勇者探偵~ヴァンパイアが生んだ密室~
蟹場たらば
第一章 夜の国へ
1-1 エルフの魔法の密室
「事件の概要はこうだ」
年若い男は、さらに若い女にそう話を切り出した。
「その日は、友人の男同士三人で集まることになっていた。しかし、時間になっても、その内の一人が――Aとしようか――Aがなかなか現れない。そこでBとCは自宅まで彼を呼びに行くことにした。
しかし、玄関から声を掛けても、Aは家から出てこない。その上、中に入ろうにも、鍵がかかっているようでドアが開かない。
「Aは約束をすっぽかすような性格ではないから、何かあったのかと思ったBとCは、裏手にある窓から部屋の中を覗いてみた。すると、天井からロープで首を吊っているAの姿が見えた。
慌てた二人は、玄関まで戻ると、ドアを壊して中に入った。しかし、その時にはAはすでに亡くなっていた……
「この件は、当初Aの自殺だと判断された。死体が首を吊っていたし、簡単だけど遺書らしきものも残されていたからね。
けれど、偶然居合わせた人物が――まぁ、僕のことなんだけど――僕が首の縄跡の違和感を指摘した。首吊り死体ではなく絞殺死体ではないかと、自殺ではなく殺人ではないかと疑義を呈したんだ。
ただし、この時Aの家の鍵は、施錠された家の中から発見されていた。つまり、現場は密室だったんだ」
自殺に見せかけた密室殺人。陰謀詭計にして冷酷非道な事件ではある。
とはいえ、ここまではありふれた平凡な事件だろう。ここまでは。
「そして、もう一つ――現場はエルフの集落だった」
男の説明を、女は「エルフ……」と繰り返していた。
平凡な事件が特殊な事件に――少なくとも彼女にとっては特殊な事件に――様変わりしたからだろう。
二人は向かい合う形で椅子に腰掛けていた。だから、お互いの姿がよく見えた。
男は――ユイトは座りながらも
女は――ロレーナは帽子を目深にかぶっていた。美人と言って差し支えないような容姿だが、彼女の種族にまつわる問題から、素の姿を晒すことに抵抗があるらしかった。
「エルフについては詳しく知らないのですが、確か森深くに暮らしているのですよね?」
「自然を愛する種族だからね」
ロレーナの質問に、ユイトはそう答えた。
人間を始め、ドワーフやリザードマンなど、多くの種族がほとんど無計画に森林の伐採や開墾を行う中、エルフはそれを必要最小限に抑えることを重んじていた。文明の発達した現代に至ってもなお、自然と共生するような古来からの生活様式を続けていたのだ。
「他の種族と対立があるせいでは?」
「確かにそういう理由もあるよ。特にドワーフなんかとはちょっとね」
「だから、集落は同族だけで構成されている」
「基本的にはそうだね」
外交や交易など、多少の交流なら近年になって見られるようになった。しかし、エルフの集落が異種族の定住を受け入れた例は、今でもまず目にすることはないのだった。
「それでしたら、犯人はエルフということでよろしいですか?」
「本当なら最初から断定してしまうのはよくないんだろうけど……今回はクイズだからいいか。君の言う通り、犯人はエルフだよ」
「エルフBかC、もしくは問題文には未登場のDということですね?」
「細かいね。大事なことだけど」
本職の刑事だけのことはある、とユイトは苦笑をもらしていた。自身はいわゆる民族学や文化人類学が専門であり、その知識の余禄で探偵の真似事をしているだけだったから尚更である。
案の定と言うべきか、ロレーナは推理を始める前に、さらに細かい確認を行うのだった。
「エルフは属性魔法が得意な種族……なのですよね?」
「その通り。火や水なんかを生み出して操る魔法を得意としているよ。Aの家のドアを壊す時も、魔法で風の刃を飛ばしてバラバラにしたみたいだね」
食材を氷魔法で保存し、火魔法で調理するなど、日常生活レベルでなら他の種族も属性魔法を使うことはできる。だが、無数の氷の矢を放ったり、巨大な岩の壁を出現させたり、六大属性(火・水・風・土・氷・雷)のすべてを高いレベルで使いこなせるのはエルフくらいのものだった。
「反対に、腕力や視力といった身体能力を高める魔法、いわゆる強化魔法はさほどでもないけどね」
玄関のドアを破壊するのに風魔法を使ったのは、一つにはこのためだろう。他の種族なら、強化魔法を使って体当たりするなり蹴破るなりしていたはずである。
「すごく馬鹿げたようなことをお聞きしますけど、犯人が密室を作るための新種の魔法を使ったということはないんですか?」
