1-5 人間にもヴァンパイアにも不可能な殺人
「どうぞ」
ロレーナの話が一区切りついたところで、ユイトはお茶を淹れていた。
「タイムティーだよ。カフェインは入ってないけど、すっきりした味で頭が冴えてくるんだ」
「すみません。勇者様のお手を
「いいんだ。僕も飲みたかったから」
半分は礼儀からのものだが、半分は本心からの言葉だった。
持ち込まれたのは密室殺人事件――それもヴァンパイアにも人間にも実行不可能だったという奇怪な密室殺人事件である。ぼやけた頭では到底解決できそうにない。
だから、ユイトはタイムティーを一口飲んでから質問を始めるのだった。
「それで事件のことなんだけど、まず現場となった国っていうのは?」
「トランシール公国です」
「ああ、あそこか」
名前を聞いてすぐに見当がついた。ヴァンパイアの国は、どこも異種族の入国を拒否している。しかし、世界を救った『勇者様』であることから、非ヴァンパイアでありながら、特例として許可してもらったことがあったのだ。
「被害者はヴラディウス・ドラクリヤ。六一二歳。ヴァンパイアの男性です」
「……もしかして、職業は議員?」
「ええ、そうです」
「…………」
ロレーナの返答を聞いて、ユイトは表情をこわばらせていた。
白髪交じりの髪に、皺の深い顔。しかし、老人だと思わせないような引き締まった肉体と若々しい表情……
「面識がおありなんですか?」
「魔王討伐の旅をしていた時に、資金を援助してくださったんだよ。その関係で、お礼に伺ったこともあるんだ」
特例的な許可までもらって、わざわざトランシール公国へ入国したのは、まさにそのお礼のためだったのである。
もっとも、祝賀会や記念祭と称して、ヴラディウスたちから国を挙げての派手な歓待を受けたので、むしろ彼への恩が増えてしまったくらいだった。だから、いずれまたお礼に伺おうと思っていたのだが――
「そうか。亡くなられたのか……」
ヴァンパイアの寿命は長い。まだ六百歳代なら、自分よりも長生きするくらいだろう。そう考えて、再会を先延ばしにしていたのは間違いだったようだ。
ヴァンパイアとて、不死ではないことは十分理解しているつもりだった。だが、心のどこかで、『自分や自分の周りの人物は、そう簡単には死なないだろう』という楽観的な考え方をしてしまっていたようだ。
「死体発見時のことを教えてもらえるかな?」
「被害者が議会に遅刻をしたため、若手の議員が家まで迎えにいったそうです。しかし、どれだけベルを鳴らしても出てこないので、不審に思ってドアノブに手を掛けてみると結界が発動せず、中に入れてしまいました」
「結界が解除されるのは、家人が客として招いた時か、家人が死んだ時……」
「それで慌てて家の中を探してみると、被害者が亡くなっているのが見つかった、とのことです」
しかし、この程度なら、まだ密室殺人事件とは言えないだろう。被害者が家に上げた客が、殺人犯に変貌したということも十分考えられる。
「死亡推定時刻は?」
「午後五時から六時の間だと推定されています」
「普通なら客を家に上げるような時間帯じゃないね。日光を浴びられないヴァンパイアにとっては早朝だから」
この季節のトランシール公国では、まだ太陽が沈みきらないような時刻のはずである。客が訪ねてきたら、被害者は不審がったはずだろう。
「それに時間帯に関係なく、被害者は他人を家に上げることがほとんどなかったという証言を複数人から得ています。
また一人暮らしだったため、同居人が犯行に及んだり、同居人が人を家に上げたということもありえません」
だが、ヴァンパイアは家人に招待されなければ、結界によってその家に入るのを阻まれてしまうはずである。
「要するに、ヴァンパイアにとっては家そのものが密室だったわけだね」
そうなると、考えられる可能性は三つだろう。
一つ目は、ヴァンパイアが何らかの方法で結界を突破して犯行に及んだケース。
二つ目は、結界に影響されない異種族(特に最多数派の人間)が犯行に及んだケース。
