第24話・ロマ前陛下の死の疑い
「セーラさまが前ロマ陛下のご息女として、公表出来なかったと言うことは、セーラさまの命が何者かに狙われることを懸念されていたのですよね? 実は私は前ロマ陛下の死について疑いを抱いております」
リエールは、ロマ前陛下も誰かに命を狙われていたのではないかと言った。
「ロマ前陛下はご老体のわりには溌剌とされた御方でしたが、ご逝去される二、三年前には顔がやつれて見え、体付きも貧相になっていくように思われました。ライアンさまは誰よりもロマ前陛下のお側におられました。そうは感じられませんでしたか?」
「リエール。人間誰しも寄る年波には、勝てないものですよ」
リエールを、ライアンは窘める。ロマ前陛下の死は老衰として発表されていた。それを疑う事は、医師の発表に偽りがあったと言うことになる。
「それにしてもロマ前陛下の場合は、顔色も悪くなって……いまの陛下の顔色に似ています。肌の色が妙に白すぎると言いますか──」
「リエール。憶測はそこまでにしておきなさい」
「これが私の杞憂に済めば良いのです。ですがいま、陛下のお側にはグイリオ卿がおります。彼の実家は薬学に通じていると先ほどライアンさまから伺いましたが、以前から彼には不審なものを感じておりました」
リエールは真剣だった。クランベルは処刑台に上がった日の事を思い出した。数年ぶりに顔を見たイオバは、異様に肌の色が白く感じられた。それは王宮内にいて、滅多に外に出て日焼けする機会がないからだろうと思っていたが、リエールもイオバの肌の色がおかしいと思っていたようだ。
それにはグイリオ卿が関係しているのでは? と、リエールは疑っていた。
「キミラが毒殺された日、毒味係を勤めていたのは、グイリオ卿だったそうです。それなのに彼には一切のお咎めがなかった。そればかりか現在、彼の実家は新しい側妃さまの後見役にもついていた」
リエールは忌々しそうに言った。毒味係は自分の身をもって、毒から陛下を守る義務がある。陛下と一緒に食事をしていた側妃だけが命を落とすとは釈然としない。
料理に毒が含まれてないことを確かめられてから、食事が出されていたはずなので、陛下と側妃は毒味が済んだ食事を食べていたはずだ。それなのに側妃だけが命を落としたということは、毒味が完全でなかったと言うことで、処罰を受ける対象となる。
クランベルはイモーレル国について学んでいる時に、そのことも教えられていた。陛下の寵妃が毒を盛られても、毒味係には何のお咎めもなかった。これはおかしな話だ。
でも例外はある。陛下の命を受けて誰かに毒を盛る場合だ。その時は王命を受けたとして処罰対象にならない。それはつまり陛下の意を汲んだと言うことで──。
「では陛下は自分の側妃に毒を盛ったと言うのですか? あんなにもあの子を寵愛していたのに……?」
ライアンの目が見開かれた。イオバがキミラ側妃を寵愛していたのは、離宮で暮らしていたクランベルでさえ知っている。愛していた女性に、毒を盛るなんて信じがたい行動だ。
「私も未だに信じがたく思っております。陛下は以前キミラが浮気していると、証拠もないのに断言していました。それについて調べさせたところ、キミラは浮気などしておらず、陛下だけがそう信じておりました。誰かに唆されたのか、精神に害を与えるような薬を盛られていたのではないかと疑っております」
リエールの話しを聞いて、ライアンの顔色が悪くなっていく。クランベルも自分をその犯人に仕立て上げ、あのような処刑を命じたイオバは短絡的と思っていたが、もしかしたら精神が正常ではなかった?と、疑い始めていた。
いつしか日は暮れていた。部屋の中の燭台にバンとコマが火を点していく。
「そろそろ本邸から食事が運ばれてくると思います。しばし、お待ち頂けますか? 殿下」
「……あの。リエールさま。私の事はいままで通りクランベルとお呼び下さい。素性を教えられたのはつい、先ほどで、自分でも半信半疑で受け入れることに、時間がかかりそうですから。それに誰かに聞かれて無駄に命を狙われたくないので」
「畏まりました」
「伏せて!」
リエールが神妙に受けていると、バンが突然大声で怒鳴った。皆何事かと思う間もなく、窓ガラスがパリンッと音を立てて割れた。
慌てて身を伏せるクランベルの上に、バンが覆い被さる。窓ガラスに飛び込んで来たのは一羽の白鷺で、室内に飛び込んで来た途端、姿を人間へと変化させた。銀髪にオリーヴ色の瞳をした彼女は、クランベルに狙いを付けて歩み寄った。
「やっと、や──っと、見つけた。クランベル」
「あなた、ロージ。どうしてここへ? 牢屋に入れられたのではないの?」
半鳥人化して王宮内を騒がせたロージは、あの後王宮の兵に捕らわれ牢屋に入れられたはずだ。
