1-3 ヴァンパイアの長所について
「本題に入る前に、まずはヴァンパイアの生物学的な特徴について学んでおこう」
ユイトの説明はその一言から始まった。
「ちなみに、特徴の紹介は基本的に人間と比較する形で行わせてもらう。人間が最も多数派で、他の種族にとっても最も身近な異種族だからね」
そう断りを入れると、ユイトは改めて聞き手の様子を観察する。感動や関心、緊張など、話を聞く姿勢には様々あるが、彼らの容姿そのものには違いがほぼ見られなかった。
「今日集まっているみんなも、人間がほとんどみたいだ」
ロレーナと馬車での移動を始める、数時間前のことである。ユイトは
大陸において最大版図を誇るミッドガルド王国の、東方の中心的な都市であるエスター市。その市内の中等学校から依頼を受けて、学生たちに対して講演を行っていたのだ。
講演のタイトルは、『ヴァンパイアとの融和についての現状と課題』。簡単に言えば、『人間とヴァンパイアが同じ街で生活するにはどうしたらいいのか』というものである。
だから、ユイトは最初にヴァンパイアの特徴について説明しようと考えたのだった。声すなわち空気の振動を風魔法で拡大させて、講堂いっぱいに響かせる。
「ヴァンパイアは強化魔法が得意だ。特に再生力が高い。多少の怪我なら、放っておいてもすぐに治る」
それどころか、指くらいなら切断されても新しく生えてくるほどだった。強化魔法が得意な種族は多いが、ここまで再生力が高いのはヴァンパイアくらいのものである。
「また、ヴァンパイアは寿命がかなり長い。人間の十倍以上も生きる。先程の再生力の高さもあって、非常に死ににくい種族だと言えるね」
エルフやトレントなど、ヴァンパイア以上の長命を誇る種族もいるにはいる。ただ不慮の事故で死ぬことが少ない点を考えると、平均寿命ではヴァンパイアも負けていないのではないか。
「それから、ヴァンパイアは属性魔法も得意だ」
どうやら知らなかったらしい。ここに来て初めて、学生たちは意外そうな表情を浮かべるのだった。
「嘘じゃないよ。エルフには及ばないから目立ってないってだけ」
これを聞いて、一部は感心したように何度も頷き、また一部はいそいそとメモを取り出していた。学校行事として強制参加させられているにもかかわらず、嬉しいことに熱心に聞いてくれる学生が多いようだ。
「じゃあ、せっかくだから、みんなにも聞いてみようか。ヴァンパイアの特徴について知っている人は?」
ユイトは自らも手を挙げて、学生たちの挙手を促す。
回答者はすぐに現れた。
「美人が多い!」
お調子者の男子といったところだろうか。答えた瞬間にも、会場に笑いが起こる。ユイトも笑みをこぼしていた。
「いや、その通りだよ。長身で色白、顔つきも目鼻立ちがくっきりしていて、美男美女という印象を受けやすいんだ。美醜は主観的なものだから、こういう言い方は本当はよくないんだろうけどね」
実際、他の種族からは、「体つきが細過ぎる」「肌が白いどころか青白い」「不健康にしか見えない」という意見を聞くこともあった。
「外見なら、もっと有名な特徴があると思うんだけど」
「牙が生えてるとか?」
「そうだね。吸血するために、ヴァンパイアは犬歯が発達している。ただ一般的に言われているように、食事のために異種族の血を吸うわけじゃないけどね」
これも知らなかったようだ。学生たちは再び意外そうな表情を浮かべる。
「ヴァンパイアの吸血には、主に二つの意味がある。
一つは、支配や征服の表現だ。これは戦争中によく見られたものだね。捕虜や死体の血を吸って、相手を完全に屈服させたことを自他にアピールしたんだ。
偏見を持たれたら困るから言っておくけど、似たような風習は人間や他の種族にだってあったんだよ。敵の肉や骨を食べたりとかね。それに平和になった今では、もうヴァンパイアも人間もそんなことはしないしね」
人間側の食人の風習については知っている学生もいたらしい。吸血に込められた意味に
「吸血のもう一つの意味は、親愛の表現だ」
「キスみたいなものですか?」
「それ以上かな」
ユイトがそう答えると、女子生徒たちを中心に黄色い声が上がった。
愛情表現としての吸血は、人間で言えばキスマークが残るようなキスに当たる。現在でもヴァンパイアの恋人同士の間ではしばし行われているが、肉体関係の存在を示唆するために吸血の痕は隠すのが一般的だった。……学生向けの講演なので、さすがに説明は控えるが。
代わりに、ユイトは人間が愛情表現として食人を行う例について解説した。たとえば、一部の地域では、葬儀で肉親の死体を食べる風習があったことが確認されている。
「じゃあ、ヴァンパイアは何を食べるんですか?」
件のお調子者の男子が続けて質問してきた。こういう聞き手がいてくれると、話が進めやすくて助かる。
