第27話・【最終話】・生まれ変わりだったりしてね


 それから数百年後。


 イモーレル国の地方都市ルドラードでは、毎年マルメロの花が咲く頃に、ベル祭が開かれていた。ベル祭とは元々は収穫を祝うお祭りだったのが、いつの間にか、この国の最後の女王で知られるクランベル女王の愛称「ベル」を、戴くようになったと言う。


 ベル祭は神殿から大きな山車が出て、それに乗せられた藁の人形を古代闘技場へ運び、初日はそこに飾られるが、最終日にはその人形を火に燃やして祭りが終了となる。祭りの間は三日三晩、仮面を付け仮装した人々が飲んで歌って踊り明かすのだ。その日は人間や獣人、大人も子供も、仕事や学校はお休みになり、お祭り一色になる。その日が来るのを、この国の者達は毎年、首を長くして待っている。


 7歳になる洋菓子店の娘クランベルも勿論、楽しみにしているが、実家が街で店を開いている為、その日は店を閉めて、代わりに大通りで両親を始め、店の従業員達と屋台を開くのが定番となっていた。でも休憩時間に他のお店が出している屋台を、見て歩くのを食いしん坊のクランベルは大変楽しみにしていた。


「去年は木の実を砕いてまぶしたキャラメルナッツパイを焼いて出したけど、今年は何がいいかな? 母さん」

「そうねぇ。食べ歩き出来そうなものとして、細長のキャラメルナッツパイを用意したら好評だったから、また同じものでもいいと思うけど。別の味の何か種類を増やす?」

「そうだなぁ。ベルはどう思う?」


 両親は収穫祭が近づくと、出し物のことで悩み始める。そして案が浮かばないと、クランベルに聞いてくるのもいつもの事だった。


「お父さん、お母さん。マカロンはどう?」

「マカロン?」

「色違いのマカロンを用意して、お客さまに好きな色を選んで買ってもらうの」

「なるほど。それ良いわね。ねぇ、父さん」

「そうだな。やってみるか。母さん」


 今年はクランベルの提案で、マカロンに決まりそうだ。父はこの国でも腕利きの菓子職人で、クランベルは父の作る菓子が大好きだった。


「わーい、わたし、マカロン好き。味見させてもらえるよね? お父さん」

「さては、味見狙っていたな? ベル」

「この子ったら。仕方ない子ね」


 父は可笑しそうに言い、母は苦笑した。


「ねぇ、お父さん。このお店の名前、どうしてシェ・バンクラインなの? それって『バンクラインの家』って意味でしょう? バンクラインって誰のこと?」

「ああ。まだベルには話したことなかったな。シェ・バンクラインと言うのは、ご先祖さまのバンクラインという名前から取ったものさ。バンクラインさまは、クランベル女王陛下に執事としてお仕えしていたんだ」


「バンクラインさまのことは知らないけど、クランベル女王さまなら知っているよ。皆が知っている有名な人だよね? この国最後の女王さま。一度は断罪されかけたけど助かって、夫だった愚王を廃して自らが女王になったとされる人だよね? 凄いよね。もともと他国から嫁いで来たのに、政略結婚で夫となったイオバ陛下に離宮へと追いやられて、そのうちイオバ陛下の独裁政治に不満を持った人々の支持を受けて反乱を起こし、女王となった御方でしょう? 歴史に出てくるもの。ご先祖さまはその女傑とされる御方に仕えていたの? 凄いね」


「ご先祖さまは、お菓子作りは趣味で始められたそうだが、プロ顔負けの味で、主人である女王陛下からぜひ、お店を持った方が良いと勧められて離職後、「バンクラインの家」と、言う名の「シェ・バンクライン」を開店させたそうだ」


 父は誇らしげに、ストロベリーブロンド色の髪の上に縦長に伸びる耳を立てたが、娘にはあいにくそのような耳はなく、父と同色の新緑色の瞳を輝かせるだけに終わった。母親同様、彼女は人間なので、馬獣人である父親のような反応は出来ない。それでも父の誇らしげな気持ちは理解出来たような気がした。


 現在、この国は民主制国家となっている。王族は存在しない。王族で最後の女王となったクランベル陛下は戴冠して数年後、王制を廃止した。民主制になって初めての首相となったブイヤール氏に後の事を託した後の事はあまり知られていない。歴史から消えたのだ。


 クランベル女王の前に、王位に就いていた愚王と称されるイオバ国王も、歴史の中では退位した後は、修道士になり一生を終えたとされている。その為、王族の血は絶えたと、クランベルは学校の歴史の授業で教わっていた。