そして、三つ目は――
「死因は?」
「ニンニク類の毒を飲んだことによる中毒死です」
「憲兵隊はどうして自殺じゃないと判断したの?」
「コップだけでなく、水瓶に汲み置きされていた水からも毒が検出されたためです」
「うーん、確かに自殺にしては妙だね」
「犯人が家に忍び込んで、水瓶に毒を仕込んだ。被害者がそれを知らずに水を飲んだ。他殺と考えた方が自然でしょうね」
これで三つ目の『被害者が自殺したケース』の線は薄くなった。おそらく残った二つのケースのどちらかが真相だろう。
「でも、招かれないと他人の家に上がれないから、ヴァンパイアの犯行とは考えにくい」
「ええ、そうです」
「かといって、人間や他の種族の犯行というのも考えにくい。トランシール公国には検問があって、異種族の入国を阻んでいるから」
「その通りです」
記憶しているかぎりでは、検問では銀や日光といったヴァンパイアの弱点を使うことで、それ以外の種族を炙り出して排除していたはずである。
「要するに、人間にとっては国そのものが密室だったわけだ」
話を聞けば聞くほど、ユイトの困惑はむしろ深まっていった。
ヴァンパイアの犯行だとすると結界が障害に、人間の犯行だとすると検問が障害になってしまう。この事件はどうあっても不可能犯罪なのだ。
「一応、事件の二日前に、『検問は簡単に突破できた』だとか、『検問官は間抜け揃い』だとかいう怪文書が国内で出回っていたそうなんですが」
「それをそのまま信用するのもね」
犯人はヴァンパイアで、人間の犯行に見せかけるために怪文書を撒いたということも考えられる。もっと言えば、それを見越して逆に人間の犯人が撒いたという可能性だってある。
「……いかがでしょう?」
「難しいね」
死ぬ直前までの被害者の足取り、被害者の家の間取り、結界に関するルール、検問の手順など、確認したいことは山ほどあった。
「もう少し詳しく話を聞かせてもらってもいいかな?」
「申し訳ありません。実は私もまだ捜査に加わったばかりでして。可能であれば、勇者様には私と国までご同行いただければと考えていたのですが」
あまりに唐突な提案である。ユイトは返事を躊躇ってしまう。
すると、ロレーナは続けて言った。
「もし本件が人間やその他の種族によるものだった場合、検問を突破して異種族が国内に入り込めるということになってしまいます。すると、検問や国に対する国民の信頼は揺らいで、大きな混乱を招くことでしょう。それを防ぐためには、一刻も早く真相を究明して、対策を打つ必要があります」
ユイトが返事に迷ったのは、事件に関わりたくなかったからではない。単に今後の予定はどうなっていたか、思い出そうとしていたためである。幸いなことに、次の講演までにはまだ日にちが開いていた。
それに、ロレーナも言う通り、今回の事件は国を揺るがすような大事件にまで発展しうるのだ。最悪、予定を変更させてもらってでも、解決に乗り出した方がいいはずである。
『エルフとドワーフの対立の実態』、『環境保護の観点から考えるマーメイドとの融和』、『料理史と奴隷史としてのブラウニー史』…… 扱う種族は違えども、ユイトの講演は毎回異種族間の共生をテーマにしている。ヴァンパイアを手助けするためなら、予定をキャンセルしても理解してもらえるはずだろう。
「ヴラディウスさんにはお世話になったからね。是非協力させてもらえるかな」
「ありがとうございます」
ユイトが差し出すと、ロレーナはその手を
「でも、もう一つだけ質問してもいいかな?」
「私が答えられることでしたら」
「どうしてヴァンパイアの国の事件に、ウェアウルフの君が関わってるの?」
予想外の質問だったらしい。ロレーナは一瞬表情をこわばらせた。
「……何故私がウェアウルフだと?」
「室内では帽子を取るのがマナーだ。今日みたいな講演だと、後ろの人の視界を遮りかねないから尚更ね。