「君たち人間と大して変わらないよ。強いて言うなら肉類を好む文化があって、内臓や血まで余すところなく食べる。
内臓はもちろん、実は血も栄養が豊富でね。ヴァンパイアの犬歯は、動物の血液を効率よく摂取するために発達したとも言われている。それが今でもヴァンパイアの嗜好に影響を与えていて、血を使ったソーセージやスープを食べる風習に繋がっているんだ。
こうした動物の血液を食料にする文化が、異種族の血を食料にすると誤解されたって説もあるね」
学生たちはどこか安堵したような顔をする。食人説に比べて穏当な内容のせいか、この仮説は受け入れやすかったようだ。
しかし、おさげ髪の真面目そうな女子生徒は、雰囲気に安易に流されるようなことはなかった。
「では、『ヴァンパイアに血を吸われた人間は、ヴァンパイアになってしまう』という話はどうなのでしょうか?」
「ヴァンパイアに異種族を後天的に同族にする能力があるのは事実だよ」
会場からどよめきが起こる。声を上げなかった生徒も表情を固くしていて、何も言わなかったというより、言えなかったという風だった。
「あれも一種の魔法だね。魔力で相手の体を作り変えているんだ。だから、正確には血を吸ってるんじゃなくて、魔力を送り込んでるってことになる」
ユイトが話を進めても、まだどよめきは収まらなかった。
ヴァンパイアの持つ特徴は、高い再生力や長い寿命といった長所だけではない。むしろ、致命的とも言える弱点が複数あって、そのために彼らは人間に比べて制限のある生活を余儀なくされている。
それだけに、学生たちは自分がヴァンパイアにされて、これまでの生活を失ってしまうことを恐れているのだろう。
「もっとも、同族化の魔法はヴァンパイアの間でも禁忌扱いだ。具体的なやり方はごく一部にしか伝わっていない。加えて、相手の同意があっても使うのは重罪になる。無理矢理ヴァンパイアにされる可能性よりも、馬車に轢かれる可能性の方がずっと高いだろうね」
ユイトがそう補足して、ようやく騒ぎに沈静化が見られ始める。
だが、学生たちの不安を完全に拭いきることはできなかったらしい。口をつぐんだだけで、彼らの顔色は未だに冴えないままだったのだ。
同族化の魔法について教えることで、学生たちに偏見や差別意識を植えつけてしまう恐れがあることは十分予想がついた。
しかし、ひた隠しにしたり、嘘をついたりしても、いずれは事実を知る時が来るだろう。それなら最初からきちんと説明をした方が、ヴァンパイアに対する理解や受容が進むはずだとユイトは考えたのである。
「他には?」
同族化の魔法の話が尾を引いているらしい。なかなか手が挙がらない。
そのせいか、またおさげの女子が挙手をしていた。
「空を飛ぶことが可能だと聞いたことがあります」
「その通り。ヴァンパイアは魔法で背中に羽を生やして飛行することができる。コウモリに変身できるというのは、この能力が誤解されて伝わったものみたいだ」
実際、ヴァンパイアが生やせる羽というのは、枝分かれした骨に薄く皮膜が張られた、コウモリのような羽だった。
「もっとも、魔法で一種の変身をしているだけだから、生まれつき翼のあるハーピーみたいに、長時間飛んだり速く飛んだりするのは難しいようだけどね」
「マーメイドが薬で脚を生やしても、速くは走れないようなものでしょうか?」
「そうそう。よく勉強しているね」
ユイトに褒められると、おさげの女子はすぐに顔を下げてメモを取り始めた。赤面しているのを隠したかったようだ。
「ヴァンパイアが使える魔法は、今挙げてもらった同族化と変身、それから強化、属性。この四種類になるね」
しかし、これでヴァンパイアの特徴に関する説明が終わったわけではなかった。
「長所についてはこんなところかな。それじゃあ、次は弱点について見ていこうか」
そう呼びかけてみたものの、しばらく待っても手は挙がらなかった。これまでに積極的に回答してくれたお調子者の男子やおさげの女子も、今回ばかりは躊躇してしまっているようだった。
「ああ、弱点って言い方はよくなかったかな。ヴァンパイアと接する時に気をつけた方がいい点ってことだよ。
今日はヴァンパイアへの接し方について、正しい知識を得るいい機会だ。誤解が混じっていても差別的だなんて言わないから是非挙げてほしいな」
講演のテーマがテーマだけに、迂闊なことを言って、講演者や周囲から批判されることを不安視しているのだろう。やはり学生たちからは手が挙がらない。だから、ユイトはもう一押しすることにする。
「確かにヴァンパイアは寿命も長いし再生力も高いけど、決して不死身ってわけじゃない。弱点を知らなかったせいで、入院させてしまったり、殺してしまったりということもありえないことじゃないからね」
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