を訪れることがあるくらいだった。一度も国外に出たことがないというのは、ランスが筋金入りの孤立派だという証ではないか。
「…………」
弁護の余地がないからだろう。ロレーナは黙り込んでしまう。
しかも、ランス孤立派説を裏付ける根拠はそれだけに留まらないようだった。
「ランスさんのお母様のことはご存じのようですが、父親については何かお聞きになりましたか?」
「いえ、特には何も」
ユイトの記憶では、最初に顔を合わせた時から、ランスが父親について語ったことは一度もなかった。
ベルデはそれを偶然ではなく、意図的なものだと考えているようだった。
「実はランスさんには父親がいないんですよ。ですから、ヴラディウスさんの隠し子だという噂があるんです」
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