「誇って良いぞ。おまえのご先祖さまは、素晴らしい御方だからな」

「父さんは、ご先祖さま贔屓が強いから」


 父が鼻歌でも歌いそうな機嫌の良い顔付きで言う。母は横で呆れていた。


「しかもバンクラインさまの奥さまのお名前は、偶然にも女王さまと同じ名前のクランベルさまだ。我が家の金庫の中にある家系図に記載されている」

「へぇ。女王さまと同じ名前。わたしのクランベルという名前と一緒だね」

「もしかしたら最後の女王さま本人だったりしてな。そしたらその血が私や、おまえに流れているかもしれないぞ」

「へ? うそ。本当に??」

「世が世ならおまえも私も一国の王だった可能性はあるな」

「うそ──? わたしが王女さま?」


 想像もしなかった事を父が言い出した。歴史でもその様なことは習ってこなかった。もしかしたらうちって高貴な血筋なの? と、クランベルが浮かれた時だった。母の冷静な声が割って入った。


「父さん。いい加減になさい。ちょっと飲んだでしょう?」

「あ。分かる? 母さん」

「もう、お酒に弱いのに何で飲んでいるのよ」


 父は母に叱られ情けない顔をしていた。父は母の目を盗んでお酒を飲んでしまったようだ。父はお酒にかなり弱い。コップ一杯で酔うような人なのだ。お酒を飲んで、気が大きくなったに違いなかった。


「なあんだ。父さんの作り話か」

「嘘じゃない。本当のことだぞ」


 ガッカリするクランベルに、反論しながらも父の瞳は、赤く潤んで見えた。大概酔うとこんな感じだ。オマケに口も軽くなる。


「父さんは寝た方がいいわ。収穫祭当日は、お酒は厳禁よ」


 母に強く諫められて、父はシュンとしていた。それが可哀相にも、娘の目から見ても可愛く思えてしまう。


「さあ、ベルも寝なさい。もうお休みの時間よ」

「はあい。お父さん、お母さん。お休みなさい」

「お休みなさい」


 クランベルは一階で両親と別れると、二階の自室に入った。両親は仲が良いが父はのんびり屋でマイペース。しっかり者の母に支えられているようなところがある。

 そんな両親のことがクランベルは大好きで、ゆくゆくは二人のように、お隣の商家の一人息子である、バン君となれたら良いなと夢見ていたりする。お隣のバン君はクランベルより3つ年上。両親はどちらも馬獣人。紺色の髪にクランベルが好きな椿の花のような、色合いの瞳を持つ少年だ。


 彼は頭が良い。学校では学年一の成績を収めているらしく、先生にも評判が良いし、運動の方も活発で、運動嫌いのクランベルにとって憧れの人でもある。


 寝る前に宿題の存在を思い出し、机に向かったものの全然、進む気がしない。鉛筆を置いて窓から外を見ると、向かい側の家の窓に明かりがついていた。バン君もお勉強中のようである。


「バン君のように頭が良かったならなぁ。すいすい宿題なんて、解いてしまうんだろうな」


 恨めしく思いながらその窓を見つめていたら、突如、ガラリと窓が開いた。内心ギョッとした。


「やあ、ベル」

「バン君?」


 びっくりして目をパチクリするクランベルに、バンが口元に指を当てて見せた。静かにしてと、言う意味らしい。彼の意を汲んで口元を両手で押さえると、器用にも彼はひょいひょいと、屋根を伝ってクランベルの目の前に来た。


「きみの部屋にお邪魔しても良いかな?」

「う、うん……」


 憧れの人を前にして、ベルはタジタジとなる。


「お邪魔します」

「どうぞ……、あ。散らかっているかもだけど……」


 異性を部屋に入れるなんて初めての経験だ。クランベルはバンを窓から入れてから、振り返って床の上の脱ぎ捨てた服の存在に気がつき、慌てて拾い上げる。


「突然来た僕が悪いんだから、気にしないで」

「気にしないでって言われても気にするよ。恥ずかしい~」


 その場に拾い上げた服を抱きしめたまま、しゃがみ込みそうになった彼女の前にバンがいた。


「バン君?」


 ベルの部屋は、ベッドの他に勉強机があって、ベッド脇の棚には数体のぬいぐるみが置いてあった。


「きみの部屋って可愛いらしいな。ぬいぐるみが好きなの?」

「うん、大好き」

「今度、僕から贈っても良いかな?」

「えっ?」

「嫌なら良いけど……」


 彼とはお隣さん同士で、母親同士は仲が良く交流があり顔を合せると、その時に挨拶やちょっとだけ話しをすることはある。でもそれだけだ。お互い家に行き来するほどの仲でもなかった。

