第26話・愚王が目を背けてきたこの国の真実
「クランベル。ここでおまえは良くもまあ、6年もこんなわびしい所で暮らせたものだ」
「王宮のような華やかさはありませんけど、自然にも恵まれてなかなか良い所でしょう? あなたさまのおかげです」
半年後。慌ただしい戴冠を終えて、何とか女王の仕事にも慣れてきた頃、クランベルはバンを伴い離宮を訪れた。元陛下であるイオバの様子を見に来たのだ。
イオバは幻覚薬を、グイリオから盛られていたことが判明し、その薬の影響が抜けるまで離宮に監禁されていた。応接間でクランベルの訪れを待っていたイオバは、見張りの兵が己に付いているにも関わらず、横柄な態度を崩さなかった。生まれ育った気質とはそう簡単に変わることは出来ないのかも知れないと、クランベルは思った。
「それは嫌味か?」
「とんでもない。今では感謝しております」
クランベルにとっては良い場所でも、王宮で贅沢慣れしたイオバには不服なようだ。
「ふ~ん。今後、私はどうなる? 重臣らとの会議で決定したのだろう?」
「はい。元陛下には身分剥奪の上、ルドラード辺境伯領に追放となりました」
「そうか。仕方ないな。ルドラード辺境伯領はライアン所有の地だから、奴が監視役と言うことだな?」
「あなたさまは、ライアンさまの元で一から学び直した方が宜しいかと思いますよ」
イオバが政務を執っていた頃は、重臣らの会議とは名ばかりで、彼が決定したものの報告の場となっており、それらに大臣らは頷くことしか許されなかったらしい。逆らう者は次々処分されていた為、それに不満を抱いていた者達も、あの日のライアン達を支援する側に回った。
その為、あっさりと王宮はライアン達の手に落ちていた。後から分かった事だが、ヨワーゴもこの件には手を貸してくれていた。彼はクランベル処刑後の後の、イオバの態度に不審なものを感じ、密かにブイヤール伯爵と連絡を取り合っていたそうだ。
名宰相が側に付いていながら暴走し、独裁政治を自分の都合の良いように解釈してきたイオバに、残念なものを感じる。
彼を反面教師に、自分はそうならないとクランベルは心の中で誓った。
「これでも一国の王だったんだが?」
「今は私がこの国の王です。従って頂きます」
「従わないとは言っていない。それにしても未だに信じられない。おまえが前ロマ陛下の孫娘とは──」
「私も驚きましたけど、お祖父さまの志半ばで終わってしまった政策を進めていく所存です」
「獣人との共存か?」
「はい」
イオバは渋面を作っていた。王宮が占拠された日、王都に怒濤のごとく押し寄せてきた人間の半数以上は獣人だった。もう獣人差別などしている場合ではないと薄々感じているのかも知れなかった。
それでも獣人に抵抗を感じているせいか容易に受け入れられない部分があるのだろう。今まで彼は獣人差別を止めさせようとしていた前ロマ陛下の案を蹴って、獣人差別を推し進めてきたのだから。
「ルドラード辺境伯領は良い所です。領民達は明るく朗らかで、きっとイオバさまも気に入って頂けると思いますわ。三日後には出立となります。どうかお元気で」
応接間でイオバと向き合っていたクランベルは椅子から立ち上がる。イオバも立ち上がった。
「……なぜ、私の首を刎ねなかった?」
「死にたかったのですか?」
「そういう訳じゃないが、私はおまえの言い分を信じることなく、冤罪にかけて処刑しようとした。しかも、それを見世物にまでしようとしたのだ。同じ事をされても仕方ないと思っていた」
「私はあの日の事を昨日のことのように思い出せます。ある御方はこの国は特殊だと言っていました。私は異常に思いましたよ。罪人を処刑する場を見世物のようにして、歓声を上げるなんて。人の死を楽しむ感覚が信じられませんでした。その私が公開処刑を望むとでも?」
「いや……、済まない」
クランベルは、重臣の一部からイオバを処刑する案も出ていたが、それは却下した。彼は次期王となる教育が優先で、王宮内しか見えていなかった。亡きロマ陛下はそれを懸念して、ライアンを宰相として彼の側に置いたのだろうが、それに彼は甘えすぎた。
その上、側妃や、その兄が優秀すぎた。それによってもしかしたらイオバは、自分が劣っているように感じられて、密かに彼らを疎んでいたのではないだろうか?
