第23話・猫かぶりの王と、秘匿されてきた秘密



「あの離宮は私達5人で暮らすには、部屋数も多すぎましたし、物も多すぎましたから。少しでも他の方の生活の糧になるようでしたら幸いで良かったです」

「クランベルさまのなさっていた事は、話しに聞いております。ライアンさま共々、感心しておりました」

「私はたいしたことはしておりません。私に出来ることと言えば限られていて、離宮で使わない物を換金したり、寄付することぐらいで……、それでもそのお金で少しでも生活に窮しておられる方が治療を受けられたり、お腹いっぱい食べられる助けになればと思った次第です」


「クランベルさまは、しっかりなさっておられますね。特権階級者となると、自分達が恵まれた生活にあるのは当たり前と考えていて、恵まれない者達の生活に関して心を砕いて、どうしたら良いかなど考えることも無いと思います。私達、兄妹はライアンさまからそういった者達の生活の犠牲の上に、我々の恵まれた生活があることを教わりました。ライアンさまから教わらなければ、私達も関心を持つことはなかったでしょう。しかし、ロマ前陛下が存命の折には、孤児院や救護院への対応はしっかりなさっておられたのですが、イオバ陛下の代になられてからは、国からの援助金は取りやめになってしまい、不甲斐なく思っております」


 リエールから妹が亡くなり、陛下からは閑職に追い込まれたと聞いていた。イオバ陛下が政務を独占している状態で、彼も歯がゆい思いをしているらしかった。


「陛下は前ロマ陛下が行ってきた政策を次々、握りつぶしていっているような気がするのですが、先代陛下を嫌っておいでなのでしょうか?」

「そのような事はないと思いますよ。陛下はロマ陛下のことを尊敬しておりました」

「では、リエールさま。陛下は猫を被ってきたのでしょうか?」

「……? 猫とは?」


 クランベルの言葉に意味が分からず、リエールは思案した。ライアンは黙って聞いている。


「私はこちらに嫁いでくる前、夫となるイオバさまは、ロマ前陛下にとって唯一の肉親であり、心優しい青年であると伺っていたので、政略結婚でも互いを思いやる夫婦にはなれるものと思っておりました。それなのに実際には短慮で、傲慢な御方で驚きました」


 聞いていた人とは、別人のようにしか思えませんでしたと言うクランベルに、リエールはハッとした様子を見せた。


「確かにロマ前陛下存命中のイオバさまは、当時、王太子でしたが、性格は大人しく家臣の言うことにも、耳を傾けておられました。聡明な好青年として皆さまが将来に期待をされておられました。そんなイオバさまを見て、妹も私もあの御方を二人でお支えしようと誓ったものです」

「前ロマ陛下もイオバさまには期待しておられました。これでいつ、自分の身に何があっても優秀な後継者がいるから、これで問題はないと笑っておられました。でも、変わってしまわれた」


 リエールの言葉を聞き、ライアンも思い出したように言う。過去のイオバを知る二人から見れば、現在のイオバはだいぶ変わってしまったらしい。


「イオバさまは、もともと今のような性格をなさっていたのではないでしょうか? それを皆さまの前では隠されてきた」

「どういうことでしょう? クランベルさま」

「あの御方は前ロマ陛下の前では、自分を良く見せようとしてきたのではないですか? ロマ前陛下の求める良い子を演じてきたと言うか……、尊敬する御方の前では少しでもよく見られたくて」

「言われてみれば、あり得るかも知れませんね。陛下がガラリと変わられたのは、戴冠後でしたから」


 ライアンが納得したように言う。


「王太子殿下の頃は、我々の政策に快く応じては下さいましたが、いま思えば、ロマ前陛下がおっしゃる事は全面的に認められているような節があった為、我々も陛下なら当然、分かって下さると思っていましたが、内心、面白くなく思っていたのかも知れませんね」


 イオバはずっと、ロマ前陛下の言いなりになっていたと言う。その彼が王となり実権を握ったことで、それまで我慢してきた鬱憤をはらすように、行動に出て来たのではないかと思う。それでも人間性を疑うが。


「我々が陛下と上手く意思の疎通が出来ていなかったせいで、クランベルさまに陛下の不満の目が向けられてしまったような気がします。そのせいであのような悲惨な目にもあわせてしまいました」

「仕方ないことです。ああいう御方は、周囲が何を言っても耳を傾けないのでしょうね。冤罪をかけられましたが、私は結果的にはこれで良かったのだと思っています」


 もうイオバが素直に意見を聞く相手はいない。彼は自分の発言が絶対だと思ってこのまま突き進んでいくのだろう。彼と分かり合う事が出来たならば、違う未来もあったはずなのに。それがちょっとだけ残念に思われた。


「あの御方は、前ロマ陛下の政策を望んでいるように思われませんでした。毛嫌いしているように思われました。私はルドラード辺境伯領に、匿われて過ごしていくうちに気がついた事があります。ここはもしかしたら前ロマ陛下の望んだ国のあり方ではないかと。前ロマ陛下は、獣人と人間が手を取り合う国作りをしたかったのではないかと」

