1-4 ヴァンパイアの弱点について

「誰かないかな?」


 そう呼びかけながら、ユイトは講堂を見回す。


 すると、ようやく眼鏡の男子が手を挙げるのだった。


「太陽の光を浴びると灰になってしまう……と聞いたことがあります」


「日光はヴァンパイアの典型的な弱点の一つだね。人間でも起こりえることだけど、ヴァンパイアは日光で簡単に日焼けや火傷を起こしてしまう。浴びる量や時間によっては、最悪灰になることもある。

 だから、昼に寝て夜に活動するのが、ヴァンパイアの基本的な生活リズムなんだ。必要なら昼間に活動することもあるけど、そういう時は当然マントやフード、サングラス、帽子なんかで肌を隠すことになる」


 また、昼間に睡眠を取る場合でも、カーテンや鎧戸などで部屋に日光が入らないように気を配っている。人間の間でよく見られる「ヴァンパイアは棺桶で眠る」という誤解も、ベッドに遮光のためのふたがついていることから来たものだった。


「死ぬと灰になるというのは事実なのでしょうか?」


「ヴァンパイアも死体は残るよ。ただ彼らの埋葬の方法の一つに、太陽の光で死体を灰に変える『日光葬』というものがあって、そのせいで死ぬと灰になると勘違いされたと言われているね」


 ヴァンパイアにとって、自分たちを死に追いやる太陽は忌むべきものである。あたかも先の見えない夜の闇を人間が恐れるように、ヴァンパイアは昼の光に対して恐怖心を抱いているのだ。


 しかし、その一方で、人間が夜の静謐さに魅かれるように、ヴァンパイアも光に満ちた明るい昼の世界に対して憧れを持っているらしい。


 そのため、生前は浴びることのできなかった日光を、死後に存分に味わわせることで、死者の未練を晴らそうという考え方が存在しているのだった。


「他にはどう?」


 ユイトがそう声を掛けると、今度はキャスケットかディアストーカーか、とにかく帽子をかぶった女子が挙手をした。


「ニンニクで中毒を起こすことです」


「その通りだね。ヴァンパイアはニンニクがそばにあるだけでも、目や鼻の粘膜が傷ついて苦しむことがある。食べた場合、最悪死ぬこともありえる。

 ニンニクばかり言われるけど、実際にはネギやタマネギ、エシャロットなんかもよくない。ニンニクと同じ成分を含んでいるからね。


「もっとも、これはヴァンパイアの弱点というよりも、人間の長所と言うべきかもしれない。たとえば、ウェアウルフなんかも、ニンニク類で中毒を起こすからね」


 ウェアウルフがいわゆる狼男のことだというのは知っていても、その弱点までは知らなかったらしい。学生たちは驚きに目を見開いたり、意外そうな相槌を口にしたりし始める。答えてくれた帽子の女子も、眉をぴくりと震わせていた。


 二人も先例ができたおかげだろうか。他の学生たちからも続々と手が挙がり始める。


「心臓に杭を打たれると死にます」


「そうだね。正確には弱点なんじゃなくて、再生力が高いから杭でも打たれないと死なないということなんだけど。だから、心臓じゃなくて脳でも死ぬよ」


 特に白木の杭が効果的だとされることもあるが、そういった事実は確認されていない。ヴァンパイアに対して特効力を持つ素材は別にある。


 次に挙手したメモ魔の男子も、その点を指摘していた。


「銀でできた武器に弱いと聞きますが」


「銀にはヴァンパイアの再生力を弱める効果があるからね。ちなみに、ウェアウルフに対しても同じ効果があるよ」


 これもウェアウルフの件は知られていないようだった。学生たちの間で、ニンニクの話の時と同じような反応が起こったのだ。


「他に、ヴァンパイアには銀を使った鏡には映らないという特徴もある。言い換えれば、別の素材で作られたものなら映るってことだけど」


 このことから、ヴァンパイアの国では、当然銀を使わない鏡が利用されている。


 反対に、一部の差別主義的な人間は、必ず銀製のものを購入するようにしている。玄関に設置しておいて、来客がヴァンパイアかどうか見分けられるようにするためである。


 ユイトがそう説明すると、それに関連する弱点が話題に上がった。


「招いてもらわないと、他人の家に入れないそうですね」


「種族を問わず、家を建てたり借りたりするという行為には、その場所に結界を張るのと同じ意味が生じるらしくてね。無意識なもので魔法というには弱いから、他の種族には関係ないけど、ヴァンパイアにだけは何故か効果が大きい。

 そのせいで、ヴァンパイアが自宅以外の家に入るには、その家の人に結界を解いてもらう必要がある。要するに、家に招いてもらう必要があるんだ」


 招かれないまま家に入ろうとした場合、結界によって手を弾かれてしまって、まずドアノブに触ることさえできない。たとえドアが開いていたとしても、見えない壁が中に入るのを阻んでくる。ヴァンパイアが許可なく他人の家に上がることは絶対に不可能なのだ。


