第22話・立場が違えば友達になれたかもしれない人
「二人とも。もう見つかったらって思ったら冷や冷やしたわ」
「それは僕らも同じだよ。ねぇ、バン兄」
「ベルさまも、見つかったら大変な事になります。私達は獣化すればバレませんからね」
「確かにそうだけど……」
ブツブツ言いながら侍従姿のクランベルは、亜麻色の毛をしたウサギと、藍色の毛を持つ馬を従えて王宮の中庭から抜け出した。王宮では鳥女の捜索が行われていて、そちらの方に皆の目が向き、動物を従えているクランベルに誰も不審の目を向けなかった。
それは勿論、ブイヤール伯爵リエールの存在の影響が大きいようだ。彼の事は皆、妹のキミラが側妃だったこともあり周知されている。変装したクランベルを誰も疑う事無く、彼の侍従として認めていた。誰にも疑われることはなかった。
そのリエールは、バン達の獣化を見ても特に驚くことはなかった。ライアンが話してくれていたようだ。
逆にバンや、コマの獣化した姿を見て「毛並みが良い。賢そうだ」と、褒めて、「撫でさせてもらっても良いですか?」と、クランベルに許可を取ってきたことに驚かされた。
当初の予定ではレセッシュ子爵邸に身を寄せた後、辺境伯領へ転移でトンボ帰りすることになっていた。それがブイヤール伯爵からの強い引き止めに合い、伯爵のご厚意で、しばらく別邸の方に滞在させてもらうことになったのだ。
丁度、領主館の学び舎も長期休暇に入った所なので、クランベルとライアンがしばらくこちらにいても問題は無い。教師達もほとんどの者達が里帰りすると言っていたし、父は父で商人仲間に会ってくると言って出かけていて留守にしていた。
領主館の留守番役として置いて来たはずの、バンとコマがこちらに来てしまったので、そうなると今、領主館に残っているのはブルアンとミーシャの二人だけになる。
もしかしたらバンとコマは、付き合い始めた二人に遠慮してこちらに来た? と、クランベルは考えていた。
「いやあ、凄いですね。獣人の獣化って。あのバン君が賢そうな馬に。コマ君はあの可愛いウサギになれるなんて」
「リエールは、よほどあの二人が気に入ったのですね?」
「ええ。バン君は有能だし、コマ君も愛らしい」
リエールが窓の外を見て言った。馬車に同乗しているのはリエールと、ライアン、クランベルの3人のみ。
馬に獣化したバンは、その背にコマを乗せ馬車の後を付いてきているはずだった。それがいつの間にか馬車と併走していたようだ。藍色の馬の背にちょこんと座る亜麻色のウサギが手を振っていた。
「バン、危ないでしょう。下がりなさい」
リエールの言葉に窓の外を見た、クランベルは注意したが、向こうは聞いていないようだ。隣に座っているライアンは「大丈夫ですよ」と、クスクス笑う。
「この道は他に通る者もいませんから」
この道はブイヤール伯爵家所有のもので、滅多に他に使う者がいないとは言われたが、それでもクランベルは内心ハラハラしていた。
バンは馬獣人だ。馬車を引く馬に競争意識を燃やして走っているように思えてならない。その彼に煽られて馬車を引く馬が、刺激されなければいいがと心配していた。
幸い、ブイヤール伯爵家の別邸にはそう時間もかからずに着いて安心した。広大な森を抜けた先に大きな湖があり、その湖畔に目的の屋敷があった。
別邸に着くと、リエールは従者に後で迎えに来るように言いつけて、馬車を帰したので、バンとコマは獣化を解き獣人の姿になっていた。
リエール自ら玄関の鍵を開けて、皆を屋敷の中へと促した。そして屋敷の中を案内して回る。途中、調理場があったので、そこでバンとコマがお茶の支度をすると言って留まると、残ったライアンとクランベルとで応接間に案内された。ライアンとクランベルは変装したままなので、ライアンは老夫人姿、クランベルは侍従の格好でいた。
「素敵な場所ですね。リエールさま」
「この館は生前祖父が、湖畔にやって来る鳥達をスケッチしていた場所なのです」