クランベルを守るようにバンが背に庇い、リエールやライアン、コマらは警戒していた。
ロージはくすりと笑った。
「牢屋からどうやって出て来たのかって? 勿論、グイリオに出してもらったのよ」
「グイリオ卿……!」
グイリオは皆が話題にしていた相手だ。罪人として牢屋に入れられていたはずのロージを、彼は脱走させたと言う。その行動を皆が怪しんだ。
「それであなたは、私をどうして捜していたの?」
「グイリオが連れて来いって言ったから」
クランベルの問いに、あっけらかんとロージは答える。グイリオとは面識のないクランベルは訝った。
「彼は私に何の用があるのかしら?」
「あんたを自分のモノにするって。だからあんたをグイリオの元へ連れて行かないとならないの」
目を丸くするクランベルをよそに、ロージの言葉を聞いたバン達は殺気立つ。
「そのグイリオ卿は、どうしてそんな事を言い出したのか分からないけど、私は彼に関心が無いわ。お断りよ。脱走なんてしたら駄目よ。刑が重くなるわ。さっさと牢にお帰りなさい」
「駄目よ。グイリオの言うことは絶対なの。クランベル、あたしと一緒に王宮に来て。お願いだから」
「ロージ。一緒には行けないわ。あなたは牢屋に戻るのよ」
まだ会ったこともないグイリオ卿に気味の悪さを感じ、牢から抜け出して来たロージの説得を試みようにも無駄のようだ。
「クランベル。大人しく言うことを聞いて。そうじゃないと──」
「そうじゃないと何かしら?」
「あの人が──」
ロージが急に青ざめだした。
「お願い。クランベル、一緒に王宮に来て」
「それは──」
その様子は必死で裏に何かあるとしか思えない。だからといってついていくほど、お人好しでもない。断ろうとしたクランベルだったが、ライアンが応じた。
「良いでしょう。ただし、今すぐに向かうのは無理です。1週間ほど時間をもらえますか? 1週間が無理なら3日でも構いません。3日後に必ず王宮にこちらから向かいます。私、ライアンがこの件には責任をもちましょう」
「おばあさん、だれ? 彼にそう伝えてみるけど……」
老夫人姿のライアンに面識のないロージは、提案されて悩む素振りをみせたが結局は応じた。鳥へと姿を変えると、長い嘴で念押しした。
「必ずよ! 約束して」
「お約束します。クランベルを監視して、逃げ出さないように我々もお供として向かいますから、城門は開門しておいて下さいね。閉まっていたら引き返します」
「分かった。頼むね。おばあさん」
ライアンの言い方には含むものがあったが、気にしていないようだ。彼女としてはグイリオに命じられた事が最優先で、他がどうなろうと気にしないのだろう。
クランベルを逃げないように監視すると言った、ライアンの言葉を信じて飛び立って行ってしまった。
「ほんと鳥頭ですね」
「あいつ嫌い。こんなに散らかして。人の迷惑考えないんだから」
いつの間にかちり取りと、箒を持ってきたバンとコマが愚痴りながら窓ガラスの破片を始末する。
「何か手伝う?」
「ベルさまは良いですよ。少しお待ち下さい」
「さっさと片付けちゃうから触れないでね。危ないから」
バンとコマは、帝国にいた頃からクランベルには過保護だった。見ているだけでは心許ないクランベルに、ライアンが話しかけてくる。
「クランベルさま。先ほどは勝手に了承してしまい申し訳ありませんでした」
「ライアンさまのことですから、何か理由があるのでしょう? 私が逃げないように監視する為に数名の同行者を付けると言っていましたが何をなさる気ですか?」
「はい。この際ですから、堂々と王宮を乗っ取ろうかと思いまして」
「乗っ取る?」
普段は落ち着き払ったライアンから、想像もしてなかった言葉が飛び出し、クランベルは驚いた。前ロマ陛下に仕えてきた忠臣からそのような言葉が飛び出すとは思わなかったのだ。
「前々から考えてはいたのです。その為にリエールや、リセッシュ子爵には協力を要請してきました。今までは暗躍する者が誰か分からずじまいだったので、下手に動けなかったのですよ。こちらの動きを察して先に叩かれては堪らないので」
「なるほど。でも私達数名では王宮を乗っ取るには人材が少ないのでは?」
「実は以前からこっそりと獣人達を送り込んでおります。王宮の庭園は広いですから、獣化すればいくらでも紛れ込む事が出来ますしね」
ライアンが微笑む。それを見てこの方には全く敵わないとクランベルは思った。
「それに応援もじきにこちらに着く予定です。3日後を楽しみにしていて下さい」
ライアンには勝算があるようだった。クランベルはこれから会う予定のグイリオが、愚鈍でないことを願っていた。
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