「豆のような細かいものを数えずにはいられないというのは本当ですか?」


「日光やニンニクを避けようとするせいで、ヴァンパイアは神経質そうに見える。そこから生まれた誤解だね」


 ヴァンパイアの国で、豆の数を素早くかぞえる大会が開かれていたから……という説もある。ただし、実在は確認されておらず、これは俗説だというのがユイトの見解だった。


「川や海みたいな、流れる水の上を渡れないっていう話はどうなんでしょうか?」


「それもヴァンパイアの生活様式からきた誤解だね。彼らは人間を始めとする異種族との交流を避けていて、生まれ育った国を出るということがほとんどないから。

 また、交流を避けるために、ヴァンパイアは異種族が国に入ってくることについては完全に拒絶している。どこの国も周囲を高い壁で囲って、出入り口に種族を確認する検問まで設置しているくらいなんだ」


 学生たちは、ヴァンパイアについて誤った知識を持っていたり、そもそも知識を持っていなかったりしたが、それは彼らが若く勉強不足なせいというだけではない。


 ヴァンパイアが人間との交流を拒んでいるために、正しい知識を得る機会がほとんどないせいでもあるのだ。


「異種族を避けて暮らすこと自体は、いろいろな種族に見られるものだ。だが、ヴァンパイアほど徹底している例は珍しい。次はその理由についてやろうか」



          ◇◇◇



 講演を終えたあと、ユイトは宿屋のソファに深く腰を下ろしていた。


 まだ二十代なのだが、すでに杖を必要とするくらい体があちこち悪かった。その上、最後の質疑応答が盛り上がって、予定の終了時刻を大幅に超過してしまった。おかげで、疲労困憊だったのである。


 もちろん、話し手としては、聞き手が熱心なのは嬉しいことである。ただ「エルフの具体的な寿命は?」というようなヴァンパイアと無関係の質問くらいならまだしも、「今まで戦った中で一番強かったモンスターは?」「好きな女性のタイプは?」といった種族問題すら無関係の質問にはさすがに参ってしまった。答える自分も自分ではあるが……


 しかし、ゆっくり休んでいるような余裕はないらしかった。部屋のドアをノックする音が聞こえてきたからである。


「ああ、君はさっきの」


 ドアの前にいたのは、「ヴァンパイアはニンニクが弱点」と答えた帽子の女子だった。


「ロレーナ・タルバートです」


「タルバート……」


 聞き覚えのない名字だった。知人の家族ではなさそうである。


 また、宿屋の従業員が、本人の承諾なしに部屋を教えた点も気になる。単に質問に来ただけの学生に対して、そんな対応をするのはありえないだろう。


 そもそも他の学生たちに比べると、彼女の容姿はかなり大人びていた。鋭く冷たい瞳、長く伸びた脚、落ち着いた風な服装、そして美しい銀灰色の髪…… 低く見積もっても、二十歳前後というところではないか。


「教員の方ですか?」


「いいえ、憲兵です」


「警さ……憲兵の方が何のご用で?」


 憲兵とは、要するに犯罪捜査を行う官吏のことである。たとえば窃盗や暴行、放火等の問題解決に当たっている。


 当然、ロレーナの用件は犯罪捜査にまつわるものだった。


「とある密室殺人事件に関して、勇者様のご意見をお聞かせいただけないかと思いまして」


「……どうぞ」


 ユイトはそう言って、彼女を部屋に請じ入れる。いよいよ休んでいる余裕はなくなってしまったようだ。


「ハーブティーでいいかな?」


「お構いなく」


 マナーとして形式的に答えているわけではなく、本当に構わなくていいと思っているらしい。ユイトがお茶の準備を始めるのを遮るように、ロレーナはすぐさま話を切り出していた。


「一人暮らしの男性の家から、彼の死体が発見されました。故人は客をめったに家に上げなかったという周囲の証言から、担当者は当初自殺だと考えたようです。

 ところが、死体や現場の状況を詳しく調べた結果、自殺としては不自然な点があることが分かってきました。断定はできないものの、他殺の可能性もあるのではないかと。

 しかし、他殺だとすると、それはそれで説明がつかないことがありまして……」


「玄関のドアが施錠されていた上に、鍵が家の中にあって、誰も中に入れなかったわけだ?」


「いえ、玄関の鍵は開いていました」


「じゃあ、部屋の方か」


「部屋の鍵もです」


「うん?」


 ユイトは思わず妙な声を出す。彼女の言っていることが、上手く飲み込めなかったからである。


「それなら密室でもなんでもないんじゃあ……」


「いえ、密室殺人で間違いありません」


 そう答えるロレーナの口からは歯が覗いて見えた。


 人間では考えられないような、大きく鋭く発達した犬歯である。


「事件が起きたのは、ヴァンパイアの国でのことですから」



『ヴァンパイアが自宅以外の家に入るには、その家の人に結界を解いてもらう必要がある。要するに、家に招いてもらう必要があるんだ』



『交流を避けるために、ヴァンパイアは異種族が国に入ってくることについては完全に拒絶している。どこの国も周囲を高い壁で囲って、出入り口に種族を確認する検問まで設置しているくらいなんだ』



「つまり、『ヴァンパイアは国には入れても、結界があるから家には入れない』『人間は家には入れても、検問があるから国には入れない』……ということだね」

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