じゃあ、君がそういうことを考えられない礼儀知らずかというと、どうもそうじゃなさそうだ。服装はきっちりしているし、受け答えもしっかりしている。
となると、帽子は取らないんじゃなくて、何か事情があって取れないんじゃないかと考えた方が自然だろう」
ユイトがそう答えても、ロレーナは納得してくれない。それどころか、彼女から反論を引き出すだけだった。
「ヴァンパイアが日光を避けるためにかぶっているだけでは?」
「デザインからいって、それは考えにくいね。日除けのためなら、キャペリンハットみたいなつばの広がった帽子を選ぶはずだ」
にもかかわらず、ロレーナがかぶっているのは、キャスケットやディアストーカーと言われるタイプの、前にしかつばのない帽子だった。
「講演の参加者は人間の方がほとんどでしたよね? 人間が病気やケガを隠している可能性は?」
「それも帽子のデザインから否定できる。病気が理由の場合は、ニット帽をかぶることが多い。密着するおかげで邪魔にならないし、額から後頭部まで頭全体を覆えるからね」
一方で、ロレーナの帽子では、頭頂部を覆うのがせいぜいだろう。
「君の帽子はつばが小さいから肌は隠せない。覆う範囲が狭いから頭全体も隠せない。だけど、山が高いから、中に何かを入れておくことはできそうだ。
おそらく君は、頭頂部だけでいいから、かさのあるもの隠したかったんだろう。そう考えると、周囲の人間を刺激しないように、異種族特有の耳を――ウェアウルフであることを隠したかったというのが一番しっくりくる」
ウェアウルフは人間にとって馴染みのある種族とは言いがたく、偏見や差別的な感情を抱いている者も少なくない。種族を伏せていた方が円滑に行動できるだろう。
「しかし、頭頂部を隠していただけなら、他の種族の可能性もありえるはずです。ウェアウルフとは断定できないのでは?」
「ヴァンパイアはニンニクや銀が弱点だって話をした時に、一緒にウェアウルフも同じだって説明をしたろう? そうしたら、君がその都度反応していたから」
あの時、ロレーナは眉をぴくりと震わせていた。あれはウェアウルフについて知らなかったからではなく、自身の種族が話題に出たことへの驚きによるものだったのだろう。
説明を聞いて、とうとう納得がいったらしい。ロレーナは初めて帽子を取った。
「おみそれしました。その通りです」
ユイトが推理したように、彼女の頭頂部からは、狼風の三角に尖った耳が生えていた。
また、よく観察してみれば、ヴァンパイアと違って犬歯以外の歯も尖っていることが分かる。ズボンの下に隠しているだけで、尻尾も生えていることだろう。
「分かっていたから、ハーブティーを出してくださったんですね?」
「ウェアウルフは紅茶も弱点だからね」
誤解を承知で言えば、狼と人間を混ぜ合わせて作ったような種族である。そのため、狼(犬)が苦手なものは、概ねウェアウルフも苦手としているのだった。
「それで、どうして君が? ヴァンパイアとウェアウルフは、あまりいい関係とは言えなかったと思うんだけど」
「『対立しているウェアウルフなら、無理にでも検問体制の不備を指摘して、国の権威を失墜させようするはずだろう。逆にウェアウルフにすら検問の完全性を認めさせられれば、国民の支持をさらに高められるに違いない』……ということのようですね」
「なるほど、そういう……」
ヴァンパイアとウェアウルフが、種族を越えた協力関係を築いていたわけではなかったらしい。それどころか、対立関係を利用した政治的思惑によるものだったようだ。
「でも、ウェアウルフの憲兵か。『犬のおまわりさん』だね」
「?」
「ああ、なんでもない。ただの異世界ジョークだよ」
ユイトは冗談が滑ったのをそう言って誤魔化す。
これを聞いて、ロレーナも相手の種族が何なのか改めて意識したようだった。
「そういえば、勇者様は異世界から来られたのでしたね」
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