第25話・真犯人と愚王の退位


 3日後。クランベルは老宰相の顔をしたライアンと、ブイヤール伯爵、バンやコマを連れて王宮に赴いていた。バンとコマはそれぞれ獣人の姿のままで同行した。一台の馬車にクランベルと、ライアン。もう一台の馬車にリエール伯爵と、バン、コマが乗っている。


 城門は開けてあり二台の馬車は中を改められることなく、門番とは口答のみで中へ簡単に進むことが出来た。以前、リエールの手引きで王宮に来た時よりもスムーズに中に入れてもらえたので、グイリオから手配されているのだと思われた。

 王宮入り口に着くと、一人の男が待っていた。金髪に碧眼の優男風の容姿をした美男子ヨワーゴだった。


「お久しぶりです。ライアンさま」

「ヨワーゴ卿。おかわりはないようですね」


 ライアンが馬車を降りてすぐに彼の元へ向かう。後を追ったクランベルは、出迎えがヨワーゴと知って驚いた。てっきりグイリオが待ち構えていると思っていたのだ。向こうもクランベルと目があい、凝視した後に深々と頭を下げてきた。


「妃殿下。良く、ご無事で……。あの日の事はとても後悔しております。陛下の暴挙をお止めすることが出来ず申し訳ありませんでした」

「ヨワーゴ卿?」

「処刑は行きすぎではないかと、王宮内でも声が上がっていたのです。しかし、誰も陛下の気持ちを変えることができずにあのような事になってしまい、大変不甲斐なく思っておりました。巨大熊が現れた時には処刑台のあなたさまの事を気に掛けることもなく、我先にと逃げ出しお恥ずかしい限りです」


 処刑台に上がった時の事を思い出し、クランベルはああと思った。熊獣人達が獣化して闘技場に現れた時のイオバやヨワーゴの態度。確かに彼らは我先にと逃げ出していた。確かにあれはない。見苦しかったと思う。

 近衛隊の隊長らしからぬ態度であったと思うが、目の前の彼は心底反省をしているようだった。


「もう二度とあのような目に合わせないとお約束します。クランベルさま、どうかこの先で待つグイリオ卿にはお気を付け下さい。あの男は何か陰湿めいたものを感じます。皆さまもお気を付け下さい」


 突然の謝罪には驚かされたが、獣人嫌いだったはずの彼の態度は軟化していた。ロージの半鳥人化を見て、何か気持ちを変えるようなことでもあったのだろうか? 

バン達にも注意を促してきた。彼はキミラ妃の声がけで近衛隊の隊長になったと聞くから、本質はそう悪い人でも無いのだろう。ただ、仕える主人が間違った方向に向かっていると気付きながらも、止められるほどの力がなかったと言うだけで。


「では皆さまをご案内させて頂きます。こちらへどうぞ」


 ヨワーゴの案内で進む王宮内はひっそりとしていた。初めて王宮内に入ったクランベルは、こんなものかと思ったが、違っていたらしい。ヨワーゴにライアンが訊ねた。


「ずいぶんと静かなものですね?」

「鳥女が現れて以来、王宮で仕える者達がどんどん辞めていきましたから」

「ほほう。その鳥女ですか? その彼女は今どうしているのですか?」

「牢屋におりますよ」

「不思議ですね。この間、私はその鳥女に会いました。その鳥女が王宮に来るように言っていたのですが?」

「えっ? 脱走ですか? そのような報告は私の元にはあがってないのですが」


 ヨワーゴは驚いていた。惚けている様子でも無いので嘘はなさそうだ。恐らく、兵にも内緒でロージの脱走を手引きしたのは、グイリオ卿で間違いなさそうだ。


「今日、私達が王宮に来ることはどなたから聞いたのですか?」

「陛下からです。陛下から客人が来るから出迎えるようにと」


 あのロージの態度からして、陛下と直接繋がっている様子はなかった。恐らくグイリオ卿に何か言われて動いたように思われる。極端にグイリオ卿に逆らうことをロージは恐れていたような気がする。