その心の闇をグイリオに、利用されたのではないかと思わずにいられない。グイリオはあの後、牢屋で処刑された。彼の養父も責任を負い、当主は斬首。コーニル一族は降格の上、所領は没収。後継者は厳しい人選の上、遠縁の者が継ぐことになった。
鳥女としてお騒がせ女を演じたロージも、王位簒奪を狙って先々代王と、側妃を毒殺し、王に幻覚薬を盛って操ってきたグイリオの協力者として、罪を問われることになった。鉄の檻に入れられて獣人国エルドへと船で送られた。今頃は、エルド国で重い裁きが下っているだろう。
「あなたはなぜ亡きロマ陛下が獣人と人間の共存する国作りを望んでいたか? その理由をご存じでしたか?」
「いや。前ロマ陛下は鷹揚に何でも受け入れる主義なのかと……」
イオバの言葉に、クランベルは深いため息を漏らした。やはり彼は何も分かっていなかったようだ。
「この国はもともと獣人国だったのですよ。それを海越えて新天地を求めて大陸から渡ってきたイモーレル人達が、先住民である獣人を追い出し、国を乗っ取る形で興したのがイモーレル国なのです」
「嘘だろう? そのような話、聞いたこともない」
「それはこの国の歴代の王族達が秘してきたからです。恐らく前ロマ陛下はあなたにも伝えようとしていたのに、それが叶わず亡くなられたと思われます。私はライアンさまから伺いました」
「……!」
「イモーレル人達は、海を渡ってはるばる訪れた彼らを快く受け入れてくれた、先住民である獣人達に敬意を払うどころか、彼らの生活水準の高さを羨み、彼らから財宝や住処を奪う事で自分達のものとした。そして邪魔になった獣人達を闘技場へと追いやり、お互いを命かけて闘わせ合って、その死刑ショーにお金をかけて楽しんでいた。その病むべき場が私の処刑場となった闘技場です。 それを良く思わなかった、今は亡きロマ陛下が獣人の奴隷解放を命じ、闘技場を閉鎖した事で、彼らは闘技奴隷からは解放されました。それなのに彼らの立場は良くなることはなかった」
「……だからと言って獣人を敬えと? 王宮にいた者達は皆、獣人を嫌っていたのだぞ」
クランベルの言葉に、非難されているように感じたのだろう。イオバは、それは自分だけではないと言い張る。
「でも中には前ロマ陛下に、賛同する者もいましたよね?」
「それは大伯父上の影響力が大きかったからだ。私は大伯父上とは考えが違う。大伯父上が亡くなって、私が王位に就いたなら、私のしたいように政務を執って何が悪い?」
イオバは開き直っていた。知らなかった事とはいえ、彼が疎んできた獣人達は、この国の先住民の末裔。クランベルから見れば人種に違いがあれど、彼らにも自分達と同じ命が通っている。自分達と違う人種だからと見下して良い訳がない。
先人達はきっと、自分がしでかした行いを子孫達に隠す為に、元からこの国はイモーレル人のものなのだと思わせる為に、先住民であった獣人達を貶めていったように思われる。
祖父王のロマ陛下は、そこに気がつき獣人達の差別化無くすことに躍起になっていたのだろう。自分達と対等な立場とする為に。それなのに悪意ある者により志し半ばで倒れ、どんなにもどかしく思われたことか。
イオバはそれを、前ロマ陛下と自分は違うと言い捨てた。確かに祖父王と彼は違う。でも、王の言葉には重みや、責任が伴う。彼のように軽々しく、周囲を振り回して良いはずはない。イオバがしてきたことは、祖父王が決めたことを全て破棄し、面倒事は宰相や側妃らに押付けて、毎日を怠惰に過ごしてきただけだ。
