第21話・選ばれなかった者の野望



 グイリオには双子の弟がいる。


 この国では双子は禁忌とされ、片方は生まれたと同時に殺される運命にある。  

王家所縁の公爵家に生まれた事で、何かあった時の保険として生かされることになった。殺されることからは免れたが、二番手の存続は危ういものだ。

 弟より先に生まれたのに、影として生きることになり、預けられた先は薬学に優れ、王家の闇に触れてきたコーニル伯爵家だった。伯爵家では王家の子供だからと特別扱いされることもなく、他の当主の子供同様に、毒に慣れる為の生活を余儀なくさせられてきた。


 当主が妻や妾に産ませた子供達が、次々服毒で体を犯され儚くなくなっていく中、グイリオ運良く生き残り、当時王太子だった弟イオバの、毒味役を兼ねた側近として取り立てられた。

 その事はグイリオを、鬱屈とした気持ちにさせていく。その頃には、養父から自分の素性を教えられていた。それだけに自分の実弟が、自分の仕える主人であることに不満を覚えた。



──なぜ、自分では駄目だった? ──



 自分達は二卵性で生まれた。グイリオは極端に母親に似て、イオバは父親に似ていた。その事が明暗を分けた。

 公爵家としては、当主に良く似た方を生かすことにしたのだ。その為、グイリオは先に生まれていたにも関わらず、いなかった存在にされてしまった。

通常、双子が生まれた場合は、先に生まれた子の方を生かし、後から生まれた子はいないものとされるらしい。その掟を公爵がねじ曲げたのだと、古からの因習を頑なに守り続けてきた養父は酒が入ると良く零していた。よほど横槍を入れられたのが癪に障ったらしい。


「公爵の一言がなければ、今頃おまえが王位についていたかも知れないのに」


 と、言うのが養父の口癖となっていた。養父はグイリオの能力を高く買っていた。自慢の息子だと良く言っていた。イオバの不評を耳にする度に、あの時の判断が間違っていたのだと残念がり、後悔しているようだった。


 グイリオも悔しかった。彼から見たイオバは、短慮であまり賢いとは思えなかった。そんな弟を後継者に選んだロマ前陛下に「何故、彼なのですか?」と、問いかけてみたかった。このような者が王となるのならば、自分でも良かったではないかと思うのだ。イオバと自分で何が違ったのかと。

 そこに政略結婚でイオバの元へ、あの帝国一と謳われる、大富豪貴族ミデッチ家から花嫁であるクランベルが嫁いで来た。楚々としたとても美しい少女だった。大貴族のご令嬢だと言うのに、彼女は気遣いに溢れ傲慢さは感じられなかった。それなのにイオバは何が気に入らないのか、離宮へと追いやった。彼女を蔑ろにしたのだ。この先も彼女が苦労させられるのは目に見えている。可哀相に思った。そして野望を抱いた。


 しかし、イオバは運に恵まれていた。彼には名宰相ライアンや、美貌に優れ有能な側妃もいたし、その兄であるブイヤール伯爵家も後見についていた。

 無能な王には勿体ないほどの有能なブレーン達。あの三人組がいる限り、イオバの治世は揺るがなさそうだった。




 そんなある日のこと。一つの出会いがあった。領地で養父と狩りを楽しんでいたら、誰かが忍んでいるような気配がした。矢を射れば一羽の鳥が落ちてきた。その鳥は普通ではなかった。人に変化したのだ。それがロージだった。怪しく思われてその場で射殺そうとしたが、彼女が命乞いをしてきた。


「あたしは鳥人なの。鳥に変化することが出来る。間諜でも何でもするわ。だから殺さないで。あなた達の良いようにするから。ね、お願い」

「見返りに何を望む?」

「あたしはここに来たばかりで、この国のこと良く知らないの。衣食住さえ提供してくれたら……、あとは多少のお金かな? それさえ頂けるのなら何でもするわ」


 素性が知れない相手なのに、射殺す気が失せ弓を下げていたのは、彼女の庇護欲を誘うような見た目と、声に負けてしまったせいかもしれない。この女を利用しても良いかもしれないと思っていた。


「分かった。じゃあ、しばらくは私の元で働いてみるか?」

「ありがとう。何でもする」

「では屋敷に戻って契約を交わそう」


 養父は黙って自分達のやり取りを見ていた。その日から念入りに計画を練り無事、ロージは陛下の目に留まった。その頃には宰相は罷免されていたから、有能な側妃を毒殺してしまえば呆気なかった。その兄のブイヤール伯爵は牽制を失い、屋敷へと引きこもった。


 イオバには幻覚薬を盛っていた。毎日、体の中で蓄積されていく薬のせいで、正常な思考が保てなくなり、猜疑心に駆られ他人を疑うようになる。そして想像したことが、いかにも本当にあった事のように思えてくる。特に嫉妬や執着には強い反応を示す。


 そのおかげでイオバは、キミラ妃が他の男と関係を結んでいる夢を見たのを、現実にあった事だと思い込み彼女を批難していた。


 矮小な男だと、グイリオは笑った。


 もう入れ替わる時期には来ている。そろそろ潮時だろう。愚かなイオバには贄として消えてもらおう。そしてこれからのイモーレル国は、自分が王として新たな国へと導いていくのだ。生きていたという聡明な彼女をパートナーに迎えて。

本来なら自分が選ばれる側だった。それが歪められたことで起きてしまった弊害。ならば正しい形へと戻そう。




あったはずの未来へ。

奪われたものを取り返すことにしよう。



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