 王にどのように話しをしたのか分からないが、ロージにクランベルを連れてくるように、言っていたグイリオのことだ。何か目的があるに違いない。自分達を蔑んでいたヨワーゴでさえ、忠告してくるくらいだから、厄介な人物だと思われた。


「こちらです」


 重厚な扉の前でヨワーゴは足を止めた。その扉の向こうにグイリオ卿がいる。クランベルは気を引き締めた。皆も神妙な顔付きになっていた。


「さ、行きましょうか?」


 ライアンの声に、皆が頷きあった。扉の向こうは謁見室だった。クランベルは初めて見る謁見室に目を凝らした。その中央にある玉座に、異常なほど青白い肌をした陛下がいる。クランベルとは年が五つしか変わらないのに、めっきり老けたような顔をしていた。


「ライアン、良く来たな。そこにいるのはクランベルか? 生きていたのか?」


 イオバは弱々しく玉座を降りてきて、クランベルへと近づく。警戒してバンが前に進み出ると、イオバは顔を顰めながら言った。


「こやつが側についているとは、やはりクランベル。おまえか」

「地獄の底より蘇ってきたと言えば宜しいでしょうか?」


 イオバはバンを嫌っていた。その嫌う相手を伴っているからクランベルは嫌われた。獣人嫌いは相変わらずのようだ。クランベルが嫌味を言えば、イオバが何度も頭を下げてきた。


「済まなかった。余はおまえを疑って処刑台に送ってしまった。全てはあの鳥女が企んだ事だった」

「今更謝られても困ります。私は無罪を訴えていたのに、あなたが私を罪人に仕立て上げたのですから」

「怒るのは当然だと思う。でも、生きていてくれて良かった。てっきりおまえは巨大熊に食べられて命を落としたのだと思っていた。ヨワーゴの報告だと、血痕が残されていて、おまえの姿が見えなかったとあったから」


「私がこうして生きているのは、あなたから見れば奇跡なのでしょうね。死に損なったようです」

「本当に済まなかった。クランベル。心の底から申し訳ないと思っている。おまえの罪を取り消そう。おまえは冤罪だったと国中に公布する」

「別に私は死んだままにされていても構いませんよ。イモーレル国の王妃クランベルは亡くなりました」

「それでは困る」


「お父さまがこの国へ用立てたお金の回収に来ましたか? あなた方の贅沢で国庫も底をついたのでは? 道理で王宮内の人員が少ないのですね」

「おまえの怒りはもっともだ。余を恨むのは良い。でも、この国の者は関係ないだろう? 助けてはくれまいか」


「虫の良い話しですね」


「おまえが望むならこの国の王妃に戻してやる。今度はおまえを大事にする。おまえが望むならそこにいる獣人を王宮で仕えさせても良い。おまえの言うことを何でも聞く。この通りだ」


 イオバは必死に懇願してくる。クランベルは苛立ってきた。


「あの日、闘技場で私はあなたと王都に住むイモーレル国民達に死を願われたのです。あの場にいた皆が誰一人、私の無罪を信じることもなく、早く死ねと言いました。先導したのはあなたです。私はあの日の事を一日足りと忘れたことがありません。お父さまがあなたにした事は当然の権利です。あなたが治める国など滅べてしまえばいいと思っております」

「く、クランベル……。余達は前ロマ陛下の遺言により政略結婚したとはいえ、一度は夫婦だったではないか。そのような言い方は……」


 クランベルに冷たく批難され、行き場を失ったイオバの目は謁見室に「失礼します」と、入室してきた男に目を留めた。彼は灰色の髪に琥珀色の瞳をしていた。中肉中背の自分達とそう年齢の変わらないような若い男だ。

 イオバは閃いたように言った。


「ああ、そうか。余が夫になるのが嫌ならば、このグイリオはどうだ? この者は忠義に厚く、余の一番の忠臣だ。これから宰相職に就くことが決まっている。王妃が嫌なら宰相の妻ではどうだ?」