 それだけに突然距離を詰められて、ベルはどうしていいのか戸惑ってもいた。


「そ、そんなことないよ。バン君からもらえるなら何でもオールOK」

「アハハ……。ベルちゃんて面白いね。皆にそう言われるでしょう?」

「そうかな。あはは……」


 クランベルは学校のクラスメート達に、「ベルは天然さんね」と、良く言われているのを思い出した。両親からはちょっと抜けているとは言われるけど、面白いと評価されたことはない。


「でも何にでも一生懸命だよね。そんなところ僕は見習っているよ」

「わたしを見習うだなんてとんでもない」


 何もかも自分よりバン君の方が優秀なのに。と、言いかけたクランベルを、彼はせつなそうに見つめていた。どうしてそんな目で見るの?と、クランベルは心の中で思う。


「僕、あと数年したら成人するんだ。それまでこの想いは黙っていようかと思っていたけど、年々ベルちゃんは可愛くなっていくし……、こんなの堪らないよ」


 彼の最後の言葉の方は、よく聞き取れなかったクランベルだが、バンが何やら悩んでいるようには感じられた。


「ベルちゃん」

「はい」

「僕、ベルちゃんの事が好きだ」


 真顔で告げられた、憧れの人からの告白にクランベルは驚きのあまり大声を上げてしまった。


「えっ、え──っ? ほ、本当にぃ────?」

「べ、ベルちゃん」


 顔を真っ赤にしたバンが焦ったような声を上げる。彼の珍しくも戸惑う様子に可愛いなどと思っていると、部屋のドアを蹴り上げるようにして、父親が突入してきた。もの凄い勢いで入って来た父親は、娘の部屋の侵入者に目を留め、凄んだ。


「バン君。約束は守ってくれているだろうね?」

「はっ、ハイ! 勿論でありますっ」


 クランベルが驚きのあまり何も言えないでいると、クスクス笑いながら母が入ってきた。


「もう、お父さんったら。二人の邪魔はしないの」

「母さん、二人はまだ、未成年者だぞ」

「恋を自覚してドギマギしている子達が、あなたの想像しているような不埒なことを、親がいる家の中ですると思って?」


 二人はまだ子供だから二人きりにしておくのは早いと言う父と、子供だから二人でいても大丈夫だと言い張る母。自分達のことで喧嘩になりかねない様子に、クランベルがハラハラしていると、バンが謝った。


「小父さん、小母さん。僕、帰ります。夜遅くにベルちゃんの部屋に来てごめんなさい。もうしません」

「気をつけて帰りなさい。危ないから屋根を伝うのは止めなさい。玄関から帰りなさい」

「はい」

「今度遊びに来るなら玄関から来なさい。バン君」

「分かりました」

「屋根を伝って落ちたら危ないからな」


 素直に謝るバンに、父も悪気があった訳ではないと分かっていたのか、優しく諭してバンくんを解放した。その一件以来、バンはクランベルの家をちょくちょく訪れるようになった。





 その後、二人は双方の親公認の仲となり、数年後には婚約を結ぶまでになっていた。その頃になると、母親がある事を教えてくれた。


「バン君はね、あなたが幼い頃は良くうちに遊びに来ていたのよ。だけどある日、父さんに向かって『大きくなったら、ベルちゃんをお嫁さんに下さい』て言ったら、あの人、大人げなくて『学校で一番の成績を収めたらな』とか、『ベルを守れるように体を鍛えたら』とか、自分も出来やしないことを、バン君にどんどん要求したのよ。父さん、あなたを溺愛していたから、簡単に嫁には出さないとか言っていたしね」


「それでバン君は、学校で優等生になった上に、腕っ節も良くなっていたのね」

「そうそう。父さんはそう言うことで、彼にベルの事を諦めさせようとしていたの」

「バン君、お父さんからの無茶ぶりにも負けずに頑張ってくれたのね。それだけ私、思われていた。嬉しい」

「当然よ。あなたはバン君の番だから」

「番?」


「ええ。私達人間には良く分からないけど、獣人には生まれながら番の識があって、相手が番かどうか分かるらしいわ。バン君のお母さんが言っていたけど、あなたが生まれてすぐにバン君は、あなたが番だと気がついたらしいわ」

