1-2 エルフの魔法の密室(解決篇)

「密室だと断定されたようですが、合鍵は存在しなかったんですか?」


「そう考えていいと思うよ。鍵は金属製のものだったからね」


 ロレーナの質問に対して、ユイトはそう頷いていた。


「君も知っての通り、エルフは自然を愛する種族だ。特に木や花といった植物を好む。

 その反面、金属は嫌っている。金属は森を切り開いて採掘したり、大量の薪を使って加工したりする必要があるからね。これがドワーフと対立している主な理由だ」


 ドワーフといえば、屈強な肉体と器用な手先を持った種族である。そのため、エルフが忌避している採掘や鍛冶は、彼らの最も得意とするところだった。


「ただ利便性は認めているから、最近はエルフも少しずつ金属製品を使うことが増えてきているようだよ。たとえば、『必要性を議論した上で、代表者が街へ行って、人間を仲介してドワーフに製作を依頼する』という形で、伝統と実用性に折り合いをつけたりしたりね。

 事件が起きた集落でも、同じような方法で金属製品を調達していたみたい。Aの家で使われていた鍵もそうだ。だから、他に合鍵はなかったと見ていいだろうね」


 もちろん、ドワーフや人間が共犯者で、主犯のエルフは彼らから秘密裡に合鍵を受け取っていた、という可能性も0ではない。しかし、種族間の対立を考えれば、ドワーフたちがエルフの殺人に手を貸すというのは考えにくいだろう。


 ロレーナもその可能性については、ひとまず考えるつもりはないようだった。


「エルフなら土魔法で石の槍を出したりできますよね? それを応用して、鍵を複製できませんか?」


「属性魔法のコントロールはエルフでも難しいからね。鍵みたいに造形の細かいものを作るのは不可能に近いと思うよ」


 その上、鍵を作ったのはドワーフなのである。彼らの金属加工技術の高さを考えると、複製はますます難しくなるだろう。また同様に、ピッキングなどの不正解錠の応用で施錠をすることも困難だったに違いなかった。


「鍵のあった具体的な場所はどこですか?」


「コンソールテーブルっていうのかな。玄関のそばに低いテーブルがあって、その上に置いてあったよ。これは家に入る時にBもCも確認してる」


 そのため、持ち出した鍵で外から施錠をして、そのあと死体発見時のどさくさに紛れて鍵を家の中に戻す……というような真似はできなかったはずである。


「そもそもエルフの家というのはどんなものなのでしょうか?」


「その集落では木組みの、僕らで言うところのログハウスみたいなところに住んでいたね。窓にはガラスを使っていたけど」


「玄関のドアも木製ですか?」


「うん、そうだよ。金属製なのは錠穴くらいかな」


 壁は丸太を重ねたものだったし、ドアも木材を組み合わせたものだった。金属どころか、レンガやモルタルさえも使われていない。


 この説明を聞いて、ロレーナは思いつくことがあったようだった。


「でしたら、壁越しに風魔法で縄を操って、家の外から殺害したというのはどうでしょうか?」


「それは無理だよ。属性魔法というのは体から放つものだからね」


 威力や精度が違うだけで、風魔法は手で扇いで風を起こすのと本質的な差はない。手で扇いで起こした風が壁の向こう側には届かないのと同じように、風魔法もまた壁に遮られてしまうのである。