「お断り致します」


 この灰色の髪をした男がグイリオ卿だったらしい。彼はこちらを直視していた。即断すると、グイリオが口を挟んできた。


「陛下。クランベルさまも突然、そのような話しを持ちかけられたなら戸惑われることでしょう。まずは喉ごしの良い冷茶でも如何ですか?」


 グイリオは、グラスに入れた冷茶をお盆で運んできて、イオバとクランベルに手渡そうとする。クランベルは断った。


「私は不要です」

「警戒なさらなくとも大丈夫ですよ。気になさるのなら私が毒味致します」

「結構よ。あなたの毒味は尚更、信用ならないから」

「どうなさいました? クランベルさま」


 冷たいクランベルの反応が気になるのか、グイリオが怪訝そうに見た。


「キミラ妃が亡くなった時の話しを聞いて不審に思っていました。陛下と食事をしていた時に、彼女は食事に毒が盛られて亡くなったと聞いたけど、毒味係であるあなたはどうして処罰対象にならなかったの?」

「それは──」


 言い淀むグイリオを庇うように、イオバが代わりに言った。


「グイリオは悪くない。余が判断したのだ。あの日は余とキミラの食事を、グイリオがそれぞれ目の前で毒味していた。グイリオが食した時は、何も無かった食事でキミラは倒れた。だから──」


 そう言うイオバの目は淀んでいた。やや思考がぼんやりしているようにも見えた。ライアンは叱責した。


「しっかりなさって下さい。イオバさま。あなたさまは陛下なのですよ。皆の上に立つ者が誰かの意見に左右されて、言いなりになっているばかりではいけません」

「分かっている。ライアン。気難しいことを言うな」


 ライアンに言い返したイオバは、気を持ち直したようだ。クランベルは聞いた。


「では陛下は、キミラ妃殺害を指示したわけではないのですね?」

「勿論だ。そのような非道なことを命じる訳がない」

「私はてっきり命じられたのだと思いました。目の前で側妃が亡くなったのに、毒味を務めたグイリオ卿は何もお咎めがなかったようなので」


 クランベルの言葉に、イオバはハッとした様子を見せた。


「まさかおまえが──、キミラを?」


 皆の目が一斉にグイリオに向く。グイリオは「ここまでか」と呟いた。


「そうです。私がキミラ妃を毒殺しました。陛下にはまだ生きていて欲しかったので、食事の前に毒消しを飲ませておりました」

「なぜ、その様なことを?」

「陛下はロージを気に入った様子だったので、彼女を側付きにして、邪魔となるキミラ側妃を消したまでです」

「きさま!」


 グイリオの平然とした様子に、キミラの兄であるブイヤール伯爵が声を上げた。


「目障りでした。愚鈍な王を支える名宰相も、有能な側妃も、その兄も。だから側妃に死んでもらい、お三方を引き離したのですよ」

「何が目的だ?」


 一番の忠臣だと思っていたグイリオに、愚鈍な王呼ばわりされたイオバが憤る。


「あなたには王座は似合わない。今すぐ降りてもらいましょう」

「私以外に誰がこの王座に就ける者がいると言うのだ。私の他に王位を継げる者などおらん」


 イオバの反論に、クックックと、グイリオは笑った。


「私はね、いつも不満に思ってきました。何故私ではなく、愚鈍なイオバが王なのかと。本来なら、その座に着くのは私だったのですよ」

「どういうことだ? グイリオ。家臣の身でそんなこと出来るはずがない。簒奪でもする気か?」

「あなたは馬鹿ですよね。あまり賢くない。だから人を嵌めても気付かないし、利用される。どうしてあなたが前ロマ陛下に後継者として、指名されてしまったのでしょう。秘された存在とはいえ、私もいたのに」

「……あなた方は双子だったのですか?」


 ライアンが気付いたように言えば、グイリオは満足そうに頷いた。


「さすが元宰相閣下。その通りですよ。私は公爵家にイオバと共に生まれました。私達は二卵性の為、そんなにお互い顔立ちは似ていませんが、弟のイオバの方が当主に容姿が良く似ていた為、残されました。私は母親に似ていたせいもあり、処分されそうになっていたのを、コーニル伯爵家に引き取られたのです」