クランベル達が案内された応接間には、サンルームがあった。そこから湖が展望出来た。ここでリエールの祖父は野鳥観察をしていたらしい。壁にはその彼の祖父がスケッチしたものらしい鳥の絵が、額に入って飾られていた。
「見事な絵ですね。これはリエールさまのお祖父さまが?」
「はい。祖父は絵を描くのが趣味でしたから」
「素晴らしいです」
「気に入って頂けたなら幸いです。現在この館は無人で、たまに屋敷の清掃に使用人が来るくらいです。今夜は本宅から食事を運ばせますが、明日からの食料は管理人に運ばせましょう。他にも入り用の物がありましたら、遠慮なく管理人に言い付けて下さい。こちらで用意致しますので」
そう言うとリエールは、ライアンを見た。
「ライアンさまも、ここは懐かしく感じられるのでは?」
「そうですね。ここには仕事の引き継ぎで良く、あなたのお祖父さまに会いに来ていた場所ですから」
二人が仲良く会話を交わすのを聞いていたクランベルに、ライアンは説明した。
「このリエールの祖父は、私の前にこの国の宰相をされていた御方なのですよ」
「そうなのですか? ではロマ前陛下の時に?」
ライアンは頷き、リエールが言った。
「ロマ陛下の時に宰相をしていましたが、晩年、病に倒れましてね。その後をライアンさまが引き継がれたのです。祖父は厳しかったですから、ライアンさまも大変だったろうと思います」
「色々と扱かれましたよ。無茶を言われることもあって、初めは慣れないこともあり、口喧嘩になることも多かったですね」
「祖父は頑固者でしたからね。父とも気が合いませんでしたし、孫の私から見ても気難しい人としか思えなかったです。でも、そんな祖父に唯一、感謝しているのは、ライアンさまを家庭教師に迎えて下さったことです」
「ありがとう。リエール。そう言ってもらえると、教師冥利に尽きますね」
三人で話しをしていると、バンとコマがワゴンを押してきた。燕尾服に身を包んだ馬獣人のバンは毅然としていて麗しく、お仕着せの侍従の服を着た、ウサギ獣人のコマは長い耳も愛らしい。
「皆さま。お茶でも如何ですか? リエールさま。申し訳ありません。勝手に調理場を使わせて頂きました」
「構わないよ。バン君。ここの屋敷の中は好きに使ってくれていいよ。調理場にあるものもね。きみのことは、ライアンさまから聞いて信頼しているから。あっ、勿論コマ君もね」
リエールがバンを褒めた口で、コマと目が合い、慌てて「君の事も信頼しているよ」と言ってくれる。一見、付け足しのようにも思えるが、そのように他の者まで気遣える人はそう多くない。
クランベルはふと、彼に外見が良く似た女性のことを思い出していた。
「キミラさまも、リエールさまのような考えの持ち主だったのでしょうか? きっと素敵な御方だったのでしょうね」
「クランベルさま?」
「いえ、あの。キミラさまとは婚礼の時に一度、お会いしたきりでその後、会うことは無くて。でも、もっとお話ししたかったというか……。会ってみたかったと言いますか……」
交流することのなかった相手だけれども、クランベルはキミラから何かされたわけでもない。時間が合えばいつか会って話したいと常々思ってはいたのだ。でも、その機会はなく、二度と彼女と会うことは叶わなくなってしまった。
妹を亡くしたリエールの前で、思わず零してしまった言葉に、無神経だったかと気まずく思っていると、リエールが言った。
「妹もあなたさまと会いたがっていました。自分の目的の為に、あなたさまを離宮に追いやってしまった。その事には後悔していないので謝罪は出来ない。でも、あなたさまを嫌っているわけでもないし、憎んでいるわけでもない。機会があれば心ゆくまで話をしてみたいと、言っていたことがあるのですよ」
「そうですか。立場が違えばキミラさまと、お友達になれたかも知れませんね」
「妹が聞いたら喜びます。きっとクランベルさまの言葉を聞いて天国で頷いていると思いますよ」
リエールの言葉が有り難かった。キミラと話し合う機会があれば、色々と語り合いたかった。イオバのこと、この国のこと、彼女自身のことを知りたかったと思う。その機会が無くなってしまったのが残念でならなかった。