彼は生活に苦しむ民のことさえ、身分差があるのだから当然だと言い、改善する様子を見せなかった。後日、そのような意見は度々、上がっていたのにイオバの「不要」と、言う言葉で否決されてきたと知った。
イオバは自分のことしか考えてないのだ。
「ロマさまは先住民である獣人に対し、先祖達が行ってきた彼らへの仕打ちを知り、現在の彼らの生活向上に心を配られていたと聞きます。これからは私がその意思を継いでいきますわ。あなたがなし得なかったことを私がするのです。どうぞ、ルドラード辺境伯領から今後の私の動きに注目していて下さい。では失礼します」
前ロマ陛下から後継者として望まれながら、何もその意向を汲むことも出来ずに、反抗ばかりしていた拙い元陛下へ最後の言葉をかけると、クランベルは踵を返した。
イオバに伝えた言葉は、自分への戒めでもある。色々とこれからも問題は山積みだろう。生きている間に会うことが叶わなかった、祖父王の意思を受け継ぐ事が、最大の孝行となるだろうと信じつつ、クランベルは離宮を出た。ここで6年間過ごしてきたことを無駄にはしないと思いながら。
木漏れ日が降り注ぐ森の中に、足を踏み入れながら、大人しく後を付いてくるバンに、クランベルは声をかけた。久しぶりに訪れた森は、清々しい空気に包まれていた。
「ねぇ、バン。これからも私に付いてきてくれる?」
「はい。どこまでもお供致します」
「もしも私が普通の商家の娘だったなら、あなたとごくごく普通の家庭を築きたかった。ルドラード辺境伯領では楽しかったわよね?」
「はい、あの時間は私にとっても、かけがえのないものになりました」
「私にはこれからしなくてはならないことがある。でもね、バン。私は欲張りなの」
「華奢な見た目によらず食いしん坊な事は、知っておりますよ」
「もう。バンたら。そっちじゃなくて(その辺りもそうだけど)私はバンを手放せそうにないの。私はあなたとこれからも一緒にいたいの。女王になってしまったけど、もしも今後、誰かと結婚しなくてはならないとしたら、あなた以外の人なんて考えられない」
「ベルさま。あなたさまは女王陛下となられました。王配や側室なら幾らでも望めると思いますが」
バンはクランベルの素性を知ってから、今までの事が嘘のように、一線を引くようになっていた。今も諭すように言ってくる彼の態度が恨めしい。
「あなたはそれでいいの?」
「私の意見を聞いてどうなさるのですか?」
「もう、馬鹿。どうして分かってくれないの? 私はあなたじゃないと嫌と言っているの」
「ベルさま、それはあなたさまの立場が許されないかと。女王陛下ともなれば政略的にどこかの王族か、実りある貴族の子息と──」
「そんなことあなたの口から聞きたくない」
「べ……」
クランベルは、バンに抱きついた。
「私のこと、もう好きじゃなくなった?」
「そのようなことはありえませんよ」
「なら何故?」
見上げた先の濃い紫色に、赤味が差したような、澄んだ瞳を覗き込むと、ストロベリーブロンド色のストレートの髪に、新緑色の瞳をした女性が、泣きそうな顔をして映り込んでいた。
「……後悔はないですか?」
「後悔なんてしない。あなたがいい。あなただけがいい」
「ベルさま」
困ったような素振りをしながらも、バンはクランベルを突き離しはしなかった。おずおずとその背を抱きしめ顔を寄せてくる。クランベルは静かに瞳を閉じた。唇にそっと触れる感触があった時、二人の頭上でチッチと、小鳥の囀る声がした。
それは二人を祝福するような、小さな鈴の音にも聞こえた。
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