「これはあなたの復讐なのですか?」

「そうとも言えますね。王家は私をいない者として扱ってきた。私がもらえるはずだったものを取り返そうとして何が悪いのですか?」


「もしかして前ロマ陛下が体調不良だったのは……?」


「あの御方のことも恨んでおりました。あの方がイオバではなく、せめて私を指名して下さればと、何度思ったことか。愚鈍なイオバの側にいて、毒味係をしなければならない自分が惨めに思われて、その原因を作った前ロマ陛下に、長いことジワジワと毒を盛ってきました。何も知らずにあの御方は、私が毒を盛った食事を平らげておられましたよ」

「なんてことを──!」


「私は幼少より体を毒にならしてきているので、王になってもイオバのように、毒殺に怯えることもありません。前ロマ陛下は選択を誤りましたね」

「残念ながらあなたの企みは、ここで尽きました。捕らえよ」

「元宰相にはそんな権限──」


 ライアンの指示で、影際に控えていた近衛兵が動いた。ヨワーゴがいたのだ。彼はすぐに配下の者と共にグイリオを取り押さえた。


「ロージ! ロ──ジ! ロ───ジ、オレを助けろ!」


 グイリオが叫んだことで、どこからか白い鳥が飛び込んできた。その後に沢山の野鳥達が続き、鳥たちは室内にいた者達を襲った。


「うわあっ」

「頭を押さえろ」

「顔を隠せっ」


 近衛兵達がその場で蹲る。それはクランベルや、バン達も例外では無かった。そんな中、コマが胸元から笛を取り出して吹くと、その笛の音に応じて廊下からドヤドヤと駆けつけて来た者達がいた。熊や鹿、リスに猿、ネズミといった獣人達だった。


「この迷惑な鳥ども。大人しくしろ」

「駆逐してやる」

「それっ」


 そう言いつつ、鳥達に向けて網が投げられ、呆気なく鳥達は捕獲された。

 捕獲された鳥が入った網を熊獣人達が背に背負う。そのリーダー格と思われる熊獣人がライアンに声をかけた。


「ライアンさま。城内は全て掌握しました。逆らう者は捕縛しました」

「皆さま、ご苦労さまでした。グイリオ卿と捕らえた鳥達は牢屋に連れて行きなさい」

「はっ」


 捕らえられたグイリオは往生際が悪かった。


「離せ、離せっ」「オレが王になるんだ──」と、抗っていたが、両腕を兵に持ち上げられて、引きずられるようにして退出して行った。

痕に残されたイオバは頭を抱えた。


「グイリオが余の兄だった? 嘘だろう? そして前ロマ陛下やキミラに毒を?」


 今まで信用してきた相手が、自分の大事な人達の命を奪っていた上に、自分と双子の兄弟だったと知り衝撃が大きかったようだ。


「イオバ陛下。あなたには退位して頂きます」

「ライアン。何を言う。余が退位したら誰が王になると言うのだ? 他に王になれる者なんていないだろうが?」

「いいえ。あなた様はロマ前陛下の血を引く、クランベル殿下を冤罪にかけました。それだけでも万死に値します」

「クランベル殿下? クランベルが前ロマ陛下の血を引くだと? クランベルが王位に就くのか?」

「クランベルさまは、前ロマ陛下のお孫さまです」


 ライアンの告白に、その場にいた人間や獣人達は皆跪き次々頭を下げた。


「そんな馬鹿な、余は聞いてないぞ。そのような話……」

「前ロマ陛下は何度か、あなたさまと話し合う機会を設けようとしていましたよ。それを避けていらしたのはあなたでしたよね?」

「あの時は、政略結婚に嫌気が差していて、キミラを王妃にしようと思っていたから……、前ロマ陛下と顔を合せれば、また説教になると思って──」

「残念です。陛下。あなたがちゃんと前ロマ陛下と話し合う機会があれば、また違う未来もあったはずなのに……。陛下には今後、沙汰が下るまでしばらく離宮にて幽閉して頂きます」


 ライアンが手を振ると、意を汲んだ近衛兵達がイオバを連行していった。彼らはライアンと志を同じくする者らしかった。

 その日、王宮内は獣人や、獣人達と志を同じくした人間達の手によって占拠された。そして彼らの手によって新たな王が立てられることになる。クランベル新女王の誕生だった。

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