バンがテーブルに着いているクランベルや、ライアン、リエールの前にお茶を入れたティーカップを置いていく。
湯気の立つカップを持ち上げると、ハーブの芳醇な香りが鼻孔をつく。その香りを楽しみ、お茶を味わっていると、ライアンが不意に椅子から立ち上がり、クランベルの前で膝をついた。
「あなたさまを離宮に追いやり、お飾り王妃にさせてしまったのは私のせいです。申し訳ありませんでした」
「ライアンさま。いきなりどうなさったのです? 私が離宮へ追いやられたのは、イオバさまに嫌われたからです。私がバン達を連れて嫁いできたのを、良く思っていなかったようですもの。仕方ありません」
政略結婚なので、そこに確執があるのは仕方ないとクランベルは考えていた。しかし、嫁いで来た日を思い出すと、未だに燻る思いもある。
「でもあれはないですよね。私が初めてこの国に足を踏み入れた日の事ですが、はるばる海を渡って嫁いで来たのに、出迎えて下さったのは夫となる陛下ではなくライアンさまで、しかもそのライアンさまが、その場を辞した途端に、女官達が態度をコロリと変えて『陛下には心に留めた御方がおられる。あなたの出番はない』と、責めるように言ってきたのですから。あれには参りました」
「そのようなことが? 知らなかった事とはいえ、申し訳ありませんでした」
「それは私と妹の目が行き届いてなかったせいですね。大変失礼致しました」
ライアンに続き、リエールまで頭を下げてきた。失礼な態度を取ったのは女官達で、この二人ではない。クランベルは止めた。
「お二人とも謝罪は結構です。もう過去のことですから。王宮の女官達は感情も露わに、私に冷たく当たってきましたが、その主人であるイオバさまが、私を悪く言っていたのです。それを聞かされていた女官達の態度が悪くなるのも当然だと思いますし、彼女達はキミラさまを慕っていたようですから、私がいくら政略結婚とはいえ、嫁いで来たことにより、自分達の慕う側妃さまの立場が揺らぐことがあれば……と、心配になったのでしょう」
「しかし、王宮に仕える女官が個人的感情で、王妃殿下に対して取って良いような態度ではありません」
ライアンは悔しそうに言った。もっと早く知っていれば、厳罰に処す気でいたのかも知れなかった。でも、当時はクランベルを邪魔に思う女官が多すぎた。何人か処分してもきりがなかっただろうし、何しろ陛下がクランベルを「帝国女」と、呼んで嫌っていたのだから、女官としては、主人が嫌う女に媚びても先はないと思っていたのだろう。そのような人材は帝国の宮殿でもざらにいた。
「お気になさらないで下さい。皆さま、ライアンさまがいる所では、そういう態度は見せないようにしていましたから。上手く隠していましたし」
その為、言うに言えなかったのですと言えば、ライアンは渋面を作っていた。クランベルは嫁いで来たばかりで頼る相手もなく、そこでいくら気遣ってくれているとはいえ、一国の宰相であるライアンに言えば告げ口のようになり、嫁いで来て早々、問題沙汰になるのは避けたかった。
結局、すぐに離宮に追いやられる事になり、女官達に舐められた形での退場となっていた。でもそれで良かったのだと思う。離宮で心安らかにバン達と暮らしてこられたのだから。
「ライアンさまは私がすぐに離宮で暮らせるように色々と整えていて下さったではないですか。そのおかげで助かりました」
「それは当然のことです。あなたさまは望まれてこの国に嫁いで来られました。ロマ前陛下はあなた様の為に、婚資としての個人資産をご用意しておりました。そのお金を離宮へ宛がわせて頂きました」
「だからなのですね? 沢山、売れる物があって助かりました」
そのおかげで孤児院や、救護院に寄付金が出せて良かったと言えば、ライアンが複雑そうな顔をした。
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