「じゃあ、お父さんも?」


「あの人も馬獣人だから何となく察したのかもね。あなたがバン君の番だって。だから娘を奪われるのが癪に障って、煽るようなこと言ったみたいよ」

「へぇ。じゃあ、お母さん達の場合はどんな出会い方をしたの? お母さんは人間だし、お父さんは馬獣人で番なんて言われても、お母さんはピンと来なかったんじゃない?」

「そうね。最悪だったわよ」

「最悪?」


「私がお見合いで知り合った男性と街を歩いていたら、不審にも後を付けてくる男がいて、それがお父さんだったの。お見合い相手に無理矢理、連れ込み宿に引っ張って行かれそうになった所を、助けてくれてね、それがきっかけで付き合うようになったわ。だからあの日、バンくんが屋根を伝って家に来た日は、当時付き合っていた頃のことを思い出して笑いそうになっちゃった」


「どうして?」


「だってお父さんの場合は、夜中屋根を渡って私に会いに来たところを、たまたま私の父に見つかってね、焦って逃げようとして屋根から落ちたの。骨折して入院したのよ。入院した彼を見舞った父から『きみは誰だい?』なんて聞かれてね」

「そう。でも、良くお爺さんに交際を許してもらえたね」


 クランベルの祖父は教職員だ。堅苦しい性格をしている。屋根を渡って娘に会いにくるような、胡散臭い男に良く母を託したものだと思っていると、母が言った。


「二人とも歴史好きだから。父さんが自分はバンクラインの末裔だと名乗ったらコロリよ。娘をよろしくだって」

「ああ。何となく分かる。お祖父さんもお父さんも最後の女王クランベルさまのファンだしね。女王さまの事を語らせたら、一日中語っていられるものね」


 この国では王制から、民政国家へと切り替えた、最後の女王クランベルの人気が高い。そのクランベルに仕えていた忠臣のバンクライン、ミーシャ、コマ、ブルアンは忠義の四天王と呼ばれていたらしい。祖父や父から聞いた話だ。学校で歴史の教師をしている祖父にとっては、父の「バンクラインの末裔」と、言う言葉は魅力的だったのだろう。


「でもそのおかげで私がいて、バンくんと知り合えたのだからお母さん達の縁に感謝している」

「幸せにおなりなさい。クランベル」

「うん。私の名前も気に入っているよ。最後の女王さまから頂いた名前なのでしょう?」

「そうよ。バンくんの名前のバンクラインもきっと、同じ理由でしょうね。そんなあなた達が結ばれるって運命的なものを感じるわね」

「そう?」


「最後の女王クランベルさまは、あなたのようなストロベリーブロンドの髪に新緑色の瞳をしていたと聞くから。先祖返りかしらね? それと一部噂があってね、女王クランベルはバンクラインと実は、恋人同士だったという説があるの」

「バンクラインと恋人って? あれってお父さんの作りは話ではないの? 歴史の授業ではクランベル女王は独身を貫いたとされているけど?」


「歴史なんて後から幾らでも書き換えられるものでしょう?」

「お母さんはどう思っているの?」


「さあね。当人じゃないからなんとも言えないけど。でも、仮にクランベルさまが女王を辞めて、平民になってバンクラインの家と名付けたお菓子屋のご主人の下へ、押しかけ女房とかしていたら素敵だと思うわ」

「なんかあり得なくもない話しね」


「クランベル女王は、食いしん坊だったって説もあるわよ。お菓子が大好きで、中でもラズベリーパイがお好きだったようよ」

「私も大好き。何だかクランベル女王って私に似ているかも?」

「そうね。ひょっとしたら生まれ変わりかも知れないわね」

「まさか……。あははは」


 仲良し母娘は顔を見合わせて、ふふふと笑った。その話をドアの向こう側で、父とバンが鉢合わせし、たまたま立ち聞きする羽目になっていたとは思わずに。

 自分のしでかした話しで盛り上げる母娘をよそに、クランベルの父は小さくなりつつ、「後は任せた」と、婿になる予定のバンの肩を叩いた。


 その後、クランベルとバンは、雲一つ無い青空の下、マルメロの花が咲き乱れる教会でお互いの両親達や、ご近所さん達が温かく見守る中、婚姻式をあげた。

 二人の頭上を愛らしい小鳥達が、チッチッチと祝福を送るようにいつまでも囀っていた。


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