「普通ならそうでしょう。ただログハウスなら、丸太と丸太の間に隙間があるのでは?」


「隙間を通る程度の風じゃあ、縄の動きは制御できないと思うよ。そもそも雨や風の対策に、隙間は樹脂で埋めてあるものだしね」


 念のため、ユイトも家の壁は確認していた。だが、樹脂を削った跡や新しく塗り直した跡は見つかっていなかったのだ。


「…………」


 ここに来て、ロレーナの質問は途切れていた。聞くべきことを聞き終えて、答えを熟考する段階に入ったようだ。


 実際、今までに出た情報で、このクイズはもう推理できるはずである。


「どう? 解けそうかな?」


 期待を込めて、ユイトは解答を促す。


 しかし、ロレーナは首を振るのだった。


「……ダメですね。分かりません」


「降参?」


「ええ」


 ただ彼女は一方的に負けを認めたわけではなかった。


「強いて言うなら、玄関のドアを壊したことが気になりますが……」


「というと?」


「Aが死んでいると判断したなら、中には入らず現場を保存するべきです。逆に、まだ生きていると思うなら、玄関まで戻らずに窓を壊して、すぐに助けに行くべきでしょう。

 不自然とまでは言いませんが、対応がいまいち中途半端なように思えるんですよね。死体を見つけて、パニックになっていただけかもしれませんが……」


「さすがおまわりさんだね。正解まであと一歩だったじゃないか」


 ユイトがそう言ったのは、気を遣ってのことではなかった。


「窓から中を覗こうと提案したのはB、玄関に戻って風魔法でドアを壊したのもB、そして犯人もBだった。このトリックの要は、ドアを壊すことだったんだよ」


「ドアを……?」


 ロレーナは怪訝そうに目を尖らせる。エルフではない彼女には、解決までの最後の一歩が踏み出せないようだった。


「Bの犯行はこうだ」


 ユイトはそう言って、改めて話を切り出した。


「Bは集合時間の前にAの家を訪れると、隙を見て縄で首を絞めて殺害した。次に首吊り自殺に見えるように偽装工作をしたあと、鍵を持って家を出て玄関のドアを施錠した。

 それから、Bはこの密室を開いた。風魔法を使ってドアを切断したんだ。目立たないように、下の方だけをね」


 もうロレーナも真相にたどり着いたのだろう。彼女は「あっ」と短く声を上げていた。


「こうして切断してできたドアの隙間から、Bは鍵を家の中に入れた。それも風魔法をまた使って、鍵が置かれていてもおかしくないコンソールテーブルの上に移動させたんだ。

 家の中に鍵を入れたら、Bは今度は密室の復元に取り掛かった。切断したドアのパーツを、樹脂で接着して元の通りに直したわけだ」


 以降のBの動きについては、概ねすでに説明した通りである。


「それからBは何食わぬ顔で集合場所に向かうと、遅刻にしびれを切らしたCが『Aの家に行こう』と言い出すのを待った。そうならなければ、Bが自分から提案したんだろうけどね。

 実際、その後はBがCを誘導する展開が続いている。玄関のドアもそうだ。ドアに手を掛けると、鍵がかかっていると言って、Cにもそれを確かめさせた。家が密室だったと、あとでCにも証言してもらわないと困るからね。


「その次は窓から中を覗くことを提案して、Cに死体を発見させた。これはドアを壊す大義名分を手に入れるためだね。

 そして、最後にBはドアをバラバラにするふりをして、切断済みのドアをもう一度切断した。ドアの一部がすでに斬られていたという証拠を隠滅したんだ」


 この世界では、DNA鑑定どころか、検死や指紋の採取といったものさえ未発達だった。場合によっては、この事件は証拠不十分で自殺や未解決事件として処理されてしまっていたかもしれない。


「ただ、さっき言ったように、エルフでも属性魔法を精密にコントロールするのは難しい。バラバラになったドアを並べ直してみたら、斬った跡のそばに別の跡があるのが見つかってね。そこに樹脂が塗られているのも発見できた。それでドアが二度斬られていたことが分かったんだ」


「なるほど。さすがは勇者様ですね」


 ロレーナはそう深く頷く。


 その姿は、決して有力者を相手にしっぽを振ろうという風ではなかった。彼女は心から感嘆しているようだ。


 しかし、ロレーナにクイズが解けなかったのは、一概に推理力の問題だとは言えないだろう。彼女が属性魔法よりも強化魔法を得意とする種族だというのも、不正解の原因の一つだったはずである。


 それに何より、『勇者様』という呼び方はどうしても好きになれない。


 だから、ロレーナの賞賛に答えることなく、ユイトは話を先に進めるのだった。


「動機は一言でいえば女性関係のトラブルだね。恋愛相談を持ち掛けられたAが、出し抜く形で先にBの意中の女性との婚約を決めてしまって、Bはそのことを恨んでいたみたいなんだ。

 エルフの集落は森の奥地にあって、他の土地での暮らしを知らない。その上、エルフの集落同士もほとんど交流がない。だから、他の種族以上に転居するのは難しいんだ。それでBは精神的に追い詰められて、凶行に走ってしまったようだね」


「…………」


 ロレーナはユイトのご機嫌取りをするでもなければ、率直な感想を口にするでもなかった。ただただ黙り込んでしまう。


 エルフという種族の生き方や境遇について、考えを巡らせているようだった。


「まだかかりそうだね」


「そうですね」


 外の景色を眺めながら、二人はそんなことを言い合う。


 山どころか森すら遠くに感じるような広々とした平原。春を迎えたことで青々と生い茂った草葉。


 そんな一面の緑が、後ろへ後ろへとどんどん流れていく。


 ユイトとロレーナは馬車で移動しているところだった。


「事件の現場は――はもう少し先です」


 とある密室殺人事件を解決するために、二人は夜の国へ――ヴァンパイアの国へ向かうところだったのだ。


「せっかくだし、もう一問付き合ってもらおうかな」


「ええ、お願いします」


「今度のは謎を解いたわけじゃなくて、単にその場に居合わせたってだけなんだけどね」


 それはちょうど今のように、ユイトが馬車に乗っている時に起こった事件だった。


「乗り合い馬車に、エルフの女性とドワーフの女性が同乗した。移動の最中、ドワーフは気分が悪くなって吐いてしまい、それが隣にいたエルフにかかった。けれど、このことでエルフは怒るどころ笑いだしていた。さて、何故でしょう?」

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