「壁をすり抜ける魔法で、鍵をかけたまま家を出た。透明になる魔法で、ドアが開くまでずっと家の中に潜んでいた。そういうことだね?」
「ええ。そういう特殊な魔法が使われた可能性は否定できませんよね?」
このロレーナの疑問は、一見もっともらしいものである。
しかし、実際には、単なる杞憂や疑心暗鬼と言っていいようなものだった。
「未来の出来事を前もって知ることができる予知魔法、背中に翼を生やして飛べるようにする変身魔法、異世界の人間をこの世界に呼び出す召喚魔法…… 一般的な強化魔法や属性魔法に分類できない、特殊な魔法も確かにある。
「でも、魔法っていうのは、努力や工夫で身につく技術じゃなくて、生まれ持った種族固有の特徴とでも言うべきものだ。実際、予知魔法はフェアリーにしか使えないけれど、言い換えればフェアリーなら誰でもある程度は使うことができる。
だから、犯人に特殊な魔法が使えるなら同族にも使えるはずだし、逆に同族たちに使えないなら犯人にも使えないはずなんだ。その意味で、誰にも知られていない新種の魔法が存在するというのは考えにくいね」
要するに、エルフが属性魔法を得意としたり、フェアリーが予知魔法を使えたりするのは、魚が海を泳げだり、鳥が空を飛べたりするのと同じことなのである。
中には空を飛べる魚や海を泳げる鳥もいるが、それらもあくまでトビウオやペンギンという種として認知されている。空を飛べるマグロや海を泳げるタカという風に、種の中に例外的な個体がいるわけでは決してない。同様に、エルフたちの中から、同族が使えない魔法を使える個人が生まれるということはまずありえないのだ。
「もちろん、犯人が突然変異的な才能の持ち主で、その種族の中でたった一人だけ新種の魔法を使うことができたっていう可能性は0じゃない。でも、この世界の常識で考えれば、限りなく0に近いというのは分かってもらえるはずだ。
君だって同族の起こした事件を調べる時には、いちいち新種の魔法の存在を想定したりしないんじゃないかな? よく知らないエルフの事件だから、念のために疑ってみただけなんじゃない?」
「そうですね。普段の捜査なら、もっとありえそうな方法から検討していきます」
本心から言っているらしく、ロレーナはあっさりとそう引き下がった。
「まずは常識的な、ありえる可能性の高い方法を使って事件を起こせないか考える。それが成立しない時に、初めて可能性の低い方法も考慮する。それでも無理なら、さらに可能性の低い方法も視野に入れてみる。そうやって可能性の高い方法から低い方法へと、少しずつ検討する範囲を広げていくのが推理の原則ということになるだろうね。
「もしこの原則を無視して、最初から『可能性が0じゃない以上はありえる』なんて言い出したら、たとえ魔法が存在しなくったって推理なんてできなくなってしまう。たとえば現場からXのDNAが見つかったとしても、実はXとまったく同じDNAを持つYの犯行だったことだって、可能性で言えば0じゃないわけだから」
「でぃーえぬ……?」
「ああ、何でもない。ただの異世界ジョークだよ」
他人同士のDNAが一致する確率は、約四兆七千億分の一とされている。だから、ユイトは確実性の高い証拠の例として挙げたのだが、かえってロレーナを困惑させてしまっただけだったようだ。
「ええと、つまりだね、根拠もなしに可能性が低い方法を認めていったら、もう『新種の魔法を使える天才の犯行だった』どころの話じゃなくなってしまう。『高度な科学技術を使える宇宙人の犯行だった』とか、『偉大な御力を使える神様の犯行だった』とか、そういう真相までアリにしなくちゃいけないことになってしまう……ってことだね」
「なるほど……」
事件現場からXのDNAが発見されたのなら、まずはXの犯行を疑ってかかるべきだろう。仮にアリバイがあるとXに主張されたとしても、アリバイ工作をしていないか検討するのが先のはずである。
同じDNAを持つYの犯行を考えるのは、そのあとでも十分に違いない。また、その場合も、実際にYの存在が確認されるまでは、X犯人説の検証を続けておくべきだろう。そこまでやって、やっと「他人同士のDNAの一致」という例外的な可能性は認められるようになるのだ。
「だから、僕たちが想定しないような例外が、事件に関わってくることは基本的にありえない。とりあえず、その前提で推理してみよう」
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