「その通りです。ロマ前陛下はそれを目指しておられました。ところがイオバ陛下はそれを厭い、その為の政策が始まろうとしていたのですが、一蹴されました。奴隷と変わらない獣人と、手を取り合うとはとんでもない。自分の御世では行わないと仰せで、前ロマ陛下の遺言には従った。後は知らぬと」

「前ロマ陛下の遺言とは?」

「クランベルさまとの婚姻です。これは私達の勝手な要望です。どうしてもあなたさまをこの国にお迎えしたかった」


 ライアンはクランベルが嫁いでくることを、前ロマ陛下と、自分が願っていたと言ったが、リエールは顔色一つ変えなかった。彼もその事については知っていたようだ。


「それは私の亡き母と関係がありますか?」

「……」

「ライアンさま。私は席を外しましょうか?」


 クランベルの指摘に、ライアンは口を噤む。リエールは気を利かせたように立ち上がろうとした。いよいよ核心に触れるのだとクランベルは思った。自分が嫁ぐことを前ロマ陛下らが強く希望した理由。そしてその意向を知りながらも、リエールにはその理由までは知らされていなかったようだ。


「ブイヤール伯爵。あなたもいて下さい。このことはあなたにも知っていて欲しい」


 彼が浮かせた腰を再び椅子に沈めたのを確認してから、ライアンは静かに告白した。


「クランベルさまのお母君は……、セーラさまはイモーレル国の王女殿下でございます。ロマ前陛下のご息女であらせられました」


 ライアンの言葉に皆が息を飲んだ。壁際に控えていたバンや、コマも愕然としている。クランベルは信じられなかった。


「……! お母さまはお祖父さまのご友人の娘さんで……幼い頃に両親を亡くし、お祖父さまがそれを哀れに思って引き取って育てられたと。ご友人とはロマ陛下のことだったのですね? では、お父さまはこの事を?」


「知っておられますよ。婚約話が持ち上がった当初は、最愛の妻が残した娘を、海向こうの遠くの国に嫁がせるなんてと、コージモさまは嫌がり強く反対なさっていたそうですが、前ご当主さまが亡きセーラさまの素性をお話しになったことで、渋々お認めになったそうです。あなたが嫁ぐ年齢に近づいてくると、バンさま達4人の同行の許可を求めていました。その頃はまだロマ前陛下もご存命でしたし、バンさま達を同行させることに、諸手を挙げて喜ばれておりましたよ。ロマ前陛下は、それこそ、こちらが願ってもないことだとおっしゃられて……」


 その言葉に、クランベルは父と再会した時の様子を思い浮かべていた。父になぜ自分をこの国に嫁がせたのかと聞いた時、父はクランベルがこの国に嫁ぐことは、ロマ前陛下の「切望」であり、祖父の「希望」だったと答えた。

 その時の父の表情は冴えないものだった気がする。いずれライアンさまから、詳しい話しがあるだろうと父は言っていたが、こういう事だったのかと思った。


 ミデッチ家の人間は、情に厚いところがある。何らかの事情で、イモーレル国にいられなくなったセーラを、友人であるロマ前陛下に頼まれ、祖父は匿い育てたのだろう。そして母が亡くなり、娘の突如、持ち上がった婚約話に異を唱えながらも、母の素性を知らされた父は、一人娘を手放さざる得なかった、ロマ前陛下のことを思い、その気持ちを慮ったに違いなかった。


 これでイオバ陛下がまともに育っていて、ロマ前陛下の意を汲み、クランベルと良好な仲を築いていれば何も問題が無かったのに、人の心とはままならないものだ。


「母は自分の素性を知っていたのですか?」

「恐らく知らないと思います。セーラは……、セーラさまは生まれてすぐに、ミデッチ家の当主が引き取られましたから」

「赤子の時に? 前ロマ陛下は認知されなかったと言うのですか?」


 それは生まれてきた子である母にも、その生みの母親にも失礼ではないだろうか? と、クランベルは思った。その思いが顔に表れていたのだろう。ライアンが説明してくれた。


「前ロマ陛下は赤子を認知して、その産みの母を妻として迎える気ではいたのですよ。しかし、この国の状況がそれを許さなかった。相手の女性が身を引こうとし、生まれてきた子の命を守る為に、前ロマ陛下の娘と知られないように、ロマさまと周知の仲だったミデッチ家の当主の元へ託されたのです」


 話しに聞くロマ前陛下は奇想天外の人だ。この国の因習などものともしない性格のように思われたのに、それでも解決には至らないものがあるらしい。ライアンの言い方だと、母がロマ前陛下の子だと認知されていたなら、命の危険に晒されていたように聞こえた。 

 それを回避する為に、ミデッチ家の祖父のもとに母は匿われていた? 何者が母の命を狙っていたと言うのだろう? 謎が深まるばかりだ。

リエールが思いついたようにライアンに聞いた。


「イオバさまは、クランベルさまが、ロマ前陛下の血を引いていることをご存じなのでしょうか?」

「恐らく知らないと思います。この事は秘匿されてきたことで、前ロマ陛下と私、そしてミデッチ家の前当主と、現当主しか知りませんから」

「では尚更、クランベルさまの身辺には、注意を怠らないようにしなければなりませんね」


 リエールが思案顔で言う。クランベルを除く皆が頷いていた。

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